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異世界行商譚  作者: あさ
商品の行方
30/90

没交渉

 無事に契約書と契約の完遂証明を得た優斗は、割り振られた部屋でベッドに転がっていた。


 色々と仕込んでから臨んだ交渉の結果は、上々と言える。


 優斗の計画はこうだ。


 まず、優斗・クシャーナ・トーラスの3人で契約書を作り、内容や言動で相手に誤解を与える。


 思惑通り、彼らは3人目の契約者をクシャーナの家族だと勘違いしてくれた。念の為、トーラスに席を外させ、契約者がクシャーナの関係者で、現在の居場所が不明と言う状況も作り出した。相手に嘘を見抜くギフトは存在しなかったようなので、これは意味のない保険になってしまった。


 これさえ通れば、後はクシャーナの契約する権利を盾に色々と要求が可能だ。


 結果、荷馬車とフレイを取り戻すまでの支援・資金を手に入れた。しかも、正式な商取引許可証付きで。


 フレイと荷馬車、荷物が即日で戻り、報酬として商取引許可証を得られれば最高だったのだが、現状ではそれは不可能なので、ここまで妥協する事になってしまった。


 心配事があるとすれば、フレイをすぐに買い戻せなかった事だ。こうしている間にも彼女が売られてしまうのではないのだろうか。その結果、どんな目に遭ってしまうのか、想像したくない。


 優斗は資金を受け取り次第、すぐにでもここを発つつもりだった。ハイルまでは普通の荷馬車ならば6日ほどかかり、フレイが売られたのが2日前。相手が寄り道をしていた場合、途中で追い抜かす可能性があるので、キャリー商会の支店があると言うアロエナと、テルモウと言う街に寄る予定だ。


 人頭税などの出費は痛いが、アロエナでロード商会から資金を得られれば、と考えていた。色々あって、飛び杼の報酬を受け取っていないし、それが無理でも、蜂蜜菓子店を担保に借りるくらいは出来るだろう。


