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異世界行商譚  作者: あさ
商品の行方
31/90

人身売買

 その日最後の乗合馬車に乗り込む事が出来た優斗は、窮屈な車内で考え事をしていた。


 今、ロード商会の顔見知りに見つかれば捕縛される可能性が高く、可能性は低いが、最悪、殺されるかもしれない。独占したつもりの技術を知っている優斗は、ロード商会にとって邪魔な存在だ。


 殺されるのはもちろん、身柄を捕えられれば、フレイを追えなくなる。その間に彼女の居場所を見失ってしまう可能性もあり、それだけは絶対に避けたかった。


 しかし、逃げても問題は残っている。このままでは、フレイを取り戻す資金が足りなくなる可能性が高い。


 フレイを金貨9枚で購入したと言う商人は、現在も彼女を連れて移動中だ。関を通過し、アロエナと言う市壁のある街に寄っているので、奴隷税が掛かる。更に、食費等の維持費も必要で、そこに商会の利益を足せば、手持ちの金貨では足りなくなる可能性がある。


 優斗の所持金は残り少なく、そのほとんどがザイルから受け取ったものだ。具体的には、優斗がずっと持ち歩いていた宝石に銀貨、銅貨とザイルの褒美、買戻し資金。乗合馬車の代金と通行税がかかるので、買戻しまでにまだ減る予定だ。


 最初は、何も考えていなかった。その後も、生きていくのに十分なお金がある事に満足していた。ロード商会の手引きで帝国に渡れば、飛び杼の技術と交換で大金が入る予定だった。つい先ほどまでも、ロード商会から大金が得られるだろうと高をくくっていた。


「今日はここまでです」

 小さな村に馬車が止まる。


 辺りは既に暗くなっており、御者の案内で全員が宿へと移動する。資金の問題もあり、今回は一番安い乗合馬車を選んだ為、宿のランクも最低な上、大部屋で雑魚寝だ。


 荷物を両腕で抱えながら、優斗は横になる。完全に寝入ってしまうと荷物を盗まれる可能性があるので、そうならない様に頭を働かせ続ける。


 ロード商会から追われない様にする方法はある。飛び杼の技術を、幾つかの商会に渡せばいい。幸い、新ユーシア領主がその効果を保障してくれるだろうし、絹糸が特産のユーシアならば、率先して使ってくれるだろう。そうすれば独占する意味がなくなり、優斗が狙われる理由もなくなる。実現可能かどうかを無視すれば、どこか特定の商会や、権力者に匿って貰うと言う手もある。


 リスクとリターン。

 商会は利益にならない事、利益になっても不利益が多い事には手を出さない。故に、情報を得て、状況を利用する事はあっても、実力行使に出る事は少ない。売込みに来た行商人に何かをしたと言う噂が立てば、真っ当な理由があったとしても、売込みを敬遠される可能性がある。だからこそ、利益が期待できなくなれば、もしくはそれ以上の損失が出ると予想されれば、意味なく優斗を狙う事はない。


 対策が可能ではあるが、それでは資金の問題が解決しない。

 別のところに売込む事で資金を得るにしても、本当に使える技術であるのか、証明する必要がある。それには飛び杼の作成資金と売込む相手へのコネが必要で、後者はハイルでクシャーナ達と合流すればなんとかなるが、前者は集めるのにも、作るのにも時間がかかる。


 資金的問題だけならば、ロード商会が実績を出すのを待つと言う手もあるが、一刻を争う優斗には、それを待つ悠長な時間は存在しない。


 半分以上眠った状態で、延々と思考を垂れ流しながら朝を迎えた優斗は、1つの結論に達した。


 現在の所持金で買い戻せるよう、最大の努力をするしかない、と。



 アロエナを出てから眠れない夜を3度超え、テルモウへと到着する。


 この街にあるキャリー商会の店舗に向かう前に、優斗は自分の手持ちを確認する事にした。


 関と市壁を2回ずつ通った為、出発時よりも所持金はかなり目減りしている。ざっと計算して見ると、公国金貨換算で、16.5枚と言ったところだ。


 キファから、怪しい人間が入り込むのを警戒して警備を増やすと言う名目で、ハイルの人頭税を含む様々な税が上がるはずだと聞いている。ここで捕まえられなければ、更に目減りした金額で、各種税分高く売られる事になるフレイを買い戻さなければならない。


