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異世界行商譚  作者: あさ
神座す頂
41/90

適正な価格

 話し合いの結果、出発を明後日と決めた優斗は、昼食を終えると、準備を整える為に一度宿へと戻ってから商会へと向かった。


「相変わらず女性に甘いですね」

「煽った癖にそれをいいますか」

 ライガットと一緒に説明を聞いた際には何も言わなかったにも関わらず、今になってそんな事を言うフレイに優斗は苦笑する。


 色々と散財してしまったせいで、現在、優斗の所持金は、金貨1枚にも満たない。

 街で使う為に分けてあった小銭以外をほとんど使ってしまったので、商品と不要な荷馬車を売り払わなければ、旅の資金にも困る状態だ。


「使った分、ちゃんと稼いでくださいね?」

「総資産は減ってないと思うんだけど」

 むしろ増えているかもしれない。


 その理由を考えると少し後ろめたいのだが、元々、この生活の始まり方を考えれば、フレイにそれを気取られるのは良い事ではないと判断し、優斗は軽い調子で言葉を続ける。


「まぁ、それも売値次第だけど」

「そうですね。今度こそちゃんと商人らしく稼いで下さい」

 その言葉にぎくりとしながら、優斗は首肯する。


 そうしている内に、2つの商会が向かい合う場所まで到着する。


 優斗から見て右側がラダル商会で、左がレグイ商会。

 商会と言っても、ここ以外の支店は存在しない、個人商店に近い小さな店だ。


「どっちに入りますか?」

「ラダル商会」

 そう言って店に入ると、中には少年が1人居るだけだった。


「すいません、店主はいますか?」

「すいません、少し出てまして」

「そうですか」

 うーん、と悩む素振りを見せる優斗だが、実は不在である事を知っていた。


 そして店番の少年を横目でちらりと見ると、彼の反応を伺う。


「どんなご用件でしたか?」

「実は、買い取って頂きたい物がありまして」

「そうですか。では、ラダルの方にそう伝えておきます。

 すいませんが、お名前と宿を教えて下さい」


 はきはきとそう告げる少年に、優斗は少し感心しながらフレイに指示を出す。フレイは事前に受けた指示通り、少年の前に移動すると、宿の名前と優斗の署名を入れた紙を手渡す。にっこりと微笑かけながら。


「詳しい事は全て書いてあります。店主様に、よろしくお伝えください」

「は、はい、お任せ下さい」

 店番の小僧だと侮って横柄な態度を取らず、丁寧に対応する優斗に、少年のやる気は高い。


 フレイに微笑みかけられた事もやる気になっている理由の1つだろうな、と優斗は内心で苦笑する。優斗がフレイに出した指示は、印象に残れと言う漠然としたものだ。


「じゃあ、フレイ。隣のレグイ商会に行って見ようか」

「はい」

「えっ?」

 少年の反応を無視し、優斗達は急いで店を出る。


 さすがに店を放置して追っては来ないだろうが、と思いながらも、その勢いで隣の商会へと入っていく。


 行商人は大きな商会に物を売る事が多いのだが、それにはそれなりに理由がある。


 まず、ほとんどの品を、その場で査定して買い取ってくれる事。

 個人の店であった場合、店主にその知識が無ければ、買取拒否や査定にかなり時間がかかる場合があるので、結局大きな商会に行く事になる、と言う事態が度々ある。


 次に、それなりの契約をした過去があれば、他の街の同じ商会の支店で多少の融通が利くと言う事。

 過去の取引の契約書は、その効力を失っても取引をしたと言う証拠になる。ほとんどの商会は、懇意にしてくれる行商人を大事にする傾向があるので、交渉が有利になる事もある。


