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異世界行商譚  作者: あさ
商品の行方
34/90

少女の想い

 長い時間悩んだ結果、今後の方針を決めた優斗は、フレイと共に商店を巡っていた。


「ちょっと、ご相談したい事あるのですが」

 挨拶をし、今日、何度も口にしている言葉で、店主に声をかけた。


 店を息子らしい男に任せた店主は、軽く説明をした内容に対し、乗り気な様子だ。

 これまでにない好感触に、優斗の説明にも熱が入る。


「私はハイルで物を売る為に、輸送用の荷馬車を必要としています。

 ですので、ハイルへの往路は私の荷物を、復路はそちらの仕入れを乗せる形で共同出資をして下さる方を探しています。

 この店の商品も少なくなっている様ですし、如何でしょうか?」

 店の中を見渡す優斗に、店主が苦笑を浮かべる。


「確かに、これからこの街にも人通りが増えるだろうからなぁ。仕入れは一回行かないとな」

 もうひと押し、と優斗はフレイに視線を向ける。


 優斗の視線を受け、フレイは首輪を隠していた首元のリボンを少しだけずらす。


「現在、ハイルには様々な品が集まりつつあります。その上、市壁の外に市が形成されているそうなので、上手くいけば税を支払わずに仕入れが出来るかもしれません」

 これは、決裂した2軒前の交渉で知った事だ。決裂理由は、往復共に自分の荷物を載せた方が儲かるから、だそうだ。


 その結果を受け、優斗は少し小さめの、資金と物資に余裕のなさそうな交渉相手を選んで交渉をしている。


「それは初耳だな」

「市壁の受け入れ能力を超えてしまったようです。ですので、街の方も見て見ぬふりをしているのだとか」

 店主は、ほう、と言う声を上げ、優斗の目を真っ直ぐに見つめる。


 その瞬間を狙って、優斗はフレイの首元へ視線を向ける。それに釣られる様に、店主の視線もそちらへと向かう。


「商品はまだ仕入れの途中なんですけどね」

「うーむ」

 奴隷の証である首輪。


 鑑札が見えないように露出しているそれを見て、店主は優斗の思惑通り、フレイが仕入れた商品であると言う勘違いをした。


「内容をもう一度、今度は具体的に説明してくれ」

「そちらに荷馬車を貸りて頂き、往路は私の荷物と貴方様を乗せてハイルへ向かいます。私は荷物と共にハイルで降りますので、復路は仕入れた商品と共にお1人でお帰り頂き、荷馬車の返却を行って下さい。

