即席商隊
優斗が南西へ向かう為の準備は、思いのほか順調に進んでいた。
その理由に、ユーシアと懇意で居たいと言うカートン家の思惑があった。
荷馬車、礼金、ユーシアへの支援。
どれを取っても文句のない好条件で準備されており、優斗が行ったのは支援に関する契約書の細かい文言を直す程度。
また、ユーシアと親交が深い優斗に好印象を与えようと、滞在場所と食事の提供までしてくれたおかげで十分に時間が取れ、仕入れや行先の下調べも予想以上に早く済んだ。
「本当にいいんですか?」
「何が?」
「式典、見ていかないで」
クシャーナと再会してから10日。優斗とフレイは既に出発の準備を終えていた。
公国内であればそれなりの値がつくとされる帝国の品を仕入れた優斗は、南西に向かって明日出発する予定だ。
出発が明日なのは、護衛を共同で雇う、小さな即席商隊の様なモノの出発が明日だからだ。
「式典後は値上がるだろうし。こうでもしないと、本気で護衛を付けられそうだから」
「少なくとも、クシャーナ様は本気でしたよね」
1年以内にユーシアに帰って来る。
それを条件にクシャーナを説得した時、危険だからとハイルまで駆け付けたユーシア騎士団から護衛を出すと言われてしまい、それに対して優斗が、護衛を雇うから問題ない、と言ってしまったのが事の発端だ。
現在、ハイルに向かって来る人間は多く、それに伴って護衛として同行してくる人間も増えている。
滞在中も護衛の仕事があれば問題無いのだが、そうでない人間は別の依頼を探す事になる。そして競合する相手が多ければ多いほど、仕事は減り、値切られ易くなる。
結果、街の外で別れて、別の場所で仕事を探すか、安めの料金で別の街へ護衛する依頼を探す事になる。
「安く済むならその方がいいし」
「それなら、ここにギリギリまで滞在した方が、安く済むと思うんですが」
フレイの指摘に、優斗は頭をかく。
確かにカートン家の屋敷は滞在費0な上、食事つきだ。だが、行商をしなければお金は稼げない。
「折角、自分の許可書も手に入れたし」
ライグルは契約書にあった通り、商取引許可証も手配してくれた。
とは言え、今まで使っていたリコスの商取引許可証は捨てず、念の為ジュラルミンケースの中に保存している。
「そうでしたね。でも、それだけじゃないですよね?」
優斗の方を見つめるフレイの声は、少しずつ低くなっている。
「まぁ、他にも色々理由はあるけど……」
言いよどむ優斗に、フレイの目が細められ、鋭くなる。
優斗は、ロード商会に目を付けられている件を、まだ誰にも話していない。しかし、行動を共にしていたフレイがそれに気づく可能性は、十分にある。
「クシャーナ様に押し負けそうなんですね?」
「へ? いや、否定はしないけど」
フレイの言う通り、彼女を取り巻く要素の大部分が、優斗の抗う力を削いでいるのは事実だ。
先日のユーシアを利する取引内容も、数日前にやって来たキャリー商会との間を取り持ったのも、ユーシア家への負い目以上に、クシャーナが領主だからと言う理由が大きい。
「このままだと、ユーシアまで引っ張っていかれそうですもんね」
「説得は出来たけど、納得はしてなさそうだったな」
「そしてそのまま、なし崩し的に結婚させられてしまうのですね?」
「それは無い」
否定しながら、蜂蜜菓子の袋に手を伸ばす。
大量の金貨を受け取った優斗が、まず購入した物がこれの材料だ。
約束を果たす為に作成した蜂蜜菓子の、最初の一袋をフレイに進呈したところ、彼女はその日のうちに完食してしまった。
故に、誤魔化す為に優斗が差し出した飴を、フレイが拒否する事はなかった。
お互いの口に飴が入ったおかげで、少しだけ静かになった部屋にノックの音が鳴り響いた。
「お邪魔するよ」
「どうしましたか、アロウズさん」
「明日は見送れないから、挨拶しとこうと思ってね」