 契約を交わさない商談であっても、どこへ向かうと告げれば簡単な紹介状や証明の1つくらいは書いてくれる可能性があるので、これも時間短縮等に繋がり、色々と便利なのだ。


「すいません、買取をお願いしたいんですが」

「買取ですか」

 出迎えた少年に営業スマイルで返しながら、優斗はフレイに目配せする。


 今回、優斗が選んだ2つの商会は、街に根付いた、いわゆる地域密着型の商会だ。そして、お互いをライバル視している一方で、店主同士の仲はそれなりに良好だと聞く。


「申し訳ありませんが、生憎レグイは留守でして」

「そうですか。出直した方がよろしいですか?」

「それには及びません。ご用件を伺い、後程こちらから連絡させて頂きます」

 ラダル商会の少年よりも年上らしい店番の子は、そう告げると連絡先と名前を問うてきた。


 優斗は前回と同じ様に返答し、フレイもまた同じ様に行動する。


「では、店主によろしくお伝えください」

「判りました」

 挨拶をして店を出た優斗達は、その足で更に別の商会へと向かう。


 向かった先は、シェーン商会と言う、中規模の商会だ。

 公国首都と神殿都市ユミズを繋ぐ街道沿いを中心に支店を持ち、大規模な商会が余り取り扱わない細々とした物を主に取り扱う、隙間産業的な商売をしている。


「すいません」

「はい、何の御用でしょうか」

「私は優斗と申します。買取の荷物が既に届いていると思うのですが」

「あ、聞いております。こちらへどうぞ」

 荷物とは、優斗の物ではない二台の荷馬車と、その積荷の事だ。


 先ほど宿に戻った際、偶然会ったキュイ達にこちらに運ぶよう、依頼したのだ。

 優斗は元々、二往復するつもりだったのだが、彼らは商談に同席させる事を条件に手伝いを申し出た。勉強になるからと言う2人にあえて駄賃を渡した優斗は、その際に別の指示も出していた。


「うちのが何か粗相をしませんでしたか?」

「とんでもない。良い従者をお持ちで、羨ましいです」

 案内の男は、言葉と共にフレイに視線を向ける。


 羨ましい、の大半はそっちか、と内心呆れ、しかし少しだけ優越感を感じていると、目的地へと到着する。


 部屋の中には、ソファに座っている2人の若者と、その対面でにこやかに質問をする中年の商人が居た。


「お待たせして申し訳ありません」

「いえいえ、荷物の査定もありますし、何より若い人から貴重な話を聞く事が出来ました。

 私は当商会の支店長を務めております、カルリトと申します」

「行商人の優斗と申します」

 恭しく礼をすると、ソファに座りっぱなしの2人を横目で見る。


 目の前のお茶や菓子に釣られて余計な事を話していないだろうなと思いながら、視線で2人に起立を促すが、通じない。


「フレイ、目録を」

「どうぞ」

「ありがとう、お嬢さん。お、奴隷か」

「あの2人よりは役に立ちます」

 そう言って少しきつく睨むと、優斗はソファへ向かって移動する。


 ようやく気付いた2人が席を立つと、代わりに優斗が腰かけ、隣にフレイが立つ。優斗の視界から消えた2人は、どうしていいのか判らず、ただそこに立ち尽くす。


 それに対して、フレイがさりげなく後ろに付くように促すと、ようやく自然な配置へ移動を始める。事前の約束通り、反論もせず口を噤んではいる事に満足した優斗は、咳払いをしてから商談を開始する。


「礼儀知らずな振る舞いの数々、2人に変わって謝罪致します」

「いえいえ、とんでもない」

 後ろの2人は、優斗の手伝いをしている、弟子の様な者だと言う事になっている。


 見た目で言えば逆に見える関係に、カルリトと名乗った中年商人は、何を問う事もなく笑顔で対応する。


「今回は荷物だけでなく、荷馬車までお売り頂けるとお聞きしたのですが」

「はい。既にご存じとは思いますが、街道で盗賊に遭いまして」

 ほう、とカルリトが驚く。


 もちろん彼は、盗賊が出た事も、それに対して討伐ではなく、襲われた商人の捜索が行われようとしている事も知っている。それでも驚いたのは、自分たちが被害者であると優斗が告げたからだ。


