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異世界行商譚  作者: あさ
神座す頂
42/90

4人の旅路

 旅の準備を終えた翌日、朝早くに出発した優斗達一行は、野営に適した場所を見つけ、日が沈む前に準備を終える為に荷馬車を止めた。


 昨日2人で買い物に出て以来、仲よく話している女性陣が夕食等の準備を担当し、優斗は相変わらず薪代わりの枝や木切れを探す役割を担っている。


「拾ってきた、って、どうかした?」

「早かったですね。ご主人様」

「あぁ。で、どうした?」

 優斗が重ねて問うと、フレイは何かを考える素振りで視線を上に向ける。


 少しだけ悩んだフレイは、ユーリスに視線を向け、次いで優斗へ視線を戻す。


「ご主人様」

「ん?」

「汗を流してきてもかまいませんか?」

「いいけど?」

 人口密度が上がった荷馬車は、南下して来た影響もあり、今まで以上に暑かった。


 その暑さは馬にも影響を及ぼしているが、手元に残った馬で二頭立てにした為、荷馬車の速度は今までよりも早い。馬具はそれなりに高価だったにも関わらず、優斗が迷わず二頭立てにしたのは、大き目の荷馬車なので一頭立てのままでは重い物を運ぶには不向きだと気づいていたからだ。


「そう言う訳ですので、ユーリスさん、着替え持ってきて下さい」

「いや、私は護衛だし、別に」

「汗臭いままでもいい、ですか?」

 ユーリスの頬が引きつる。


 ずっと風の当たる御者台に居た優斗とフレイでさえ暑いと感じる天候の中、ライガット共に熱のこもるホロ付の荷台に居たユーリスが、相当量の汗をかいていた事は間違いない。


「旅をしている訳ですから、ずっとは無理でも出来る時にはしておくべきだと思います。女の嗜みとして」

「それはそうだけど」

 ユーリスが、ちらりと優斗を見る。


 優斗が視線の意味を理解出来ずに首をかしげていると、フレイが小さくため息を付き、優斗に囁きかける。


「許可を」

「あー。

 ユーリスさん、フレイと一緒に行って貰える?」

「雇い主である優斗さんがそう言うのなら」


 真面目なのか融通が利かないのか、と思いながら、優斗は荷台の中に消えていく彼女の背中を見送る。

 戻ってくるまでの間、隣に立つフレイが手持無沙汰である事に気付いた優斗は、ふと疑問に思った事を口にする。


「そう言えば、今まではどうしてたの?」

「ちゃんと清潔にしてましたよ。

 何時、ご主人様がその気になるか判りませんし」


 そうかい、と投げやりに返事をしながら、きっと洗濯のついでや寝ている間にやっていたんだろうな、と考えた優斗は、今までその姿見せる事のなかった徹底ぶりに驚きを通り越し、呆れた。そして自分もなるべくフレイのいない間を狙って体を拭いていた事を思い出し、お互い様かと苦笑する。


「お待たせ、フレイ」

「はい。

 戻って来たらすぐ夕食にしますので」

「ゆっくりでいいから」

 そう言って見送ると、優斗はその背中が見えなくなるのを待つ事なく振り返る。


 女2人が着替えを持って野外で身を清めに行く姿を見送って、邪な想像をしない自信がなかった故の行動だ。


「いかんのか?」

「うおっと」

 唐突に声をかけられ、優斗が驚く。


 声の主であるライガットは、優斗が拾ってきた木々の中で、大き目の物に短剣をあて、削りかすを火にくべている。

 ライガットは現在、誰かの肩を借りれば歩ける程度には回復しているが、左腕にも傷があり、そちらは上手く肩があがらないくらいには酷い。薬師によれば、時間が経てば多少は回復するとの事だが、楽観視出来る状態ではない。


