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異世界行商譚  作者: あさ
黒髪の少女
19/90

ユーシアへ

 交代で不寝番をし、進む事四日。優斗たちは立派な関所に到着した。


 道中は至って平穏で、強いて言えば、フレイ姉ちゃんはもうちょいボリュームが欲しいよな、と言うトーラスの頭を張り倒して、フレイに怒られる、と言う一幕があったくらいだ。


「今さらなんだけど、俺、通れるの?」

「大丈夫です。ご主人様が捕まっても私はちゃんと逃げますから」

「おいおい、それは大丈夫じゃないだろ」

「女を逃がすために犠牲になるのは、男の仕事だろ、ユート兄ちゃん。てーか犯罪者だったの?」

「黙れエロガキ」


 最近口が悪くなってきているな、と反省しながら優斗は荷馬車から降り、受付らしいカウンターへ向かう。そこに居たのは、鎧を着た小太りで中年の男兵士だった。


「すいません、ここを通りたいんですけど」

「あー、はいはい。どっちに行くの?」

「ユーシアです」

 トーラスの説明によれば、この関の先はまだクロース領で、その先の道を北に行けばユーシア領、東に行けばカダル領へ抜けられるらしい。


「いくら貰うか調べるから、荷物を見るぞ」

「どうぞ」

 カウンターから出て来た兵士の腰には、剣がぶらさがっている。


「ん? 親子連れ、にしちゃデカいガキだな」

「女は奴隷です。子供はちょっと色々ありまして」

 事情は察して欲しい、と言う視線に、兵士は興味なさそうに品物を確認していく。


 関所と市壁の積荷確認で大きく違うのは、検査をする人間と環境だ。市壁では確認する人間とは別に衛兵が存在するが、関所では検査専門の人間はおらず、兵士が検査を行う。武器を持つ相手の機嫌を損ねると言うのは恐ろしい事なので、関所を超える際は貴重品をいつも以上に厳重に隠すか、取られる事を覚悟で出さなければならない。無茶な要求をされにくくする為に少人数でなく商隊を組んで行くべきだし、もし少人数で行くならば女を連れて行かない方がいいと言われている。理由は推して知るべし、である。


 そういう意味では、複雑な事情を抱えた少年と奴隷の女を連れた行商人が、人通りが減って廃れかけている関に来ると言うのは、愚の骨頂だ。いいがかりを付けられ、武器で脅されれば、抵抗も出来ず奴隷を含む積荷の大部分を持っていかれる可能性があるし、最悪、殺されて全てを奪われるだろう。比較的平和な公国領ではあまり見られないが、治安の悪い王国領ではよくある光景だ。


 商売、と言う観点で見るならば、関所は価格変動をリアルタイムで知る事が出来ない、と言う点が利用できる。普段であれば誤差の範囲だが、大きな変動があった場合、情報よりも先に関を抜ければ、多大な利益を得られる場合もある。


「食糧と蜂蜜か。食糧はユーシアから優先的に通せって通達来てたな」

「物資が不足していると聞きまして。それで急ぎ、運んできたと言う訳です」

「んじゃ、奴隷税と人頭税だけ貰うわ。積荷の分はマケてやるから、今日は泊まってけ」

「へ?」

 宿はそこ、と指差された先には、小さな建物が1つ。


「誰もこんから暇なんだよ。話し相手になれ」

「あー、了解です。でも、いいんですか?」

「もっと、ボン、キュ、ボンの女だったら一晩貸せって言ったんだけどな?」

 がっはっは、と豪快に笑う兵士。後が怖いから聞こえていませんように、と願いながら、あの声の大きさじゃ無理だろうな、と優斗は肩を落とした。


 ターキンと名乗った兵士は、優斗がこっそり積んで置いた酒を出すとニヤリと笑った。


「どこに隠してやがった?」

「隠してませんよ。ちょっと蜂蜜と一緒に木箱に入れてあっただけです」

 なるほどな、と大声で笑うターキン。やはり賄賂的なモノは有効らしいと判断した優斗は、携行食の中でも塩の効いた、つまみに合いそうなものを取ってくるよう、フレイに指示を出す。