「なんとか逃げ延びましたが、その際、やはりこいつらに荷馬車を与えるのはまだ早いと判断しました」

「それで当商会に売って頂けることになった、と?」

「その通りです。積荷はこいつらが仕入れた物ですので、是非安く買い叩いてやって下さい」

 にやりと笑う優斗に、カルリトもそれに答える様に笑う。


 優斗が所属した様な即席ではない、きちんとした商隊では、商人志望の若者が下働きをしている事が多い。

 生活をしながら商人の手管を間近で見られる上に、運が良ければ弟子入りし、販路や特権を譲って貰えるかもしれないからだ。


 カルリトからすれば、後ろの2人は卒業試験に不合格だった不肖の弟子2人に見える事だろう。


「冗談はさておき、不出来な弟子に手本を見せねばならないので、お手柔らかにお願いします」

「それは大変です。ですが手を抜いてはお弟子さんの勉強になりませんので」

 前口上の様な会話に、優斗の後ろでキュイ達が顔を見合わせる。


 そういう約束とは言え、目の前の会話はあまり気持ちの良いものではなかったのだろう、少しだけ口元がひきつっている。


「今回、買い取って頂きたいのはそちらに書かれている商品です」

「荷馬車の他には、ライ麦、燕麦に靴。これらは農村で仕入れたんでしょうな」

「私は仕入れに関わっていませんが、恐らくそうでしょう」

「ふむ。凶作とは言え、今年はなんとかなりそうですし、あまり高値はつかないでしょうな」

 だろうな、と思いながら優斗は話を進める。


「他にも色々ありますし、数が多いので、紙にそちらの希望価格を書き込んで頂けますか?」

「そうですね。1つ1つ話し合っていては日が変わってしまいそうですので、そうさせて頂きます」

 カルリトが滑らかに価格を記入して行く中、優斗は隣のフレイに目配せをする。


 それに気づいたフレイから2枚の紙を受け取ると、優斗は両方を二つ折りにし、机に置く。


「これでどうですか?」

「確認させて頂きます」

 価格の書き足された紙を受け取ると、優斗はゆっくりとそれに目を通す。


 次の商談に支障を来さない様に配慮してか、全ての価格はごく妥当な数字となっている。見知らぬ商会に飛び込みで来た事を考えれば、それは十分な価格であるとも言える。


「さすがシェーン商会様、話が早くて助かります」

「いえいえ、それで、荷馬車の件ですが」

「その前に、これも見て頂けませんか?」

 話を遮られ、反射的に眉を潜めてしまったカルリトに、優斗が二つ折りにした紙の1つを広げる。


 そこには、優斗がハイルで購入した帝国の品々が列挙されている。


「現品がありませんので、あくまで目安で構いません。

 こちらで売ると確約も出来ませんので、品物を見てから値引きしても文句はいいません」


 カルリトはこれに対し、どうするか少し悩んでから優斗に一言断り、人を呼ぶ。


「これらの見積もりを頼む」

「判りました」

 その時、カルリトが一覧と共に何かメモを手渡していた事に気付き、優斗はほくそ笑む。


 優斗の読み通り、メモには価格を高めに設定する様、書かれている。

 持ち込んでさえ来れば、値下げ交渉を成功させる事が出来ると言う自負がカルリトにはあり、ならば無茶でない程度に高い金額で釣るのは正しい判断だと言える。


「では、荷馬車の商談に入りましょう」

 そう告げる声に続き、優斗の後ろで唾を飲み込んだ音が聞こえる。


 荷馬車があっさりと優斗の物になった理由の1つに、売りにくさと言うモノがある。


 荷馬車は高価だ。

 故にそれを買い取ろうと言う者は限られてくるし、その中でそれを必要としている者はもっと少ない。


 普通であれば大きな街へ移動してから売るのがセオリーだが、優斗たちは自分の荷馬車を持っているので、移動には別の人間が必要になり、余計な経費が掛かってしまう。


 それ以外にも、盗品の疑いをかけられて値切られる等、様々な理由でこの街で荷馬車を高く売るのは難しい。


「はい。今回は買って頂きたいのは、荷馬車の荷台、2つです」

「荷台のみ、ですか」

 一瞬だけ困惑顔を浮かべたカルリトだが、若い商人2人を見て、馬は彼らが乗る為に残すのかと勘違いし、合点がいったと言う表情に変わる。


 馬が無い。

 これもまた、売りにくい理由の1つだ。


 正確には一方は馬付きだ。しかし、護衛の馬を返してしまった為、ここまで荷馬車を引いて来た片割れは、優斗が所有する荷馬車の馬なのだ。


「合わせて金貨10枚でどうですか?」

「それは、そちらの品も合わせての金額でしょうか」

 そちら、と示された紙にかかれた品々は、大体金貨1枚分になる。


 荷馬車はどちらもホロのない、使いこまれた物だ。しかも、片方はかなりボロボロ。

 優斗は市場価格から予想して値段を付けたのだが、出回っている荷馬車のほとんどが中古であると言う事実を知らなかった為に多少ズレが発生しており、結果、提示額はほぼ適正価格となっている。