そう告げて部屋に訪れた客は、今日二人目だ。
一人目のクシャーナは、今日の午後から予定があるのだと、午前中はほぼずっとここに居た。
優斗が旅立つ事にこそもう何も言わなかったが「絶対帰ってきてね、お兄ちゃん」と連呼していたので、フレイの視線が痛い半日だった。
「ありがとうございます。でも、本当によかったんですか?」
「色々と助けてもらった功績と、個人的に、ルエインに大きな顔されずに済みそうだからね。そのお礼」
苦笑で返しながら、優斗は彼女たちと交わした契約を思い出す。
ユーシア家は、優斗に対し、褒美として金貨百枚を提示して来た。ただし、一年以内にユーシアに戻り、かつ復興後に手渡すと言う条件付きで。
ルエインに大きな顔を、と言うのは、飛び杼の設計図の写しと、どこの職人に頼んだのかと言う一覧をアロウズに渡した件だ。産業の復興には、かなり大きな効果を持つカードなので、報酬が増えるくらい稼いで下さい、と優斗は冗談交じりに引き渡した。
「それにしたって、額が大きいですし」
「クーナが、どうしても戻って来て欲しいからって、かなり多めにしたからね」
最初は三百枚とか言ってたんだよ、と告げるアロウズは、どこか楽しそうだ。
「まぁ、私も来て欲しいと思ってるからね」
「そうなんですか?」
「懐かしい、と言うか親しみを感じるし。それにほら、人材としても優秀な訳だから、損して得取れ、ってね」
「金貨百枚の損を、得にする自信はないですけどね」
あはは、と笑う弱気な優斗に、アロウズがにやりと笑って答える。
「その為に経験と見識を広げに行くんでしょ?」
「そうですね。千里の道も一歩からと言いますし、少しずつでも信用に応えられる人間になるよう、努力します」
優斗の言葉に、アロウズは何故か驚いた表情を浮かべる。
しかし、すぐに何時もの笑みに戻り、会話を続ける。
「応えてくれる気があるあたり、クーナに脈ありなのかな?」
「黙秘します」
「あはは。
優斗くんが来るまでに、クーナがどれだけ成長出来るか、今から楽しみになって来た。
私も、見せたいモノが出来たし、絶対に来て貰わないと」
その後しばらく優斗をからかったアロウズは、封筒を数十枚と共に、これでクーナに手紙を出せ、と言う言葉を残して部屋を去った。
「さて、明日は早いし、もう寝ようか」
「そうですね」
夕食後、これからの事について話し合っていた二人が、その言葉を切っ掛けに寝間着に着替え始める。
行先の候補を決め、下調べをして、そこで売れそうな品の仕入れを行う。
そんな真っ当な行商の準備を初めて行った優斗は、出発を明日に控え、少しだけ浮かれている。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
別々のベッドに横になると、部屋には沈黙が訪れる。
出発を明日に控え、浮かれている優斗は、その沈黙が落ち着かず、ずっと気になっていた質問を、その理由を深く考える事なく、発してしまう。
「そういえばフレイ。もう夜這いは止めたの?」
フレイの顔が燃える様に赤面し、言葉を詰まらせるが、暗闇の中で優斗がそれに気づく事はない。
返事が無い事に、もう眠ったのかと勘違いした優斗が、自分もと目を瞑ってしばらくした頃、フレイが口を開く。
「そう言うご主人様はどうなんですか?」
「どうって言われても」
優斗はフレイの事を好いている。だからこそ、求めれば拒否出来ない現状で、それを行う訳にはいかないと考えていた。
一方、フレイは自分の感情の変化に戸惑っていた。
生きる為に自分の身体を使う覚悟はあったし、実際にその覚悟を元に優斗に迫ったりもした。だが、色々な事を切っ掛けに、その覚悟だけでは優斗を誘惑するに足る覚悟を得られなくなっていた。
「基本的に、奴隷は命令されて何かをするものです」
「フレイのイメージからは、全然そんな気がしないんだけど」
「個性です」
