医療事情
明るくなってすぐに出発した優斗達一行は、途中、幾つかの壊れた荷馬車を発見するも、止まる事なく街を目指した。
まだ生きている人がいるかもしれない。だが、それ以上に盗賊の罠である可能性が高い。そんな中、優斗がそう決断した事に異論を挟む人間はいなかった。
「なんとか無事、街まで行けそうですね」
「まぁ、予想通りではあるけど」
盗賊は、商人達を護衛から引き離す為に策を弄した。
ならば、護衛を引き連れた一行を襲う可能性は低い。そう考えてはいたが、フレイを連れている事で二重の意味で、リスクを承知で襲われる可能性を優斗は考えていた。
「街に着いたら宿取って、病院探さないと」
「病院、とは?」
フレイの言葉に、優斗ははっとする。
名前は違えど、この世界にも医療施設はあるはずだ。しかし、その技術レベルと治療費を、優斗は知らない。
「ライガットさんの怪我、診てくれる場所、あると思う?」
「市壁の無い街ですし、お医者様はいないかもしれませんね。でも、薬師の方くらいなら」
小さくもない街に医療施設が無い。その事実に、優斗は驚き、それ以上に焦った。
ライガットの傷は、それなりに深い。
もし内臓に傷を負っていた場合、治療が可能なのか。そもそも、外科治療や縫合の技術は存在するのか。優斗は、思っていた以上に自分が、今まで培ってきた常識の感覚に囚われていると気づく。
「そういえば、ライガットさんの娘さんが次の街に居るそうです」
「そうなの?」
「ラズルさんからそう聞きました」
何時の間に聞いたんだ。
優斗が口にしなかったその言葉を、フレイは表情から目ざとく察知し、微笑む。
「儲け話だけが情報じゃありませんよ?」
「……返す言葉もない」
商売以外の、もっと他の事も気にしていれば、サイルスの件も見抜けたかもしれない。
これまでに何度も、目先の商売ばかりに気を取られ、後々に残るそれ以外の事象を軽んじていた事を自覚していた優斗は、素直に反省する。
これからは、儲け話に飛び込む前にフレイに相談して見ようかな、と考えていると、開けた視界に町並みが見え始める。
「ようやく到着か」
「キルンの街、でしたか?」
うん、と肯定した優斗は、緊張が解けてしまい、疲れが湧き出てくる。
3人だけの、しかも臨時でしかないとは言え、商隊リーダーになった優斗にとって、この2日間は神経をすり減らすのに十分な時間だった。フレイが適度に話しかけ、それを緩和してくれていたとは言え、優斗の精神はそろそろ限界に近い。
「あの辺まで行ったら、一旦止まろう」
誰に向けた訳でもない言葉に、当然返事はない。
優斗は手綱を握る手に力を込め、馬を先頭へと進ませる。
市壁があればその付近で止まる事になるのだが、ここ、キルンにはそれが無い為、誰かが指示する必要がある。
本格的に街に入らず、道を避けて5つの荷馬車が停められるスペースを見つけて荷馬車を停めた一行は、各々が御者台から降りると、優斗の方へと注目が集まる。
「えーっと、一先ず、この商隊はこの街で解散する予定です。
この後、宿を取って休みます。荷物とその分け前についてですが」」
「その事についてなんだが」
優斗の言葉を遮ったのは、護衛の1人であるラズルだった。
彼が他の2人に目配せすると、どちらも口元を引き結んで頷く。
「あんな事になって、荷物を掠め取ったとなれば、信用に関わる。
だから報酬も、前払い分だけで、それ以上を貰う気はない」
決意を秘めた視線。
それが良い意味で予想外だった優斗は、何時もの営業スマイルを顔に張り付けると、護衛3人に向き直る。
「それはミグルさんの依頼に関してであって、私の依頼はきちんとこなして頂きました」
「あれは自分たちの尻拭いみたいなもんで――」
「それよりも、ラズルさん達に頼みたい事があるんですよ」
そう言って、優斗は腰に提げている袋を手に取る。
そして優斗は、袋を手のひらに乗せると、ラズル達の居る方へと差し出す。
「盗賊に襲われた人達を、探しに行って欲しいんです」
