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異世界行商譚  作者: あさ
甘い話
14/90

キコ森の村

 予定より半日遅れで到着した村は、話に聞いていたよりも寂れていた。


「今思えば、誰ともすれ違いませんでしたね」

「好条件の依頼っていうのは、その辺りが原因、なのかもねぇ」

 川沿いの道を行く2人は、遠くに見え始めた村にそんな感想持った。


 村に入ると言う事で、今日のフレイはエプロンドレスでなく、もう一方のワンピースを着ている。奴隷=家畜と言う認識が強い場所では、交渉の場や宿の部屋に連れて行けない可能性がある、とアドバイスしてくれたのは、積荷の主であるロード商会の担当、ハリスだ。


 服を着替える際、フレイに「自分では出来ないんです」と言われたので、、頭のカチューシャ風のリボンと首輪を隠すリボンをつけたのは優斗だ。ついでにと頼まれた腰のリボンは、全力で辞退した。


「お、村に客か?」

「あ、どーも」

 川沿いにある小さな小屋から男が現れた。


 荷馬車を止め、あいさつを交わしながら、優斗は相手の身元について考える。


「休憩ですか?」

「はい。と、言っても仕事がほとんど無いんですけどね」

 苦笑する男の言葉に、優斗は自分の予想がほぼ正しいと確信する。


 水車の併設された小さな小屋。いわゆる水車小屋は、この世界で粉ひきを行う場所だ。そんな場所に居ると言う事は、彼の仕事は粉ひきなのだろう。服についた白い粉も、それを証明している。


「やはり不作が原因ですか?」

「そうだねぇ。うちの村はそれだけじゃないけど。

 まぁ、あんたが来てくれたなら少しはましになるだろうさ。

 あ、宿は今、人いねーから村長んとこ行ってくれ。後は行けばわかる」

 言いたいことだけまくしたてて、男は小屋へ戻っていった。


 優斗は男の背中に「ありがとうございます」と告げてから再び村を目指して手綱を引く。


「宿に人がいないとか、よくある事?」

「うちの村は宿自体ありませんでしたので、なんとも」

 聞けば答えが返って来る、と無意識に考えていた事に、優斗は反省した。


 頼りっぱなしだから何かお礼がしたいな、と思った優斗は、ちらりと服と不釣り合いなボロの外套を見る。次にまとまったお金が出来たら、もっと良いのをプレゼントしよう。


 村の中、大きな建物を探して進む優斗は、居心地の悪さを感じていた。


「すごい見られてますね」

「だねぇ。

 丁度いいから村長の家がどこか聞こう」

 思考を切り替えた優斗が荷馬車を止めると、2人の男がこちらへと走ってくるのが見えた。他の人間は荷馬車を囲むように一定距離を保っている為、声をかけづらかった優斗は、2人の到着を待って御者台から地面に下りる。


「よくいらしてくれました。それで、本日はどんなご用件でしょうか」

 息を切らせ、目を爛々と輝かせる初老の男に気圧されて身を引いた優斗は、真後ろにあった荷台に背中をぶつける。


「あー、いや。宿を借りたいのですが」

「そうですかそうですか。では、さっそく部屋を準備させますので、それまで我が家でお話しでも致しましょう」

 初老の男が一緒に走ってきた男に、馬を誘導する様、指示を出す。


「荷馬車は厩でお預かり致しますので、どうぞこちらへ」

「あー、はい。フレイ、荷物取って」

「かしこまりました」

 持ち歩く用に貴重品を詰めておいた袋を受け取ると、荷馬車からフレイが下りるのを手伝う。


 フレイは1人でも降りられるのだが、連れ合いであると認識させた方が何かと便利だと、2人で話し合った結果だ。


「おぉ、奥様もご一緒でしたか」

「いえ、妻ではありません。旅の連れ合い、と言うヤツです」

 その言葉に、真横に下りてきたフレイが優斗の腕を取る。本人曰く子供っぽい、優斗からすればもう子供ではないボリュームの胸を押し当てられて、優斗は内心焦る。


「ほっほ。仲が良いですなぁ。

 立ち話もなんです。ささ、こちらへ」


 初老の男――この村の村長らしい――の家に招かれた優斗たちは、来客用らしいソファーに腰を掛け、紅茶を啜っていた。


 隣にフレイ、対面に村長と交渉役であると言う男が座った状態に、優斗は少し困っていた。


「あの、私どもは宿を借りたいだけでして」

「まぁまぁそう言わず。知っての通り、ここの蜂蜜は一級品ですぞ」

 知らないけど、と思いながら優斗は曖昧に笑う。


 シールズと名乗った交渉役の男の言葉から推測すると、荷馬車の食糧と村の特産品を交換して欲しいらしい。何故らしいなのか言うと、シールズの態度が積極的に、買って欲しい、と言うのではなく、欲しいなら売ってやってもいい、と言うスタンスだからだ。


 その態度に、最初は「殿様商売なのかな」と言う感想を抱いていた優斗だが、村長の言葉と合わせて考えると、どうやら交渉を自分有利に進めるためのポーズらしい、と言う結論に達した。


「それで、どうされますか?」

「仕入れに来た訳ではありませんので。安ければ彼女に少し買い与えてもいいかな、くらいですね」

 渋い顔をするシールズ。交渉役ならポーカーフェイスくらい使えよ、と思いながら、優斗は蜂蜜と言う存在に心奪われつつあった。


 ここ数日、甘い物が欲しくて仕方がなかったのだ。この世界で砂糖は希少、もしくは存在しないのか、アロエナに取り扱っている店は存在しなかった。その時から、果実以上の甘さは摂れないと思っていた優斗にとって、蜂蜜が存在する事は涙が出そうなくらい嬉しい事だった。