 そんな思考をしていると、ドアがノックされ、優斗が起き上がりながら「どうぞ」と返すと、扉が開いてクシャーナが姿を見せる。


「どうした?」

「その、すぐに出発するのですよね?」

「うん。今日中に準備してくれるそうだから、明日の朝に」

 そう言いながら椅子を引き、クシャーナが座るよう、誘導する。


 優斗も机と対になっている椅子を反転させて座ると、机の上に置いてあった袋を指ではじく。


「褒美、中身は全部銀貨だったよ」

「本当にお金がないんですね」

 うちと同じですね、とクシャーナが苦笑する。


 優斗が思うほど、貴族の地位が高くないのか、それとも彼らが例外なのか。そんな風に考えながら、クシャーナの言葉を待つ。


「優斗様」

「ん?」

「少しだけ話を聞いて頂けますか?」

「もちろん」

 クシャーナが目を瞑り、一呼吸置いてから再び言葉を紡ぐ。


「ユーシアを守りたい、と言うのは、私の偽らざる本音です」

「そっか」

「ですが、優斗様。私は貴方から離れたくありません」

 その言葉にどう返して良いのか判らず、優斗は曖昧に笑う。


「愛しています。私と共に、ユーシアを守ってくださいませんか?」


 その言葉を受け、優斗の笑みが困り顔に変わる。


 今までの、頼れる者が他に居ない状況での切羽詰まった行動とは違い、その言葉からは真摯な思いが感じられる。


 その告白を聞いた優斗は、それが異性に対するモノと言うよりも、いなくなってしまう家族に対するモノに近いと感じていた。とは言え、前者の色がまったくない訳ではない。


 だからこそ、どう答える事が彼女にとって良いのか判らず、困ってしまう。


「はは、そんな顔、しないでください」

 寂しそうに、乾いた笑みを浮かべるクシャーナ。


「愛してるって伝えて、困った顔をされたら、どうしていいか判りません」


 受け入れられれば、抱き着けばいい。拒否されれば、泣き叫べばいい。しかし、こんな時にどうして良いのか、クシャーナに教えてくれる人はいなかった。


「同じ髪、同じ肌。最初はそこに惹かれただけでした。

 でも、今は、私なんかをどんな時でも見捨てず、ずっと守ってくれた優斗様だから」


 涙の気配に、クシャーナが言葉を止める。


 俯き、泣くものか、と涙を堪えるクシャーナの頭に、いつの間にか立ち上がっていた優斗が手を置く。


「私なんか、って言われると、見捨てず守ってた俺が馬鹿みた――」

「そんな事はありません!」

 勢いよく上げた顔に、一筋の涙が流れる。


 優斗は自らの手でそれを拭うと、頭に乗せていた方の手を動かし、少し乱暴に撫でる。


「前にも言ったけど、クシャーナは可愛いし、魅力的な女の子だよ」

「ならっ!」

 声を荒げるクシャーナとは逆に、その頭を撫でる優斗の手は、徐々に優しいものに変化して行く。


 目の間に居る女の子を泣かせている罪悪感。彼女を傷つけたくないと言う甘さ。向けられる好意を失う事への名残惜しさ。


 その他にも色々と浮かんでくる感情に蓋をし、フレイを取り戻すまでは協力者を失う訳にはいかないと自分に言い聞かせ、優斗はなるべく優しい声を出す様、心がける。


「こんな妹なら、ちょっと欲しいかなって思うくらい可愛いよ」

「うっ。妹、です、か?」

「何時だったか、家族にして欲しいって言ってた」

 クシャーナから、なんとか聞き取れる程度の音量で、そうですけど、とだけ返って来る。


 自分は酷い事をしている。そう自覚しながら、優斗は撫でていた手を後頭部へ移動させ、その頭を自分の胸元へ引き寄せる。


「妹、嫌?」

「嫌じゃないです」

 くぐもった声を聞きながら、優斗は2つの意味で顔が見えなくなった事に安堵する。


 空いた手をクシャーナの後ろへ回し、背中をさする。しばらくすると、徐々に涙の気配が薄れていき、いつの間にか優斗の背中に、彼女の手が回されていた。


 とりあえずこの場をどう取り繕うべきか。そんな思考をしている事に自己嫌悪を覚えながら、優斗は口を開く。


「しばらくは別だけど、ハイルでまた会えるから」

「うん」

