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異世界行商譚  作者: あさ
甘い話
16/90

優斗の商品

 一晩経ち、昼食を食べるまでの時間をゆっくりと過ごした優斗は、出かける支度をしていた。


 行先は村長の家。午前中に来た使いに、お昼を食べてから向かうと伝言してある。


「交渉が上手くいったら、もっと作ってくださいよ?」

「わかってるって」

 今日も優斗に強請ってきなこ飴の方を1つ食べたにも関わらず、フレイは不満そうだ。どうやら彼女は、ミルク飴の方がお気に入りらしい。


 宿の入り口には、トーラス少年が立っていた。事前に村長の家までの案内を頼んであり、ここで待ち合わせと言う事になっていた。

 お互いに笑いあい、親指を立ててにやりと笑う。昨日、優斗がトーラスに依頼した内容は恙なく実行され、この交渉が成功すれば、別途報酬を支払う予定だ。


 村長の家に着くと、昨日と同じ部屋へ通され、勧められるままにソファに腰掛ける。娘なのだろうか、中年の女性に今日もお茶を出してもらい、一口すすった。


「お待たせしてすいません。少し仕事が長引いてしまって」

「村長さんも、色々とお忙しいでしょう。お茶を頂いていましたから、平気ですよ」

 にこりと笑う優斗とは対照的に、村長の方は昨日と違って余裕のない表情だ。


「交渉役の方はどうされましたか?」

「あぁ、それは。ちょっと用事があって同席できません。

 代わりの者が来ますので、少々お待ち頂けますか?」

「ふむ、そうですか。出発の準備もありますし、出直した方が良いかもしれませんね」

「えぇ!?」

 素っ頓狂な声を上げる村長。


 確かにこれは交渉役が必要だな、と思いながら優斗はフレイに目配せする。


「そう言わず、少しくらい待ちましょう」

「フレイがそう言うなら、そうするか」

 打ち合わせ通りの会話を聞いて、あからさまにほっとする村長に、2人は笑いをかみ殺しながらお茶に口を付ける。


 優斗があえて悪戯レベルの駆け引きを行ったのは、これ以降にフレイの力を借りなければならない時の為の予行演習のつもりだった。本物の商人相手には通じないだろうが、それ以外の人間と交渉のテーブルに着く機会があれば、役立つだろう。

 落ち着かない村長の姿に再度笑いをかみ殺していると、その人は五分と経たず現れた。


「初めまして。ミルドと申します」

「ほう。女性の方ですか」

「はい。今回は臨時でお願いしました。もしや、女性相手の商売はお嫌いでしたか?」

「いえいえ、とんでもない。見目麗しい女性と話をする機会を不意にする様な事は致しません」

 優斗の言葉に、フレイが指で彼の腹を抓った。それに「うっ」と反応してしまい、優斗は乾いた笑を浮かべる。


「連れ合い様の前で他の女性を褒めるのは、失敗でしたわね」

「ははは。以後、気を付ける事にします」


「ところで優斗殿。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「もちろんです」

 交渉役が来て急に落ち着いた村長は、交渉役のミルドに目配せをする。


 ミルドと言う女性を観察しながら、優斗は言葉を待つ。


「実は昨日、村の一部にあるモノが配られまして」

「あるモノ、とはなんでしょうか?」

「説明はミルドが致します」

「はい。説明し、いえ。させて頂きます」

 こういう席に慣れていないように見える彼女が、何故交渉役に選ばれたのだろう、と疑問に思いながら、優斗は視線を上下に動かす。


 くすんだ茶色の髪は長く、瞳の青い、20代くらいに見えるそれなりの美人だ。胸元の開いた服を着ているが、慣れていないのか頻りにその部分を気にしている。もしかして色仕掛けのつもりなんだろうかと考えながら、優斗は視線を顔に戻す。