 優斗は、ロード商会を当てにし過ぎていた自分に腹を立てながら、寝不足の頭を起こす為に井戸に寄り、顔を洗ってからキャリー商会へと向かう。


 何度か道を尋ねながら、どうにかキャリー商会に到着した優斗を出迎えたのは、20代半ばと予想される女性店員だった。


「いらっしゃいませ。本日はどう言ったご用件でしょうか?」

「実は、キャリスさんがここに居ると聞いてやって来ました」

「キャリス様ですか。実は先ほど、出かけてしまいまして」

 一足遅かったか、と優斗が落ち込んだ事に気づいたのだろう。店員は慌てて言葉を足す。


「少し出かけただけですので、少々お待ち頂くか、伝言を頂ければお伝えしますが」

「あ、まだこの街にいるんですか」

「えぇ」

 優斗は、追いつけた、と言う事実に、まだ少しだけ残っていた眠気が吹っ飛ぶのを感じる。


 ならば交渉開始、とばかりに、優斗は営業スマイルを浮かべ、女性店員に1歩近づく。


「では、待たせて頂く間にもう1つの用事を済ませても構いませんか?」

「はい、なんでしょう」

 かなり商売慣れしているであろう店主よりも、目の前の女性の方が与し易いだろう。


 ならば戻って来る前に話をつけようと考えた優斗に、彼女も商売用の笑みを返す。


「天の神の欠片、その中でも空に光る雷のギフトを持つ奴隷はいませんか?」

「少々お待ちください」

 店員が2枚の紙を手に取り、目を通していく。


 アロエナの店員は紙を1枚しか確認しなかった。それだけで確信には至らないが、ここにはあちらよりも多くの奴隷が居るのだろうと言う事が予想出来る。


「3名ほど居ますね。あ、申し訳ありません。1名は売約済みでした」

 売約済み、と聞いて心臓が跳ねる。


 まさか、と優斗は恐る恐る、しかしそれを悟られない様、静かな口調で質問する。


「売約済みの奴隷は、どんな感じですか?」

「売約済みなのに気になるんですか?」

「他人の物の方が気になるのは、誰しも同じですよね?」


 優斗がニヤリと笑うと、店員も楽しそうに笑い返す。


 店員は思い出そうとする時の癖で、少しだけ首の角度を変え、天井に視線を向ける。


「髪の長い、20代後半の綺麗な感じの奴隷でしたよ」

「そうですか」

 安堵しながら返した言葉に、少し興味を失うのが唐突すぎたかもしれない、と反省する。


「長い髪は私も好きです」

「では、髪が綺麗で、長く伸ばした奴隷を見繕ってきましょうか?」

「興味はありますが、まずは天の神の欠片です」

「そうでした。ちょっと連れてきますので、少々お待ちください」


 ここから先は男子禁制なんです、と言って店員が奥のドアへと消えていく。


 連れてこられる人間がフレイでなかった場合はどうするかシミュレートしながら待つ優斗の元に、店員が戻って来たのは10分後だった。


「お待たせしました」


 2人の奴隷を引き連れて戻って来た店員の言葉は、優斗の耳には届かなかった。


 連れてこられた奴隷は、フレイだった。


 俯き気味に歩いて来る姿は、以前よりも更に小さく見える。


「こちらがご希望された商品です。如何でしょうか?」

「ん、あぁ。何かぱっとしませんね」


 優斗が声を発した瞬間、フレイが顔を上げる。


 無表情が驚きに変化し、唖然とした表情で固まる。


 別れた時には少し丸みを帯び始めていた頬は、この短期間で出会った頃の様に細くなっている。優斗の頭には、ちゃんと食事を摂っているのか、とか、そんな事が思い浮かんだ。


 今すぐにでも声をかけたい。大丈夫なのかと確認したい。そんな衝動を抑えながら、優斗はフレイから視線を外し、店員に向き直る。


「何か、憮然としている様に見えるのですが」

「す、すいません。こら、貴方の買い手になるかもしれない人なんだから、ちゃんと挨拶しなさい」

「申し訳ありません。どうぞ、よろしければ私をお買い求めください」

 フレイのあんまりな棒読みに、優斗は、定型句なんだろうな、と苦笑が漏れそうになる。


 同時に、彼女がそんな事をさせられている事に、腹も立つ。


「初めまして。どうか私をお買い求めください」

 その声で、ようやくもう1人連れてこられた奴隷がいる事を思い出した優斗は、怪しまれないようにそちらも観察していく。


