残った者
サイルスとライガットの睨みあいを見つめる優斗の耳には、様々な声が聞こえてくる。
早く逃げろ。ソイツを捕まえろ。無暗に動くな。護衛にやられた。助けてくれ。火を消せ。
「若いの。その小僧に近づくなよ」
「荷物を奪う為に、混乱に乗じて皆殺しにするつもりか!?」
「黙れ。叩き切ってやる」
少し迷ったが、優斗は2人から視線を外し、辺りを見渡す。
逃げる者。留まる者。隊列の関係上、逃げ出したくても逃げ出せない者もいる。
「ライガットさん、一先ず武器を納めて下さい」
「んな事したら、逃がしちまうだろうが!」
「ユートさん、盗賊に何を言っても無駄です!」
「盗賊はてめぇだろうが」
「あぁ、もう」
どちらが怪しいかと聞かれれば、どちらも怪しい、と優斗は答えただろう。
それでも何か解決策は無いかと、頭を働かせる。
サイルスがここに居るのは怪しいが、偶然、別の場所で寝ていて、フレイを気に入っている事から、まず荷馬車でなく、こちらに来たと言う事はあり得る。
もちろん、血の付いた手斧を持つライガットもかなり怪しいが、サイルスが盗賊であれば職務を全うしているだけと考えられる。ただ、サイルスに怪我も出血も見当たらない事から、他の誰かを切った返り血である可能性が高い。
「ユートさん、何か武器になる物をっ」
「そこで大人しくしてろ!」
怒声と共に、ライガットが踏み出す。
そして武器を振りかぶった瞬間、鈍い音と共に彼の動きが止まる。
「止めろ!」
「ちっ、バカが」
ライガットの後ろには、大き目の石を構えた若い商人が1人、立っていた。
彼もこの商隊に参加している商人であると優斗には判り、混迷する状況にまた頭を悩ませる。
「私達も加勢しましょう」
「フレイ!?」
荷馬車から飛び降りたフレイは、その手に長い金属棒を持っている。
サイルスに向かって歩き出すのを慌てて止めようとする優斗を、フレイは手を上げて制してからゆっくりと頷く。それに対して反射的に頷いてしまった優斗は、その意味が「任せて下さい」と言う内容であると気づいて慌てるが、既に遅い。
「サイルスさん、これを使って下さい。ご主人様はナイフを」
「フレイ、下がって」
「助かります」
フレイは棒の端を持って、サイルスに向ける。
サイルスが棒を掴む為、視線を逸らした瞬間、ライガットが再度踏み出す。
そして振り上げられた手斧は、またしても振り下ろされる事なく、動きが止まる。
「えいっ」
「がげっ!?」
ライガットを迎撃する為、サイルスは思い切り棒を掴もうと、手に力を込めた。
そしてサイルスが棒を握る寸前にフレイがギフトを発動した結果、サイルスは膝を折って地面に崩れ落ちた。
「もう一回、えい」
倒れ込むサイルスに棒を押し付けたフレイは、再度電撃を加える。
ライガットも、石を構えている若い商人も、唖然としている。
突然の事に思考が付いて来ないのは優斗も同じだったが、それでも予想出来ていた分だけ、復帰も早い。
「フレイ、ストップ」
「えいっ」
「だから止め! 戻って来い」
「はーい」
軽い調子のフレイが、今度は素直にその場を離れる。
フレイが戻って来たのを確認すると、優斗はライガット達から視線を外さないようにしながら、荷馬車に近づく。
「ライガットさん、これを」
「お、おう。判った」
こうなれば、フレイの判断を信じて行動しよう。
そう決めた優斗は、サイルスを捕縛する為の縄を取り出し、ライガットへ投げる。
「火消し、手伝いに行ってください」
「は、はひぃ」
次は自分の番かと怯えていた若い商人が、慌てて火の手に向かって走り去る。
次は事情確認と考え、優斗は聞くべき事をざっくりと決めると、フレイの肩を抱き寄せながらライガットに向き直る。