 言ってから、和平の使者と言う肩書を持つ重要人物に、身元不明な優斗が会えるのか疑問に思ったが、すぐに思考を切り替える。


「結構楽しみにしてるんだけどなぁ。6年後」

「えっ?」

 クシャーナが顔を上げ、優斗を見上げる。


 目の端にまだ涙が残っている。回されている腕の力が緩んだが、離す気配はない。


 彼女の表情、仕草、そして行動。その全てに父性本能をくすぐられた優斗は、可愛いな、とただそれだけを思う。


 蓋をした感情が零れ落ちる気配に気づかない振りをして、優斗は笑みを浮かべる。


「えっち」

 頬を赤らめながらはにかむクシャーナ。


 その言葉と共に、彼女はまだ完全に消えない涙の気配を携えながら、潤んだ瞳を少しだけ細めて優斗を上目使いに見上げる。


「失礼な。そんな目で見た事ないのに」

「そうでしたね」

 ぱっと手を離し、クシャーナが一歩下がる。


 少しだけ名残惜しさを感じながら、優斗も同時に手を離す。


「でも、1つ訂正してください」

「ん?」

「6年後じゃなくて、5年後です」

 そうだったっけ、と思いながら、それを指摘する意味はあるのか、と言う疑問が浮かぶ。


 そして約束の内容を思い出し、これ以上考えるとドツボに嵌りそうだと判断した優斗は、そこで思考を止める。


「5年で、とびっきり可愛くなって見せます」

「それは楽しみだ」

 優斗の返事が真実であると判断したクシャーナは、嬉しそうに、満面の笑みを咲かせる。


「だから、ちゃんと過程も見ていて下さいね」

 何時かの会話を再現する様な言葉。


 ならばと、優斗は手を上げ、そのままクシャーナに向けて落とす。あたる寸前で止めると、思わず目を瞑ったクシャーナの頭にゆっくりと乗せ、優しく撫でる。


「了解」

「あは」

 くすぐったそうに笑うクシャーナを見て、優斗も笑みを浮かべる。


 しばらく撫で続けた後、そろそろいいかな、と手を戻した優斗は、クシャーナから一歩離れる。


「じゃあ、ハイルで」

「はい。1人は不安ですけど」

「おいおい。トーラスの事、忘れてるぞ」

「あ」


 先ほどよりも恥ずかしさの割合が増えたはにかみを浮かべるクシャーナを見つめながら、優斗は裏方ばかり任せているトーラスに対し、一段落したらきちんとお礼をしようと決める。


「クーナ、悪いけど明日は早いから」

「……判りました。では、おやすみなさい」

「うん。おやすみ」

 少し名残惜しそうなクシャーナが部屋を出ると、優斗は出発の準備を整えてから、眠りについた。




 朝一番の乗合馬車で街を出た優斗は、二日後にアロエナへと到着した。


 野宿を前提としない乗合馬車では、夜になる前に寝泊まり出来る場所に止まる為、その早い移動速度とは裏腹に、目的地への到着は荷馬車と同じくらいになる。


「とりあえず、キャリー商会で話を聞くか」

 昼を少し過ぎていた為、空腹を感じていた優斗は、露店でソーセージを挟んだパンを買い、ついでに道を尋ねる。


 教えられた道を進み、買ったも物を食べ終わる頃に、目的地へと到着する。


「すいません」

「はいはい。どういったご用件でしょう」

 出て来たのは、恰幅の良い、中年のおばさんだった。


 店番だろうか、と思いながら、優斗は懐に入れた紹介状に服の上から触れる。


「初めまして。実は、キャリスさんがここにいらっしゃると聞いたのですが」

「どんなご用件で?」

 キャリスとは、キャリー商会の主で、商品を集めてハイルに向かっている張本人でもある。


 全身に値踏みするような視線を受けながら、優斗は笑顔で返答する。


「実は、ある貴族様からの紹介で、商売の話をする為にやってきました」

 書状を取り出し、店員に見せる。


 手渡さず、それを2度裏返しながら確認させる。封筒に入ったそれは、見ただけで高級品である事が判る代物だ。


「なるほどね。

 残念だったね。キャリスさんは昨日の昼に街を出たよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いやいや。要件はそれだけかい?」