 ユーリスの手を借りて荷馬車から降りたライガットは、娘に動く事を禁止され、仕方なく彼女の起こした火の前に座り、番をしていると言う訳だ。


「で、何ですか?」

「俺は止めんぞ?」

「止めてくださいよ」

 呆れる優斗は、あんたの娘だろう、と思いながらため息を吐く。


 その反応を見たライガットは、何処か楽しそうに笑い、2人の消えて行った先を指差す。


「可愛い娘っこが水浴びしてるんだぞ? 気にしない方が失礼だろうが」

「だからって覗いて良い訳ないでしょ」

「そうだな」

 あっさり同意され、優斗は拍子抜けする。


 一体何がしたいんだと、じとりと睨みつけると、ライガットは、はっはっは、と笑い声を上げる。


「うちの娘は可愛いだろ?」

「そうですね」

「おぉ、そうか。

 やっぱり親の欲目だけじゃなかったんだな」

「……まさか、それを確認したかっただけですか?」

「はっはっは。もちろんその通りだ」

 額に手を当て、ダメだこの人、と思いながら、優斗はライガットから火を挟んで正面に腰を下ろす。


「それで本当に行ったらどうするつもりだったんですか?」

 返事の代わりに、ライガットの手元が閃く。


 何かが通り過ぎた気配を追って優斗が振り向くと、ユーリス達が向かった方向にある木に、先ほどまでライガットが持っていた短剣が突き刺さっている。


「おぉ、手が滑った。

 悪いが、拾ってくれないか?」


 芝居がかった大仰な声色。

 右手には大きな怪我が無いと言っても、影響がない訳がない。それでも正確に短剣を投げられる技量に、優斗はただ感心する。


 そして、これだけ元気なら放っておいても平気だろうと考え、立ち上がると短剣には目もくれず、横を素通りする様に歩き出す。


「ちょっと行って来ます」」

「おい、どこ行く気だ」

 普段よりも低くなったライガットの声に、優斗は思わず足を止める。


 これ以上進むと本気だと思われそうだと直感した優斗は、その場で振り向き、ライガットが左手に持っていた木切れを右手に持ちかえている姿を見る。


「それ、投げる気ですか?」

「娘を不埒な男から守るのは、父親の仕事だろう?」

「勧めて来た人がそれを言います?」

「借金を盾にされて一度は仕方ないと思ったんだが、思い直したんだ」

 真実のほとんど含まれていないライガットの発言に、優斗はまたため息を吐く。


 そんな言葉に反論するのも馬鹿らしく感じた優斗が、短剣を抜く為に一歩踏み出そうとした瞬間、後ろから声が聞こえる。


「優斗さん……」

「って、うえぇぇ!?」

 驚いた優斗が奇声を上げながら振り返ると、そこには水浴びに行ったはずの2人の姿があった。


 何故ここに、と思い、それを疑問の形で口にする前に、気づく。ライガットの言葉が、何の為に放たれたのかと言う事を。


「どうした、の?」

「体を拭く布を忘れました。それよりも、優斗さん、本当に?」

「誤解だ!」

「こっちに向かってたのに?」

「ライガットさんが投げた短剣を取りに来ただけで、他意は――」

「通り過ぎてますね」

 会話に横入りして来たフレイを、優斗は、きっ、と睨む。


 ユーリスの冷たい視線に晒されながら、優斗は必死に頭を働かせる。後方のライガットから楽しそうな気配を感じるが、何かを言う余裕はない。


「例えば、の話ですが」

 優斗からの非難の視線を真っ向から受け止めているフレイが、再び口を開く。


 嫌な予感がしてその口を封じようとするが、優斗の行動を予想していたのか、フレイはユーリスの後ろへ半分隠れる様な位置へ移動する。


「ご主人様から覗きの手引きを命令されれば、私は断れない立場なんです」

「誤解を招く発言をするな!」

 優斗が一歩踏み出すと、フレイは完全にユーリスの後ろに回り込み、盾にする様に腰を掴む。


 同じ金髪碧眼である事もあり、傍から見れば姉の背中に隠れる妹の様で微笑ましい光景だが、優斗にはそれがとても恐ろしい光景に見える。


 盾にされているユーリスは、フレイの発言の意味が理解出来ないのか、不思議そうにフレイを見る。


「私は奴隷です」

「へ?」

 奴隷に護衛を付ける事が無い訳ではない。それにも関わらずユーリスが驚いたのは、優斗とフレイの関係の歪さ故だ。


