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異世界行商譚  作者: あさ
黒髪の少女
24/90

騙し合い

 昼食を手に部屋に戻ると、聞かされていた通りフレイがいじけていた。


「ただいま」

「おかえりなさいませご主人様」

 少し棒読みな口調をあえて無視して、優斗は昼食用に貰ってきたパンをテーブルに置く。


 フレイの分、と伝えると、すんなりとパンに手を伸ばしたのを見て、あえて言い訳をせずに本題に入った。


「フレイ、確か奴隷から解放って出来るんだよね?」

「出来ますけど。する気なんですか?」

「考え中。フレイはどう思う?」

 フレイは少し考えた後、手に持ったパンを籠に戻した。


 食べながらでいいのに、と思いながら、既に昼食を終えている優斗は、水差しからカップに水を注ぎ、口に含んだ。


「私はご主人様の奴隷で居続けたいと思っています」

「理由を聞いても?」

「そりゃ、もう。あれです。愛ゆえに」

「嘘吐け」

 フレイの態度に、何か真面目な事を話すつもりなんだな、と優斗は居住まいを正す。


 フレイのこう言う癖も、最近になって気づくようになって来た。


「ご主人様は元奴隷を見た事がないんですよね?」

「ないな」

 そうですか、と言いながらフレイはリボンをずらして首輪を露出させた。


「これを取っても、一生首には痣が残り続けます」

「なるほどね。でも、隠して過ごせばいいんじゃない?」

「嫁の貰い手がなくなるから、と言えば大体判りますか?」

 なんとなく予想はついたが、詳細な理由までは判らなかった優斗は、聞き返していいものか、悩む。


 その表情を読み取ったフレイは、優斗に気づかれないようにため息を吐いてから、少し長めに息を吸い込んだ。


「男性でしたら、農村で力仕事をして過ごす事は可能です。ですが、女は力が弱く、そういう訳にもいきません。

 力仕事以外を探そうにも、元奴隷に技術を教えてくれる職人はいませんし、好んで雇うお金持ちが居ても、元奴隷と言う付加価値に何を求めるか、想像は難しくないです」


 言葉を止めたフレイが、もう一度長く息を吸い込む。


「もちろん働く場所がない訳ではありません。元奴隷と言う経験と肩書を最も生かせる職業は、娼婦です」

 人に命令される事に慣れ、何をされても文句を言わない。


 優斗はそんな思考を振り切り、フレイの言葉に集中する。


「普通の女性ならどこかに嫁ぐと言う選択肢もありますが、あえて奴隷を嫁にと言う人は少ないです。

 何をされていたか判りませんし、それによって子を成せなくなっている可能性もありますから」


 確かにな、と思いながら、でも彼女にはそれを否定できるかもしれない要素がある事を思い出す。同時に、フレイも優斗が気づいた事に気づいた。


「ご主人様、視線がいやらしいです。

 一応、言っておきますけど、生娘であったら、今度は性病を疑われます。性病の人間は子を成せませんから、やはり結果は同じです」

「性病って、別に子供が出来なくなる訳じゃないと思うけど」

「そうなんですか? でも、私はそう聞いています」

 噂やデマが浸透し、事実が意味をなさないと言うのは珍しい事ではない。


 語り終わったらしいフレイの肩から力が抜ける。

 優斗としては、解放していなくなるならそれもよし、残ってくれるなら平民と言う身分を生かして2手に別れる行動がし易くなると考えていたので、それ以前の問題を指摘され、少し戸惑う。


「じゃあ、奴隷解放しつつ、俺に雇われるって言うのは?」

「今と何か変わるんですか?」

「平民の利点はそれなりにあると思うんだけど」

「元奴隷は、農民扱いです。しかも元奴隷となれば、ほとんど奴隷と変わりませんよ?

