告白合戦
日が上りきった頃に起き出した優斗は、困り顔でフレイを見下ろしていた。
「私は奴隷になった時に」
ぼそぼそと呟くフレイは、ベッドの上で膝を抱えている。
「無理やりも、乱暴なのも覚悟していました……」
悲痛な声で訴える姿に、優斗は息が詰まる。
たとえ次に来る言葉が、なんであれ。
「でも、全身をくまなく褒めちぎられる覚悟なんてしてません!」
がばっと上げられたフレイの顔は、真っ赤に染まっている。
「いや、ごめん。可愛かったから、つい」
主に反応が、とは口にせず、優斗は反省しています、と言う体で頭を下げる。
名目通り、色々と『確認』してしまった事を、やり過ぎたと反省している優斗だが、顔がにやけるのを抑えきれない。
「笑いを堪えながら可愛いとか言われても説得力がありません!」
「ごめんごめん。でも、可愛かったのはホントだって」
なんとか表情を取り繕って顔を上げた優斗は、赤く染まった頬を膨らませるフレイの姿を見て、また顔がにやける。
「ご主人様の変態!」
「失礼な。変態的な行動はしてない、はず」
「幼女趣味は十分に変態です」
「だから、俺はロリコンじゃないって」
「貧相で子供にしか見えないっていいました! そんな私の身体を楽しそうに眺めてました!」
楽しかったのは事実だな、と思いながら優斗は昨晩の事を思い出す。
「あぁぁぁ、今、思い出そうとしましたね!?」
「え、や、まぁ」
奇声を上げるフレイに、優斗は思考を中断される
あんな風に自分を誘惑し続けていたフレイが、こんな反応をするなんて予想外だ。そう思いながら、優斗は誘惑の際の恰好は肌の露出が少なかった事を思い出す。
「もしかして、肌を晒すのが恥ずかしい?」
「恥ずかしくない訳がありません!」
そりゃそうだ、と質問の馬鹿さ加減に今さら気づいた優斗は、出会って間もない頃、服を買いに行く前に体を清めるよう、命じた時の事も思い出す。
身体的接触よりも素肌を露出する方が恥ずかしい。そこまで不自然な事ではないのだが、反応が過剰過ぎて優斗にとっては違和感しかない。
「まぁ、可愛いからいいけど」
「とりあえず褒めておけば解決すると思っていませんか? ご変態様」
「なにそれ」
「変態なご主人様の略です」
どうやら、恥ずかしいと暴言を吐く癖もあるらしい、と優斗は呆れる。
いちいちつっこんでいたら話が進まない、と優斗は咳払いをして、話題の転換をはかる。
「とりあえず、その話は一旦置いとこう。収集付かなくなりそうだし」
「判りました。蜂蜜飴で手を打ちます」
それでいいのか、と思いながら、優斗は腰に手をやる。
そこに感触が無い事で、己が立たされている現状を思い出した優斗は、ため息をひとつ吐く。
「それは無理かな」
「こんなささやかなお願いすら聞いてもらえないなんて。
ご主人様は釣った魚には餌を与えない人間だったんですね……」
鑑札を弄びながらいじけるフレイ。
私の事もこんな風に弄んだんですね、と言われそうな気がした優斗は、本当にそれが飛び出す前に現実を告げる。
「誤魔化しても仕様がないから、正直に告白するけど」
「告白、ですか?」
「実は、お金がない」
「……は?」
その言葉がフレイに与えた衝撃は、優斗が予想していたよりも大きかった。
目を見開き、唖然とするフレイは、優斗が黙り続け、言葉を続けない事に焦れて、質問を返す。
「昨日、すごい大金が手に入りそうな話をしていませんでしたか?」
「あー、あれは多分、ほとんど儲けにならない」
「はぁ!?」
先ほど以上の驚き方に、優斗はどこまで先があるか試して見たい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
とりあえず、とずっと立ちっぱなしだった優斗はベッドに腰掛ける。
ベッドが揺れた瞬間、フレイがぴくりと反応して身を固めた事に苦笑しながら、優斗は口を開く。
「だから、手持ちは公国銀貨で20枚ないくらい」
それは2人分の乗合馬車代と人頭税、奴隷税を払うには足りない額だ。
