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異世界行商譚  作者: あさ
商品の行方
32/90

所有権

 フレイの不安そうな表情が目に入り、優斗は自分の無力さを噛みしめる。


「他の奴隷を見ていかれますか?」

 キャリスの言葉に、優斗はフレイから視線を外して反射的に返答する。


「いえ、彼女以外を買う気はありませんので」

 うっかり出た本音に、どうせバレているのだから問題ないだろう、と優斗は心の中で言い訳する。


 金貨1枚。

 優斗の所持品でその価格に届きそうな品はない。ノートパソコンの入ったジュラルミンケースが高値で売れそうだと思いつくが、そこまでの値が付くかは怪しい。それ以前に、金属の鞄だと言う事自体を疑われ、相手にされない可能性がある。ジュラルミンケースはその軽さから金属だと思われず、そのおかげで今までの検問でも簡単な偽装で誤魔化す事が出来た。今回はそれが裏目に出た。


「そうですか。では、出直されますか?」


 ノートパソコン自体や周辺機器は、売る事自体が困難だ。映画等の映像メディアや男性向けの画像があれば、売れなくはない。だが、残念な事に『アイツ』に貸す際、それ関係の物は全て消してしまい、残っていない。


 手詰まり。

 そんな言葉が優斗の頭に浮かぶ。


「資金を得るあてがおありでしたら、確認しては如何ですか。

 私も今日1日は店に居りますので」


 資金を得るあて、と聞いて優斗はロード商会の事が頭に浮かんだ。そしてシールズはあの商会について、何と言っていたのかも。


「キャリスさん」

「はい、なんでしょうか」


 優斗は思い出す。所持金がないにも関わらず、甘い物が欲しくて、どうしても手に入れたい時に自分はどんな行動を取ったのか。


「商売の話をしてもかまいませんか?」

「もちろんです」


 優斗はお金の管理をきちんとせず、行商を続けていた。それでも、今まで問題が起こらなかった理由は、常にお金以外を利用して、商談を行っていたからだ。


「大口の取引相手と言うは、ロード商会の事ですよね?」

「やっぱり同業者でしたか」

 優斗が、いいえ、と首を振ると、キャリスは胡散臭げな表情をする。


 まずその誤解を解くべきだ。そう考えた優斗は、体の向きを少しだけ変える。


「私は奴隷商ではありません。なぁ、フレイ」

「……その通りです、ユート様」

 その会話に、フレイの傍に立っていた女性店員が驚く。


「やっぱり」

 キャリスの反応は、店員とは逆のものだった。


「若い男の子が、今から買おうって言う女奴隷にほとんど視線を向けないから、何かあると思ったよ。

 まぁ、確信したのはさっきの反応で、ですけどね」


 商談用の笑みが消え、口調がぞんざいになったキャリスが、残念そうに優斗を見据える


「私たちはユーシアに居たんですが――」

「同情を買おうって言うのなら諦めなさい。いちいち気にしてたら、奴隷商なんてやってられないの」

 白けた、と言うのがキャリスの本音だ。


 優斗が上手く立ち回る事が出来れば、彼の提示価格で売る事も考えていた。良い商人との繋がりは、金貨1枚に勝る。


 しかし、彼は選択を誤った。そんな商人を商売相手と認める程、キャリスは甘い人間ではない。


「そうですか。では、何故ロード商会が奴隷を集めているのかはご存じですか?」

「労働力にしたい、と聞きいています。大方、貴方の持ってきた書状関係でしょう?」

 予想通りの返答に、優斗は笑みを浮かべる。


 現在の情勢を考えれば、最も奴隷の需要が高いのは、復興が必要なユーシアだ。奴隷を集めていると聞けば、そこに持っていくのだと言う予想は容易に出来、先ほどの書状がそれを裏付ける形となる。