 結局は首元を隠して行動する事になりますし」


 その後、更に話し合いは続いたが、金銭的利点などから、今は奴隷解放をしないと言う結論になる。その際、フレイの「奴隷でなくなったら、無理やり襲いますよ?」と言う言葉が決め手になったのかは、定かではない。




 フレイとの様々な話し合いを終えた優斗は、ルエインに呼び出されて彼の書斎に来ていた。


「契約内容ですけど、こんな感じでどうですか?」

 黙ったままそれを受け取ったルエインは、渋い顔で文面を確認していく。


 クシャーナは早速仕事に関する文章を読まされているそうだ。彼女が居たら、女をあてがって貰うような条件も考えているので、席を外させたいとルエインに依頼するつもりだった優斗は、手間が省けた事に内心喜んだ。


「実はあの後、お前があっさり頷いた理由を考えていた。あんな不利な条件で納得する理由、よければ教えてくれないか?」

「了承しなければならない状況に追い込んだのは、ルエイン様でしょう?」

 気づかれないといいな、と思いながらも優斗は平静を保つ事と、書斎が珍しくてキョロキョロしている、と言う風を装いながら、口を開く前になるべく別の方向を向く事を、心がける。


 優斗が警戒しているのは、クシャーナだ。姿はなくとも、視線を捉えられる位置に潜んでいる可能性はあるので、その保険だ。


「まぁ、口を割るとも思っていなかったが。

 その理由を俺はこう考えた。利益が増えた分、と言う前提を我が領内全てに適応するつもりではないか、と」

「そう言うお話ですよね?」

 笑顔でそう返すと、ルエインはくつくつと笑う。


「何をするつもりかは知らんが、金を稼ぐと言う事は、人と物が動くと言う事だ。

 人頭税を初めとする通行税や、人が増えれば様々な使用料が我が領土の収入として加算される」

「さすが、鋭い考察です」

 そう言いながら、手元にある契約内容の草稿を書いた写しに目を向ける。



 優斗の書いた契約内容はこうだ。


 前月よりも増えた収入分から、話し合いにより決定した割合で報酬を受け取る事。

 収支が減った場合に、その減額分の保障を優斗に求めない事。

 雇用期間中は衣食住の保障を行う事。

 五日に1度休暇を与える事。休日に緊急で働く場合、別の日に休みを振り替える事。

 契約期間は、1か月とする事。

 仕事内容は財政の立て直しであり、方法は問わない。



 わざと無茶な内容を織り交ぜた内容に、ルエインはきちんと気づいたようだ。


「まず、収入分と言うのは却下だ」

「そうですか」

 収入分であれば、人や物を増やす、いわゆる初期投資分が無視出来る。


 これが通った場合、利益にならなくとも売り上げを増やし続けると言う手で収入を増やす事が可能だ。優斗はそこまでやる気はないが。


「それに有効範囲もきちんと定めたい。お前が関わった、とすると自分のおかげで人が増えたとか言われそうだな。

 お前が売り買いした範囲、でどうだ? もちろん、直接でなく、代理人を立てた場合も含むぞ」

「物を売るだけが商売ではありませんので」


 優斗の言葉に、ルエインは悩み始める。現在進行形でこの家は赤字なので、このままの条件では、例え見かけ上は黒字になっても、優斗の報酬で赤字に戻ってしまう。それすらも無視出来るほどの利益が出るのであれば良いのだが、そう都合よくはいかないだろう、と考え、ふと気づく。


「では、我が領土の全収支から利益となった分の何割か、と言うのはどうだ?」

「急に条件がよくなりましたね」

 条件の意味を、優斗は頭の中で考える。


「あぁ、利益が出たら何か大きな買い物をする気なのですね?」

「バレたか」

「危ないところでした」

「そろそろ真面目に提案しようと思うんだが、いいか?」

「なんですか?」

「今月の収益から前月の収益と、お前の使った改革費を引いた数字、でどうだ」

「初期投資を考えると、妥当な判断ですね。でも、最近の収益の数字を見ない事には、お返事出来ません」

「そう言うと思って準備しておいた。これだ」

「これが正しいと言う保障は?」

「信じろとしか言えないな」

「そうですか。では、とりあえずこれで行きましょう」

 ルエインは驚きながらも、訂正される前にと次の話を始める。


「次に雇用期間だが、もっと長くする気はないか?」

「もしかすると、まだ無茶な文言が入っているかもしれませんよ?」

 う、と唸ってからルエインは紙を睨みつけるように読み直し始める。


 優斗にとって重要なのは、書いてある事ではなく書いていない事だ。気づかれなければ、かなりの稼ぎが期待できる。ついでに、この街の脱出するあても確保出来るかもしれない。技術を置いて行くのだから、いきなり追われる可能性はそう高くないだろう、とも思っていた。