 奴隷の使い方は自由であり、恋人の様に振舞わせる事は多々ある。だが、ユーリスには2人の関係が、単なる演技や命令によって仕方なく行っているモノには見えなかった。


「そ、そうだったんだ」

「そうなんです。

 これまでも、私がどれだけお願いしても、私の望む振る舞いはしてはくれませんでした。特に、ベッドの上では」


 優斗を見据えるユーリスの眼に、非難の色が灯り、温度が下がる。


 フレイの発言に嘘はない。

 ただ、実際にフレイが望んでいたと言う振る舞いと、ユーリスの想像した振る舞いでは、して欲しい内容として欲しくない内容が逆であり、その誤解は優斗に取って看過できない事だ。


 真実誤解であり、それを指摘すればフレイは否定しないであろう事は理解していた優斗だが、すぐさまそうする事に踏み切れない。誤解は解けても、代わりに男らしくない等の別の意味で嫌な評価を得る事も、想像出来たからだ。


「フレイ……」

「あくまで例えばの話です。

 例え話をして罰を与える程、私のご主人様は狭量ではありません。そうですよね?」


 フレイがにこりと笑うと、少し心配そうな表情をしていたユーリスが、よかった、と言う風に安堵する。


 そんな光景に、誤解が雪だるま式に増えていく事を実感しながら、優斗は内心で頭を抱える。

 しばらく一緒に旅をする相手にそんな風に思われて居ては、色々とやり辛い。何よりも、延々とあの軽蔑した様な視線に晒されて、耐えきる自信はない、と。


「そんな命令出してないし、今、ユーリスさんが考えている様な事は一切してない、と弁解はしておく」

「本当に、ですか?」

「心配ならこうしよう。

 フレイ、もしそんな命令を出していたとしたら、この場で撤回する」

「判りました。もし、命令されていたのであれば、撤回命令を受けた事にします」


 優斗が自分の言い回しのまずさに気付いた時にはもう遅い。


 背後で笑っているライガットと共に、再度2人を見送った優斗は、疲れ切った様子で短剣を投げ渡し、ただライガットが木を削り続ける光景を見続けた。




 特に問題も発生しない順調な旅路により、普通なら3日目の昼に到着すると言う次の街へ2日目の夕方、暗くなる寸前に到着した優斗達一行は、宿に到着すると、男女に別れて部屋を取った。


 山へ向かう準備の受け取りや買い物を翌日に行い、更にその翌朝に出発すると決めたので、連泊の手続きを取ってある。


「おーい、フレイ。ちょっといい?」

「どうしましたか?」

「あの親子と一緒に居るのはちょっと、ね」

 ユーリスは父親が大好きで、ライガットも同じように娘を愛していると言う事を2日間の旅路で知っていたフレイは、苦笑して優斗を部屋に通す。


 フレイがベッドに腰掛けると、優斗は備え付けの椅子に座り、持参したジュラルミンケースを取り出すと、机の上にノートPCを置く。


「それを見るのはひさしぶりですね」

「だな」

 あの事件以来、優斗は現代知識を売るような商売を控えている。


 機織り機の効率化と言う知識がもたらした、そしてこれからもたらすであろうこの世界への影響を身を持って実感してから、優斗はなるべくPCに触れないでいた。優斗自身、見てしまえば、思いついてしまえば実行したくなると言う自分の悪癖を知り、広い視野と先を見通す思考能力を鍛えてからでないとリスクが大きすぎると考えたからだ。


「ギフト、いりますか?」

「後でよろしく」

「はい」

 PCを使わないと言う事は、充電も不要と言う事だ。


 そのせいでフレイが自分の役割が減っている事に内心で焦りを感じていた事など知る由もない優斗は、彼女の嬉しそうな返答に気付かず、起動中のディスプレイを見つめる。


「って、げっ」

「どうしました?」

「ブルーバック。壊れたかな?」

 画面に出ている内容を読みながら、優斗は頭をかく。


 OSの欠損エラーと表示され、優斗はCドライブのリカバリーを行えば良いと言う指示に従い、操作して行く。

 幸い、リカバリーディスク内蔵型であった為、支障なく行う事が出来た再インストール中に手持無沙汰になった優斗は、このタイミングでバッテリーが切れては大変だと考え、フレイに充電を依頼する。もちろん、2つ返事で了承される。