「ロード商会はユーシアに売る為に奴隷を集めている訳ではありません」

「何故そう言いきれるの?」

 持っている情報をどこまで話すべきか、そしてどの様な順で伝えるのがベストか。


 優斗の商談は、常に現代知識と言うアドバンテージによって、優位性が保たれて来た。


 優斗は金銭の管理が杜撰で、商談に用いた経験も少ない。それは即ち、限られた金銭で何かを手に入れる事に慣れていないと言う事だ。


 苦手分野で、専門家に敵う道理はない。だからこそ優斗は、有利に進められる可能性が高い情報戦で勝負を挑む事に決めた。


「私が何故、そんな書状を携えていたと思いますか?」

「私を追う口実。商談のカード。そんなところかしら?」

 正解、と口には出さず、優斗はにんまりと笑う。


「ロード商会が求める奴隷と、ユーシアが求める奴隷の種類が同じだからです」

 その言葉を聞いたキャリスが、金儲けを前にした商人の目に変わる。


 上手く食いついた魚を逃すまいと、優斗は言葉を続ける。


「両者とも、ある事を行う適正が高い奴隷を、一定数欲している、と言う訳です」

「なるほどね」

「まぁ、彼女を追う為に志願したと言う意味では、キャリスさんのご指摘も正しいですね」


 キャリスが考えをまとめるだけの時間を確保する為、優斗は少しだけ間を取った。


 彼女ならばどうすれば最も利益を上げられるのか、思いついただろう。そう思える瞬間に、優斗は再度口を開く。


「私はその、ある事、が何か知っています」

「証拠はあるの?」

 口元の笑みを隠しきれていないキャリスに、優斗は思わず苦笑が漏れる。


「話を聞いて頂ければ、それが真実であると判るはずです」

 交換条件が何か、優斗がそれを告げる間もなく、キャリスが行動を開始する。


「じゃあ、こっちの部屋で。

 その子を地下へ戻しておいて。で、お茶の準備を。

 貴方はこっちへいらっしゃい」


 優斗とキャリスが部屋に入ると、フレイもそれに続く。部屋の外では、女性店員がもう1人の奴隷を連れて奥へ消えた。


 対面のソファーは今まで見た商会の商談スペースと同じ。1つ違うのは、商品を置く為の椅子が余分にある事だ。


「じゃあ、早速話を聞かせて貰おうかしら」

「その前に、取引の内容を決めさせて下さい」

 情報を開示せず、まず結果を求めた優斗に、キャリスが眉をひそめる。


 そんなキャリスの反応を無視して、優斗は言葉を続ける。


「私が支払う情報は、何の為に奴隷が必要なのか、どう言った奴隷が必要なのか、そしてそれによってどう市場価格が変化するか、です」

「市場価格が変化、ですって?」

 キャリスが驚くのも無理はない。


 もし、何らかの商品の市場価格が変動する事を正確に予想出来れば、それは儲け話に直結する。値上がるならば買占め、値下がるならば先に代金を受け取り、後で引き渡す契約を行えば良い。株で言うところの、空売りである。


「予想になる部分もありますが、ほぼ確実に変動します」

「美味い話過ぎて、逆に真実味が薄いわね」

 商談用の言葉づかいが戻ってこないキャリスだが、その目はギラギラと輝いている。


 もう1つは後回しだな、と考えながら、優斗はフレイに視線を向ける。


「キャリー商会は、私に何を支払って下さいますか?」

「んー。そうね」

 少し考えた後、キャリスはその内容を口に出しながら、机の上にあった紙に文字を書き連ねていく。


「その奴隷と、貴方の話で出た利益の1割でどうかしら?」

「無駄にせずに済んだ経費も利益に換算して頂けるのでしたら、それで構いません」

「それは計算が面倒ね」

 どこに、どんな奴隷が必要か判れば、連れて行く人数も最低限で済む。


 今回の件で言えば、ロード商会・アロエナ支店が欲しがっている奴隷の種類が判れば、必要な奴隷だけ持っていく事で、無駄な奴隷税と移動費がかからなくて済む。


「奴隷と純利益の半分。ただし、担保として金貨16枚を頂く、ってのはどうかしら?」

「そうですね、その数字を基本内容として、話した後で追加分を考える方向性で行きましょう」

「じゃあ、早速」

 暫定とはいえ、自分に有利な条件になった事に、キャリスはほくそ笑む。


 ロード商会の欲する奴隷の種類、と言う情報は、ほとんど利益を生み出さない。経費は削減出来るが、それは契約内容に含まない事を確認済みだ。


 もう一方の市場価格に関しては、売り買いの量を調節する事で、利益をコントロール可能だ。それ以前に、莫大な利益を得られる情報ならば、書状の主が独占するはずなので、儲けられる額はたかが知れている、と予想出来る。