「12~3か? 将来有望だな。うまそうに育ったら相手して欲しいな、おい」

「いや、ああ見えてもう16らしいです」

「は? 16だと」

 あれで12~13歳に見えるって、発育早すぎだろ。そう思った優斗だが、いつか見た外国の「そーいう」写真を思い出し、そんなもんなのかな、と納得もしてしまう。


 腰が細いから相対的に大きく見えているだけ、と言う可能性もあるなぁ、と思っていると、フレイが頼んだものを手に戻ってきた。


「どうぞ」

「ん、これは?」

「お酒に合うかと思いまして」

 1口食べて、うまい、と更に次を口に。酒が欲しくなるな、とグラスの中身を飲み干し、優斗が追加を注ぐと上機嫌にまたグラスの中身を傾ける。


「イケる口ですね」

「おう。ひさしぶりの美味い酒だからな。今晩は若いのに全部押し付けて、楽しむと決めた!」

 1瓶を開け、かなり酔っぱらったターキンに今度は安酒を勧め、1時間ほどかけて酔い潰す事に成功した。


「あー、この人が酒に弱くてよかった」

 ターキンを若い兵士に任せ、部屋に戻った優斗は一人ごちた。


「どういう意図でお酒を?」

 そんな独り言に答えたのは、相部屋のフレイだ。トーラスの方は、気を効かせて別の部屋で眠っている。ちなみに、気を効かせたのはターキンだ。


 フレイは言葉の端から、また無駄遣いですか、と言うオーラを発している。確かに優斗も飲んでいたので、単に飲みたかっただけと誤解されても仕方がない。


「もう一回来るかもしれないから、印象良くしとこーと思って」

「あぁ、そうでしたね。ミルドさんがお待ちですもんね」

 悪意のある言葉を受け、多少とはいえお酒が入っている優斗は、座っているのが億劫でベッドに倒れ込みながら反論する。


「別に俺は人妻好きじゃなーい」

「……実は意外と酔ってますか?」

 珍しくたじろぐフレイが面白くて、優斗は更に言葉を放り込む。


「フレイの方がかわいーし」

「どうせ私は子供っぽいですよ。ぼんきゅっぼーんじゃありませんし」

 21の男が12~13に見える女の子に可愛いと言うのはそう言う意味になるかー、と思いながら、次の言葉を投げる。


「それはそれでいーじゃない」

「はぁ。そうですね。何を言っても明日には覚えていなさそうですし、とっとと寝てください」

 実はそんなに酔って無いんだけどなー、と思いながら優斗はフレイの言葉通り、眠りについた。


 翌朝、二日酔いのターキンに見送られ、優斗たちは無事関を通過した。


 酒のお礼だとフレイの奴隷税もマケてくれたターキンが建物の中へ引きずられて行く姿が見え、3人で顔見合わせて笑う。


 ターキンの代わりに説明をしてくれた若い兵士によれば、ユーシア領方面には関がないらしい。ユーシアは領地が狭く、都市と言えるのは領主のいる街だけなので、税はそこでのみ取り立てているそうだ。


 都市へ入らずとも、領内の道を使う者には税が課せられるのが一般的なのだが、2国と接し、公国の端にある半島型の領地に来る者はほとんど都市に用事がある物なので、関を維持する費用が無駄だと判断され、設置されていない。


「そういえば、ここより北は帝国と接してるんだっけ?」

「地図によればそうなりますね」


 帝国と言うのは、公国の北にある、帝が支配する国の事だ。

 正式名称はオーランド帝国。諸事情で公国との戦争が一時休戦となっており、王国とは犬猿の仲だ。現在は陸続きに国境が接している部分がないので、専ら海戦をし、高い勝率を誇っている。