人頭税と奴隷税だけならば足りるかもしれないが、ハイルの税額が不明である以上、安易に徒歩で移動するのも憚られる。
「あの、本当にお金にならないんですか?」
続けて状況の説明をしようとした優斗は、フレイの反応に、出かかっていた言葉を止める。
もしかしてお金が無くて手放す様な事態を心配しているのか、と考えた優斗は、説明しかけた内容を中断して話を戻す。
「少なくとも、すぐにはお金にならない。
でも、お金のあてがない訳じゃないから安心して」
「別に売られる心配をした訳ではないんですが」
歯切れの悪い反応に、優斗はその意図を掴みかねる。
「何か気になる事があるなら、遠慮なく聞いて」
「えっと。領分を弁えれば商売の話には口を出すべきではないんですが」
その瞳に、好奇心の色を見た優斗は、ようやく彼女が望む事を把握出来た。
本を読むのが好きだと言っていたフレイ。きっと、知る事自体が好きなのだろう。
「今回の商談でこっちの取り分は、利益の半分だって言うのは覚えてる?」
「はい」
真剣な目で見つめられ、弟に勉強を教えていた時の事を思い出した優斗は、苦笑いにならないように気を付けながら、自らの顔に笑みを張り付ける。
「でも、キャリスさんからすれば、儲けの半分を持っていかれる訳だ。そしてそれは望ましくない」
「でも、契約したんですから、お金は入って来るはず、ですよね?」
優斗は人差し指を一本だけ立てて口の前へと持ってくると、ちっちっち、と左右に振る。
「期限を設けたんだから、切れた後に稼ぐ様、調整すればいい」
「売る時期が重要な商売だから、それは出来ないんですよね?」
優斗が思っていたよりもきちんと話を聞いていたらしく、フレイの言葉は、表面的には正しいものだった。
商機はロード商会が動くまでの間であり、期限はそれを見越したものとなっている。もう片方の条件で期限を短縮可能だが、その場合、それを察知したロード商会が早く動き出す事が予想される。
「実は、全ての利益を期限後に持ち越す方法がある」
優斗はにやりと笑い、フレイに考える時間を与える様に間を取る。
その意図に気づいたフレイは、真剣な表情で悩み始める。
「わかりました」
「はい、フレイさん」
「お金を借りて、後で布を幾つ払って返済します、と言う契約を期限後に設定すれば、期限内に利益は出ません」
自信ありげな表情のフレイを見て、優斗は思わず笑みが零れる。
「残念。不正解」
「えぇぇ」
一転、フレイは不満そうに唇を尖らせる。
拗ねた顔も可愛いな、と思いながら、優斗は正解の発表と間違いの訂正をすべく、口を開く。
「それは空売りって言う手法と同じ扱いで、契約した日が期限内なら利益に換算するって契約書に入ってる」
その返答にフレイがまた悩み始める。
しばらく考えた後「わかりません」としぶしぶ答える姿も可愛く見え、優斗は微笑みながら答え合わせを始める。
「契約はキャリー商会と行ったから、商会として糸や布で利益を上げなければいい、って言うのは判る?」
「はい」
真剣に耳を傾けるフレイに、優斗は口元の笑みを消す。
「たまたま、工場を経営したいと思っている人が居て、たまたま、その工場を始めるお金をキャリスさんが貸した場合、利息で儲ける事が出来る」
「えっと?」
話の繋がりが理解出来ないらしいフレイを無視し、優斗は言葉を続ける。
「で、工場が、たまたま、機織り工場だったら?」
そこまで説明すると、優斗はまたフレイに考える時間を与える為に、少しの間、黙る事にした。
内容を咀嚼し、話をつなげる事が出来たフレイは、浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「でも、それではキャリスさんの利益は糸と布の生産で得た事になるのでは?」
「利息を法外な額に設定すれば、金貸しで儲けた、と言えなくはない。
経営者の役を別名義の身内にやらせれば、その辺りの調整は難しくないだろうしね」
優斗の説明に、フレイは「なるほど」と納得する。
