ルナール公国
「では、こうしましょう」
しばらく悩んでいたフレイが切りだした言葉は、優斗にとってありがたい申し出だった。
「ユート様の聞きたい事に、私は何でも答えます。荷馬車と荷物も自由にしてください。その代わり、私を売ってそのお金を村へ届ける契約をして下さい」
破格の好条件。しかし優斗は返答に窮していた。
彼が頷かなかった最大の理由は、人身売買に手を貸す事への抵抗感であった。これは、売られた後に彼女がどうなってしまうのか、と言う懸念でもある。
しかし、後ろだてもないこの世界で生きてい行く為には知識とお金が必要だ。そう考えた優斗は、実際に彼女を売る手伝いをするかどうかは別にして、ひとまず頷いて情報を聞き出す事にした。
「幾つか聞いてもいい?」
「どうぞ」
「じゃあ、とりあえずギフトって?」
フレイが手を差し出す。触って下さい、と告げられた優斗は恐る恐る指先を握った。柔らかい、と油断した瞬間、びりっとした痛みが走る。その感触に驚き、優斗は手を振り払う。
「これが私のギフトです」
(超能力? もしくはファンタジーらしく魔法の類だろうか)
優斗が分析をしている間にも、フレイの説明は続く。
「私のギフトは天の神の欠片です。空から落ちる光を、少しだけ身体に宿しています。
他にも火の精霊や氷の妖精など、自分と相性の良いモノの欠片を宿していれば、その力を少しだけ使う事が出来ます。これがギフトです」
超能力よりも魔法に近いのかもしれない。ならば自分にも使えるのはないかと、優斗は期待を膨らませた。
「ギフトはどうやって使うの? どうしたら手に入るの?」
気のはやる優斗の矢継ぎ早な言葉にも、フレイは取り乱す事なく説明を続ける。
「ギフトは生まれる時に神から与えられる贈り物です。使い方もモノごころつく前からなんとなく知っているものですので、使い方は人それぞれだと思います。
同じ欠片を持っていても、使い方が違う、と言うのはよくある事です」
フレイの言葉に、優斗は2つの可能性を思い浮かべた。自分が既に能力を保持している可能性と、生まれが違う自分は能力を持っていない可能性だ。どちらにしても今は使えない、と判断した優斗は少し落ち込みながら次の質問を口にする。
「じゃあ、次はこの国の身分制度と生活を聞いてもいい?」
「構いませんけど、その前に荷馬車を引きあげませんか?」
車輪の1つが崖から落ちかけている荷馬車は、今も危険な状態だ。フレイの言葉でそれを思い出した優斗は、苦笑しながら頷いた。
はまっていた荷馬車をなんとか引き上げた2人は、すぐに話を再開せずにまず夕食を摂った。
夕食後から眠るまで、フレイが優斗に語った内容は多岐に渡る。
優斗が問い、フレイの答えた内容は常識的な物が多いらしく、何度も彼女を呆れさせる事となった。
*
干し草の中で眠ると言うフレイから渡された毛布に包まり、優斗は彼女の言葉を思い出していた。
彼女の説明によれば、この世界は基本的に中世と呼ばれるくらいの文化と技術を持っているが、ギフトと言う特殊な力で一部の技術が突出している状態の様だった。
例えば彼女のしている首輪は、無理やり外すと命を落とすらしい。原理は不明だが、そういうギフトがある、と言う事だ。
ここ、ルナール公国の身分制度は中世らしく、支配者である『公』と少数の貴族、その下に騎士、商人、平民、農民、奴隷の順に身分が低くなっている。騎士、商人までは特権階級に属し、逆に最下層の奴隷は家畜と同等の扱いとなる。
それ以外にもこの国の細々とした文化や治世の話を聞いた優斗だが、最も頭を悩ませている問題は、フレイと交わした約束の事だ。約束を守ろうとした場合、特権階級である商人になり済まさなければならないのだ。
この世界の商人とは、一定量、一定金額以上の取引を行う権利を有する者の事を指す。それ以外にも市壁を通過する際に優遇されたりもする。
フレイは優斗に、死んだ商人の代わりに自分を売って欲しいと言った。それは即ち、身分詐称をしろ、と言う事だ。
手に入る利益を考えれば、そのリスクはさほど大きくない。現代日本の様に完璧に近い戸籍がある訳でもなく、証明書も国の発行した本物が手元にある事を確認している。登録名こそ違うが、彼の顔を知る人物がいない場所で商いをする分には、支障がない。
フレイによれば、名前に関してはそこまで問題ではないようだ。商売を行う際、本名を名乗らない人間は珍しくない。その事をフレイに教えてくれた若い商人も、別の名前を名乗っていた。証明証の出番も憲兵等に見咎められた時くらいで、むしろ口説く相手に自分の身分を証明する為に出す馬鹿が多かった、と彼女は語った。
生活手段と身分証明を同時に手に入れられるチャンスを得て、優斗は罪悪感を感じると共に少し安堵もしていた。商売をした事がない優斗だが、駆け出しの商人として堅実に商売をし、日銭を稼ぐくらいは出来るだろうと考えていた。幸い、財産はそれなりに手に入ったので、慣れるまでの生活費は別に確保しておく事も出来る。
色々考えた結果、この話を受ける事にした、とフレイには伝えてある。但し条件として生前の彼が使っていた行商路には近づかない、と言う条件を付けて。
亡くなった商人の行商路は基本的にここより南が多い。所持品にあった白地図に書き込まれた線から、フレイの住んでいた街が最北端のようだ。残念ながら文字は日本語とは違ったが、日本語をローマ字で書いている感覚に近い文法のようで、すぐに覚える事が出来そうだ。
この国とこれからについての考えがまとまった優斗は、フレイが語った身の上話を思い出していた。
村長の家の末娘で、村を含む領主の館で貴族の娘の侍従として働いていた。身の回りの世話をしながら礼儀作法や読み書きを覚え、読書友達としてその娘さんと交流していたのだが、ある日彼女が他家へ嫁ぐ事になり、暇を出されてしまう。戻った村は不作が重なっており、村人を救う為に売られる事になった。商人に引き取られた後は、最寄りの街で奴隷登録を済ませてからマーケットのある大きな街へ向かっていた、と言う事だ。
何故マーケットのある街で奴隷登録をしなかったのかと聞いたところ、市壁のある街に入る際にかかる税金の問題だと言う事だった。人間には人頭税、奴隷には奴隷税がかかり、奴隷税の方が安いのだ。ちなみに商人も平民や農民に比べれば安いのだとか。
彼女の身の上話を聞くまで、優斗はフレイを村に返し、自分はこの身分を利用して生活するつもりだった。しかし、彼女の話を聞いた後はその判断を保留せざるを得なかった。もし、彼女が村に帰っても、また売られるだけではないか、と言う懸念がどうしても消せなかったからだ。
数年間村にいなかった彼女は、既に身内と思われていない、と言うのが話を聞いた優斗の感想だった。自分達が不作で食うに困っている間も、綺麗な服を着て、おいしいご飯を食べていた人間と認識されている可能性がある。奴隷の首輪をしたまま戻れば、迫害どころか家畜扱いをされてもおかしくない。もちろん、優斗の杞憂である可能性もある。
結局なるようにしかならない。
そう結論した優斗は、何時しか眠気に身をゆだねていた。
ランナーズハイならぬライターズハイになっていました。
のんびり更新改め、マイペースで更新して行きたいと思います。