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異世界行商譚  作者: あさ
甘い話
17/90

有利な交渉

 横にミルド、後ろにフレイと言う並びで歩き出した優斗は、背中からのプレッシャーに冷や汗をかいていた。


 プレッシャーの発生源であるフレイからすれば、自分に手を出す事をあそこまで拒否しておいて他の女を買った様に見えているのだから、不機嫌になるのも頷ける。


「それで、えっと。私はどうなるんでしょうか」

「村の蜂蜜を貯蔵してるとこと、食糧を貯蔵してるとこに案内して貰える?」

「は、はぁ。わかりました」

 予想外の答えに、ミルドは拍子抜けしながら「こっちです」と先導する。


 優斗の目的は、実際この村がどのくらい出せるのか、と言う調査だ。食糧に手を付ける気はない、と言うか自分の積荷も置いていく気の優斗は、開いたスペースに出来うる限り、蜂蜜などの高級品を詰め込んでいきたいと考えていた。


 同時に、この村に壊滅的な打撃を与えたくない、とも思っていた。それは目の前の女性の立場を悪くするし、協力してくれたトーラス少年やその家族にも迷惑をかける事になる。


「こ、ここです」

「おー。結構あるね」

 倉庫に詰め込まれた蜂蜜が入っているらしいビンの山。それに目を光らせて感動しているのは、優斗だけではない。


 ミルドの話によれば、村で採れた蜂蜜は、ほとんど村が買取り、ここに保管されるらしい。今年の分は村の有志が街まで売りに行ったが、帰ってこない者が多いのだとか。


 事故か、逃亡か。まとまったお金が手に入る事を思えば、後者の可能性も高そうだ、と思った優斗だが、契約と言うギフトがあるのだからそうでもないか、と考えを巡らせる。


「今年の物はほとんど残っていませんが、去年とれた分はほとんど残っています。もう白く固まってしまい、売り物になりませんけど」

 その言葉に、ん、と疑問を抱く。優斗の記憶では、ハチミツは温めれば元に戻るはずだ。それを指摘すると、ミルドは苦笑いを浮かべた。


「確かに柔らかくなりますけど、味が悪くなるので」

 採れたてに比べてかなり安い値段になってしまうのだ、と言われて優斗は納得する。


 確かに蜂蜜に火をかけると風味が落ちる。だが、低温で湯煎すれば風味を損なわずに元に戻す事が可能である。これは昨日、ウェブ履歴を調べていて知った知識だ。


 ハチミツを沸騰させて作るきなこ飴も、一度湯煎してから使うべきなんだろうか、と考えながら周りを見渡した優斗は、よく考えれば、ハチミツを持っていきすぎると売り物がなくなってしまう、と言う事に気づいた。優斗は蜂蜜がどの程度の頻度でとれる物なのか知らないだが、加工して売るならば、手元にまったくないのはマズいと言う事くらい理解できた。


 村長が奴隷として誰かを引き渡してもいいと言った理由はその辺にあるんだろうな、と思いながら優斗は大いに反省した。あの状況では、それを望んで交渉を進めたと思われても仕方がない。


「んじゃ、食糧……は見てもわからないか。

 ミルドさん、実際のところ、食糧の備蓄はどうなんですか?」

「足りてませんが飢え死にするほどではないですっ」

 ミルドが従順なのをいい事に、優斗は様々な事を聞き出した。


 やはりこの街に、行商人はほとんど来ていないと言う事。

 来た行商人もユーシアから逃げてきた者がほとんどで、滞在せずほぼ素通りだった事。


 ユーシアの状況に関しては、数か月前に王国との小競り合いがあったらしい、と言う情報を得る事が出来た。戦争寸前の地域へ荷物を運ぶと言うのがこの仕事の実情だったと知り、ハリスがユーシアの説明をあまりしなかった事に合点が行く。