「ライガットさん、あの火はサイルスさんの荷物から?」
「あぁ。コイツが自分で付けた」
現行犯ならば何故そこで捕まえなかったのか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、優斗の方を向いたライガットは、はっ、と短く笑い、説明を続ける。
「仲間が居たんだよ。で、足止めしようとしたから切った」
「殺したんですか?」
「あぁ」
血がべっとりとついた手斧から、予想はしていたが、優斗は少しだけ落ち込んでしまう。
「逃げた人達は大丈夫でしょうか?」
「たぶん、ダメだろうな」
「……何故ですか?」
「聞いた事がある手口だ。護衛から引き離して、暗闇の中で襲う。街道に縄を張れば、荷馬車なんぞ簡単に止められるからな」
確かに、この暗闇で街道に張られた縄に気づくのは困難だろう。
そう言えば、と優斗はもう1つ気づく。
ライガットが犯人ならば、火事など起こさず、全員の寝込みを静かに襲った方が効率的だ、と。
「こっちは陽動って訳ですか」
「火の手が上がったらこいつが逃げるように煽る予定だったんだろうな。それと死体の1つでもあれば、普通は逃げる」
火事と殺人が起こった現場に残りたくない。その心理は優斗にも十分理解出来る。
「とりあえず、手斧をこっちに」
「なんだ、まだ俺を疑ってるのか?」
呆れた表情のライガットに、優斗は強張った表情で、なんとか笑って見せる。
「血、洗い流さないと色々と誤解を生みますよ」
「これだけ洗っても無駄だろうなぁ」
暗さで気づかなかったが、手斧だけでなくライガット自身も血まみれだ。
その姿から感じる恐怖から目を逸らしながら、優斗はこれからについて考えていた事を実行するべく、口を開く。
「ライガットさんの雇い主はミグルさんですよね?」
「あぁ。護衛は全員そうだぞ」
「そうですか。ところで、1つお願いがあるのですが」
そう言って、優斗は袋から銀貨を1枚取り出す。
それを手のひらに乗せると、ライガットの方に向け、営業用のスマイルを浮かべる。
「これで、ミグルさんが見つかるまで、私に雇われて下さい」
「は?」
「まだ、侵入者が居るかも知れませんし。どうですか?」
ミグルが逃げ出している可能性を口にせず、優斗は決断を迫る。
盗賊に囲まれているらしい現状を打破する為に、護衛の存在は必須だ。だが、雇い主であるミグルが逃げていた場合、彼らがどう行動するのか、優斗には判らない。
ならば口頭の約束であっても交わしておくに越した事はない。上手くいけばもしもの場合にこの商隊での発言力を増す事が出来るし、身を守ったり、他の者への抑止力にもなる。
「契約が切れる前に他と契約する気はないぞ」
「そんな大仰な事ではないですよ。
これはミグルさんのところに案内して貰う為のチップです」
ライガットの探る様な視線に、優斗はひたすら営業スマイルを返す。
そうして睨みあっている間に、火の手が消え、灯りと共に人影がこちらにやって来るのが見えた。
「ライガットさん、火は消えました、って、女連れの兄さんも一緒か」
「どうも、ラズルさん。丁度いいところに」
ライガットから視線を外した優斗は、護衛3人組のリーダー格であると言う青年に向き直る。
ここは多少強引であっても押しの一手、と考えた優斗は、表情を真剣なモノへとシフトする。
「ミグルさんは無事ですか?」
「ん、いや。見てないな」
「では、しばらく私が指揮を執ります。構いませんか?」
「あ、いや、えっと?」
「ミグルさんが見つかるまで、私が雇い主だと思って下さいと言う事です。そしてこれは手付金です」