 優斗の目的はこの世界での生活基盤を築く事だ。先ほどは交渉しなければと言う意識が先行し、条件面にばかり目が行って利益を得ようとしか考えていなかったが、フレイと相談して落ち着きを取り戻した事で、自分が1つ失念している事に気づいた。それは、ここが最近まで戦争地帯だったと言う事だ。今は逃げ出そうにも既に街を出られない状態なので、仕方なく期間を区切って逃げる算段をする事にした。


「無茶な内容を訂正出来ないのは困る」

 そう言いながらも、ルエインはこのままでもいかなと考え始めていた。


 優斗が居てくれるなら、それはそれで使える人間が増えて良い事だ。だが、契約を延長しない事になっても、技術やノウハウは残る。後々に効果が出ても報酬を支払う必要がないのも、魅力的だ。


「なぁ、ユート。本気でアイツを嫁にする気はないか?」

「身内になれば、どれだけ利益を上げても家のモノに出来るから、ですか」

「それもある」

 他にないだろうに、と思いながら、優斗は道具扱いされているクシャーナに同情した。


 貴族と言うのは自由に結婚出来ないんだろうな、と言う漠然としたイメージはある。しかし、お金の為だけに、身分の低い、しかも11も年上の男に嫁がせるのは、かなり酷い仕打ちだ、と優斗は、元々低いルエインの評価を更に下方修正する。


「そういえば、クシャーナと共に対外交渉をする件が抜けているな」

「とりあえず財政改革に集中したいと思いまして」

「まぁ、いいか。クシャーナは怒りそうだが、しばらくは俺が出張ればいいだけだしな」

 通ると思っていなかった優斗は、少しだけ驚いた。


 まぁ、無いなら無いで、むしろ助かると思いながら、優斗は先を促す。


「私の希望は提示しました。納得頂けるのであれば、報酬の割合と衣食住の詳細を話し合いたいのですが。

 あ、そういえば私の所有する奴隷の扱い、どうされるおつもりですか?」

「お前の部屋に放り込んで置けばいいだろう。と、言いたい所だが、我が妹の頼みでな。別室を準備する予定だ」

「今のような形で、でしょうか?」

「いや、完全に別室だ。住み込みの使用人の部屋をあてがうつもりだが、どうだ」

 相談相手が遠くに居るのは不便だな。そう考えた優斗は、この提案を辞退する事にした。


「まぁ、男には色々あるだろうからな。クーナには恨まれそうだが、金がかからないのはありがたい」

「出来れば食事は準備して欲しいんですが、可能ですか?」

「断ったらお前の食事条件を水増しするつもりだろう?」

「さぁ、どうでしょうね」

 お互いに牽制をしながら、流れで衣食住の条件交渉が始まる。


 結果、衣服は自前となってしまったが、代わりにフレイの分の食事が支給される事になった。

 食事に関しては1日3回、現在使用人に提供されている物と同等か、それ以上の内容で提供される事に決まった。時間内に取りに行くか、行かせなかった場合はその限りではない。

 住居はそこそこ良い、寝室がドアを挟んで別になっている部屋を与えられることになった。


「さて、報酬に関してだが。公国銀貨10枚で、1割を与えると言う事でどうだ?」

「1割ですか?」

「お前の提示だ。異論はないだろう?」

 ルエインは、この数字が実際にどれ程の金額になるのか、判っていない。だが、そう高くはならないだろうと予想していた。


 優斗が何をするのか判らないが、どんな手を使っても、たった1か月で出来る事など、高が知れている。ならば、今回の契約では譲歩しても構わないだろうと判断した。彼は財政改革を1年以上かけて行うつもりであり、次の契約では、結果が出ていない事を理由に、割合を減らせば良いと考えていた。想像以上の結果が出た場合は、本気で取り込む事も考えなければならないが。


「公国銀貨10枚、って言うのも少し驚きました」

「本当に0にする訳にもいかないだろうが」

 フレイに調べて貰った事だが、この屋敷の従者、具体的にはあのお姉さんの月報酬は銀貨1枚だと言う事だ。


 本人曰く、衣食住込みでこの給与は、他と比べてかなり破格なのだそうだ。この国の農民は、食うに困らなければ十分、程度の稼ぎしかなく、平民でもさほど大差がない。


 もちろん立場が違うので単純にどうとは言えないが、それなりなんじゃないかな、と優斗は判断した。


「内容はこれでいいか?」

「はい。正式な物が出来ましたら、読ませて頂きます」

 こうして優斗の雇用条件が決まり、館勤めが始まった。



 優斗がまず手をつけたのは、機織り機の改良だ。ウェブ履歴にある産業革命関係の記事からその説明等を元に、なんとかそれを作り上げ、実際に設置した。試行錯誤の後、情報漏洩を防ぐ為にユーシア家の抱える職人だけでなく、外の職人にも部品単位で作成を依頼し、全ての機織り機に設置できる数を準備するにはそれなりに時間がかかった。