きっぱりと言い切ったフレイは、赤くなっている顔を布団に埋める。
その音に気付いた優斗が視線を送るが、もちろんその顔を見る事は出来ない。
「ユミと言う方の事はいいんですか?」
「えっと。いや、その」
「死別と言っていましたが、本当ですか?」
「本当と言えば本当、かな」
否応なしに思い出される当時の記憶に、優斗はフレイに続いて布団に顔を埋める。
遺品だらけの棺。何も残らない火葬。一度もしていない墓参り。
「ごめん。寝る」
「私の方こそ、いえ、判りました。おやすみなさい」
二人とも口を閉ざし、布団に包まるが、お互いの起こす小さな音が気になって眠れない。
過去を乗り越える訳でもなく、ただ思い出す事を忘れて、目の前の事だけを考えていた。
そんな事実に、相変わらず自分は目の前の事だけを見て生きている、と気づいた優斗は、中々眠りにつく事が出来なかった。
早朝から起き出した優斗とフレイは、まともな会話もないまま、ひたすら出発の準備をしていた。
荷馬車に乗り込み、出発の準備が万全となった優斗達が門を出ようとすると、そこには豪華な馬車が停まっていた。
「お兄ちゃん!」
「クーナ?」
扉が開きっぱなしの馬車から、着飾った姿のクーナが顔を出す。
予定がぎっしりで見送りが出来ない。
その言葉を信じていた優斗は、驚き、同時に嬉しさを感じていた。
「いってらっしゃい。またね」
「……いってきます。また、会いに行くから」
その言葉に満足し、扉を閉める様、指示を出すクーナ。
満面の笑みで手を振るクーナが居なくなると、優斗は荷台に声をかけ、出発する。
集合場所は公国側の市壁の外。時間に余裕がある為、ゆっくりと移動し、市壁を超えると、打ち合わせで顔を合わせて何名かが既に居た。
「おはようございます」
「早いですね」
「どもっす」
先客の三人の近くまで荷馬車を移動させる。
今回の即席商隊は、複数の商人が出資し、それを代表が集めて複数の護衛を雇うと言う形式だ。護衛は雇い主をはっきりさせる事を好むので、出資額が多い者が代表になるのが一般的であり、複数雇う場合は代表も複数である事が多い。
「ミグルさんは?」
「まだ来ていません」
ミグルと言うのは、この即席商隊を集めた代表者だ。
荷馬車を停める優斗に、1人の若い商人が近づいて来る。
確か、サイルスと言う名前だったかな、と曖昧な記憶を手繰りながら、優斗は笑みを浮かべる。
「集まるまで、話をしませんか?」
「いいですね」
どうする、と問いかける視線と共に優斗が荷台を振り返ると、フレイは首を横に振った。
御者台から降りた優斗に話しかけて来る商人達は好意的で、一部からは少しの尊敬すら感じられる。
名前に年齢、荷物の量。
顔合わせでそれを告げた結果、それなりのキャリアを積んだ、資金の多い商人であると勘違いされてしまった節があり、それが原因だろうと優斗は推測する。
順次集まってくる商人達と挨拶を交わしながら、出発の時刻まで、商隊のメンバーと親交を深めながら話をする。
優斗がこの商隊に参加した理由に、移動中にも情報収集が出来る事と、他の商人と親交を深めて横の繋がりを少しでも得たい言う事があった。この世界に疎く、知り合いが少ない優斗にとって、それはどちらも重要な事だ。
その後、商隊代表のミグルが今回雇った護衛4人と共に現れ、商隊に参加する商人が全員揃っている事を確認すると、出発となった。
「よう、兄さん。女連れだったんだな」
「えぇ、まぁ」
隣でぺこりと挨拶するフレイは、出発まで荷馬車の中に居たのだが、移動開始と共に御者台に座った。
そのせいで、先ほどから入れ替わりに護衛がやって来ては、話しかけて来る。この商隊で女はフレイだけの様なので、気持ちは判るが、と余りに露骨な護衛達の反応に、優斗は苦笑する。
「俺はラズル。よろしく、お嬢さん」
「フレイです。護衛、よろしくお願いします」
「任せとけ!