それは、道中で何があっても馬を止めないと決めた時から、優斗がずっと考えていた事だ。
そこに助けを求める人間が居そうであっても、実際に見覚えのある顔が助けを求めていても、全て無視する様、優斗は指示を出した。そして実際、壊れた荷馬車の中を検める事をせず、ここまでやって来た。
そうして居れば、助かった命もあるかもしれない。にも関わらず、優斗は自分たちの安全を優先した。
「他にも何人か雇ってもいいです」
優斗が放り投げた袋が、放物線を描いてラズルの手の中に納まる。
ラズルは優斗の顔色を確認してからそれを開くと、中身を見て表情が青ざめる。
「多すぎだ!」
「人を雇って、馬を手配して、見つけた人に1枚ずつ渡して貰う予定なので、そのくらいは必要だと思いますよ?」
優斗が投げ渡した袋には、公国金貨が10枚以上入っている。
それは優斗の総資産の1割以上ではあるが、持ってきた他の荷物を売れば、十分すぎるほどにお釣りが来る量でもある。
「俺たちが持ち逃げするとは思わないのか?」
「金貨10枚は大金ですし、その可能性は考えました。
でも、それはどうでもいいんです」
優斗の言葉に、護衛の3人だけでなく、キュイ達までも目を見開いて驚く。
前者は発言自体に、後者は金貨10枚を「どうでもいい」と言い切るその態度に。
「私は彼らを助ける努力をした。その事実があれば十分です」
そう言いながらも、優斗は目の前の彼らはきちんと依頼を完遂するだろうと予想していた。
金貨10枚程度では、3人が一生暮らすのは確実に不可能だ。ならばまだ働く必要があり、彼らは仕方なく護衛をしている程、選べる仕事がない。
もちろん、優斗なりに彼らの人となりも考慮した。
「これは、彼らの顔を知っている貴方達でなければ出来ない仕事なんです」
これだけ煽れば大丈夫だろう。
そう判断した優斗は、護衛達の視線から目をそむけ、今度は商人2人に向き直り、荷馬車を指差す。
「話を戻します。お2人の荷馬車に積み込んだ荷物は、そのまま持って行って構いません」
「ホントですか!?」
思わず大声を上げたキュイに、優斗は苦笑する。
盗賊に襲われた後に積んだ荷物は、かなりの量になる。高い物を優先して積んだ事もあり、それを売った際の儲けを考えれば当然の反応だ。
「その代り、お願いがあります」
「なんでしょう?」
前言を撤回されるのではとそわそわしている2人に、優斗はにっこりとほほ笑む。
「ある噂を、流して欲しいんです」
そんな事であれだけの物が手に入るのかと更に興奮する2人に、優斗はこう説明した。
南の方で機織りの新技術が開発された。その為、布の値段が下がるかもしれない。
これに対して商人2人は、嘘の情報を流す事で市場価格を操作し、儲け話を作り出そうとしているのだと考えた。実際には、ある商会に優斗が提供した技術は彼が開発したのではなく、既存の物であると思わせる為の謀略の1つだ。
「そんな事、お安い御用です」
「あんまり確信的に話さず、噂程度でお願いしますね」
それを聞いたキュイは、にやりと笑って首肯する。
これが嘘だと信じ込んだキュイが、噂で一時的に値下がった布を買い取ろうと画策し、ロード商会の売り浴びせに手を出して大損する事になるが、それはまた別の物語である。
その後、流れで安い荷物を載せた荷馬車と積荷の所有権を得た優斗は、全員分の宿を確保すると、フレイを引き連れて部屋へと向かう。
護衛3人のうち2人は、薬師が居ると言う場所へライガットを運ぶ準備をしており、もう1人は雇う人間を探すのだと酒場へと出かけ、商人2人は同じ様に部屋へ向かった。
「薬師さん、居てよかったですね」
「だな。俺たちも行く?」
「いえ、私達は娘さんを探しましょう」
「そうだった。じゃあ、そうしようか」
「はい」
「えっと、確か21くらいなんだっけ?」
「ライガットさんと同じ護衛の仕事、主に女性の身辺警護をしているそうです」
そっち方面の情報収集は、フレイに任せるべきかな。
