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異世界行商譚  作者: あさ
甘い話
15/90

異世界のお菓子

 石臼が音を立てて回っている。


 石臼によりすり潰された粉を篩った物を受け取った優斗は、代金替わりの品を置き、お礼を言って小屋から出た。


 「むしろ助かった」と笑う男の名前すら聞いていない事に気づかない程浮かれている優斗に、フレイは苦笑しながら後を追った。


「よしよし」

「何がよしなのか知りませんけど、無駄遣いは程ほどにして下さいね」

 はーい、と元気よく告げる優斗は、フレイが今まで見たどの表情とも違う、心から嬉しそうな笑顔だった。


 トーラス少年から蜂蜜を受け取り、ネット閲覧履歴から蜂蜜を使ったお菓子を探していた優斗は、そのほとんどに砂糖が使われている事に、一時は心が折れかけていた。


 フレイからすれば、パンやクッキーは蜂蜜を混ぜるとおいしく焼けないので、仕上げにかけるくらいしか使い道がないのは周知の事実だ。多量にかければ値が上がり、少量では全体に行きわたらないので、一般家庭で蜂蜜が使われる事は少ない。


 そんな事実を先ほど知ったらしい優斗は、それでもめげずに蜂蜜のみで甘さを付けたレシピを探し、ついにそれを発見した。


「んーでも、きなこが存在しないのは予想外だった」

「大豆は茹でて食べる方がおいしいですから。

 粉にする手間もかかる上に、マズくなりますから。わざわざ不味くして食べようなんて、ご主人様は相変わらず変人ですね」

 優斗が作っていたのはきなこで、フレイが知っているのは大豆粉なのだが、それに気づいている優斗が説明をしないのは、サプライズの為、等ではなく説明する時間も惜しんでいるからだ。


 フレイが部屋に入ると、優斗は既に準備してあった材料を混ぜ合わせていた。


「あー。折角おいしい蜂蜜が」

「ちゃんと美味しくなるって。あ、フレイ。蜂蜜温めといて」

「つまみ食いしても良いのでしたら、喜んで」

「ひと舐めだけね」

 機嫌のいい優斗の返事に、フレイは宣言通りひと舐めだけしてから鍋に入った蜂蜜を火にかける。


 窓際とはいえ、室内で火を使うのは危ないと指摘したのだが、レシピを知られたくないと言う優斗の意見に従い、自分が見張っている事を条件に、フレイは室内での調理を承諾した。


 もちろん、主人である優斗はそんな許可を取る必要はまったくない。フレイがそれを指摘しない一番の理由は、子供の用になんでも聞いてくる年上の主人が、とても可愛いからだ。ちなみに次点は、彼に色々言うのが楽しいからと言う理由だ。