あのおっさんは知らないが、俺らは信用してくれていいぜ」
今回の護衛は、普段から一緒に仕事をしていると言う若い三人組に加え、風格のある中年護衛が一人、参加している。参加する商人が10を超えた為、三人では不安だと言う声があり、急遽雇ったのだと、ミグルが説明していた事を思い出す。
「あの人はどうですか?」
「なんだ兄さん、気になるのか?」
「えぇ、まぁ」
「俺らより出来るのは確かだな」
予想外の答えに、優斗は驚いた表情を浮かべてしまう。
護衛と言うのは、自分の腕前を売る商売だ。
ならば、他と比べて自分は高価である、と売り込むだろうと、優斗は予想していた。それが女の前ならば、猶更だ。
「俺らは仕方なくやってる商売だからな。あのおっさんは本業だろうし。あ、これ内緒な」
「はは」
苦笑を返すと、ラズルは「他も回らないと怒られるんで」と名残惜しそうに荷馬車から離れて行った。
今回の移動では、護衛の一人が馬で見回り、他の三人はどこかの荷馬車の御者台に配置される事になっている。
優斗は与り知らぬことだが、普段ならば面倒な見回りを、今回は若者3人が率先して行っている。理由は推して知るべし、である。
即席の商隊は二回の小休止を挟んで、日が沈む二時間前まで移動を続けた。
そこから各自で野営の準備を行い、出発時間までは自由に行動する。
「あー、フレイ」
「なんですか?」
昨夜の会話以来、優斗はフレイに対して、必要最低限の事以外では声をかけられず、困っていた。
フレイの方はいつも通りなのだから、と自分に言い聞かせた優斗は、なるべくいつも通りを装って、飴の入った袋に手をかける。
「ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど」
その言葉に対して、フレイは手のひらを上に向け、優斗に向けて差し出す。
言葉でなく、行動で示されたそれに、いつも通りに見えて少し違うかも知れない、と思いながら、優斗は幾つかの飴をその手に落とす。
「他の人から色々と話を聞きたいから、着いて来てくれない?」
「それだけですか?」
「出来れば、相手のコップにお酌して欲しいな、と」
そう言って、優斗は葡萄酒の瓶が入ったバスケットを見る。
酔わせて情報を引き出す、と言う訳ではない。酒は単に、話しかける切っ掛けと、欲しい情報を引き出す為の対価になる予定だ。
ここで唯一の女――しかも若くてそれなりに可愛い――の酌付きならば、暇つぶしついでに話をしてくれる人もいるだろう、と優斗は考えていた。
「酔っ払いの相手は嫌です」
「まぁ、そう言わずに」
「ですから、ご主人様には他の物を注ぎますからね?」
ようやく見る事が出来たフレイの笑みに、優斗はようやく安堵し、表情を崩した。
フレイの協力もあり、その晩、優斗は幾つかの情報を得る事が出来た。
この商隊が向かう先であるユミズは、神殿が多い。それは竜神様やその使いである竜達を祭っているからで、宗教的な色の強い都市だと言う事が伺える。
そこまでは下調べで判っていた事なので、優斗達は途中でこの即席商隊と別れる予定だ。宗教都市に、慣習やタブーを調べきらずに向かう危険性を、優斗は父親から聞いて知っていた。そんな事すら思い出せない程、目の前の事に必死だった今まで旅を思い出し、優斗は苦笑する。
それ以外にも、ユミズ付近の特産や慣習、優斗達が向かう予定のスートリと言う都市の特色などを聞き出した優斗は、忘れないうちにそれを紙に書き出し、その日は眠りについた。
この即席商隊は、大体3日毎に市壁のない街、もしくは村に滞在する様なスケジュールになっている。
「よう、若いの」
「あ、どうも」
三日目の昼過ぎにそれなりの規模を持つ村に到着した商隊は、各々が宿を取ったり、納屋を借りたりと走り回っていた。
優斗はと言うと、既に宿の確保を終え、フレイと共に街を散策中だ。
「ちょっとそっちの子、と言うかお前らに頼みたい事があるんだが」
「なんでしょうか?」
話しかけてきたのは、ラズルによれば本業の護衛だと言う中年護衛、ライガット。
彼の心証を良くしておけば、色々と有利かもしれない。
そんな思惑と共に、優斗は営業スマイルを浮かべ、ライガットと相対する。
「若い女が喜ぶプレゼントを買いたいんだが、どんなモノがいいかさっぱりでな」
予想外な言葉に、優斗とフレイが視線を合わせ、疑問をぶつけあう。
もしかして、口説かれてるんじゃない?