「ロード商会は、機織り機の作業効率を約3倍にする技術を手に入れました」

「……は?」

 予想外な一手目に、素っ頓狂な声を出すキャリスを見て、今度は優斗がほくそ笑む。


「技術の漏えいを防ぐ為に、労働者を使わず、奴隷を欲していると言う訳です」

「ちょ、ちょっと待て。そんな急激に生産量が上がる訳が――」

「これを見てください」

 優斗が取り出したのは、飛び杼の設計図の写しだ。


 職人ではない彼女になら見せても平気だろうと判断した、優斗の切り札の1つだ。


「飛び杼、といいまして、ユーシアで開発されました。

 機織りで最も時間を必要とした、横糸を通す工程を一瞬で行う事が可能です」


 キャリスがある程度見たのを確認して、机の上に広げた設計図を、手の中へ戻す。

 物欲しそうにこちらを見つめるキャリスを無視して、優斗は説明を続ける。


「これに伴い、糸の市場価格が高騰し、布地の価格が低下すると予想されます」

 この話に、キャリスは予想以上の食いつきを見せた。


「そうか、ハイルの祭りとユーシアの復興を隠れ蓑に物資を集め、公国中、いや、帝国も含めて全ての支店で一斉に布を売るつもりね!」

 ふふふ、と不気味な笑みを浮かべるキャリスに、優斗の笑みが引きつる。


「ユーシアも情報を持っていると言う事は、復興までの数か月間に量産して、売り浴びせるつもりなんでしょうね。

 奴らに気取られる事なく糸を買集めて、同時に布の空売りを行う方法は……うちも小規模な工場を立てれば」


 ぶつぶつと呟く内容に、キャリスの先見の目と視野の広さを垣間見た優斗は、その情報を使って軌道修正を行う。


「飛び杼の情報、他に漏らさないのであればお売りしますよ?」

「嬉しい提案ね。でも、利益の半分を持っていかれるのは厳しいのだけれど?」

 飛び杼で布を作ると、常にその利益が半分が失われるのでは、堪らない。


 担保の金貨16枚程度ではどうにもならない規模の話に、キャリスは前提条件のマズさに頭を悩ませる。


「ユーシアの協力が必要ならば、間を取り持ちますよ?」

「……なるほどね」

 ユーシアが関係している、と提示されたと勘違いしたキャリスは、前提条件を間違えたまま思考を進めていく。


 今回の儲け話は、潤沢な資金があってこそ、成功するものだ。かと言って大きな商会に頼れば、ユーシア復興後に様々な利権を貪られるのは容易に想像がつく。


 その点、中規模以下の商会であれば、そこまでの心配はない。仮に、その過程で大商会に匹敵する規模を得たとしても、そこまで成長する事が出来たと言う恩を売る事が出来る。何より、ユーシアを基盤に成長した商会が裏切ると言う事は、その基盤を捨てると言う事に他ならない。


「そう言えば、ユーシアの特産は絹糸だったわね」

 優斗は声を出さず、首肯する。


 高騰した糸を購入して布を作るのはリスクが高い。価格変動はもちろん、需要と供給のバランスが崩れれば、品切れが発生する可能性もある。設備投資をし、布を作る機械と人手があっても、材料が無ければ生産は行えず、無駄に赤字が増えるだけだ。