 事情を知った優斗だが、特に彼を恨むつもりはなかった。予想していた範囲内だった事と、受けなければ商売を続けられていなかった可能性もあるので、むしろ感謝している。


「ミルドさんの予想でいいんですけど、どの程度なら支払えると思います?」

「すいません! 村の経済状況はあまり知らないんです」

 さすがに気の毒になって来た優斗は、もうそんなに聞く事もないだろう、とフレイに目配せする。


「なんですか?」

「奴隷を買う気はないんだけど、俺が説明しても説得力ないかなーって」

「それで私に、ですか?」

「フレイは理解が早くて助かるよ」

 結局、ミルク飴をもう一度作る事を条件に、フレイはミルドに説明をしてくれる事になった。


 なんとか落ち着かせたミルドから「秘伝を買うならば大金が必要だと思った」と聞かされた優斗は、予想以上に高く売れそうだと言う事実に、少しだけ困っていた。


 村に壊滅的な打撃を与える気はない。しかし、適正以下で売ってしまうのは、一応商人と名乗っている以上、抵抗がある。そう考えた優斗は、何か良い方法はないか、と考えを巡らせる。


「この付近に蜂蜜を作ってる村ってあります?」

「ありますけど、そこはここより小さい村です」

 脅しが効いていない状態で得た情報をどこまで信用していいか微妙だが、少なくとも村はあるのだろう。ならば、そこには安値で売り付けてはどうだろう。


 そこまで考えて、日持ちのし辛いミルク飴の方は、街道沿いに無い村に教えてもあまり意味がない事に気づく。かと言って大きな街に売りつけると、ここが潰れてしまう。


 どうするべきかな、と考えながらミルドを見つめる。3人寄れば文殊の知恵、自分だけで考えていてもしょうがないと、目の前の2人にも協力を要請する事にした。


「普通に売ろうと思うと、それこそミルドさんを奴隷として貰って行くくらいしか無理そうですねぇ」

 びくり、と反応するミルド。フレイには適当に話を合わせてほしい、と視線で訴えておく。


「どうにかお金を準備するいいアイディアありませんか? 例えば近くの村と共同で買うとか」

「えっと、誰かに相談して来てもいいですか?」

「有力な相談相手がいるなら、一緒に行きますよ?」

 逃げようとしても無駄だ、と言外に伝えながら、優斗は不敵に笑う。


 結局良いアイディアが浮かばなかった優斗は、とりあえず解散し、宿へ戻る事となった。ミルドには村で話し合ってくれと伝え、村長の家へ帰した。


「しっかし、情報を切り売りするのがこんなに難しいとは思わなかった」

「売る事を諦めるか、もう安値で売るしかないんじゃないですか?」

「あの村長とシールズってのが喜ぶのが、なんかヤダ」

 子供ですね、とフレイに笑われ、優斗は項垂れる。


 結局のところ、フレイの言うとおりにするしかないのだ。一介の行商人でしかない優斗には、買い取って持ち運べる品物の量にも限りがあるし、村の支払い能力にも限界がある。


 諦めた瞬間、何かを得ると言うのは良くある話だ。優斗は今、何かの端を掴んだ気がした。


「あー、そうか。そう言う手があったか」

 1人納得する優斗に、フレイは気でも触れたのかとジト目で彼を見つめる。


 結局、もう少しアイディアを煮詰めたいと言う優斗の言葉で、その日は就寝となった。


 朝になり、朝食を終えた優斗は、トーラス少年に連れられて、ある場所へと向かっていた。


「で、どうよ、トーラス」

「んー。ミルドおばさんはいい人だよ。いい人過ぎて、村の厄介事、結構押し付けられてる」

「あの人、村の外から来たんだったりする?」

「えーっと。確かそうだったと思う。嫁いできたヨソモノだー、って、死んだばあちゃんが言ってたし。

 あと、ミレネがお父さんはいないって言ってた。あ、ミレネはミルドおばさんの娘」

 やっぱり彼女は確保すべきだな、と未亡人だった事が判明したミルドの事を思い浮べる。


 あの見た目でおばさんかぁ、と思い、でもトーラスから見たらそんなもんか、とも考えながら、優斗は次の質問をぶつける。


「あの人の味方って誰かいそう? あ、結婚してない男以外で」

「んー。いないんじゃないかなぁ」

 どうりであっさり売られた訳だ、と変な納得していると、目的地へと到着する。


「ここ?」

「あぁ。俺のししょーの家」

 優斗が探していたのは、契約書を作るギフトの持ち主だ。蜂蜜と言うそれなりに高級な商品を扱っている村になら、もしかしたら居るかもしれないと言う優斗の予想は的中した。


 ちなみに、トーラスも同じギフトの持ち主らしい。世界の欠片は希少なので、無理やりどこかへ連れて行かれないよう、両親の指示で秘密にしている、と彼は語った。それでも街の外へ、大きな街へ行ってみたいと言う野望を抱えたトーラスは、その何時かの為にお金を貯め、こっそり同じギフトを持つ者の元で修業をしている、と言う事だ。