 優斗は、はい、と答えそうになった口を、なんとか止める。


 キャリスがここを通った事と、その目的は大体判っている。だが、裏付け調査をした訳ではない。


 それに、優斗が最も欲しい情報を持っているかもしれない。


「ハイルで売る商品を探していると聞いていたのですが」

「あぁ、そうだよ。ここでも1人、持って行ったよ」

 優斗は、持って行った、と言う発言に少しだけ抵抗を感じた。


 奴隷商なのだから当たり前だ、と自分に言い聞かせ、優斗は質問を続ける。


「やはり、売れ残りを?」

「はっは、さすがだねぇ」

 豪快に笑うおばさん店員に気圧され気味になりながらも、優斗は笑顔を崩さない。


「どんな奴隷を連れていました?」

「なんだ、買付けだったのかい?」

「はい。名前は申し上げられませんが、さる貴族様の趣味の買い物です」

「何をご所望だい?」

 人の好い笑顔を浮かべたまま、目の光だけが商人のソレとなった店員に、彼女が単なる店番で無い事が伺える。


 優斗は質問内容を吟味しながら、同じ様に商談の体制に入る。


「十代で金髪碧眼の女奴隷とか、いますか?」

「うちは女奴隷しかいないよ。でも、金髪碧眼ねぇ。あの子は23だし」

 優斗の条件に合う奴隷を探しているのだろう、店員はテーブルに置かれた紙に目を落とす。


 上から下まで確認すると、ふむ、と息を吐いて優斗へ視線を戻す。


「残念ながら、条件に合う子はいないね。10代にしか見えない子ならいるけど、どうだい?」

「すいません」

「そうかい、それじゃ仕方ないね。キャリスさんが連れてた中にならいたんだけどねぇ」

 それは本当ですか! と叫びそうになるのをなんとか堪える。


 口から余計な言葉が漏れないように握りこぶしで押さえながら、優斗は少しの間を演出する。


 そうやって考えるような素振りを見せながら3秒を待ち、優斗は焦りを表に出さない様に注意しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「その子も売れ残りなんでしょうかねぇ」

「そうかもしれないね。つくづく、間の悪い人だねぇ」

 はっはっは、と2人で笑いあう。


 笑いを止める時に、流れで世間話、と言う体裁を取る為に、優斗は、商談用に浮かべていた笑みを、意識して消す。


「ちなみに、その子は可愛かったですか?」

「気になるかい?」

「可愛い女の子が気にならない男なんていませんよ」

 そりゃそうだ、とまた豪快に笑う店員に、優斗は同じ様に笑って見せる。。


「飛び切りの美人なら、個人的に買い取ろうかな、なんて」

「残念ながら、しょせん売れ残りさ。不細工ではなかったけど、美人ではなかったねぇ。

 発育もイマイチだったし、どっちかと言うと可愛い感じだった気がするね」

「美人ではなく美少女でしたか」

「それはないねぇ。いいとこ、そこそこ可愛い村娘って感じさ」


 そのままひたすらしゃべり続けるおばさん店員は、その女奴隷がほぼフレイであると考えられるだけの情報と、この街の噂を延々と話し続けた。


 帰るタイミングを逃してしまった優斗は、店に客が来たのを切っ掛けに、逃げるように店を出た。


 外に出ると、ロード商会にある方角へ向かって歩き出す。途中で宿を取るべきか悩みながら歩いていると、目の前に誰かが立ちふさがった。


「やっぱおめえか」

「ん? って、貴方は」

 優斗は目の前の人物に見覚えがあった。


 どこで会ったのか思い出せず困っていると、目の前の男は不機嫌そうに、左側を指差す。


「立ち話もなんだ。あそこへ入らねーか?」

「ええっと」

「もしや、俺が誰だか判ってねぇ、なんてこたーねーよな?」

 判りません、と答える代わりに、優斗は苦笑いを浮かべる。


 この世界に来てから関わった人間は、それなりに多い。だが、この街で出会った人間は、それほど多くない。その中に、目の前の男と合致する相手はいなかった。


 商売人なら一度会った相手の顔は忘れるな。そう言っていた父親を思い出し、商人として生きていくならばそれを実践しなければと反省する。


「シールズだ。キコ森の近くの村で、交渉役として色々あっただろうが」

「あ、あぁ。貴方でしたか」

 何故ここに、と聞こうとした優斗は、自分が彼をロード商会との交渉役にした事を思い出し、それを声には出さなかった。


 シールズは何も言わない優斗から視線をそらし、先ほど指差した酒場へと歩いていく。


 ロード商会の状況を聞くのも重要か、と考えた優斗は、素直にその背中を追う。


「マスター、部屋かりっぞ。あと、これ貰ってく」

「ちゃんと金払えよ」

 店に入ったシールズは、ずんずんと奥へ入って行き、優斗に扉の中へ入るよう、促す。


 個室に連れ込まれるのは予想外だった優斗は、迷った挙句、警戒しながら部屋へと入って行く。


「お前、今何してんだ?」

「ちょっとした買付、と言ったところでしょうか」

 椅子に座り、1人で飲み始めたシールズに顔をしかめながら、優斗は聞くべき内容を思い浮べる。


「しっかし、大胆だよな。あんな事になった癖に、まさかここに現れるとは」

「あんな事?」

 気になる言葉に、優斗は思わす聞き返してしまう。


 とりあえず考えていた質問を先送りにする事を決めた優斗は、シールズに視線を向け、説明を求める。。


「もしかして、何も知らねぇのか?」

「たぶん」

 優斗はそれが最も有効な手段だと判断し、誤魔化す事をしなかった。


 知っている振りをして言葉の端々から推測していく方法では、答えを見誤るかもしれない。ここ最近、消せない焦りを感じ続けている優斗は、今のままでは繊細な交渉は出来ないだろうと、考えていた。