そう言った類の視線は感じませんでしたけど。
そんなアイコンタクトをしてから、優斗はライガットを見る。
優斗よりかなり高い身長と太い腕を持ち、ガタイも良い。年齢は40くらいだと本人が言っていた。
「若い、とはどのくらいでしょうか?」
「ん、あぁ。大体、お前さんくらいかな」
お前さん、と示された優斗の年齢は21。
念の為、それを確認して見ると、ライガットは首を縦に振って肯定した。
「子供っぽくて可愛いところもあるんだが、最近はそれなりに女っぽくもなってきてな」
20歳近く年下の女性の事を、嬉しそうに褒める40歳男性。
優斗の持っていたライガットのイメージは、しかめっ面をした渋めの中年護衛、だった。そこに、腕利き、と付けても良い。
そのイメージは、今、この場で崩れ去り、営業スマイルが崩れないようにするので精いっぱいだ。
「お子さんですか?」
フレイの言葉に、優斗ははっとする。
そう言う可能性もあるのか、と優斗は自分の浅はかさを反省し、真面目な表情を取り繕う。
「あー、いや。違う、ん。違うな」
何故悩む、と思いながら、優斗はフレイを隠すように半歩前に出る。
それは、口説きに来る商人や護衛から彼女を守り続けていたここ数日で、自然と身についた行動だ。
「娘さんは、父親だと思っていると思いますよ」
「そうか。そうだな」
2人で完結してしまった会話に、優斗はようやくその意味を理解し、再度反省する事になる。
「ご主人様、どうしますか?」
「フレイに任せる」
妙な評価をしてしまった詫びは入れたいが、フレイにそれを強制するのは違う気がする。
そう考え、自分は構わない、と言うニュアンスで発した言葉に、フレイは嬉しそうに答える。
「では、次の街で買い物をする、と言う事で良いですか?」
「今からでなく、か?」
「ここの雑貨屋さんは、品ぞろえがイマイチなので」
声を押さえて発されたフレイの言葉に、ライガットがニヤリと笑う。
宿を取っている間、姿が無いと思ったらそんな事をしていたのか。
そう考えながら、優斗はフレイがその娘さんの事を詳しく聞いている姿を見つめていた。
馬車の見張りがあると言うライガットと別れ、優斗達は散策を再開する。
「どうも、ユートさん」
「どうも、サイルスさん」
今までにすれ違った何人かと違い、サイルスは進行方向を変え、優斗の隣を歩き始める。
「どうしました?」
「えっと、ちょっと」
優斗は立ち止まり、サイルスと向き合いながら、彼について知っている事を思い出す。
商隊に参加している若い商人で、数回話した程度。話はもっぱら荷物に関する事で、帝国の珍しい品、と説明した後も、その詳細を聞きたがっていたので、買取の話かもしれない。ならば、と優斗は小さく息を吐き、次の言葉に備える。
「間違っていたらすいません、フレイさんは、奴隷なのですか?」
「そうですけど、それが何か?」
リボンを解こうとするフレイを制し、優斗は彼女の前に出る。
薄いとは言え、鑑札が付いたせいでそれまでより目立つ様になった首輪は、最近購入した首元まで覆うタイプのケープによって、隠されている。
もちろん、隠してあっても気づく人間は気づく。何より、フレイは優斗の事を「ご主人様」と呼んでいるので、商隊に参加している商人のほとんどがそれに気づいている。優斗とフレイのところに、代わる代わる商人達がやって来たのは、優斗の持つ商品を見に来た、と言う側面も存在するのだが、2人はそれに気づいていない。
「その、実は、俺」
頬をぽりぽりとかきながら、サイルスは明後日の方へと視線を向ける。
なんだこいつは、と優斗が彼を睨みつける視線が、更に険しい物になる。思惑は様々だが、この3日間でかなりの人数の男がフレイに会いに来た。それに対し、優斗がどんな感情を抱いているのかは、想像に難くない。
「フレイさんが好きです!
お嬢さんを俺に売って下さい!」
俺はフレイの父親か。
そんな感想と共に、優斗は呆れた表情でサイルスを睨みつける。
その言葉を本当の意味で理解した優斗が、滑稽なほど慌てふためくのは数秒後の事になる。
フレイさんがモテモテなお話でした。
幸か不幸か、そのほとんどは本気でなく話し相手としてですが。