 故に、材料の糸が手に入る事が保障されれば、思い切った設備投資が可能だ。


「これは糸と技術を提供する代わりに、人手を出せ、と言う話なのね」

「糸の紡ぎ手は、手先の器用な女性が最も良いとされていますからね」

 キャリー商会は女性奴隷を専門に扱っている。


 この商会の特徴は、従業員までも全て女性であると言う点だ。男の手を介さない事。その一点ににより、貴族の好事家等から支持を受け、ここまで成長した。その特性上、若い奴隷が多い。


「長時間労働に耐えうる若い女であればなお良い、って訳ね」

「ご明察です」

「そしてユーシアとの共同経営なら、条件を考え直してくれる、かしら?」

「その件に関しましては、新領主様も交えてお話する、と言う事で」

 少し話を大きくし過ぎたかな、と反省しながら、優斗はキャリスから視線を外す。


 何はともあれ、フレイを取り返す算段が付いた。

 その事にこの上ない歓喜を覚えながら、優斗は契約内容の詳細を詰めて行く。


「では、1年、もしくはユーシアとの共同事業を開始するまでの間に得た利益の半分、と言う事でどうですか?」

「うーん。半年にしない?」

 キャリスが可愛くそう告げる。


 年を考えろ、と優斗は思ったが、口にはせず首を横に振る。たぶん30を超えているであろう女性の行動ではない。


 そんなふざけた反応をしながらも、キャリスは利益を上げる為に頭を働かせ続けている。ロード商会が動き出すまでが最も儲けを得られる。しかし、その利益の半分は優斗の物になる。それを回避する為にユーシアが復興するまで待てば、得られる利益が目減りする。


「じゃあ、半分をもう少しどうにか」

「それは変えない、と決めましたよね?」

 これはもう最速でユーシアの産業を立て直すしかない。


 そう考える一方でキャリスは、ここにいる若くて可愛い奴隷全員で囲えば落ちるんじゃないか、とも考えていた。しかし、彼の言葉が嘘であった場合や、派手にやり過ぎてユーシアを裏切ったと判断され、彼が切り捨てられる可能性を考え、実行には踏み切れなかった。


「じゃあ、10か月としましょう。

 10か月間、もしくはユーシアとの共同事業の本格始動までの利益の半分と、フレイを頂きます。

 代わりに、ユーシアとの間を取り持ち、共同事業を発足する際には新技術を提供し、更に担保として公国金貨16枚をこの場でお支払いします。どうですか?」


 その条件にしぶしぶ頷くキャリス。

 ユーシア側が飛び杼の資料を失っていれば、同様に売り込めるな、と言う思考が頭を過ぎった優斗は、クシャーナ相手にそんな商売が出来るかな、と考える自分の甘さに苦笑する。