そんな風に考えながら、優斗は彼女を見つけ出す手がかりを聞く為に、質問を続ける。
「見た目の特徴とか聞いてない?」
「子供っぽくて可愛いところもある。最近はそれなりに女っぽくなった、くらいでしょうか」
「抽象的すぎ」
ならば別方向から、と優斗は思考を始める。
ライガットの娘が彼と別行動をしていた理由として、他の仕事をしていた可能性がある。
そして、彼女の主な仕事は女性の身辺警護。
「この街に身分が高い女性が居ないか調べれば」
「なるほど、まずそこをあたるべきですね」
今日は夕食を摂るついでに聞き込みを行い、明日から本格的に捜索を開始する。
そう決めた優斗達は、焦る必要はない、と少しの休憩を挟んでから行動を開始した。
目ぼしい手掛かりを得られなかった2人は、前日に聞いてあった薬師の元へ向かった。
ライガットが意識を取り戻していれば、直接娘の居場所を聞けるかもしれないと思ったからだ。
結果的にその行動は正しく、優斗達が付いた時には、ライガットの隣には既に女性の姿があった。
「もしかして、父が護衛していた商人の方ですか?」
「えっと、はい。そうです」
そう答えた途端、女性は勢いよく立ち上がる。
父親をこんな目にあった原因の1人である雇い主に恨みを抱くのは、間違っているが理解出来る。優斗はそう考え、咄嗟にフレイをかばい、身を固める。
「ありがとうございますっ」
「……へ?」
立ち上がった勢いのまま下げられた頭と、やはり勢い良く放たれた言葉に、優斗は唖然とする。
「おかげで、父は死なずに済みました。本当にありがとうございます」
「いや、その。そう、ライガットさんの事なんですけど」
居心地の悪さから、ライガットの体調を尋ねる事で話題転換を図ろうした優斗の言葉に、女性の頭は更に下がっていく。
「お金は必ず払います。払いますので、待って下さい!」
「ちょ、ま、いや、そりゃ払ってくれるならありがたいですけど」
薬を処方し、傷の手当をし、ベッドを借りる。
その為に、優斗は少なくない額を薬師に支払っている。保険など無い上に、希少な技術である医術の代金は、それ相応に高価だ。
「ですから、傷が治るまでの間、ここで治療をっ」
「とりあえず頭上げて下さい!」
「私に出来る事ならなんでもします。ですから――」
「ユーリス、煩いぞ」
矢継ぎ早な言葉に困ってる優斗を助けたのは、ライガットの声だった。
先ほどまで眠っていたはずの彼の反応に、部屋中の視線が集まる。
「っつつ、怪我に響く。叫ぶな」
「父さん、大丈夫なの!?」
「大丈夫だから、静かにしろ」
顔をしかめるライガットは、文句を言いながらも嬉しそうだ。
親子の再会を邪魔するのも悪い。そう考えた優斗が、フレイを促して外に出ようするが、その前に声がかけられる。
「迷惑かけちまって悪かったな」
「いえ、助けて頂きましたから」
「それが仕事だからな。
動けない護衛なんぞ、見捨てられても文句は言えねぇ」
そんなライガットの言葉に、優斗はようやく彼の娘、ユーリスが何故あれ程感謝したのか、支払いに言及して来たのかを理解する。
わざわざ護衛を助けてくれた事に感謝し、それ以上に連れて帰った思惑があると考えたのだろう。そして商人の行動は、そのほとんどがお金に関する事だ。
「ところで、ここは、痛っ」
「大丈夫!?」
「次の目的地だったキルンですよ」
ライガットを心配するユーリスの代わりに、優斗が質問に答える。
まだ聞きたい事がある様子のライガットが口を開く前に、開けっ放しの扉から、ここの主である薬師が入って来る。
その姿を認めた優斗とフレイは、邪魔にならないように部屋の隅に移動すると、薬師はライガットの前まで進んで立ち止まる。
「ライガットさん、でしたか」
「おう」
「お話があるのですが。あぁ、空腹でしたら先に食事にしますか?」
「先に聞く」
「では、手短に。貴方の怪我は、ここでは治せません」
その言葉に、最初に反応したのはユーリスだ。