そう言って優斗は、戸惑うラズルに公国銀貨を3枚握らせる。
迷っているラズルに対し、考える隙を与えないようにと優斗は畳み掛ける様に言葉を続ける。
「ミグルさんが見つかれば、それはチップとして差し上げます」
「よく判らないがわかった」
ミグルが逃げていなかった場合、優斗は単純に損をする事になる。
しかし、彼はそうなって欲しいと心から願っていた。保険は役に立たない方が良い事なのだと、優斗は十分に理解している。
「見つからなかった時は、次の街まで私が雇うと言う事で良いですね」
「おう、って、それは――」
「手付金、確かにお支払しましたからね?」
何か言いたげなラズルは、しかし手の中の銀貨を付き返す事はなかった。
一度手に入れた銀貨が惜しい、と言う思いが無かった訳ではないが、それ以上に、否定の言葉を吐けば、この状況を許した自分たちを糾弾する言葉が返って来るのではないかと恐れたからだ。
「ライガットさんも、それでいいですか?」
「悪いが、俺は無理だ」
拒否される可能性も考えていた優斗は、驚きはしなかった。
しかし出来れば説得したい、とライガットの方へと体ごと振り向いた瞬間、どさっ、と言う鈍い音が聞こえた。
「どうしたんですか!?」
慌てて駆け寄った優斗の声に、反応はない。
その隣にラズルがやって来るまでの間、徐々に明るくなる視界は優斗にある事を気付かせた。
暗闇では返り血に見えたそれには、ライガット自身が流したモノも混ざっている様だ、と。
「フレイ、水とお湯と布っ」
「はい」
「手当は俺がします。松明、持ってて下さい」
ラズルの言葉に頷いてから、優斗は松明を受け取る。
優斗に医学知識はほとんどない。
ならば今、自分に出来る事はと考え、出来る限りの物資の提供と、言われるままに手伝いをする事だけだと結論する。
「ご主人様、布と水です」
「1枚地面に引いて、その上に並べて。
ラズルさん、必要なモノがあれば言って下さい」
「じゃあ、包帯と薬を」
「判りました」
松明を地面に固定し、フレイに必要に物は惜しまず出し、手伝える事は手伝う様に指示を出す。
先ほどまで火の手が上がっていた方へと走り出した優斗は、残りの護衛2人に事情を説明して手伝いを頼み、残っていた商人から薬と包帯を手に入れると急いで荷馬車の方へと戻る。
一応とは言え護衛と言う仕事をしているだけあって、3人はそれなりに手際よく、ライガットに治療を施して行く。
「後は竜神様に祈るしかない」
止血を終え、血のついた包帯で全身を包まれたライガットを見下ろし、ラズルがそう呟く。
もう出来る事はない。
それを意味する言葉を聞いた優斗が考えた事は、すぐにでも病院に連れて行かなければ、と言うものだった。
「一刻も早く医者に見せる必要があります。急いで商隊をまとめなおして、街へ向かいましょう」
「そいつら、本当に信用できるんですか?」
その声に振り返ると、そこには見覚えのある若い商人が2人、立っていた。
その1人が包帯と薬を分けてくれた商人であると判ると、優斗は頭を下げ、礼を言う。
「いや、代金はちゃんと貰ったんだからそんな」
この状況で吹っかける事なく薬を売ってくれた彼は、キュイと言う名だ。
「それより、この後どうするんですか?」
「残った人間を全員集めて、街へ向かう」
「でも、この中に盗賊の仲間が居る可能性もありますよね?」
その指摘に、優斗は転がしたまま忘れていたサイルスの存在を思い出し、その姿を探して視線を彷徨わせる。
しかし、どこにも見当たら無い。
「サイルスがどこ行ったか知らない?」
「アイツなら、森の方へ逃げましたよ」
「……アイツ、火事を起こした犯人なんだけど」
その言葉に、キュイ達は驚いて目を丸くする。