 解約条件やその保証金額など、幾つかの条件を追加した契約書が完成したのは、更に1時間が経った後だった。




 無事に契約を終えた優斗は、奴隷管理局へと向かっていた。

 奴隷商であるキャリー商会の支店がある街には、基本的にこの管理局が存在する。


「で、なんで着いて来るんですか?」

「アフターサービスよ」

 契約の間も、今も、優斗とフレイの間にはキャリスが立っていた。


 そのせいでようやく再会し、無事に取り戻せたにも関わらず、まだまともに話もしていない。


「登録料、こっちで負担してあげるから。

 何なら宿も紹介してあげるわよ?」

「あー、是非お願いします」

 宿は決めていないし、手持ちも心許無い。


 くすくすと笑うキャリスから視線を外した優斗は、頬をかきながらフレイに向き直る。


「登録の前にフレイと話したいんですが」

 奴隷管理局の看板が見えた。


 キャリスは、わかったわ、と言いながら、建物の前まで移動して、立ち止まる。


 同時に立ち止まったフレイに一歩近づくと、優斗はその名を呼ぶ。


「フレイ」

「はい、なんでしょうか」

「どっちか好きな方、選んで」

 優斗が左右の手に1枚ずつ紙を持ち、掲げる。


 事前に準備してあったそれは、奴隷契約書と奴隷解放手続書だ。


 フレイは迷う事なく、解放手続書を手に取った。


「中々、感動的な場面ね」

 そう言ってにやにやと笑うキャリスを、優斗は睨みつける。


 フレイから視線を逸らしてしまった優斗がそれに気づいたのは、音が聞こえたからだ。


「っえ?」

「おぉ」

 びりびりと、手の中の紙を引き裂くフレイ。


 2人分の視線を受けるフレイが顔を上げると、その顔には笑みが浮かんでいた。

 再会してから初めて見せる笑顔に、優斗はどきりとしてしまう。


「これからもよろしくお願いします」

 優斗が唖然とし、キャリスが爆笑する。


 楽しそうに微笑むフレイは、どこか満足げだった。


 そんな一幕を終えると、3人は奴隷管理局へと入る。

 管理局はさほど大きな建物ではなく、入ってすぐの場所に受付がある。


「商品奴隷の所有契約をお願いします」

「畏まりました」

 既に優斗が所持していた書類に、フレイが血で拇印を押す。


 商品奴隷と言うのは、鑑札のついていない奴隷の事だ。通常、自分の所有する奴隷には鑑札を付けるが、売り物である場合には、鑑札を外す手続きの煩雑さと、手数料の問題で付けない事が多い。他にも、鑑札がなければ逃げ出す事が困難である事を利用し、多くの奴隷を有する商会では管理しきれない奴隷の逃亡防止措置と言う側面もある。


 優斗も、フレイを商品奴隷として所持し続けていた。身分が偽装だから、お金がないから、それ以外にも、人身売買に本格的に加担する事への抵抗等から、鑑札を得る事を避けていた。それが、今回の様な事態を招いた。だからこそ、今回はきちんと、彼女は自分の所有物である、と言う証を得ると決めていた。


 だからと言って、優斗は道徳観念を捨てた訳ではない。ただ、誰かを守る為には、自分の意思を曲げてでもルールに従わなければならない、と言う事を学んだ。


「奴隷はこちらへ」

 フレイが素直に前へ出る。


 首輪の前に付けられた輪に、四角い、金属製のプレートが下げられる。国印と優斗の名前、そして商人と言う身分が掘られたソレに、担当者がギフトで何かを付与していく。


 無事、フレイが鑑札を得ると、キャリスの案内で宿へと向かった。その間、頻りに鑑札に触れるフレイを見て、優斗はなんだか恥ずかしくなり、隣でにやにやと笑うキャリスにからかわれ続けた。