 手が空いた時間は、この世界の伝承や常識を本で学ぶ時間にあてた。伝承や絵本の類はクシャーナも好きらしく、何度か話もした。


「この魔女は、実は聖女様だったと言う説もあるんです」

「ほう」

 読んでいたのは、よくある魔女狩りの話だ。


 絶世の美女が居た。何年も年を取らない事に疑問を持った者がそれを告発し、火あぶりにされた。火は燃え狂い、街ごと魔女は焼かれてしまった。


「聖女を火にくべた事に怒り、火の神が街を焼いた、と。そのせいで火のギフトを持つ者は少ないとか」

「へぇ」

 火のギフトを持つ者が少ないから、そこから想像して作られた裏話と言う可能性もあるな、と優斗が考えていたのは、クシャーナにも伝わったようで、彼女は苦笑を浮かべた。


「確かに火のギフトは余り有用ではありませんので、あえて持っていると言わない人も多いですね」


 そんな風にクシャーナと過ごすのも日課の1つだ。


 一方フレイは、寝室に鍵がついている事を嘆いていた。おかげさまで最近の優斗は、安眠を妨害されずに済んでいる。が、それを少し物足りなく感じているのも、事実だ。





 全ての機織り機に飛び杼を設置して、きちんと作動させる事に成功した優斗は、1か月間の成果を報告する為にルエインの書斎にやってきていた。


「と、そんな具合です」

「生産量が2倍以上になるとは。凄いな、あの飛び杼とか言うヤツは」

「そうですね」

「一時的なモノでなく、ずっとああなのか?」

「はい。ところでルエイン様、少し良いですか?」

「なんだ?」

 興奮気味のルエインは、次の改革案かと期待でそわそわしている。


「私の契約の話です」

「延長する気になったのか?」

「いえ、私の役目は十分に果たせたと思いますので」

「そうか。それは残念だ」

 ルエインは残念そうに肩を落とした。


 ルエインが残念がったのは、優斗が辞める事に対してではなく、更なる改革がもうない、と言う事への落胆だ。

 普通に考えて、そんなに多量の知識を持っている訳がないな、と判断したルエインは、考えていた通り大きな利益が出る前に手放すのも良いか、と考えた。同時に、残らせるのであれば、きちんと対処しなければならないと口を開く。


「ユート、もう一度聞くが、アイツと一緒になる気はないか?」

「申し訳ありませんが」

「そうか」

 初期投資に対し、利益はまだ出ていない。だから、ルエインは銀貨10枚でこの技術が買えたと喜んだ。破格と言うレベルですらない、大儲けだ。そう考えるルエインの口元には、自然と笑み浮かんでいる。


 優斗は懐から紙束を取り出した。それは職人達による飛び杼の設計図と、その組み合わせ方を書いた紙だ。


「これが飛び杼の設計図です。では、私はこれで失礼します」

「すぐに発つのか?」

「いいえ、明日の朝発つ予定です」

「そうか。クーナには会ったか?」

「既にお別れは済ませました」

 残ってくれませんかとねだられたが、もちろん断った。


「これでお別れだな」

「はい、では」


 あっさりと解放された事に安堵しながら、優斗は館を出てある場所へと向かった。その後は館に戻らず、宿へ向かう予定だ。いざと言うときの為にフレイを街中へと避難させてあったのだが、杞憂に終わりそうだ。


 優斗はここ1か月、2つの商品をロード商会に売り込んでいた。


 1つ目は蜂蜜。あんな事の後だったのでさすがに渋い顔をされたが、とりあえず買い取ってくれた。


 2つ目は飛び杼。最初に持ち込んだ時は、作業性が倍になると言う話を眉唾物だとしていたプラートも、実際に倍以上出来ている事実を突きつければ納得した。



 一介の行商人が持ち込んでは、夢物語と否定される物でも、貴族付きの肩書きがあれば話だけは聞いてもらえる。そこに実績を加えれば、食いつかない商人はいない。



 苦心してレシピを売り、村を出た当初、優斗は情報をお金にする為には、コネと大量の資金が必要だと考えていた。何かを改良するにしても改良する品その物が必要になり、開発するならば試作品を作らなければならない。それを使える物だと証明するのも、かなり難しい。不本意とは言え、両方を手に入れる機会に恵まれた優斗は、これはむしろチャンスではないかと考えた。