「おじゃまー」

「お前か。ん、余所者か、トーラス?」

「ししょーに契約の立会いをして欲しいんだってさー」

「契約内容に問題がないかも、見て頂きたいんです」

 トーラスの師匠に睨まれ、優斗は愛想笑いを浮かべた。


 その後、なんとか彼を説得した優斗は、ミルドを説得しに行っていたフレイと合流し、寄り道をしながら村長の家へと向かった。


 突然の来訪に急ぎで準備された紅茶に口もつけずに待っていると、慌ただしく村長とシールズが現れた。


「お待たせして申し訳ありません。その、村の支払い能力を見極めていたそうですが、その、売って頂けるのでしょうか?

 おぉ、そうだ。シールズが謝りたい申しておりまして。シールズ!」

「あくどい商人などと暴言を吐いてしまい、申し訳ありませんでした」

 まったく気持ちのこもらない謝罪を受け、優斗は、やっぱりこいつらが無暗に儲けるのはなんとなくヤだなぁ、と再度実感する。


 口で説明するのが面倒だ、と考えた優斗は、先ほど作ったばかりの、まだ正式でない契約書をテーブルへ落とす。


「これは。

 拝見してもかまいませんか?」

「どうぞ。出来れば、私達が焦れる前にお願いします」

 慌てて契約書を手に取る村長。シールズも胡散臭げな目で横から覗き込む。


 優斗の言う、私達、とは隣に座るトーラスの師匠さんと、後ろ立つフレイとミルドだ。トーラスも着いてきたいと言ったのだが、師匠さんのひとことで、部屋前に待機させられている。


 契約書の文頭に書かれた金額を見て真っ青になった村長が、同じくその金額を見て叫びそうになったシールズを止める。


「優斗殿。この金額をお支払する事は出来ません」

「えぇ、そうでしょうね。ですから、その契約書を準備させて頂きました」

 読み進めろ、と目で訴えると、しぶしぶと言った体で村長が続きに目を向ける。


 先に読み終わったのはシールズの方だった。村長の方は、中ほどで意味を理解できず、躓いている。


「おい、ミルド。さてはお前さん、村を売ったな?」

「え、え?」

「違いますよ。昨日、ここで何があったか、ご存じないのですか?」

 交渉役から外され、今日は不意打ちでやって来たのだから、聞く暇などなかっただろう。シールズは忌々しげに優斗を睨みつけ、村長に説明を求めた。


「昨日は誰か奴隷として引き取ると言う事で手を打って貰えないか提案し、優斗殿がミルドを連れて出て行った」

「ミルドを買うって言う言質は取ったのか?」

「いや、取ってないが……」

「くそっ。だから俺を呼べと言っただろうが!」

「ど、どういう事だ?」

「ヤツはミルドを奴隷にするなんて一言も言って無いんだろうが!

 仮にミルドを抱いてたとして、個人的に謝礼を払った、って言われちまえば村と関係なくなっちまう!」


 おぉ、その手があったか、と優斗は感心してしまう。知っていたところで、フレイを連れて他の女を買う勇気など、優斗は持ち合わせていない。


「くそっ。その様子だと、他にも何人か味方に引き入れたんだろう」

「ご名答」

 既にこの件はトーラスの家族にもお願いしてある。


 あの一家が信用できるかは賭けだったが、ミルク飴を作るのに弟君の力が必要なので、どうしても巻き込む必要があった。


「村長、この契約はアイツが得するばっかだ」

「レシピが手に入るんですから、村として生産して貰っても構いませんよ?」

「粉の作り方に触れてないのはわざとなんだろう?」

 最低限の情報共有はしていたらしい彼が、即座にそれに気づいた事に心の中で拍手を送っておく。


 契約書の内容は、ハチミツきなこミルク飴のレシピのを伝授する代金の支払いについてだ。


 まず、物品として蜂蜜。今年採れた物を半量と、去年からの在庫全て。今年の分は売りに出されているので、量はさほどでもないし、去年の物は結晶化しているので、合わせてもさほどの値段ではない。


 物品以外では、この村で蜂蜜菓子店を構える許可。店に蜂蜜等の材料を生産者から直接、優先的に仕入れる権利。店舗となる建物を一定額で借り続ける権利。後ろ盾となるロード商会への使者を出す為に、アロエナまでの往復する為の人材と旅費。それ以外にも細々とした条件が書き連ねられている。