胸倉に掴みかかる勢いで問いただそうとした彼女を制すると、ライガットは表情を少しだけ苦痛に歪めながら、落ち着いた声で質問をぶつける。
「俺は死ぬのか?」
「いえ、死にはしないでしょう。ですが、身体が元通りに動くようになる保障は出来ません」
淡々と言い放つ薬師。
その言葉の意味を全員が咀嚼しきる前に、彼は言葉を続ける。
「首都か、ユミズになら腕の良い医者が居ます。そこで見て貰えばあるいは」
「んな金ねぇよ」
フリーの護衛が稼ぐ金額は、さほど多くない。
そして、大きな街で医者にかかるのにはそれなりの金額が必要だ。
「では、ここから西にある山へ向かうといいですよ」
「そこにもお医者様が居るのですか!?」
ユーリスに詰め寄られた薬師は、特に表情も変えず、掴まれそうになった手を避ける。
空振りに終わった手のやり場に困って固まっているユーリスを無視し、薬師は窓の外へと視線を向ける。
「万病に効くと言う湯が沸いているそうです」
温泉か、と思いながら、同時に温泉卵を思い浮べた優斗は、窓の外に見える山に視線を向ける。
「それに、腕の良い薬師もいるそうです」
「貴方よりも、ですか?」
ユーリスが失礼を承知で問うた言葉に、薬師の男はあっさりと頷く。
「山に籠っている偏屈らしいですが、腕は確かだと言う噂ですよ」
「そうか、色々と悪いな」
「報酬は貰っていますので、お礼ならそちらへどうぞ」
そう言って、薬師は部屋を去る。
そして、そちらと差された優斗は、あはは、と乾いた笑を浮かべた。
「とりあえず、何か食べる物を買ってきます。ちゃんと食べないと治るモノも治りません」
「そう、だな。ユーリス、頼む」
「うん、父さん、何食べたい?」
「私達で行って来ますので、ユーリスさんはライガットさんについていて下さい」
「いえ、むしろご主人様とユーリスさんで行ってきて下さい」
そう言ったフレイは、ユーリスから見えない位置で、優斗の裾を引く。
そして、後ろ手に隠し持っていた小さな袋を、優斗にだけ見える様に示す。
少しの間を空けてその意図を理解した優斗は、彼女に了解した旨を目で伝えると、ユーリスに話しかける。
「自己紹介が遅れました。私は商人の優斗です」
「優斗さん、ですね。私はユーリスです」
「で、こちらが旅の連れで、フレイです」
「よろしくお願いします」
「よろしく、って、ん?」
「じゃあ、買い物に行きましょう」
「へ? あ、はい」
元々ライガットの言葉通りに買い物に出るつもりだったユーリスは、優斗の同行に戸惑いながらも、追い出すような見送りを受け、あっさりと部屋を出る。
ユーリスと言う女性は、見た目だけならば年齢相応に見える。
公国では珍しくない、フレイと同じ金髪碧眼でプロポーションはそれなり。容姿は中の上と言ったところだ。
「そのう、商人さん」
「優斗です。それと、言葉遣いも普通でいいですよ。同い年らしいですし」
「えぇぇ!?」
その驚きから、やはり年下に見られていたのだな、と優斗は苦笑する。
驚きの声を上げたユーリスは、失礼な事を言ってしまったと気づき、慌てて弁解し始める。
「いえ、違うんです。決して子供だと思っていた訳ではなく」
「普通にしゃべってください。ね?」
笑顔の優斗に対し、ユーリスは泣きそうだ。
そんな彼女の反応がおかしく、優斗は思わず吹き出してしまう。
「な、なんで笑うんですか!?」
「ユーリスさんが面白いからです」
「優斗さん、酷い」
先ほどまでの殊勝な態度が吹き飛び、ユーリスは頬を膨らませて抗議する。
その表情が可笑しく、優斗がまた吹き出してしまう。すると、ユーリスもそれに釣られ、吹き出して笑う。
「はは。あ、ちょっと待って下さい。ここです」
「お、ここですか?」
「はい。ここの人と知り合いなんです」
そう言って扉の中へと入って行くユーリスの説明によれば、ここは昼は食堂をしている酒場らしい。
ユーリスが病人食が欲しいと注文をし、優斗がそれに4人分の食事を上乗せして代金を支払うと、店主は愛想よく頷き、厨房へと消えた。
「4人分も買うの?」