ライガットの傷は、足が一番深く、次いで肩、腹が酷かった。そんな状況で完璧に縄をかけて置く事を求めるのは酷だ。ならば、これはライガットの傷に気付かず、知った後もきちんと捕縛しておかなかった自分の手落ちだと、優斗は後悔する。
「ライガットさんの話から推測して、暗いうちの移動は危険だと思う」
沈む気持ちを切り替え、優斗は今後の方策を口にする。
向けられる6つの視線のうち、2つに視線を向けると、確認の為の言葉を口にする。
「ここに残っているのは2人だけ?」
「そうです」
「にしては、荷馬車が多くないか?」
湯を沸かす為のたき火のおかげで、この周辺は多少明るい。
優斗が再度視線を巡らせると、見える範囲だけでも荷馬車が3つある事が判る。
「荷馬車が動かせないから馬で逃げたヤツとか、走って森の中に逃げたヤツとかもいましたんで」
「あぁ、なるほど」
だから違和感なくサイルス見逃したのか、とズレた納得をしながら、優斗は質問を続ける。
「ミグルさんは?」
「荷馬車を見に行ったらありませんでした」
「逃げたか」
彼だけでなく、この商隊のほとんどの全員と、優斗は話をした事がある。
それはサイルスとの一件で謝罪に回った事が原因で、今回の件も彼が原因だと考えると、今さらながら怒りが沸き上がって来るのを感じる。
優斗はその怒りを表に出さない様、なんとか抑えながら、冷静になれと自分に言い聞かせて先を続ける。
「ラズルさん達は、私が雇う事になりました。そうですよね」
「あぁ、そうだな」
「キュイさん」
「なんですか?」
「次の街まで、私の指示に従う気はありますか?」
それは質問の形を取っているが、実質的には脅迫に近い。
盗賊に襲われたこの状況で、優斗は身を守る最大の手段を独占した。わざわざそれを告げてからの質問は、意に添わなければ、ここに捨てていく、と言っているに等しい。
「……判りました」
「ありがとうございます。
では、2手に別れて荷馬車と馬の数を数えて来て下さい。生きている人がいないかの確認も」
護衛1人と商人1人を1組としたチームで調査した結果、焼けた荷馬車を除けば、荷馬車が7つと馬が5頭残っている事が判った。
正確には荷馬車と馬のセットが4つに、馬だけ無い荷馬車が3つ。内、1つは車輪が壊されていた。残りの馬1頭は、護衛用のものだ。
「護衛の皆さんって、御者は出来ますか?」
「出来るが、持っていく気なのか?」
「盗賊にくれてやるのも勿体無いですからね」
他人の物に手をつけるのは初めてではないが、抵抗が無い訳ではない。
しかし、今は不安を煽らない為にも堂々としていなければならないと考え、優斗はさも当たり前のように話を続ける。
「それに、次の街で逃げ延びた人に会うかもしれません」
「なるほど、そう言う事ですか。でも、そうでない場合は?」
「この場に居る全員に分配します」
その言葉に対する反応は、様々だ。
少し嬉しそうにする者、複雑な表情を浮かべる者、無表情になる者。
それでも優斗の意見に異論はない様で、誰も口を開かず、次の言葉を待つ。
「ですので、今から荷物を積み替えます」
「壊れた荷馬車からですか?」
「それもあります」
そう告げてから、優斗は地面に大きな丸を書いていく
1つ書くと間を空け、次は間を空けずに固めて3つ書く。そして最後に、また少し離して1つ。
「ラズルさん達護衛が乗る荷馬車には、一番前と後ろを走って貰う予定です。そして後ろの方の荷馬車には安い荷物を集めます」
「どうしてですか?」
「盗賊に追われた時、荷台を切り捨てて逃げる為です。
逃走中に馬に飛び移って荷台と繋がっている部分を切る、と言う事は可能ですか?」