「それでしたら買い取って頂けますか?」

「そうですね。ですが、当商会としては今後とも良いお付き合いを続けられればと考えております」

 そう言ってカルリトは、優斗の手前にある紙に視線を向ける。


 まだ持ち込んでいない帝国の品々。

 その一覧を見たカルリトは、大雑把ではあるがその総額を知っている。それは優斗が手持ちの大半をつぎ込んだだけあって、この商談のテーブルに上がっているどの品物よりも高価だ。


 元々、南西部の大都市へ行くつもりだった優斗が仕入れた品は、どれも高級品であり、それなりに希少品でもある。カルリトがこの場で値段を書き込めない程度には。


「あれらの売り先は当てがありますので。まぁ、こっちも元々そこで売るつもりだったんですけどね」

 次の買取を盾に値下げを迫るカルリトに対し、優斗が取った手は単純だ。


 別にここで売る必要はない。そんな純然たる事実を突きつけるだけ。


「盗賊の居る道中では何が起こるか判りません。我が商会は腕利きの護衛を雇っておりますが」

「奇遇ですね。私も先日、個人的に護衛を雇いまして」

 商隊単位ではなく、個人的に護衛を雇う。


 それは利益の点から見ても、ありえない。故にはったりであると考えるのが普通だが、現在の状況と目の前の商人の所持する積荷、質の良さそうな服装の女奴隷、そして弟子が2人居て荷馬車を与えた上に、駄目となればすぐに売り払う判断が出来る事を考え、本当にありえないのか、カルリトは迷う。


「シェーン商会様とは、今後も良いお付き合いをしたいと考えていたのですが」

 資産と人脈、適切で大胆な判断力を持つ行商人は、シェーン商会の様な中規模商会にとってはそれなりに貴重だ。


 懇意にしたくとも、買取価格では本気になった大規模商会に敵わず、彼らが良い行商人を抱える事は難しい。

 今回だけの関係と割り切って利益を優先するか、今後の可能性に賭けるか。カルリトにとっても、そしてシェーン商会に取ってもその判断がもたらす結果の影響は、小さくない。


「優斗様は街道沿いを行かれるご予定なのですか?」

「西にある山を目指す予定です」

 カルリトは、そこに込められた意味を探る。


 まず、山と言う言葉から、薬草の仕入れを行うつもりだろうと予想出来る。偏屈な薬師がふらりと下りて来ては村で売って行くと言う品を仕入れに行く行商人はたまに居るが、訪問が不定期な上に直接売ってくれない為、常に在庫がある訳ではないので、空振りに終わると利益が薄くなってしまう事を嫌い、販路にしている者はいない。それをシェーン商会で買い取る事が出来れば、それなりの利益が見込める。