「村で買った地図を見てるとさぁ」

 荷台で過ごす事にも慣れてきた優斗は、肩をくっつけて座るフレイにも見えるよう、地図を広げた。


「北へ逃げたの、失敗だったかなぁ、って思う」

「確かに、何時休戦が終わるかわからないから気を付けろ、と言っていましたね」

 狭くて良く揺れる荷台に一緒に座っていると、色々とハプニングも多い。今回もその1つで、地図のある場所を指差そうとしてフレイが、揺れに対処しきれず優斗の方へ倒れ込んだ。


「……いたい」

「ドジだなぁ」

 フレイの身体を支えようとして失敗し、下敷きになった腕に柔らかい感触を感じながら、優斗は荷馬車の外を見た。


 遠い目をしている優斗をジト目で見上げているフレイは、倒れたままの姿勢で反転した。


「何してるの?」

「たまには労わって貰おうかと」

「その心は?」

「ご主人様、その返しは意味不明です」

 日本語と同じなのに伝わらない言い回しがあるのは面白いな、と思いながら優斗は解説を口にする。


「本当はどうして欲しいの、って意味」

「膝枕してください」

 許可も得ず、フレイは目を瞑った。


 今日の不寝番はフレイの予定だ。だったらゆっくり寝かせてやろう。そう考えた優斗は、大人しく枕になる事を決めた。フレイが眠った後、髪やら何やらに触れたいと言う欲望を抑えるのに苦労した。



 関を出てまた数日が経った日の午前。昨日「俺も不寝番をやる」と言ったトーラスは、荷馬車で眠っていた。真夜中頃に交代したと言うフレイは、御者台の隣に座っている。


「後で褒めてあげてくださいね。トーラスくん、ちゃんと火の番してましたから。半分寝てましたけど」

「微妙に褒めにくいだろうが、そう言われると」

「でも、褒めてあげるつもりなんですよね?」

「わかっててやった、と。相変わらず性格悪いな」

「ちょっとした悪戯心です。私、子供っぽいらしいので」

 俺が言ったら怒る癖に、こういう時はさらっと言い訳にするんだよなぁ。


 そんな風に思いながら、前方へと視線を戻す。遠目で判りづらいが、道の真ん中に人影らしきモノが見えた。


「フレイ」

「私にも見えます」

 どうすべきか、と優斗は頭の中で様々な可能性を思い浮べる。


 怪我や荷馬車の故障等で立ち往生している。これならば問題ない。


 盗賊や傭兵など、荷物を狙っている連中。これだとすれば逃げ出すのが一番だ。


 近くに村がある、と言う可能性もある。1つしか都市のないユーシア領にも、小さな村は幾つか存在するそうだ。


「どう思う?」

「避けるべきだと思います。でも、道、わかります?」

「迂回路は調べてない」

 そんな事も想定していなかった自分に、優斗は呆れる。崖崩れや水没で道が使えない可能性だってあるのだから、迂闊だったとしか言いようがない。


「無理やり通過、は難しいかな?」

「山賊なら矢を射かけられます。切羽詰まった何かだったら、馬の前に飛び出してくるでしょうね」

「打つ手なし、か」

 一先ず荷馬車を止め、人影を観察する。


 幸い、まだこちらは発見されていない、はず。そう考えた優斗は、ここで人影が去るの待つ、と言う選択肢を頭の中に追加する。


「あれ、子供じゃないですか?」

「へ?」

「ほら、片方、妙に小さいですよ」

 目を細めるが、ぼんやりと人影がある事しかわからない。


 どうやらフレイの方が視力が良いらしい。そんな事実を発見した優斗は、観察をフレイに任せてこれからの方針について考え始める。


 子連れで街道の真ん中に立つ理由として、優斗が考え付いたのは立ち往生、捨てられた、囮の3つだった。唯一、危険の高い囮に関して考えるうちに、それは無いのでは、と言う考えが思い浮かぶ。