「戻る頃には昼時だから、俺と、フレイ、薬師さんにユーリスで4人分」
「私の分まで!?」
何故にそこまで驚く、と言う疑問の答えを、優斗はすぐに思い当たる。
優斗が頼んだ食事は、持ち帰りが可能な中で最も高い品だった。お世話になった薬師への礼をケチる気が無かった事と、同じモノを頼んだ方が早く出来ると考えた結果だ。
慌てて財布に触れるユーリスに苦笑しながら、優斗はテーブルを指差す。
「お昼は俺の奢り。それより、待ってる間、座らない?」
「うん。でも、奢りは……」
砕けてきた口調とは裏腹に、視線に警戒の色が浮かぶ。
ユーリスの経験上、商人がお金を出すのは、利益が出る時か女を口説く時だけだ。彼らは、見栄を張るよりも実を取る。
「別に恩に着せる気はないから」
「でも」
「それより、これからについて少し聞きたいんだけど」
やっぱり来た、とユーリスは体を固くする。
そして促されるまま席に着くと、店員に銅貨を渡し、飲み物を持ってくる様、注文する。
「飲み物代、いくら?」
「私の奢り」
「ん、じゃあ、御馳走になる」
今からする話で優位を保つために食事を奢ると言いだした。
そう思っていたユーリスにとって、それは予想外の反応だった。
実際に食事代を恩に着せる気であれば、食べ終えてから話すべきなので、その予想は大はずれだ。
「ライガットさんの治療、どうするつもり?」
「薬師さんの言ってた山へ行く」
言い切ったユーリスが、あ、っと何かに気付く。
「その、支払いは絶対するから、待ってくれ、ま、せんか?」
「わざわざ丁寧に言い直さなくても」
優位な状況でそれを求めるのは卑怯か。
そう思いながら、優斗は次の言葉を探す。そして、部屋を出る際にかけられたフレイの言葉を思い出し、自分が思った通りに行動する事を決意する。
「ライガットさんが怪我した理由、聞いた?」
「……一応」
どんな要求をされるのかとびくびくしているユーリスの姿に、優斗は悪戯心が沸いてくる。
しかし、そんな事をして後でフレイにバレたら恐ろしいと思い直し、真剣な表情を浮かべて彼女の目を見つめる。
「聞いてる通り、俺たちは盗賊から逃げてきた。で、その中の1人がフレイを狙っている」
九分九厘、演技でだけど、と心の中で呟きながら、驚いているユーリスに話し続ける。
「だからここから逃げ出すつもりなんだけど、街を出た途端、襲われる可能性もある」
「街中でも安心しない方が良いと思う」
返って来た言葉に、優斗は首肯する。
ここ、キルンには市壁が無いので、盗賊も侵入し放題だ。
サイルスの様に市壁があっても入って来る人間は居るが、逃げ道が少ない分だけでも市壁がある街の方がリスクが高まるので、安全だと言える。
「でも、フレイは女の子だし?」
「あれで男だったら、逆に怖いなぁ」
この人、やっぱり丁寧な言葉遣いとか苦手そうだな。
段々と崩れている言葉遣いにそう思いながら、優斗はその提案を口にする。
「だから、女性の護衛を探してるんだけど、心当たりない?」
「……そう来たか」
己の芝居じみた台詞に、優斗は耐えきれず吹き出す。
それを見たユーリスもまた、笑いだす。
何か笑ってばかりだな、と思っていると、飲み物が届き、店員とユーリスに礼を言ってから口をつける。
「お、うまい」
「でしょ?」
「うん。で、仕事内容なんだけど、あの山まで薬草の買付に行こうと思ってるんだけど、どう?」
そんな優斗の言葉に、ユーリスはまた笑いだす。
目の端に涙を浮かべる程笑ったユーリスは、笑いすぎだと呆れる優斗に対し、ごめんごめんと謝罪してから口を開く。
「優斗さん、お人好しだって言われるでしょ?」
「失敬な。ちゃんと商人らしく利益を考えて行動してる」
「うん。代金は絶対に支払うから、よろしくお願いします」
「仕事を頼んでるのは俺なんだけど」
こうして2人は、持ち帰りの食事が完成するまでの間、今後について話し合った。
無事に街へと到着しました。
そして同行者の増えた旅は、間髪入れず次の目的地に向けて動き出します。