 次に道程に1つシェーン商会の支店がある事を思い出す。ならば彼が望んでいるのは、と考え、条件を吟味したカルリトは、ゆっくりと口を開く。


「優斗様のご要望通り、公国金貨10枚で買い取らせて頂こうと思います」

「こちらの商品も含めて、ですか?」

「はい。代わりと言っては何ですが、街道沿いにある我がシェーン商会の支店で山を行くのに必要な物を揃えさせますので、お受け取り下さい」

「それは助かります」

「護衛の方を含めて、何名になりますか?」

「後ろの2人は別の仕事をさせるつもりですので、男が2人、女が2人ですね」

「女性2人ですか。これは羨ましい」


 こうして無事契約内容が決まり、価格を書き込んだ紙が戻ってくるまで、優斗とカルリトは雑談を続ける。

 契約書を作る事なく、その場で現金と紹介状を受け取った優斗は、帝国の品々も売って欲しいと言うカルリトに、一晩考えててみますと告げて商会を後にする。


 弟子と言う名目になっている為、優斗の馬を引いてくれているキュイ達は、商会から十分離れた事を確認してから、我慢できないと言う風に口を開く。


「勉強になりました」

「それはよかった。それと、色々悪く言ってすいません」

「悪いと思って言ってたんですか?」

「もちろん」

 商人同士の口上で、身内を貶すなんて言うのは日常茶飯事だ。


 これだけの資産を携えた、大物商人に見える優斗が口にした言葉を、キュイは別の意味で解釈し、にやりと笑う。


「でしたら、少し質問に答えてくれませんか?」

「いいですけど」

「盗品の疑いを消す為に、俺たちを弟子としたんですよね?」

「そうです」

「それでも、なんで荷馬車を買い取る事自体を値切らなかったのか、不思議なんです。何か裏がありませんか?」

 販売目的以外で荷馬車を多く集めるメリットは少ない。


 キュイが指摘したのは、荷馬車の数が十分に足りているから、もしくは今のところ使わないから、その値段では買えないと言う値切りを受けなかった事だ。


「盗賊が居て、荷馬車が壊される事も多いんだから、需要が無い訳がない」

「それでも、口にするのはタダですよね?」

「だったら他で売る、と言われるのが怖かったんでしょう」

「荷馬車なのにですか?」

 食糧等の消耗品や生活雑貨は、ほぼ確実に需要がある。


 だが、荷馬車は違う。

 壊されても再購入の資金が無ければ買えず、新規の購入客も少ない。何より、今、ここから商売を始めようと言う人間は皆無だろう。優斗が弟子の荷馬車を売り払うと言う名目は、それを後押ししている。