「直るんですか?」

「多分」

 再インストールを終え、再起動させたPCを優斗が操作して行く。


 Cドライブのデータは、当然ながら全滅。

 Dドライブのデータは無事だが、そこに入っているのはダウンロードしたフリーソフトや辞書、画像のみ。


 ウェブ履歴が全滅した事が、一番の痛手だ。


「壊れなかったけど、これはキツイなぁ」

「大丈夫じゃないんですね?」

 フレイの言葉に頷きながら、優斗はフリーソフトのインストールを開始する。


 ごく一般的な圧縮・解凍ソフト。

 資金的な問題で正規品を入れていない為、解凍前のデータが残っていたフリーの表計算ソフト。


 ウェブ接続やエクスプローラー系のソフトはあまり意味がないと判断し、手持ちのデータのみでデスクトップとツールバーを適度にアレンジして、電源を切る。


「まぁ、まとめた内容は紙に写してあるし、使えるソフトがあるからまだ使えるかな」

「よく判りませんけど、よかったです」

 これを無くしたら一大事だ、と優斗はジュラルミンケースから紙束を取り出す。


 ユーシアでの研究を行う際、使えそうな内容を片っ端から書いた紙と、実践した結果をまとめた物。

 今は無用の長物でも、当初に考えていた通り、ある程度の信用と資金を得た後であれば、有効活用する機会もあるだろう、と大事にしまう。


「この機会に分解掃除でもするか」

「手伝いましょうか?」

「いや、いい」

 優斗が再度ジュラルミンケースに手を入れると、今度はドライバーを取り出す。


 これは優斗がこちらに持ち込んだ物ではなく、ユーシアの職人に頼んで作って貰った品だ。もちろん、費用はユーシア家持ち。


 頭を潰さないように慎重にネジを外し、内部に溜まっている埃を取り除いて行く。

 焦らず、ゆっくりとした手つきで作業する事30分。かなり汚れていたが、なんとかほぼ全ての清掃を終えて元通りに組んでいく優斗の手が、あるパーツで止まる。


「……これなら作れるかも」

 閃いてしまえば実行したくなる。


 そんな自分の行動を、売る訳じゃないし、と言い訳を付ける事で正当化した優斗は、パーツをPCから取り外すと、明日の買い物リストを作る為に、新しい紙を1枚取り出した。




 早朝から、街に2つあると言う金工職人を順に尋ね、ある物の作成依頼をした優斗は、上機嫌でシェーン商会の支店へと向かった。

 そこで紹介状を見せ、受け取った荷物を乗って来た荷馬車に積み込むと、礼を言ってすぐに宿へと戻る。


 フレイとユーリスは2人で買い物に出ており、昼食も外で摂る事になっている為、優斗は再度荷馬車を預けた後、宿に頼み、留守番のライガット共に昼食を摂った。


「もう一回出かけて来ます」

「急ぐのか?」

「そんなには。何か用事ですか?」

「暇つぶしに話し相手が欲しいんだが」

 多少は動けるようになったライガットだが、娘であるユーリスから無暗に動く事を禁止されている。


 娘が居ない間も律儀にそれを守り、半日ずっと木と短剣で戯れていた事に、微笑ましさと共に多少の同情を覚えた優斗は「わかりました」とだけ告げて、椅子に腰かける。


「そういえば、それ、すごいですね」

「あ? あぁ、元は夜番の時の暇つぶしだけどな」

 木から削り出された獣の像。


 無事に動く右手で短剣を持ち、左手で木を固定して削っている姿は手慣れた物で、中々見栄えも良い。


「路銀の足しにもなるしな」

「趣味と実益を兼ね備えてるって感じですか?」

「んなとこだ。そういや、ありがとな」

「何がですか?」

「約束、守ってくれただろうが」

 優斗がユーリスに初めて会った時、昼食を買いに行く際にちらりと見せられた物。


 それはライガットと約束していた、年頃の女性が喜ぶ贈り物だ。


「おかげで怪我した事を怒られるのが減った気がする」

「そりゃ、よかった」

「代金は嬢ちゃんに渡しといたからな」