「粉、足りるかなぁ」

「ぐつぐつして来ましたよ」

「お。じゃあ、こっち頂戴」

 沸騰する鍋を火から外して手渡すと、優斗は躊躇なくその中にきなこを放り込んだ。その光景に、フレイは心の中で何度目かのため息を吐く。


「あぁ。こんな浪費癖のある主人に仕える事になるなんて、私はなんて不幸なんでしょうか」

「おかげでおいしい物食べれるんだから、気にするな」

「おいしく出来るといいですねぇ」

 フレイは昔、大豆を潰した物を混ぜた食べ物を口にした事がある。だからこそ、確信を持ってこれは失敗すると思っていた。


「っし、こんなもんかな」

 そういって優斗が完成品を口に放り込んだ時も、絶対に渋い顔をするだろと思っていた。だが、フレイの予想が当たる事はなかった。


「いい感じ。これなら長時間口に入れとけるし、移動中に食べるようにとっとくか。

 あ、フレイも1個食べてみ」

「へ? いや、私は」

 反論する間もなく口元に持って来られた物は、指の先くらいのサイズに切られた黄色い塊だ。


 味が楽しめないなら他で楽しめばいい。そう考え、からかう目的で優斗の指ごと咥えたフレイは、口に広がった甘い味に、思わず優斗の指に歯を立ててしまう。


「いたいいたい! 指は食べないで。手で捏ねてたから甘いけど、中身は甘くないから」

 優斗が引いた手に、フレイの唾液が糸を引く。それに対して何か言う事も忘れる程、フレイは口の中にある物に集中していた。


「噛まずになめてればしばらく楽しめるから」

「ほんとですかっ!」

「その為に作ったんだし」

 長時間甘さを維持し続ける食べ物。絶対に嘘だと思ったフレイは、それでも一心不乱に口の中の物を嘗め続ける。


「ハチミツきなこ飴は成功、っと。次はハチミツきなこミルク飴に挑戦しますか」

 ハチミツきなこ飴、と言う名前を心に刻みながら、フレイはそれに歯を立てた。ぐにゃりと言う感触と共に2つに割れた飴は、やはり甘かった。


 作業を続けている優斗は、先ほどと同じように蜂蜜ときなこを混ぜている。今回はそれを粉を敷いた板に乗せず、容器の中に放り込んだ。そこに宿で譲ってもらったミルクを流し込み、木べらで混ぜ始める。


 作業を観察しながら、フレイは先ほどの作業、ハチミツきなこ飴の作り方を思い出していた。

 まず、蜂蜜を鍋にかける。ぐつぐつとして来たら火から外して大豆の粉を入れ、固まった物を粉を敷いた板に乗せ、細長く伸ばしてから切る。切ったものに更に粉をまぶして袋に仕舞えば完成だ。


 絶対にこのレシピを忘れまいと心に誓うフレイの前で、優斗は先ほどと同じように蜂蜜ときなこを混ぜた物を板の上に乗せる。粉の無くなった板の上で四角い塊を作った優斗の手が、唐突に止まった。


「……しまった。冷蔵庫がない」

「レイゾウコ、ですか?」

 聞きなれない言葉に、フレイは焦る。材料が足りず完成しない、なんていうのは神への冒涜だ。あれもきっとハチミツきなこ飴と同じくらい、いや、手間と材料が余分にかかる分、それ以上においしい物に違いない。


「あー、フレイ」

「なんでしょう! なんなりとお申し付けください!」

「気合入ってるなぁ。まぁ、気持ちはわかるけど」

「そんな事より、何が必要なんですか?」

「あぁ。これを冷やしたいんだけど、そういうギフトってない?」

「氷雪の神の欠片ですね。村に居るかもしれませんので、聞いてみましょう」

 優斗に見送られて部屋を飛び出したフレイは、トーラス少年を見つけ、即座に詰め寄る。


「トーラスくん!」

「はいい!?」

「氷雪の神の欠片を持つ人、いませんかっ!」

「そ、それなら弟が……」

「すぐにでも部屋に来てもらえませんか?

 報酬は払うからっ!」

 払うのは優斗なのだが、今のフレイにはどうでもよい事だ。


 その後、トーラス少年に連れられてきた弟くんの力により、優斗の試作品2号、ハチミツきなこミルク飴は無事、完成した。


「すごくおいしいです。なぁ、兄ちゃん」

「だな。でも、本当に御馳走になってよかったの?」

「あぁ。その代り、頼みがあるんだけど、いいか?」

「もちろん!」

 威勢のいい返事を返すトーラスの横で、フレイは口の中に広がる幸せに心奪われていた。


 ハチミツの甘さとミルクのまろやかさ。そして何より、あんなにまずいはずの大豆の粉がそれを引き立てている。これはきっと、神が作った食べ物に違いない。


 多少、思考が暴走しているフレイの横では、優斗の指示を受けたトーラスが、弟と共に外へ飛び出していった。


「さて、吉と出るか凶と出るか」


 不敵に笑う優斗。フレイは相変わらず、トリップしている。


 次を口にしようと手を伸ばし、目の前にあったはずの物が全てなくなっている事に気づいたフレイが怒り狂うのは、数秒後の事だった。

作中のお菓子は実在します。

おいしいので、是非作ってみて下さい。

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