「出来なくはないだろうけどなぁ」
落ちたら死ぬなぁ、と呟くラズルに、優斗は別の方法は無いかと考え始める。
「あほかラズル。最初から馬に跨ってりゃいい事だろうが」
「おぉ、その手があったか。じゃあ、お前に任せる」
「な、しまった!?」
「あほはお前だな」
白々しい反応を見せるラズル。
どうやら気づいていて口にしなかったらしい、と気づいた優斗は、護衛3人の仲の良い会話を無視して、説明を続ける。
「高い物はこっちの3つに移します」
「残りを先頭に入れる訳ですか」
「その通り」
最悪、先頭の荷馬車も捨てる。
街道が塞がれば時間稼ぎになるし、中身を漁ってくれれば足止めにもなる。それだけで満足して追う事を諦めてくれれば、最高だ。
「では、その人はどうするんですか?」
キュイがライガットを指差す。
護衛3人が息をのむ。
自分で動けない怪我人だと言うだけもで見捨てられる要素としては十分だ。それに加え、ライガットは護衛であり、守る側の人間であるはずだ。
「もちろん、連れて行きます」
その言葉に、護衛3人は安堵し、商人2人が少しだけ顔をしかめる。
2人の反応は、人、しかも寝かせておかなければならない怪我人を乗せれば、それだけ積める荷物も少なくなる。故に彼は自分ともう1人のどちらの荷台にライガットを乗せる様、優斗が指示すると思ったからだ。
「面倒を見る人が必要だと思いますし、私の荷馬車に乗せましょう」
驚く商人2人の顔を見て、優斗は苦笑する。
ちらりと隣のフレイを見ると、何故か笑顔で手を振っていた。
「まず、ラズルさん達はライガットさんの移動をお願いします。キュイさん達は荷物と荷馬車の移動を。あ、薬と包帯、ついでに余っている毛布があったら持ってきて下さい。
質問が無ければ、早速作業を開始して貰います」
優斗がそう告げると、5人はお互いに顔を見合わせてから、のろのろと立ち上がる。
唯一、隣のフレイだけがしゃっきりと立ち上がると、優斗の真横で中腰になる。
「みなさん、がんばって下さいね」
全員が声のした方へと振り向く。
それを予想していたフレイは、優斗の腕を抱きかかえると、しなを作ってこう告げた。
「がんばった人には、ご主人様にお願いして、ちょっとだけ、サービスしてあげますからね?」
その言葉を聞いた5人の反応は、とても判りやすいモノだった。
優斗の腕を包む胸と、中腰のまましな垂れかかっているせいで突き出されたお尻に視線を向ける。そしてごくりと生唾を飲み込むと、目の色を変えて、行動を開始する。
この国の基準で言えば、フレイの容姿と体型はギリギリ子供の範囲に入る。にも拘わらず、その様な反応を見せる5人に、優斗は「若いなぁ」と言う感想を抱く。
「サービスに、お酒でも振舞いましょう」
変な事なら許可しないぞ、と言う言葉よりも早く、耳元で囁かれた言葉に、優斗の口元が引きつる。
「女って怖ぇ……」
「教育の賜物です」
5人の若者を手玉に取る教育ってどんなだ。
優斗はそんな風に考え、腕に感じる感触を極力気にしないようにしながら、先ほどから気になっていた事を口にする。
「そういや、なんでサイルスが犯人だって判ったの?」
「判りやすく話題を変えてきましたね」
まぁいいですけど、とそれに乗ってくれた事に感謝しながら、優斗は次の言葉を待つ。
そんな優斗に、フレイは腕を解放するどころか、更に身を寄せ、囁くように耳元に口を寄せる。
「ちょ、近い」
「色々と理由はありますけど、強いて言うなら目ですね」
優斗の抗議を無視し、フレイはそのままの体勢で説明を続ける。
「ライガットさんは、優しい、子供を見る様な目で私を見ていました。
サイルスさんの方ですけど、あれは奴隷を見る目でした」