 現在、ユーシアに来る行商人はかなり少ないらしい。ならばこの道を行く人間も少ないはずで、何時通るかも判らない相手を待ち続けるのは非効率的だ。それに、子供を使って、と言う要素を足せば、ありえないんじゃないか、と言うレベルになるのではないか、と。


 優斗の考え方は楽観的と言える。攫ってきた子供を囮に使う事は珍しくないし、人通りが少ないからこそ、狙い目でもあるのだ。


 それに気づかない優斗は、手綱を引いて馬を進ませる。


「大丈夫なんですか?」

「大丈夫なんじゃない?」

 楽観的な優斗に、何か言おうとしたフレイは、言葉が見つからず黙り込んだ。


 十数分進み、人影が小さな子供と背の高い男である事が判る。


 子供は協会のシスターが被る様なベールをしており、顔だけが見えている。その顔には大きな傷も汚れも見えない。男の方はがっしりとした体格で、子供を守るように少し前に立っている。


 盗賊ならば同情を引くように子供を前にし、何かあったら盾にするはずです、と言うフレイの呟きに優斗は安堵した。それが自分に言い聞かせる様に呟かれた言葉だとは知らずに。


「手、振ってるな」

「振ってますが、止まらない事をお勧めします」

「スピード、上げた方がいい?」

「個人的には上げてほしいですね。でも、子供が飛び出してくるかもしれません」

「あー、確かに。止めとくか」

 何か切羽詰まった状況なら、それもあり得ると先ほど聞いたばかりだ。


 軽く手を振って通り過ぎよう。そう決めた優斗は、若干スピードを上げて道の真ん中を通り抜けようと決める。


 優斗が止まらない事に子供ががっくりと肩を落とすのが見え、罪悪感を感じた優斗は、手綱を握る手が緩んでしまい、僅かにスピードが落ちた。


「速度上げてください!」

「へ?」

 手綱を握り直した時にはもう遅かった。


 前に2人、右に1人。後ろは見えないが、先ほどの男がいるはずだ。雑草の中や木の後ろに隠れていたらしい男たちは、全員が鎧姿で腰に剣を下げている。まだ抜いてはいないが、抵抗すればどうなるか、と言う意味では十分に恐ろしい。


 前方に現れた男が何かをしたのだろうか。馬が足を止める。立ち止まった馬は優斗が何をしても、その場を動く気配がない。


 何かのギフトか、単なる技術か。その判断がつかない優斗は、フレイの耳に口を近づける。


「馬が止まった理由、わかる?」

 こくりと頷くフレイに、優斗は質問を重ねる。


「どうすれば、元に戻る?」

「前に人がいなくなれば」

 ぼそりと呟くフレイ。ならば、と優斗は財布と宝石が入った袋を手に取った。


「あいつらどかせるから、隙を見て逃げて。追っ手が来るだろうから、トーラス起こして武器準備して」

「何か妙案が?」

「適当にご機嫌取るだけ。こっちはなんとか飛び乗るから、気にせず逃げるように」

 フレイの返事を待たず、荷馬車を飛び下りる。


 右の男は放っておいても平気だろうと、前に居る2人に近づいていく。

 正直、勝算はなかった。殴られれば命乞いしたくなりそうだし、脅されれば言われるままに全てを差し出してしまいそうだ。彼女だけは逃がす、なんて格好良い自己犠牲精神は多少あるが、それも叩けば砕ける程のモノだろう。


 冷静に分析する自分に、優斗は苦笑した。目の前の男が眉をひそめるのも気にせず。


 出来れば死にたくないな。そんな思いを抱きながら、優斗は一歩前へ踏み出した。

小競り合いがあった土地、ユーシア領へ突入しました。

この後、優斗くんは全てを奪われて1人放り出され、二度と2人には会えなくなります。


もちろん嘘ですよ?

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