 荷馬車の借り賃は、返却の手間等を考慮して半々で如何でしょうか?」


 優斗の提案に、店主は感嘆の息を吐く。

 ようやく得た好感触な反応を逃すまいと、優斗が意気込んで口を開く前に、店主が笑顔で返答する。


「乗せられる荷物の量を考えれば、俺が得だな」

「荷馬車を借りる名義代込みだとお考えください」

「なるほどな。ちなみに、荷馬車をどこで借りるか、こっちで決めてもいいのか?」

「値段次第ですね。それも含めて、借りる荷馬車を見に行きましょう」

「俺の知り合いに、卸をしている奴がいてな」

 店主の言葉に、その先が予想出来た優斗は、浮かべていた笑みを一段階友好的なモノに変える。


「では、私の仕入れをそこで行う事にしましょう」

「さすが行商人、話が早くて助かる」

 にんまりと笑う店主と共に、優斗はその相手の店へと向かう。


 話はとんとん拍子に進み、店主が知人の仕入れの代行を行う事と、優斗が彼の店で仕入れを行う事を条件に、小さな荷馬車を格安で借りられる事になった。


 その後も、なるべく店を空けたくないと言う店主の要望により、日が上ったら即出発すると決まり、その日は彼の店の一室を借りて眠る事になった。


「眠いなら寝てていいぞ」

 出発早々、気合を入れて手綱を握る店主と交代で御者を行い、ほとんど休憩を挟まない事で時間が大幅に短縮され、一行は日が沈みきる前にハイル付近に到達する。


「おい、にーちゃん」

「なんですか?」

「荷物、どーすんだ?」

 すっかり気安くなってしまった店主の言葉を受け、優斗は荷台を見渡す。


 優斗がほぼ全財産を使って仕入れた品々は、嵩張る物がほとんどない。

 それは、荷馬車が小さい事に加え、人が2人も乗り込む事で積荷を置くスペースがかなり制限されてしまった結果だ。


「持ちきれそうにない分だけ売ったら、残りは担いでいきます」

「そうか。じゃあ、そこでお別れだな」

 手荷物を集めているフレイを横目に、優斗は買取をしているらしい商人の方へ荷馬車を寄せて貰うと、早速交渉を開始する。


「これ、買い取って欲しいんですけど」

「んー。公国銀貨2枚でどうだ?」

 仕入れ値よりも少し安い価格を提示され、優斗は頬をかく。


「2枚は安すぎますよ」

「商税考えれば妥当だろ、と言いたいとこだが、話次第では3枚で買おう」

「話、ですか?」

 予想以上の高値が付いた事に警戒の色を見せた優斗に対し、買取商人がにやりと笑う。


 優斗が警戒しながら続きを促すと、彼は、聞きたいのは優斗たちが来た方面の状況についてだと告げ、仕入れが終わった後、どちらに向かうか参考にしたいのだと語った。


 それを拒否する理由もない優斗は、自分の見聞きした情報を話し、質問に答えていく。


「と、そんな風でした。こんな話で良かったですか?」

「おう、参考になった。じゃあ、これな」

「では、荷物を降ろしますので」

「手伝うぞー」

 気合を入れて、荷物を降ろすのを手伝ってくれた店主とは、その場で別れる事になった。


 早く仕入れを終えて帰りたいと言う店主を引き止めつつ礼を言い、商品探しに向かう背中を見送った優斗達は、街の入り口へと向かう。


 何時もは荷馬車用の通用門を使うのだが、今回は徒歩用の門へと向かう。列は優斗の想像以上に早く流れ、1時間と待たずに優斗たちの順番になる。


「次、お前」

「はい」

 少し不安げな表情で一歩前に出る。


 優斗は、この市壁を手持ちの資金のみで通過する方法として、受入れ能力以上の人がいる事を利用するつもりだ。その為、徒歩用の門があまり混雑していない事に、焦りを感じていた。


「お前と、そっちの連れの分は一緒でいいのか?」

「はい。彼女は私の奴隷です」

 首元のリボンがずらされ、鑑札が姿を現す。


「そうか。支払いが現金ならこっち、物品なら向こうだ」

「ありがとうございます」

 支払うべき税の種類を書き込まれた紙を受け取り、物品で支払う窓口へ向かいながら、優斗は計画を思い出す。


 市壁での税徴収は、現物と現金の選択が可能だ。そして今、この市壁は通行能力以上の人が押し寄せている。

 街としてはなるべく多くの人間から税を徴収したい。だから、今は手間がかかる事をしたくないはずだ。


 優斗はそれを利用する為に、現物での支払いを行う事にした。

 計算が面倒な現物払いで、これで足りるはずだと荷物を引き渡す。時間の惜しい彼らがそのまま通過させてくれれば最良で、多めに計算され、中で必要な資金を残しつつ通行可能なレベルまで下がれば十分。最悪、不足を指摘されてもこの場を立ち去れば良い。


 この計画は賭けの様なモノで、本命は外の市で商売をして稼ぐ事であり、真の目的は、現在の税がいくらなのかを正確に調べる事だ。


「すいません、これを」

「人頭税と奴隷税でよろしかったですね?」

 紙を確認した窓口の担当者が、それに価格を書いてから優斗に向ける。


 その価格を見た優斗は、声が出ないほど驚いた。


「こちらから頂く形でよろしかったですか?」

 支払用の荷物が入った鞄を差し出しながら、優斗はこくこくと頷く。


 声も出せないまま中身の一部を抜き取られた鞄を受け取ると、街の方へと通される。


「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと」

 優斗が驚いたのは、税が想像していたよりも、大幅に安かったからだ。


 優斗は今まで、荷馬車か乗合馬車でしか市壁を通過した経験がない。だから、荷馬車で乗り入れる場合はそれも税の対象となり、人頭税にそれが含まれる分、高くなる事も知らない。