 今回の件に関して、振り返る。


 ざっと計算しても、機織り機本体と飛び杼の試作品を作る資金、それを動かし続ける維持費として人件費、糸代、場所代。更に、自分に相手を信用させるだけの肩書や実績がなければ、実際に使える物か確認して貰う必要があり、それにもお金がかかる。その際、技術が盗まれる可能性もある。


 優斗が個人で売り込もうとすれば数年越しになる計画が、今回の仕事では、機織り機は工場から借り、飛び杼の試作品のオーダーメイド代は改革費から出し、実績作りの為の維持費は、日常業務の延長としてこれも借りた形になり、データの比較をする際にも、飛び杼設置前の生産情報が既にある。ユーシア家が資金難であるが故に、短い間隔で作成した布地を売っていたので、流通量でそれを確認できた事は幸運だったと言える。さすがに工場内に連れて行く訳にはいかない。


 実のところ、優斗は他の技術の再現にも手を出していた。大きな結果は出なかったが、僅かに成功と言える物もあり、だがそれ以上に失敗もした。もちろんその資金は全て改革費から出されており、ユーシア家持ちだ。飛び杼に関しても、いきなり成功した訳ではなく、何度か失敗している。余力があったからこそ、失敗を重ねながらもなんとか成功させる事が出来たのだ。



 要するに、優斗は開発費を全額負担させ、その結果を他に売り込んだ。




 優斗が到着したロード商会は、無人のようだった。辞めた足で売り込みに行ったと言う流れになる予定だったので、おかしいなと思いながら踵を返し、宿へ向かう。


 宿に戻り、フレイと合流した優斗は、これからの予定を確認した。


「帝国へ行くんですよね?」

「うん。帝国の商取引許可証、手に入れる算段がついたからね」

 ロード商会は北を本拠地としている。そして帝国方面にも支店を持っている。


 飛び杼の効果が予想以上に大きく、ルエインがその技術と莫大な利益を独占しようと命を狙ってくる可能性がある、と告げたプラートは、帝国へ渡るよう、勧めてくれた。


 実際に暗殺を心配した訳ではないが、帝国の商取引許可証を得られるよう取り計らってくれると言われ、これを機会に身分詐称を解決出来ればと、帝国行きを決意した。帝国には紹介して貰った護衛付きの商隊に便乗して行く事になっている。


「ミルドさん達はどうするんですか?」

「ロード商会に委託中。戻るにしても、帝国経由かな。あっちのがあればこっちでも取得し易いかもしれないし」

 良い土地があれば、そこで暮らすのもいいし。そんな風に思いながら、その土地での暮らしを想像する。


 少し不安そうな表情を浮かべるフレイが目に入り、穏やかな思考が中断され、物作りに没頭する日々が終わった頃からよく浮かんでいた思考が頭を占拠し始める。


 優斗はこちらに来てから、生き延びる為に色々な事をやってきた。だが、この街に来てからの行動は、本当に生きる為に必要な事だったのだろうか。自己満足とその場凌ぎの連続で、その行動の意味とそれが及ぼす影響を、きちんと考えていなかったのではないか。国外へ逃亡する羽目になった事が、その良い証拠ではないのか。


 手に汗をかいている事に気づき、服で拭う。過ぎてしまった事はしょうがないと自分に言い聞かせ、優斗は眠って忘れようと、上着を脱ぐ。


 そろそろ寝ようか、とフレイに声をかけ、ベッドに横になる。

 ひさしぶりに夜這いが出来ますと、のしかかるフレイ。マジで眠いから今日は勘弁、と優斗が言うと、では後日ならいいのですか、と相変わらずの会話が続く。


 ふざけあいながら、優斗は先ほど考えていたこれからの事について思いを馳せる。この子と添い遂げると言う選択肢も、悪くない、と。






 幸せな時間は、王国の大軍が攻めてきたと言う知らせが届くまで続いた。

さて、そろそろ物語が大きな『転』を迎えようとしています。

フレイに惹かれ始め、だからこそ、今の状況が苦しい優斗。

この先、どんな試練が彼を待ち受けているのでしょうか。

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