 宿の部屋に案内され、キャリスを含む3人が部屋へと入る。


「まだ何か御用が?」

「まだ引き渡しの確認をしてないからね」


 そう言ってキャリスは、フレイに椅子に座るよう、指示を出す。そして椅子の足元に水の張られた容器を置くと、一歩横へ移動する。


「はい、確認して」

「は?」

「本当に生娘かどうか。後でごねられると困るからね

 本来は契約前にすべき事なんだけど、今回は他との絡みがあったから」

 そこまで説明され、ようやく優斗は状況を把握する事が出来た。


 少しだけ足を開いているフレイ。手を清め、湿らせる為の水。その両方を見比べる優斗の心臓が、早鐘を打ち始める。


「あー、いや。苦情はいいませんので、確認は結構です」

「ふーん。そっかそっか」

 にやにやと笑うキャリス。


「折角、合法的に色々出来るチャンスなのに、もったいない。あぁ、後でゆっくり楽しむのかな?」

「しかと受け取りました! では、またの機会に!」

 焦る優斗の姿を見て、声を出して笑うキャリスを、優斗は熱くなっている顔を隠す為に下を向きながら追い出す。


 キャリスが立ち去ると、フレイがいつの間にかベッドに移動しており、優斗は先ほどまで彼女が座っていた備え付けの椅子に腰かける。

 懐かしい定位置に、優斗は笑みが浮かぶのを我慢出来なかった。


「なんで笑うんですか?」

「いや、なんか嬉しくて」

 再会の感動を欠片も感じさせない言葉に、優斗はますます笑みを抑えきれない。


 優斗はフレイに、何故、自分の奴隷になる事を望んだのか、もう一度聞いてみたいと思っていた。しかし、それを聞いてはいけない、とも感じている。


「とりあえず、ゴメン。こんな事になって」

「許しません」

 笑みを消し、真剣な表情を浮かべた優斗に、フレイは唇の端を釣り上げて怒りをあらわにする。


 怒られても仕方がない。

 優斗は覚悟を決め、真っ直ぐにフレイの目を見つめる。


「人の事を子供だとか貧相だとか、あまつさえ性格が悪いとまでいいましたね?」

「へ? いや、まぁ。言ったけど」

「未来がない、とまで言われるなんて。屈辱です」

 優斗が、それは商談の為で、と口に出すよりも先に、フレイが口を開く。


「しかも、あの子供の方がまし、とまで言いましたよね?」

「いやいや、あれは特殊な趣味の人にはあっちの方がいいんじゃないかって話で」

「クシャーナ様に色目を使っていた人が言っても、説得力がありません」


 色目なんて使ってない。

 優斗はそう叫びたい衝動を、なんとか抑える。


「クシャーナ様との2人旅、楽しかったですか?」

「逃亡生活を楽しむ趣味はない」

「でも、裸くらいは見ましたよね?」

 びくりと反応してしまった事に、優斗は後悔する。


 確かに見た。見たけど、そう言う意味じゃないんだ、と言う言い訳は、フレイのジト目に阻止され、言葉にならなかった。


「鎌をかけただけだったんですが、まさか本当に……」

「本当になんだ! 俺は何もしてないぞ!」

 慌てる優斗。そんな反応に、フレイは、耐えきれない、とばかりに吹き出す。


 そのままくすくすと笑うフレイの姿に、優斗はようやく、からかわれた、と気づく。


「あー、いや、まぁ、俺は幼女趣味じゃないよ?」

「貧相で子供な私を、わざわざこんなところまで買い戻しに来たのにですか?」

「それは言葉のあやと言うか、仕方なくと言うか」

 優斗が言い訳を並べ立てる間、フレイの手は鑑札を撫で続ける。


 このままでは精神が持たない。そう考えた優斗は、話題の転換をはかる事にした。


「ところで、大丈夫なの?」

「何がですか?」

「いや、まぁ。大分痩せてるし、何かされたんじゃないか心配と言うか」

 直接的な言葉を避けた優斗に、フレイはまたくすりと笑う。


「1日2食、きちんと頂いていました」

 それはこの世界において普通の食事頻度だ。


 だが優斗は、毎日1食ずつ抜かれていた、と勘違いして心配顔になる。


「大丈夫です。それとも、こっちが心配ですか?」

 そう言ってフレイは、座ったままの姿勢でスカートを持ち上げる。


 膝が見えるまで持ち上げられたスカートに、優斗の視線が釘付けになる。


 その反応に満足したフレイは、ぱっと手を離す。


「さすがに、確認された時は恥ずかしかったですけど」

 確認したのは買取を行ったあの人なんだろうな、と思いながら、その時に誰か同席していたのでは、と言う事に思い当たる。


「それもキャリスさんは気を付けていました」

 心を読むな、と口に出さず抗議しながら、優斗は安堵する。


 あの商会の特性上、確認の為とは言え、男性が立ち会うのはよろしくない。それでも少し思うところがあった優斗は、複雑な表情を浮かべてしまう。


 そんな優斗の反応を見たフレイは、楽しそうに立ち上がり、スカートの裾を掴む。


「ご主人様も確認してみますか?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべたフレイが、スカートをたくし上げる。


 太ももが半分以上見える位置まで上げてから、フレイはある事を思い出す。自分が確認を行い易い格好をしていた事を。


「じゃあ、遠慮なく」


 2つの影が重なり、同時に可愛らしい声が零れ落ちた。

フレイが誘惑し続けた表の意味は、売らないで下さい。


裏の意味は、貴方のモノにして下さい、その証を下さい。

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