「村の子供と一部の大人に、ハチミツで作ったらしいお菓子が配られていたのです」

「さすが蜂蜜が特産の村ですね」

「えっと、そうではなくてですね」

 優斗の言葉に、ミルドが戸惑う。意地悪だったかな、と思いながら笑顔で先を促す。


「それで?」

「それが、我が村の品ではなかったのです」

「ふむ」

 優斗はどういう方向に誘導するか、考え始める。


 ここに来るまでは、出来る限り悪辣に攻め、交渉役の男を黙らせてから少しだけ譲った条件を出すつもりだった。しかし、目の前に居るのは、あの腹の立つシールズではない。


 考える。シールズに最もダメージを与える方法は、彼女が交渉をそこそこ成功する事ではないだろうか、と。成功させられる交渉を失敗したとなれば、彼の評判は地に落ちるはずだ。


 基本方針を固めた優斗は、とりあえずフレイに詳細を話さなかった過去の自分を褒め称えた。目の前の美人に惑わされて交渉の手が緩んだと思われたら、後が怖い。嫉妬でなく、甘い物の恨みで。


「私も口にしましたが、とても美味でした。それをくれた少年から話を聞いたのですが、あれを作ったのは貴方なんですよね?」

「こら、ミルド。貴方とはなんだ、貴方様、か優斗様、だろうが」

「気にしないでください。美人と親しく話すのは大歓迎ですから」

 今度はフレイからの攻撃がないな、と思いながら優斗は微笑んだ。


 微笑みの効果か、ミスによる羞恥か。ミルドの頬が少しだけ赤く染まる。


「そうだとして、どうしました?」

「実は私、お菓子を作るのが趣味でして」

「へぇ。女性らしくていいですね」

「ありがとうございます」

 はにかむミルドに、こういう交渉法もあるか、と思いながら優斗は懐に忍ばせた袋を、服の上から確認する。


「ハチミツとミルクが使われているのはわかるのですが、あの粉だけが、何かわからなかったんです」

「そうですか」

「あれ、粉はまぶすだけじゃなく、混ぜ込んでありますよね?」

「おぉ、凄い。正解です」

「ハチミツとミルクを混ぜてもああはなりませんでしたので。

 試しに色々な粉を混ぜましたけど、あの味にはなりませんでした。あの粉が何か、教えて頂けませんか?」


 優斗は、どう軌道修正をしようか、と考えていた。

 当初の予定では、追及されたらこの場で試食させ、作り方のレシピを売る交渉を始める予定だった。しかし、レシピがほぼバレているのであれば、こちらの交渉材料はきなこの作り方のみ。


「実は、あれが大豆の粉だと言う事もわかっているのですが」

「本気で驚きました。何故わかったんですか?」

「粉にした人間に聞きました」

 そりゃバレるわな、と自分の迂闊さを反省しながら、優斗は口を開く。


「そこまでわかっているのでしたら、私が教える事はないと思うのですが」

「大豆の粉で作ったんですが、あの味にならないのです。それどころか、色が違います。

 実は大豆の粉だと言う確信はありませんでした。大豆と偽って別の豆を潰させたと疑っていたくらいです」


(カマかけに乗るとか、迂闊すぎた)


 優斗は代理で女性だと言う事で少し緩んでいた警戒を、少しだけ強める。


「ミルドさんの言いたい事は大体わかりました」

「では!」

「それで、この村はこの粉に、いくら出してくれますか?」

 懐からきなこの入った袋を取り出す。


 この村にきなこが存在しない事、水車小屋の男とフレイが大豆を粉にする事にあそこまで反対した事から、優斗はこれを切り札にすると決めていた。どうすれば場に出した切り札を有効に使えるか、優斗は慎重に言葉を探す。


「ミルドさん」

「は、はい」

「一度作ってみませんか?」

「いいんですか?」

「どうぞ」

 優斗の言葉に、村長が人を呼び、ハチミツとミルクが届けられる。


 厨房に移動しなかったのは、袋を持って行かれると困る、と優斗が告げたからだ。


 しばらくの後、ミルドが悪戦苦闘して作り上げた物は、彼女が食べたものとは別の味だった。


「えっと、本当にこの粉で作ったんですよね?」

「えぇ」

 失敗の原因が判っている優斗は、ソファの隅で小さくなっているミルドに、悪い事をしたかな、と思いながらもこれでレシピも売りつけられる、と心の中で喜んだ。


「私から少し良いですか?」

 優斗の言葉に、村長とミルドが同時に首肯する。


「このレシピは、遠い国の物でして。これのおかげでここと似た境遇の村が復興した、と言う話もあります。

 ですので、この村でもお役に立つのではないかと思ったのですが、如何せん、売れると言う証拠がありません。ですので、失礼かと思いましたが実際に作り、村人に食べて頂いた次第でして」