「ほぉう。じゃあ、俺が一番にお前の悔しがる顔が見れるって訳だ」


 その言葉に何か返そうとした優斗が口を開く前に、シールズは楽しそうに口を滑らせていく。


「お前、ユーシアで阿漕な事やったんだって?

 あれに腹立てたハリスのヤツが、店からレシピまで、全部持ってっちまったんだよ」


 言葉の意味が直ぐには理解出来ず、優斗は相槌を打つ事すら出来なかった。

 茫然自失としている優斗に、シールズは畳み掛ける様に言葉を続ける。


「中々鮮やかな手際だったぜぇ。

 ハリスの野郎が何人か若い部下を連れてやって来たと思ったら、三日後には店は廃業。レシピも利権も、全て回収と来たもんだ!」


 酒瓶を傾け、中身を減らすシールズを見つめながら、優斗はなんとか思考を再開する。


 村の蜂蜜菓子店が廃業? レシピも利権も回収?


「あの、ミルドさんは?」

「結婚して今はこの街に住んでるよ」


 ミルドの顔を思い出し、求婚される事くらいあるかもしれない、と考えた優斗の頭に、寿退社と言う言葉が思い浮かぶ。


「結婚して、旦那の家に引っ越すから店は続けられない、って訳だ。

 で、アイツに何かあったら全権をどうするって決めたかくらい、覚えてるだろ?」


 全権利を一時ロード商会預かりとする。


 思い出した文面は、ますます優斗を混乱させる。


「結婚相手は、ハリスの連れてきた部下だったぜ?」

 そこまで言われ、ようやく優斗は理解する。


 因果応報。自業自得。しっぺ返し。目には目を、歯には歯を。


 ユーシアで行った、ロード商会に不利益を与える行動。それに対し、ハリスは相応の報復行動を取っていた、と言う訳だ。


「シールズさん」

「ん、なんだ?」

 にやにやと嬉しそうに笑いながら、シールズが酒瓶を机に置く。


 蜂蜜菓子の利権が、一時的にロード商会に渡っている事は判った。問題は、それを取り戻す事が可能なのか、と言う事だ。


「プラートと言う方をご存じですか?」

「プラート、プラート。あぁ、あの大男か?」

「多分、その人です。今、どこに居るかご存知ですか?」

「急に湧いて出たと思ってたが、少し前から見かけねぇな。あの図体なら目立つだろうに」


 まさか、と最悪の可能性に思い至った優斗は、それをシールズに気づかれぬ様、情報を聞き出す術を探す。


「ロード商会に詳しいようですが、今も交渉役を?」

「あ? 村の交渉役なら首になった。

 お前のせいで、村の特産物から他の農作物まで、全部ロード商会が直接買い上げる事になったからな」


 店の蜂蜜等の材料を生産者から直接、優先的に仕入れる権利。


 店の解釈を商会が運営する大規模な物に置き換えれば、それも可能だろう。そして直接買い取ると言う事は、仲介の交渉役は不要になると言う事だ。


「ならば何故詳しいんですか?」

「街で似たような事やってるんでな。情報は色々入って来る」

「なら、少し聞きたい事があるのですが」

 優斗は質の良い物を選んで、銅貨を1枚テーブルに置く。


 シールズは、にやりと笑ってそれを自分の前まで引き寄せると、懐に入れる事なく、そのまま手を離す。


「ロード商会は、糸を大量に仕入れていませんか?」

「良く知ってるな。内密にやってる感じだったぞ」

「私にもちょっとしたツテがありますので」

「じゃあ、それに関してもう1つあるんだが、判るか?」

「大きな工場を買い取った、とかでしょうか」

「なんで知ってやがる」



 嫌な予感が大きくなっていく。