「ん。それってなんかおかしい?」
フレイは奴隷で、サイルスもそれを知っていたはずだ。
そう考えながら、彼がフレイに対し、何と言っていたかを思い出す。
「確かに、口説く相手を奴隷扱いって言うのも変な話か」
「一夜限りと言うのでしたら別ですけど、あの金額で買い取ると言うのは不自然です」
「熱心に口説いてたしねぇ」
その発言に、フレイは少しだけ距離を取り、優斗の目を見つめながら呆れ顔でため息を吐く。
反応の意味が理解出来なかった優斗が困惑するのを見て、フレイの表情に、更に呆れの色が増していく。
「えーっと?」
「ご主人様。私はずっと、傍にいましたよね?」
「そうだっけ?」
「サイルスさんが売ってくれと言ってからは、間違いなく」
日中はずっと御者台に並び、村を出てからは夕方も優斗の後ろを着いて来ていた。夜、寝る時も同じ場所。
「ですから、ご主人様も知っているはずです。
サイルスさんが私を口説いた事はない、と」
優斗は思い出す。
最初の、好きです、と言う言葉は、お嬢さんを下さいと優斗に告げたものだった。その後も、基本的に優斗に話しかけ、売る様、もしくは解放する様に求め続けていた。
「……ホントだ」
「最初は、転売目的かと思っていました。
実際には違ったみたいですけど」
フレイには鑑札が付いており、そのままでは転売出来ない。だから、盗む立場から考えれば、それをどうにかする必要がある。
そして後から荷物を奪うのであれば、どんな高価格で購入しても関係がない。そうと知れば、優斗にもサイルスの行動が如何に怪しかったかが理解出来る。
「じゃあ、なんでこのタイミングに襲って来た?」
「勝負に勝つ自信がなかったからだと思います」
盗賊が、商人相手に商売で勝負して、勝ち目がどの程度あるのか。
実際には逃げる際に手助けをし、その恩でフレイを売るように迫る腹積もりだったのだが、彼らは知る由もない。
「それに、売れなくとも使い道はありますから」
「……」
優斗が奴隷管理局にフレイを登録した際、脱走奴隷は訴えれば始末出来ると言う説明を受けた。
訴えられない状態にすれば、駄目になるまで楽しめる。逃がしたとしても、それまでの間は楽しめる。救出しようとすれば更に楽しめる時間は伸び、運が良ければ次の獲物になる。そこまで想像した優斗は、込み上げてくる吐き気を噛み殺しながら、フレイの頭を撫でる。
「助かった。
でも、本気で口説かれてないって言うのは先に教えて欲しかったかも」
知っていれば、自分もサイルスを疑う事が出来たかもしれない。あの時点では彼の方が信じられると思っていた優斗は、自分が間違った選択をしそうだった事を思い出し、身震いする。
「相変わらず、ご主人様は鈍いですね」
不満そうに、そしてどこか呆れ顔のフレイは、優斗の反論を待つ事なく、次の言葉を発する。
「転売目的だと思ったって言いましたよね?」
「言ったね」
「それが本当なら、相場の二倍出しても利益が出るんですよ?
ご主人様がそれを知れば、私を売らない保障がどこにあるんですか」
優斗はフレイを売る気はなく、フレイはそれを知っている。
だからこの言葉は、真実ではない。
「だから心配ならさ、」
「鈍いご主人様には直接的なアプローチしかないですね。街についたら、いっぱいご奉仕する事にします」
「マジで止めて」
「私では不満ですか?」
「手ぇ出すの禁止したのはフレイでしょうが」
「さぁ、なんの事でしょうか」
サイルスが交渉に来る度に嫉妬する優斗の姿が嬉しかったからだと言う事は、彼女だけの秘密だ。
相変わらず、色々な意味で強いフレイさんでした。
そしてこの判断が導く結果は如何に。