 クシャーナと同じか、少し上と言った風貌の少女。こんな小さい子も居るのか、と嫌悪感を感じながらも、表面では平静を保つよう、努力する。


「いかがですか?」

「んー。子供はあまり好きじゃないんですよ」

「では、どの程度の年齢がお好みでしょうか。すぐに準備致します」

「いや、ギフト持ちを探してるんで」

「そうでした。申し訳ありません」


 まだ慣れていないのかな、と思いながら、優斗はそこがつけ入る隙にならないかと、店員の女性を観察する事も忘れない。


「どっちかと言えばこっちだけど、こっちも十分子供か」

「いえ、これでも彼女は16です」

 聞く手間が省けた、と優斗は内心喜んだ。値切り交渉をするならば、商品にケチを付けるのは有用な手段だ。


 一方、フレイは、やっぱり子ども扱いなんですね、と思っていた。


「16、ですか。もう成長に期待できない訳ですね」

「えっと、そのう」

「ちなみにおいくらですか?」

「公国金貨で20枚です」


 奥で確認して来たのか、値段だけは歯切れよく、すんなりと返って来た。


 予算オーバーな価格に、優斗はどうすればそれを下げられるか、シミュレートしていた内容を思い出す。


「んー、高いですね。女性奴隷の平均価格からすれば、13枚くらいが妥当じゃないですか?」

「あ、まだ説明していませんでしたが、彼女は男性の手が付いていない奴隷なんです」

「なるほど。ですが、それでも高い」


 誰が、どうやってそれを確認したんだ。

 優斗は逸れる思考を必死に手繰り寄せ、頭の中から次を引き出す。


「スタイルは子供並み。容姿は悪くもなく良くもなく。例え生娘でも、やっぱり20枚は高いですね」

「えっと、少しだけなら交渉にも応じますが」

「顔も好みじゃないし、他をあたろうかな」

 目の前の女性になんとか聞き取れる程度にトーンを落とした優斗の呟きに、店員の動きが止まる。


 元々大きな動きがなかったので確信はないが、反応を予測して観察していた優斗には、そう見えた。


「女性奴隷の平均価格が15枚前後。この奴隷の売りがそれだけなら、14枚くらいが妥当かと思うのですが、どうでしょうか」

「さすがにそれは。19枚でどうですか?」

 1枚下がった。だが、まだ足りない。


 とりあえず揺さぶって様子を見るか、と優斗は交渉を続ける。


「ギフトが重要とは言え、どうせなら可愛い子の方が良いですし、それだけ出すならもっと良い子が買えそうですね。

 安ければ買ってもいいんですが、どうですか?」

「品質でなく、好みの問題ですと、値下げるのは……」

「好み、ですか」

 鋭く告げる優斗の声に、店員の困り顔が、驚きへと変わる。


「十人並の容姿でスタイルは平均以下。反応から察するに、無愛想で性格も悪そうですね。

 女性奴隷の使途を考えれば、少なくとも容姿とスタイルは品質と言って差し支えないのでは?」


 優斗の指摘に店員は慌て、フレイは唇の端をひくつかせる。


「幼女趣味の方に売るなら、そっちの子の方が良いでしょうし」

 今まで話題にも出なかった少女を引き合いに出す。


 既に自分には関係ないと意識を向けていなかったのか、優斗の視線を受けてキョトンとしている。


「しょ、少々お待ちください」

 店員は手近な机から紙を取り出し、何かを書きつけていく。


 落ち着くまで待ってやる義理はない、と他に使える手札を出そうと、優斗は次を吟味する。


「そういえば、この近くにあるハイルで和平調停があるんですよね」

「え? はい。それがどうかしましたか?」

「式典には人が多く集まります。そこで売れ残りを捌こうって言う商人が集まっているみたいですね」

 にこりと笑う優斗とは対照的に、手を止めた店員は苦虫を噛み潰したような表情をしている。


 単に素直な表情が出ただけか、もしくはこの表情を見せた事に何か意味があるのか。念の為、そう考えながら、優斗は先を続ける。


「維持費はもちろん、奴隷税だって馬鹿にならないでしょう?」

「それはそうなんですが」

 奴隷税がかかると言う事は、移動させると言う事だ。


 ここの奴隷を他の街に移動させる予定がある、と暴露したに等しい彼女の言葉に、優斗は我慢できずに苦笑が零れる。


「やっぱりハイルで売るつもりなんですね」