 昨日、優斗が気づいたのは、別に代金を物品で支払わせる必要はないんじゃないか、と言う事だった。権利や優先権を買い取り、それを利用して商売をしたり、権利自体を転売すればいいのだ。後者は支払い能力のある相手にレシピを売る方が手っ取り早いのだが、今ここで蜂蜜を手に入れたいと思っている優斗は気づいていない。


「そういえば、きなこがないと作れませんよねぇ」

「はっ。白々しいな、おい」

「シールズさん程ではありませんよ」

 もう少し音量下げて欲しいな、と思いながら優斗はまた1つ交渉のカードを場に出す。


「では、こうしましょう。実は粉の作り方、既に教えちゃった人がいるんです」

「……は?」

「ですから、その人から買ってください」

「おいおい。そんなモン、どこの誰が買ったっていうんだよ」

 はったりだろ? と言う表情のシールズに、1枚の契約書を向ける。


 契約相手は粉ひき小屋の男。彼はトーラスの父親でもある。


「なるほどね。利権を分散して、色んなとこから金とろうって算段か」

「いえいえ、単に商売を始めようと思っただけですよ。

 今の仕事を途中で止める訳にきませんので、しばらくは誰かに委託する事になりますけど」

「ちくしょう。腹立つな」

 吐き捨てるような言葉。頭の良い彼は、優斗の持ち出したこの契約が、村の為になると言う事も、十分理解していた。


「村長!」

「……っは」

 呼びかけられて、放心していた村長がようやく我を取り戻す。


「シールズ、優斗殿に謝れ! そしてなんとしてでもレシピを買え!」

「買ってもいいが、あっちも同じレシピで商売始めるつもりだぞ? しかも、アレを作るにはヤツらから粉を買わなきゃなんねぇ」

「そ、それは困る。

 だが、行商人が来なければ、村は潰れてしまうんだぞ!」

「そうだよ。結局俺らは、買うしかないんだよ。なぁ、外道」

「私の事ですか?」

「あぁ、お前の事だよ。極悪商人」

 やっぱりこいつ嫌いだ、と思いながら優斗は口元をゆがめる。


「暴言を吐かれてまで、契約する必要はないんですけど?」

「いーや、するね。お前、既に粉の秘密を教えたんだろう? だったら、この契約はしなきゃ困るはずだ。

 それにあの荷物、お前のもんじゃないんだろう?」

 シールズの指摘に、優斗は驚いた。自己資産を多く見せるためにあえて説明しなかったのだが、どうしてわかったのだろう、と。


「常識的に考えて、あれ全部うちで蜂蜜かなんかにした方が儲かるんだよ。んで、街でこれ作って商売すればいい。

 なのにまったく売る気配がないって事は、そう言う事だ」

「半分正解です。実は半分は売ってもかまわないんですが、いりませんか?」

「お前の利益が増えるなんて真っ平御免だ。と、言いたいところだが、是非買わせて貰う」

「値段は、こんなもんでどうですか?」

 アロエナで買った、立てても珠が落ちないソロバンを弾き、価格を提示する。ちなみにこのソロバン、特注品と言う訳ではなく、古道具屋で見つけた動きが悪くなりすぎた一品だ。


 ソロバンを持った手をそのままに、売ってもよい品目を口で伝えると、シールズが驚いた。


「……安いな」

「適正価格だと思いますよ? この場で契約書にサインしてくださるのでしたら、もう少し下げてもかまいません」

 実際、提示した価格で売っても優斗は十分な利益が見込める。何せ、ここまでに通行税という物を払っていないので、丸儲けなのだ。


「村長、俺は契約すべきだと思うぞ」

「な! お前まで何を言い出すか!」

「状況的に足元見られちゃいるが、それを差し引けばそれなりに好条件の契約だ」

「どこがだ! 未来永劫、あの粉を買い続けなければならないのだろう!?」

「粉の秘密を研究すればいいじゃないですか」

 優斗の言葉に、村長がまた固まる。


 優斗は粉の販売で得られる利益を計算には入れていない。蜂蜜を普通に買取り、それを加工して売っても十分に利益を得られるだろうと考えていたし、何よりも技術的な秘密を抱えていると、命を狙われる可能性があるとフレイに指摘されていたからだ。ロード商会に一枚噛んでもらってある程度の牽制は行う予定だが、トーラスの父親にリスクを背負わせる訳にはいかない。その為にも、自分が去ったら適当に恩を着せて公開してくれ、と既に頼んである。