予想通りの反応を引き出せた事に満足した優斗は、にんまりと笑いながら次を口にする。
「まぁ、キャリスさんは別の方法を使うと思うけど」
「え、何故ですか?」
「露骨すぎて俺の印象が悪くなるから」
そこでまた、優斗は間を開ける。
「なるほど、ユーシアですね」
「正解」
ユーシアの復興には、様々な物資が必要になる。
仮に、キャリー商会がユーシアと共同事業を行う事になった場合、それ以外の面でも使って貰える可能性が高くなる。商品が動けば、当然利益が発生する。
「では、キャリスさんはどんな方法を使うつもりなんでしょうか?」
「さぁ?」
優斗の返答に、フレイが「は?」と声を出し、驚く。
「じゃあ、なんで他の方法を使うと判るんですか?」
「契約が結べたから」
優斗の端的な答えに、フレイは困惑した表情を浮かべる。
それを見た優斗は、シンプル過ぎた返答を反省し、きちんと説明しなければ、と説明内容を頭の中で整理し始める。
「利益の大きさから、半分差し出すなんて契約をする訳がないと判る。機嫌を損ねたくないから、露骨な事はしないと判る。
だから、契約したからにはそれを回避する方法があると判る」
「わかったような、わからないような」
ついでに、商談中に思考を誘導する様な呟きをキャリスがした事とその内容も、別の案がある事への裏付けになっているのだが、フレイを混乱させそうだと優斗は口にはしない事にする。
「あと思いつくのは、金銭にならない利益にしてしまう事、くらいかなぁ」
他には、と考えを巡らせる優斗は、目の前のフレイが不思議そうな顔をしている事に気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「いえ。利益が見込めないのにどうして契約をしたのかな、と」
「もちろん、フレイを取り戻す為」
優斗の即答に、フレイが、音のない「あ」の声を口から出したまま固まる。
優斗が今回の商談で至上目的としていたのはそれだ。
新技術も、それに伴う市場変動の情報も、全ては話の信用性と利益の天秤を釣り合わせる為の見せかけだ。
話を疑われない程度に押し、商会の利益を害しすぎない程度に引く。更に、後々の為に良い関係を築いておきたいと思える状況を作れば、ご機嫌取りの為に、執心している奴隷の1人くらい、引き渡しても良いと考えるのではないか。優斗はそう予想し、実際に行動してフレイを取り戻した。
「まぁ、仮に話の通りに進んだとしても、利益が出るのは何か月か後だから、金欠な現状は変わらないけどね」
苦笑しながら、優斗は財布代わりの麻袋を叩く。
余計な話をしてしまったかもしれない。そう考えた優斗は、フレイから視線を逸らしながら中断していた今後についての説明を再開する。
「でも、ハイルに行けばお金を受け取れる予定だから、最低限そこまでの旅費を稼げばなんとなる」
「足りないんですか?」
「うん。日雇いの仕事とか探すつもり」
キャリスさんに頼めば仕事を回してくれないかな、と思いながら優斗はフレイに視線を戻す。
予想外にも、フレイは楽しそうに、そしてどこか悪戯っぽく微笑んでいた。
「実はですね、ご主人様。告白しておきたい事があります」
表情とは裏腹に改まった態度を取るフレイに、優斗はどう反応して良いのか判断出来ず、黙ってその告白を待つ。
「私、商談をしているご主人様を見ているの、好きなんです」
商人なら商人らしく稼げ。
フレイの言葉をそう解釈しながらも、好きと言う言葉に反応してしまった優斗は、現在の手持ちと状況で利益を出す算段を始めている自分に呆れる。
「蜂蜜の飴がいっぱい作れるくらい、稼いでくださいね」
「そう言う本音は隠しとけ」
それでもやる気が萎えない優斗は、思っていた以上にフレイを好いている自分に気づき、苦笑する。
こんな可愛い娘に期待されて、応えない訳にはいかない。
フレイが楽しそうに見つめる中、優斗はそんな風に思いながら、商売の算段を行う為に、更に頭を働かせ始めた。
一難去ってまた一難。
優斗くん、詰めが甘いです。そして相変わらず、甲斐性がありません。