「へ? あ」

 指摘されてようやく気付いた店員は、ばつの悪そうな表情を浮かべている。


「金貨17枚と半分なら」

 恥ずかしさを誤魔化す為に大きめの声で告げられた言葉に、優斗は考えています、と言うポーズを取る。


 最低でも後、金貨1枚分は値切らなければならない。出来れば後の事を考えて所持金を残したいのだが、決裂しては意味がないのでどこまで押してよいかも確認しながら交渉する必要がある。


「平均価格である15枚」

「う、それはちょっと」

「じゃあ、初物の分を足して16枚」

「えっと、少々お待ちください」


 あと一押しでイケル。

 優斗がそう思った瞬間、勢いよく店の扉が開かれた。


「戻りましたよ、って、来客中か」

 店内に響き渡る女性の声。


 快活な声と共に登場した女性の笑みに、優斗はひたすら嫌な予感を覚えた。


「大変失礼致しました。

 初めましてお客様。わたくし、当商会の代表をさせて頂いております、キャリスと申します」


 フレイを買取り、ここまで連れてきた張本人。

 彼女に恨みはないが、それでも優斗は少しだけ抵抗を感じてしまう。


「はじめまして、優斗と申します」

「優斗様、ですね。

 本日はどう言ったご用件で?」


 どう反応すべきか、優斗は頭をフル回転される。

 出た結論は、弱気は禁物、攻めろ、だ。


「この奴隷を公国金貨16枚程で購入させて頂く事になりました」

「え」

 女性店員が小さく驚きの声を上げたのを無視して、優斗は懐から書状を取り出す。


「そして、これを貴方様に届けにきました」

「開けても?」

「もちろん」

 おろおろとする店員を横目で確認しながら、キャリスが封筒を開けていく。


 書状を確認したキャリスは、眉をひそめ、少しだけ口を開けた。まるで「あー」と言ったかの様に。


「なるほど、この件に関しましては、後日改めてお伺いすると言う事で」

「では、その様に伝えさせて頂きます」

 キャリスが書状を懐に仕舞うと、この話は終わりとなった。


 書状の内容は、ユーシア復興への協力要請だ。

 協力と言っても、労働力となる奴隷を確保して欲しい、商会の支店をユーシアに作って欲しい、など、商売の話と言う側面が強い。


 もちろんこれは、優斗がクシャーナに頼んで書いてもらったものだ。

 壊れた街の復興には労働者が必要不可欠で、彼らの炊事洗濯や、それ以外にも色々と女性ならではの労働力が必要になる場合もある。労働者が足りない時に奴隷を使うと言うのは珍しい話ではなく、今のユーシアは、戦争により労働人口が減り、新たな労働者が入ってこない可能性がある。


 この書状はキャリスを追っている事を説明する為の物であると共に、交渉を有利に進める為の道具でもある。


「ところで、お客様。その奴隷なのですが」

「はい、なんでしょうか」

 出来れば相手をしたくなかった。そう思いながら、優斗は腰の袋に手をかける。


「実は、買い手が付きそうなのです」

「……そうですか」

 内心の動揺を隠しながら、優斗は笑みを絶やさない様に気を付ける。


「私も先ほど購入を決めたところなのですが、どうされるおつもりですか?」

「高い値を付けた方に、などとは、もちろん申しません」

 にこやかに、しかし言葉を挟む事を許さない語調で、キャリスが言葉を続ける。


「既に購入を決められたそうですので、"うちの店員が提示した額"でお売りいたします」

 優斗の失敗は、その言葉に喉を鳴らすと言う反応をしてしまった事だ。


 それによってキャリスは、優斗の提示額と店員の提示額が違う、と言う事を確信し、楽しそうに笑う。


「ちなみにいくらなの?」

 キャリスがそう呼びかけると、店員は彼女に耳打ちする。


 提示額は17と半分、今、16と半分と言おうとしていたところです。


 そんな女性店員の言葉を受け、キャリスは更に楽しそうな表情になる。


「優斗様は商売上手でいらっしゃる」

 キャリスの言葉は本心から出たものだ。


 どの奴隷がいくらで、どこまで下げても良いか指示したのはキャリスだ。ひよっこ相手とは言え、ほぼギリギリまで下げた交渉術は称賛に値する。提示した16枚程と言う額も、下限ぎりぎりを指定している辺り、同業者かもしれない、とさえ思っていた。