「そうでしたか。それはそれは、ありがとうございます」

 ミルドを押しのける村長に優斗が少し眉をひそめる。


「ところで村長さん。この菓子で村を復興出来ると思いますか?」

「えぇ、もちろんです。こんな素晴らしい物、売れないはずがありません。なぁ、ミルド」

「はい! 絶対売れます!」

 その言葉を待っていた、とばかりに優斗はようやく売り物の詳細を開示した。


「これのレシピと粉の作り方を買いませんか?」

「えっと、おいくらでしょう?」

 ミルドが間髪入れず、そして恐る恐る尋ねる。村長の方は、ほっとした様子だ。


 ミルドはレシピを秘伝の技術だと認識している。そんなものを買おうと思えば、かなりの大金を積まなければならないだろう、と言うのが彼女の考え。


 一方村長は、彼の思うところである魔法の黄色い粉を高値で売り付けられる事を心配をしていた。作る分だけ買わされる事を思えば、加工法がお金を出して買える事は、嬉しい誤算だった。当然ながら、支払う想定金額は、ミルドの思うそれと比べてかなり安い。


「村の経済状況が判りませんので、無茶を言う訳にもいきませんし。

 そうだ、ミルドさん。どの程度なら買えますか?」

「えっと」

 ミルドが、交渉に使ってもよいとされた上限金額を告げる。


「おい、ミルド!」

「は、はいいぃ」

「優斗殿、少し失礼させて頂きます」

「どうぞ」

 内心焦りながらも、予想していましたとばかりに落ちつた声でそう伝えると、紅茶を口に含む。


 真っ青になった村長と、びくびくと怯えるミルドが部屋に戻ってきたのは、数分後の事だった。


「あ、その。実は村は不作で、しかも1年ほど前に新たな街道が通ったせいで行商人の方も来なくなり、恥ずかしながら、村人全体が食うに困っている状態でして」

 村長の言葉に、優斗は一瞬、状況の把握が出来なかった。


 隣のフレイが「情に訴えかけてるんです」と呟くのが聞こえ、ようやくこれが値切り交渉なのだと理解した優斗は、ならばと反論する。


「そうですか。何人か話をしましたが、そこまで飢えてはいないようでしたが」

「皆、危機感が足りないのです。行商人の方々が来なくれば特産の蜂蜜が売れなくなるだけでなく、彼らの滞在費などの収入もなくなる事が実感できていないのです。

 このままでは次の収穫まで備蓄は持ちません!」


 感情的になってきた言葉に、あと1押しかな、と思いながらも、優斗はまだ口を開かない。


「どうか、我が村の為にレシピを教えて頂きたい。

 出来うる限り、支払は致します。そう、誰かを奴隷として引き渡してもかまいません!」


 想像以上に食いついたな、と思いながら隣のフレイを見る。予想通り、複雑な表情をしていた。


「気に入った娘を言ってくだされば、いやいや、お連れ様がいらっしゃるのですから、高く売れる、力のある者がよろしいか!?」

 このままだと道連れが増えかねない。そう考えた優斗は、業と勘違いさせるよう、口元に怪しい笑みを浮かべる。


「ミルドさんとお話がしたいですねぇ。出来れば、ここじゃない場所で」

「おぉ、そうですかそうですか。ミルド、行ってこい」

「えぇぇぇ!?」

「村の為だ! 逆らうなら」

 耳元で何かを囁いた村長が何を言ったのか、想像するのは難しくないが、優斗は考えないようにする。


「……わかりました。優斗様に従います」

「そうですか。では、行きましょう。フレイ」

「なんですか?」

「行くよ?」

「私もですか?」

「もちろん」


 部屋を出てすぐに振り返り、安堵している村長を見た優斗は、どうしてやろうかな、と思いながら、女性2人と共に部屋を出た。

村長さんはこの世界基準で言えば悪人ではありません。

多くの村人の未来を最小の犠牲で得ようとしているだけですしね。

もちろん、善人でもないですけど。

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