「荷馬車だから、ですよ。需要のある所に売りに行くのは、商売の基本」

「需要がある、ですか?」

 優斗が少しもったいぶる様に間を空ける。


 すると何故か優斗の隣を歩いていたフレイが先に口を開いて、説明を引き継いでしまう。


「護衛の方たちがシェーン商会に荷馬車の貸し出しを依頼しています」

「え、へ?」

「大人数の移動や、助けた人の移送には馬車が必要ですから」

「売り先を決める所から商売は始まっているって事」

 種明かしの役割を取られた優斗は、内心で悔しがりながら補足する。


 その後も幾つかの質問に答えながら、優斗達は宿に戻った。




 宿の扉が開かれ、4つの人影が中へと入って来る。


 宿の一階にある、泊り客用の食堂で果実を突いていたフレイは、その姿を確認すると急いで残っていた果実を口にする。


「この宿に、優斗と言う行商人が居るはずなんだが」

「あぁ、聞いてるよ。あっちの嬢ちゃんに声かけな」

 むぐむぐと顎を上下させ、なんとか彼らが来るまでに果実を胃の中へと流し込んだフレイは、唇が濡れたままである事も気にせず、立ち上がる。


「お待ちしておりました。ラダル様とレグイ様でよろしかったでしょうか?」

「えぇ、その通りです。って、奴隷か」

「そのようだな」

 ラダルとレグイ。そして2人に付き従う少年達。


 4人に、にこり、と笑いかけると、フレイはまず机の上に置いてあった紙を、ラダルとレグイに1枚ずつ手渡す。


「そちらが品物の一覧になります」

「ふん」

「ありがとう、お嬢さん」

「では、こちらへ」

 厩へ案内します、とフレイが歩き出す。


 後ろで何か騒いでいる声が聞こえたが、フレイはそれを気にする事なく扉の前まで進むと、少しだけ待ってから振り返る。


「どうされましたか?」

「いや、なんでもない。なぁ、レグイ」

「あぁ、そうだな、ラダル」

 白々しい言葉に、しかしフレイは何も言わずに外へ向かう。


 厩に到着すると、ホロを後方から上げ、中を見せる。

 ラダルとレグイは、品物と1枚の紙を見比べて、何かを確認している。1枚ずつ手渡したにも関わらず、ラダルの持つ紙を2人で確認しながら、だ。


「あれ? あ、あぁぁ!」

 フレイが上げた悲鳴に、4人が振り返る。


 少年たちは心底驚いた風に、商会の主人である2人は何か心当たりがある風に。


「すいません、あの、もしかしてその紙には数字が書かれていませんか?」

「あるなぁ」

「ありますね」

 しかも、シェーン商会の署名付きである。


 それを聞いたフレイは、慌てて自分の持つ紙を突出し、逆の手を空のまま差し出す。


「こっちです! こっちがお渡しするはずだった紙です!」

「あぁ、うん。だろうな」

「そっちはダメなんです。お願いです、返して下さい」

「どうするよ、レグイ」

「そうだな。お嬢さん、優斗と言う人は、何と言っていたのかな?」

「え?」

 目の端に涙を浮かべるフレイは、キョトンとした表情でレグイを見つめる。


 そして少しだけ首を傾げ、何かを考える様な仕草で口元へ手を持っていく。


「一覧を渡して、商品を見せて置け。きちんと出来たら明日は街へ行ってもいいぞ、小遣いくらい出してやるから、です」

「ふむ。では、こうしよう。我々は何も見てないし、君はミスをしていない」

 その言葉に、フレイははっとし、縋るような視線をレグイに向ける。


 それに満足したレグイは、自分の紙に点を打ち、ラダルへと向ける。


「俺が欲しいのはそれだけだ。どうだ?」

「……全部は買い取れんぞ?」

「その辺りは調整しよう。おい、紙をくれ」

 あれやこれやと話し合った結果、ラダルとレグイは紙にそれぞれの希望価格を書き込んで行く。


 それを終えると、ラダルの持っていたシェーン商会の署名入りの用紙をフレイに返却する。


「ありがとうございます?」

「そう言えば、お嬢さんは明日街へ繰り出すんでしたね」

「あ、はい」

「これで何か買うと良いですよ」

 フレイの手のひらに、数枚の銅貨が落とされる。


 それとそれを落としたレグイの顔を交互に見つめるフレイの目には、困惑の色が滲んでいる。


「お嬢さんはちゃんと仕事をこなした。これは単なるチップ。そうですよね?」

「は、はい!」

「では、後程使いをやりますので」

「あ、その。主人は明日の午前中に来てほしいと……」

「判りました」

 では、とレグイは3人を引き連れて厩を去る。


 残されたフレイは、4人の背中を見送ると、悲壮な表情を一変させ、ぺろりと舌を出す。


「上手く行った?」

「はい。ですから、お小遣いは弾んでくださいね?」

「まだ結果が出てないからダメ」

 物陰に隠れていた優斗が姿を現す。


 そして夕食を摂る為に2人で食堂へ向かうと、少し豪華な食事と葡萄酒を注文する。


「相変わらず、ご主人様はあくどいですね」

「ノリノリで加担した癖に、そんな事言う?」

 優斗にとって、今回のメインはこちらの商談だ。


 仕入れ値で公国金貨20枚以上を支払っている品々は、しかし帝国産かつ希少である事が災いし、ラダルやレグイにはその適正価格が判断出来なかった。


 そこに、この街では大きな規模を誇る商会の見積書が現れた。わざわざ紙に書かれた見積もりの価格は、普通であればイコール買取価格であり、今回の様に高めに設定して書かれる事は稀である。


「でも、慣れない商品を扱うのを嫌がる可能性もありませんか?」

「小さいとこは、何時でも大きなとこに負けたくないと思ってるもんだよ。それに、ライバル店に差を付ける為にも、どちらかは食いつくはず」

 仮にどちらも食いつかなければ、シェーン商会に適正価格で売れば、優斗に損はない。


 今回、優斗が行った事は、適正価格を誤認させ、品物を高く売ると言うモノだ。

 珍しい手法ではないが、今回は運よく協力者が多かった上に、状況にも助けられた。


 上手く行きそうな手ごたえに、優斗はようやく自分の商売で利益を出せそうだと言う実感に、口元が緩む。


「油断して、私の努力を台無しにしないでくださいね?」

「了解。じゃあ、さっくり食べて寝ますか」

 優斗の言葉通り、2人は食事を終えて程なく、眠りについた。


 翌日、一般的な旅の準備に加え、女性の旅に必要な品と日常品、そして多少の嗜好品を買い揃えて来るよう指示したフレイがユーリスと共に出かけたのを見送った優斗は、ラダルとレグイと相対し、予想以上の利益を得る事に成功するのだった。


相変わらず強かなフレイさんでした。

もちろん貰ったチップは優斗くんに渡したりしていません。

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