 国境都市ハイルは、東から西へと流れる川によって街を南北に分断されている。


 正式には北が帝国領・ハイルで南が公国領・ハイルなのだが、ほとんどの人間が、ここを中立都市・ハイルであると認識している。


「とりあえず、宿の確保かな」

「そうですね」

 既に日が沈みかけている状況で宿が取れるのか。


 そんな心配が現実になり、優斗たちは街を彷徨い歩いていた。


「人が集まってるんだから、そりゃあ宿もいっぱいか」

「向こう側、行って見ますか?」

 帝国方面を指差すフレイ。


 帝国と言っても、街を出るまでは中立の不可侵地域なので税はかからないし、当然ながら関もない。だから問題はないのだが、国を跨ぐことへの不安がある事も事実だ。


「背に腹は代えられない、か」

「言葉の意味はよく判りませんが、ご主人様の髪は目立ちにくくなると思いますよ?」

 そう指摘された優斗は、自分がどこに居ても異端であり、目立つと言う事実を思い出す。


 帝国人と公国人、両方の特徴を持つ事で苦しんでいたクシャーナの気持ちの一端を垣間見る事が出来た気がした優斗は、彼女たちの到着予定日を思い出す。


「2、3日は自力で生き延びないとな」

「志が低いですよ、ご主人様」

 帝国方面へ向かう橋を目指しながら、優斗とフレイは並んで歩く。


「クシャーナ様が到着するまでに幾ら稼げるか、くらいは言ってください。私のご主人様なんですから」

「何、その意味不明な根拠」

 鑑札を得てからのフレイは、前にも増しておかしい。


 薄々気づいていた事だが、何か理由があるのだろうか。

 そう考えてしまった優斗は、自分が禁止していた質問を、無意識に口にしてしまう。


「と言うか、なんで奴隷解放しなかったの?」

「それを今、聞きますか」

 フレイが苦笑を浮かべながら、到着した橋へと一歩踏み出す。


「ご主人様は何故、私を解放しようと思ったんですか?」

「その方がいいと思ったから」

 それは優斗の、偽らざる本音だ。


「私が一度拒否しているのに、ですか?」

「それは、その」

 拒否された事も、その理由も、優斗は覚えている。


 その上で、それをどうにかする答えを考えていた。それを実行できるかは、別にして。


「うふ、やっぱり」

 楽しそうに笑うフレイ。


 そんな姿に困惑しながら、優斗は橋の中央で立ち尽くす。


「乙女心は複雑なんですよ」


 振り返りながらそう告げるフレイの顔は、とても楽しそうだった。



 フレイの言葉をおぼろげにしか理解出来ないまま踏み入れた帝国の地で、あっさりと宿は見つかった。


「もう真っ暗だな。一部屋だけ残っていて、助かった」

「そうですね。朝も早かったですし、もう休みますか?

 一緒のベッドで」


 1つしかないベッドに腰掛けるフレイの言葉は、優斗の頭に色々な事を思い浮かばせる。


「昨日はあんな恥ずかしがってたのに、積極的と言うか、何というか」

「今は夜ですから、じろじろと見られる心配もありませんし」

 そう言う問題か、とつっこむ気力も無く、優斗はベッドに倒れ込む。


 ずっと荷馬車の上だった事に加え、街を歩き回ったせいで優斗の体力はもう残っていない。


「襲うなよー」

「それはこっちのセリフです」

「間違ってないけど、なんか間違ってる」

 その言葉を最後に、優斗は意識を手放した。




 暗闇の中で優斗の寝顔を見つめながら、フレイはテルモウでの出来事を思い出していた。


 掲げられた奴隷解放の為の書類。

 商取引の時は驚くほど豪胆で、その癖、普段は押しの弱い優斗。頭も良く、優しい彼が、一度拒否した内容を再度問うた理由を、フレイは2つ思い浮べていた。


 1つは、売られてしまった事により、その身分の危うさを実感し、フレイの気持ちが変わったのではないかと思った可能性。


 もう1つは、フレイの説明した、解放しない理由を解決するつもりだった可能性。


 前者であれば、言葉を詰まらせる理由はない。後者であったからこそ、優斗は言葉を詰まらせた。


「女の子は、何時も不安なんですよー」

 優斗に向けられた言葉に、もちろん返答はない。


 あの件で、優斗が順序を間違えた事、そして方法を蔑ろにした事に、フレイは腹を立てていた。


 奴隷解放を希望すれば、フレイの指摘した問題を、優斗が解決してくれただろう事は予想出来た。でも、それを言葉にして伝えてはくれなかった。


 そして何より不満なのは、順序を逆にする事で『それ』に不純物を混ぜた事だ。


 仕方なく、とか、責任があるから、とか、フレイの為、等と言うのは、全て余計なもの。

 何故、ただひとこと『それ』を囁いてくれないのか。


 だからフレイは、奴隷解放と言う選択肢を選ばなかった。


「うりうり」

 頬を突かれ、優斗がうめき声を上げる。


 青年と少女。

 物語では在り来たりな組み合わせ。フレイの読んだ幾つかの物語では、2人は恋に落ちる事が多かった。そしてその形は、主に2つに分けられる。


 少女が青年を求め、追いかけるストーリー。

 青年が少女を欲し、抱き寄せるストーリー。


 フレイは後者を好み、何時かあんな風に求められたい、と憧れていた。


 しかしその憧れは、奴隷となった事で一度は砕かれた。


「がんばって下さいね」


 優斗の眠るベッドに潜り込んだフレイは、その腕を枕代わりにして眠りについた。

乙女チックフレイさんでした。

優斗くんの方は、商売もそれ以外もまだまだ経験不足ですね。

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