 これは、本格的にマズイのでは、と優斗の心は少しずつ焦りに染まっていく。


「さすがにこれは知らんだろう。やつら、何故か、工場で働く為に安い労働者でなく、奴隷を集めてる」

「情報を漏らさない為か」


 つい口にしてしまった言葉に、シールズが驚いている顔が目に入った。


 今すぐにこの街から逃げるべきかもしれない。そう考えた優斗だが、自分が何故ここに居たのかを思い出し、逡巡する。


「ロード商会は、大きな商売の為に人を害すると思いますか?」

「いきなりだな」

「ちょっとした儲け話があるんですが、実行するとあそこに敵視される事になりそうなんですよ」

 シールズがニヤリと笑い、テーブルの銅貨をポケットにしまい込む。


 優斗は静かに大きく息を吸い込むと、息と共に徐々に思考を蝕む焦りを吐き出し、一時的に除去する。そして銀貨を1枚取り出し、今度は手の中で弄ぶ。


「まぁ、出来なくはないだろうな。あれだけ大きな商会なら」


 利益の大きさ次第ではあり得る。

 そう解釈した優斗は、頭の中で仮説を組み立てる。


 報復として行った蜂蜜菓子の利権乗っ取り。優斗が戻れば返却する必要があるにも関わらずこれを実行したと言う事は、恐らくそれまでに販路を整備し、行商人では太刀打ちできない状況を作り出す事が可能だと踏んだのだろう。


 それだけならば、優斗とロード商会が敵対すると言う結果だけで終わる。だが、優斗はもう1つ、ロード商会に持ち込んだものがある。


 飛び杼。機織り機の生産量を飛躍的に伸ばすそれは、独占すれば大きな利益を得る事が出来る。

 しかし、持ち込まれた時点で既に、その技術をユーシア家が所持していた。仮にロード商会が優斗と独占契約を結んでも、外部に漏れて居ては、意味がない。


 技術を独占する為に、ユーシアと優斗が邪魔だった。戦争を誘発する事は出来なくとも、準備等で物資等が動けば、攻めて来る事を予想する事は出来るかもしれない。優斗はそう考え、もしかしたらロード商会は王国軍を使い、ユーシアと優斗を消そうとしたのでは、と予想する。


 思い出してみれば、匿ってくれると準備された宿は、街の門からかなり遠い場所だった。偶然、騎士団用の門が使えなければ、脱出はもっと遅れていただろう。逃げ遅れていれば、帝国の黒髪を持つ優斗は、容赦なく殺されていた。他にも、その前に商会を訪ねた時に誰も居なかったのは、既に避難していたからだと考えられる。


 優斗の想像は半分正解で、帝国との繋がりが強いロード商会は、そちらから王国軍の大規模侵攻を伝えられていた。帝国が王国の大軍を退ける事が出来たのは、事前情報によって迎撃の準備が万全であった事が大きい。王国軍が敗走する事を予想していた商会は、飛び杼が設置された機織り機を回収すべく、既にユーシアに入っている。


「命の方が大事ですので、止めておきましょう。ところでシールズさん」

「なんだ?」

「私と会った事は、ロード商会に秘密にして頂けませんか?」

 人差し指と親指で銀貨を挟み、シールズの顔の前に突き出す。


 ニヤリと笑い、いいだろう、と告げたシールズに銀貨を渡すと、優斗は資金を得る事を諦めると言う苦渋の決断をし、早々に街を出る事にした。

男キャラ再登場でした。

副題は他の候補と迷いましたが、インパクトが強そうなのでこれにしました。

今回は字面で選んだので、深く考えないでくれると嬉しいです。

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