 優斗は、それ受け取ってないな、と思ったが、追及はしない事に決める。


 言えば素直に渡すだろう。だが、言わずに居たらそれをどうするのか、少しだけ興味を持った。


「あー、いや。そんな事じゃなくてだな」

「はい?」

 歯切れの悪いライガットの言葉に、言い辛い事を言おうとしているのだろうと予想した優斗は、すぐにその内容に思い当たる。


「恩人に無礼な言い草だとは思うんだが……」

「助けられたのはお互い様です」

「すまん。で、要件なんだが。

 支払いはちゃんとする。だからた頼む。ユーリスに無茶な要求はせんでくれ」


 勢いよく頭を下げられ、優斗は困ってしまう。

 親が娘を心配するのも、自分のせいで迷惑をかけたくないと思うのも理解出来る。そしてユーリスは年頃の娘で、優斗は男だ。ライガットがそういった想像をしてしまうのも、無理はない。


「しません、と口で言っても説得力がないですよね。フレイを連れてる身じゃあ」

「嬢ちゃんが虐げられていない事は、見てればわかる」

「でも、男女の事はまた別問題だ、と」

「大事な娘なんだ」

 言いにくい部分を代弁しながら、優斗はライガットの言葉を引出して行く。


 血が繋がっていないらしい親子の、異常に強い絆に、優斗は少しだけ感動を覚える。

 ユーリスの方も、何があっても、何をしても払うから怪我が治るまで支払いの件でライガットに詰め寄る様な事は止めてくれと、遠まわしに言われた事がある。


「良い父娘ですね」

「自慢の娘だ」

「自慢、します?」

 優斗がにやりと笑うと、ライガットも同じように笑う。


 ライガットが、こほん、と咳払いをし、優斗が手渡した水差しを受けって喉を潤すと、語り始める。


「あいつを拾ったのは戦場でな。

 王国軍に攻め込まれた村の奪還に参加してる時に見つけた生き残りだ。あぁ、俺は昔、傭兵やってたんだよ」


 てっきり、うちの娘はこんなにすごい、こんな事が出来るなどと言う親馬鹿な自慢話が始まると思っていた優斗は、予想外の展開に驚く。


「そん時、母親でも、姉でもないって女から4つか5つくらいのあいつを預けられて、仕方なしに連れて帰ったんだけどよ。

 孤児院にでも預けるかって時に、なんで素直に受け取っちまったのか、気づいたんだよ。そういやあの女、故郷の幼馴染に似てたな、ってな」


 何度か水を口にしながら続くライガットの語りを、優斗は相槌を打つ以外には何もせず、耳を傾ける。


 引き取る事を決め、傭兵稼業を止めて比較的安全な護衛を始めた事。

 最初は懐いてくれず、ひたすら困った事。

 武器に興味を持ち、女らしく育てる計画がおじゃんになったが、内心嬉しかった事。

 裸を見せる事を恥ずかしがり始めた頃、お父さん嫌いと言われて本気で落ち込んだ事。

 酒の飲み過ぎを咎められ、喧嘩してしまった事。


 そんなありきたりで、普通の父娘の様なエピソードを、ライガットは時には楽しそうに、またある時は自慢げに語り続ける。


 2時間以上かけて、最近は護衛対象に口説かれる機会が増えて来たので、主に女性の警護依頼を受ける様に言ったせいで別行動が増えたと言う愚痴まで到着し、ライガットはようやく言葉を止める。


「良い娘さんですね」

「だろう?」

 長い話を聞き終え、優斗は今まで以上に、この人の怪我がきちんと治って欲しいと感じていた。


「っと、長居させちまったが、大丈夫か?」

「平気です。

 ちょっと帰りが遅くなるかもしれない、と2人に伝えておいて下さい」

「わかった」


 この世界の生活や考え方を知る一端として欲したはずの話に、かなり感情移入してしまった事に、優斗は後悔していなかった。

 ただ、無理なく治療費を返済して貰えるプランを考えなければ、この付き合いが長く続かない事になりそうだと考え、その方策を考えながら、金工職人の元へ向かう為、部屋を出た。