「では、公国金貨16枚で交渉成立と言う事で」

「17.5枚。それ以上は負かりません」

 きっぱりと言い切るキャリスの姿に、優斗はある事を思い出していた。


 優斗の友人が独り暮らしをする際、部屋を借りる為に仲介業者へ行くと言う事で、何人かで付き沿った事がある。そこそこ良い部屋を進められ、それを気に入ったらしい友人は、そこを第一候補にストックして他を見に行こうと提案した。その時、電話が鳴った。


 電話を終えた仲介業者によれば、その物件を借りたいと言う人がいる、今すぐに決めないのであればそちらに回す、と言う事だった。結局、友人はその部屋を借りたのだが、後で考えればあの電話は仕込みだった可能性が高い。


 今回もそれと同じで、他に買い手がいると匂わせる事でこれ以上、値を下げられるのを防ごうと言う魂胆なのだろう、と言うのが優斗の予想だ。


「店員の方は、16枚と少しで売ってくれると言ニュアンスだったのですが?」

「正式には提示せず、交渉を有利に運ぼうと言うのは、商売人なら普通にやる事ですから」

「まぁ、否定はしません」

 引く気はなさそうだ。


 そう考えた優斗は、最後の手段を使う事を前提に交渉する事を決意する。


「では、即金で16.5枚。私の手持ち全てです」

 手をかけていた袋を机の上に置く。


 どん、と言う音に、金属のこすれ合う音が重なる。手の内を全てさらしてしまうのは、普通であれば悪手だ。だが、優斗はあえて、ここでその一手を切った。


「申し訳ありません」

「そうですか」

 優斗の賭けは失敗に終わった。


 しかし、優斗は袋を手元に戻さない。それどころか、袋の口を開けて金貨を一掴み取り出す。


「では、手付金を支払いますでの、取り置きをお願いできますか?」

 数枚の金貨を机に直接置き、手を離す。


 女性店員はそれに目を奪われ、キャリスの方は一瞥だけする。


 値段さえ問題なければ売ってくれるはず。ならば、ザイルからお金を受け取るまで待って貰えばいい。それが優斗の最後の手段だった。


 この方法には、フレイをすぐに連れて帰れないと言う欠点がある。その間に彼女がどう言う扱いを受けるのか不安ではあるが、背に腹は代えられない。


「では、明日1日だけお待ちいたします」

「維持費は別途お支払致しますので、もう少しお待ち頂けませんか?」

「申し訳ありませんが、明後日には出発しますので」

「あぁ、ハイルですね。税もこちらで負担しますので、お願いします」

「いいえ、ハイルではなく、アロエナへ向かう予定です」


 予想外の言葉に、優斗は驚きを隠しきれなかった。


「維持費を含め、金貨20枚お支払致しますので、ここで保管して頂けませんか?」

「申し訳ありませんが、大口の取引の為に奴隷を集めているところなので」

 はったりではなかったのか、と優斗は自分の読み違いに気づき、叫びだしそうになるのを堪えて拳を強く握る。


 ここからアロエナまでは約3日。ハイルには1日で到着可能だと言う話だが、お金を受け取ってとんぼ返りしても往復2日。ザイルがまだ到着していなければ、もしくは到着していても資金を準備出来ていなければ、更に時間がかかる。そこからアロエナへ向かっても、既にフレイは売られた後、と言う可能性が高い。


「では、今回はご縁がなかったと言う事で」


 キャリスの言葉に、優斗はその場に崩れ落ちない様にするのが、精いっぱいだった。

ようやくフレイさんに追いつきました。

優斗くんは無事、彼女を買い戻す事が出来るのでしょうか。

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