「実物が目の前にあり、材料も判っているんです。作れなくはないでしょう?」

「うーむ。確かに。しかし。おぉ、そうだ」

 村長が何かを思いついたらしく、手を打ってシールズの方を向く。


「別にレシピを買わんでも、店と材料を提供すれば行商人が戻ってくるではないか!」

「アホか。買わなきゃここで店開かないって脅されて仕舞いだ」

 優斗が、大正解、と言わんばかりに笑顔で村長を見つめると、がっくりと肩を落としてしまう。


「村長、あんまり時間かけると、こいつら諦めて村を出ちまうぞ」

「それは困る!」

 結局、その言葉が決め手となり、村長が決断した。


 契約する事は決まったが、優斗にはまだ決めなければいけない事があった。


「では、支払額の詳細を詰めましょうか」

「シールズ、任せるぞ」

「あぁ。で、優斗さんよ。何をいくらで買ってくれるんだい?」

 挑戦的な言葉に、一瞬だけ無茶な値段を提示してやろうかと思ったが、ぐっと堪える。


「このくらいでどうでしょうか」

 優斗は事前に用意して置いた買取価格一覧表を机の上に投げる。


 蜂蜜に関しては、今年採れた良い物は適正価格で、固まって結晶化したものは適正価格よりも安い値段で買い取る旨を記した部分を見たシールズは、また胡散臭そうに優斗を見つめる。


「ほとんどこっちの言い値で買うってか。しかも、去年のも全部買い付けるたぁ、また豪快だな」

「残した方がよかったですか?」

「いらん。去年のはどうせ売りもんにならんからな。

 いや、待て。加工にはアレを使っても平気なのか?」

「あのまま使えなくはないですが、味が落ちないようにするのは無理ですねぇ」

「本当か? ちょっと待て。絶対何かある。損してたまるか」

「元々が不良在庫なんですから、損するも何もないでしょ」

 ニヤリと笑う優斗に、シールズが歯ぎしりで答える。


「そういや、奴隷で買い付けるって話はどうなんだよ」

「貴方が志願するなら考えますけど?」

「糞が。確かそいつの娘がいい年だったぞ。それで手を打たないか?」

「ミルドさんは娘さん共々、私が雇う予定なんで村でこき使うのは止めてくださいね」

「ちっ。村長、なんか出せるもんねーか」

「おお、そうだな。確か未婚の娘がまだ居たような」

「奴隷以外でお願いします。連れ合いが煩いので」

「奴隷以外ですか……」

 結局、優斗の雇った従業員に村の仕事を押し付けない、と言う契約を結ぶ代わりに結晶化した蜂蜜の買値を少しだけ上げる事になった。


 利権関係の値段交渉は難航したが、それなりの高値で決着がつき、不足分は次回の収穫で支払われる事も決めた。


 契約後、借りる店舗の場所や家賃などを決め、優斗不在時の管理責任者をミルドとし、彼女に何かあった場合は、全権利を一時ロード商会預かりとする事とした。ロード商会に許可を取るどころか所属もしていない優斗だが、揉め事があると言う事は儲かると言う事なので、きっと引き受けてくれるだろうと考えていた。条件付きで、だろうが。


 村長たちが見守る中、ミルドとも契約を結んだ。内容は雇用契約書に近い物だが、娘と2人で生きていく為には稼ぐ手段が必要なので、裏切る可能性は低いだろう。優斗がいない間に発生するかもしれない、多少の使い込みや横領は目をつむる予定だ。


 ロード商会へ優斗の手紙と商品見本を届ける役は、シールズに決まった。モメた場合に問題を解決する能力がある方がいいし、何よりハリスと知り合いだと言う事で彼が任命された。


 もちろん優斗は反対するつもりだった。昨日なら確実に反対していたが、今日の交渉で、村の為ならちゃんとやるだろう、と思えたのでしぶしぶ了承した。自分で行く事が出来ない以上、他に知り合いもいない優斗に、選択肢はなかったに等しい。


 トーラスの師匠によって全ての契約書が仲介され、優斗のこの村での商談は終了となった。

トーラスの師匠さん、重要な役割なのに出番これだけです。

交渉中は他の人が空気になってしまうのは、私の未熟ですね。

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