 早朝から荷馬車を持ち出した優斗は、金工職人に大枚を叩き、急いで作らせたそれを積み込むと、出発時刻に遅れない様、急いで宿へと戻る。


「朝帰りですか?」

「うわっ」

 夜通し出かけていた優斗を出迎えたのは、ジト目のフレイだ。


 一度宿に戻り、出発までには戻る旨は伝えていたが、その理由は説明していなかった事を思い出し、優斗は彼女がどんな想像をしているのかと、戦々恐々とする。


「あのー、フレイさん」

「何ですか?」

「決して、やましい事はしてませんので」

「別に、ご主人様が何をしていたとしても、私が口出しする事ではありません」

 フレイの言葉は正論で、それ故に優斗は反論出来なかった。


 ただし、フレイは奴隷と言う立場を、優斗は恋人ではないと言う立場を上げてと言う違いはあったが。


「ちょっと試したい物が出来て、完成したらフレイに手伝って欲しいなぁー、なんて」

「手伝えとおっしゃるのでしたら手伝いますが、私で良いんですか?」

「フレイでないと困ると言うか、出来ないと言うか」

 冷や汗をかきなが発した優斗の言葉に、フレイが表情を硬くする。


 理由も説明せず、一晩中どこかに言っていた優斗の言葉は、彼女にとってどれも言い訳にしか聞こえない。だが同時に、嘘を吐いていないとも感じていた。


「では、すぐにでも始めますか?」

「いや、時間がかかるだろうから、ライガットさんの療養中にやろうかと思っているのですが」

 お伺いを立てる様な言葉は、尻すぼみに弱くなって行く。


 憎からず思っている女性に、夜遊び、もしくは夜歩きを咎められると言うのは、優斗にとって初めての経験だ。


 『むこう』でも飲み会で日が変わるか変わらないか程度の時間に帰った事はあるが、優斗が『アイツ』に何かを言われた事は、一度も無い。


「あの、ご主人様」

「ん、何?」

「一応言って置きますが、本当にそういうところに行くくらいなら、私に言ってくださいね?」

「あー、それは、どう言う意味で?」

 むず痒さを感じながら、優斗はフレイの目を覗き込む。


 少し俯き気味の瞳と優斗の眼があうと、そこには悪戯っぽい色が浮かんでいる事が判った。


「私が添い寝してあげますから、ね?」

「添い寝、だけ?」

「それはご主人様次第です」


 くすくすと笑うフレイ。


 そろそろ生殺しの現状をどうにかしたいな、と思いながら、優斗は乾いた笑いを浮かべる。


 そんな空気を破るかのように、ユーリスとライガットが現れる。2人は優斗とフレイを荷台へと促すと、御者台へと腰かけ、荷馬車を発進させる。


「すいませんけど、お願いします」

「おう、っても、俺は御者はさせて貰えそうに無いけどな」

「当たり前でしょ」

「はは」


 職人と共に夜通し起きていた優斗は、眠くて仕方がないと寝床に横たわる。そうでなくとも、夜番をする為には、眠っておかなければならない。


 すぐに眠ってしまいそうだ、と言う優斗の考えは、フレイがその隣に現れた事で、霧散する。


「えーっと、フレイさん?」

「添い寝、するって言いましたから」

 ただ、横で眠るだけであれば、優斗にとってはとても残念な事だが、慣れてしまったので平気だ。


 今、優斗が困っているのは、腕を取られて枕代わりにされている上に、ぴったりと抱き着かれているからだ。


「落ち着かないんで、離れて欲しいなぁ。眠いし」

「私は落ち着きます」

 御者台の方から笑い声が聞こえ、優斗はため息を吐く。


 優斗はまた1つ知る。

 どうやらフレイは、放置される事をとても嫌う様だ、と。


 ユーシアでもかなり拗ねていた記憶があるので間違いないだろう。そう確信した優斗は、以後、今まで以上に気を付けようと考えると共に、今回の仕打ちを甘んじて受け入れる事に決め、その体勢のまま眠る努力をする事にした。

山へ向かう話でした。


優斗くんは懲りずに現代技術の再現に乗り出しました。

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