「大量に仕入れて貰うなら安くするのもやぶさかではありませんが。少量では、ねぇ」

「ほっほ。優斗殿、折角ですから味見して行ってください。そうすればお心も変わるでしょう」

 先ほどから視界の隅に入っていた蜂蜜の小瓶が、目の前に差し出される。少し遠慮する素振りを見せてから、優斗は蜂蜜をひと舐めする。


「おいしいですね」

「そうでしょう? ささ、お連れ様もどうぞ」

 視線で優斗の許可を取ると、フレイも指で掬ってひと舐め。その後の表情は、おいしいを通り越して、幸せだと言うのが伝わってくる程の笑顔だった。


「どうです?」

「そうですね。1ビン買っていきたいくらい、おいしかったです」

 優斗の言葉に、シールズが更に顔をしかめる。


 優斗はこの交渉に乗る気がまったくなかった。何せ、資金がない。荷物と交換するにしても相場が判らないし、参考になる情報もない。何よりこの交渉役、ぼったくる気が満々に見える。こんな状況で、そんな相手と交渉など、無謀を通り越して自殺行為だ。


 そんな優斗の態度に業を煮やしたのか、交渉役の男が元から荒っぽかった声を更に荒げる。


「安く買い叩こうってんだろうがそういかんぞ!

 商人なんぞ皆そうだ。他にも買う客はいるんだ。こちらの値段で仕入れる気がないなら、お前に売る物は一滴もない!」

「そうですか。残念ですが、そういう事でしたら仕方ありません。フレイ、お暇させて頂こう」

「はい」

 優斗の言葉に、交渉役の男はつばを飛ばして叫んだままの状態で、口をあんぐりと開けて固まった。


 彼らは優斗の事を、蜂蜜の買付に来た行商人だと思っている。そして出向いた先で交渉が決裂すれば、輸送費全てが赤字になる、と言う事も知っていた。交渉役であるシールズが妙に強気であったのも、この付近で優斗たちの荷物全てと交換できる程、価値のある物を準備出来るのはこの村だけである言う自負があったからだ。


「宿までの案内、お願いできますか?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 慌てた様子の村長に、優斗は自分の予想が正しかった事を確信する。


 ここに来るまで誰ともすれ違わなかった。そして見知らぬ自分に好条件で来る仕事の行先が、こちら側より行商人に良い場所であるはずがない。だからこの村に行商人が来る事は、久しくなかったはずだ、と。


 他にも宿を準備しなければ使えない事や、旅で疲れているところを無理やり交渉の場に引っ張り出された事なども、予想の一因だ。


「私たちは疲れています。これ以上、引き止めると言うのであれば、この村によからぬ噂が立つかもしれませんよ?」

「……承知しました。おい、客人がお帰りだ。宿まで案内を頼む」

 はーい、と声が返ってきてすぐに、少年が1人、室内へと入ってくる。


「宿の息子でトーラスです。何かありましたら、言いつけてください」

「ありがとうございます。

 ところで、この辺りは不作と聞きましたが、この村は大丈夫なのでしょうか?」

 ぐっ、と喉を鳴らしたシールズに苦笑し、大体の状況を把握する。


 優斗としては、食糧に困っているのならば自分で買った分を売っていく事はやぶさかではない。それにもし不作であれば、今晩の夕食も心配だった。そんな親切心と心配事から出た言葉も、シールズにとっては「欲しいなら売ってやってもいい」と言う上から目線の言葉にしか聞こえない。


「ちっ。村長、こいつに売るのは反対だ。こんなあくどい商人、そうはいないぞ」

「こら、シールズ。すいません。交渉役は周りからの重圧も大きく、少しカリカリしていまして」

「気にしていません」

「そうですか。申し訳ないが、明日また会って頂けませんか?」

「荷を届ける期日は多少ありますし、財布の中身が許せば是非お願いします」

 優斗の言葉に、シールズがまた悪態を付く。その反応に、意外と頭はいいのかもしれない、と苦笑しながら優斗は部屋を辞した。


 村長の家を出ると、トーラス少年の先導で宿へと向かう。


「トーラスくん、だっけ?」

「はい。ええっと」

「優斗。こっちはフレイ」

「そうですか。それで何のごようでしょうか、ゆうとさま」

 普段は使わないのだろう、不慣れな敬語に、優斗はフレイと顔を見合わせて笑う。


「呼び捨て、がアレならさんでいいよ。さまは仰々しいし。あと、敬語もいらない」

「でも、お客様にそれはしつれいにあたると」

「宿の外ならいいでしょう? 私もフレイさんかお姉さん、って呼ばれる方がいいな」

 ふわりとした笑みを浮かべるフレイに、優斗は少しだけ見とれた。


「えーっと。じゃあ、ユートさん。フレイお姉さん」

「うんうん。って、どうしたんですか?」

「あー、なんでもない。ところでトーラスくん。蜂蜜売ってるとこない?」

「ありますけど」

「教えてくれない?」

 トーラスは、うーん、と考え始める。もしかして売っている場所がいくつもあるのかな、と思いながら優斗は答えを待つ。


「どのくらいいるの?」

「とりあえず小さなビンに1つくらい」

「だったらうちのヤツ出す。安くしとくよ?」

「ほぉ」

 10歳か、もう少し上かくらいだろう。小さいのに、中々商売人だ、と感心しながら優斗は頷く事で返事を返す。


 俄然はりきるトーラスの後ろを歩きながら、優斗は、蜂蜜で何か作れないかな、と手の中のノートパソコンに良いレシピがある事を祈った。

新しい街とキャラの登場です。

他人がいるとフレイさんがまともなので面白さ半減かな? と少し心配です。

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