旅立ちの朝
空が明るくなってからすぐに商会へと向かった優斗たちは、ある服飾店の前にいた。
「あー、なんかすまん」
「しょうがないです。ご主人様はアレですから」
アレ、とは優斗が言わないようにお願いしたあの言葉である。
商会での荷物積み込みに「時間がかかるから適当に待っていてくれ」と言われて追い出された優斗たちがここに来たのは、外套を買う為だった。旅に外套は必需品だと知らなかった優斗は、今朝同じ様に荷物の受け取りに来た商人との会話でそれを知った、と言う訳だ。
朝早く訪れた店は、予想通りまだ営業していなかった。
「ロード商会で都合して貰いましょう」
「だな。なんか理由考えとかないと」
自分はまだしも、フレイにはそれなりの物を買ってあげたいな、と思った優斗は昨夜確認した財布の中身を思い出し、使える予算を検討し始めた。
店を後にした2人は、まだ戻っても時間が早すぎるだろうと考え、少し遠回りして行く事にした。
「あ、占いです」
「占いか。この世界にもあるんだな」
フレイが指差した先には、優斗がイメージする通りの占い師がいた。
顔は隠れて見えないが、中年の女性だろう。机の上にはカードが並んでおり、タロット占いを連想させる。
「折角だから占って貰いませんか?」
「あー。あんまし興味ない」
元の世界で妙に占いを気にする人間が近くに居た為、優斗はそれをフォローしたりする事も多く、占いにあまり良いイメージがなかった。良い結果の時は頼みごとを聞いてくれやすかったりもしたのだが、マイナスイメージの方が強い。
「あの人、本物だと思いますよ? ラダルさんから聞いた話と同じ格好ですし」
「いや、本物って言われても」
むしろラダルさんって誰だよ、と思いながら優斗は苦笑する。
その時ふと、優斗は自分が迂闊な発言をしたのではないかと気づく。中世くらいの文明では、占いや神託が絶対だと言う文化、宗教である可能性もある。だとすれば、今のセリフはキリスト教徒に「神などいない」と喧嘩を売った状態に等しいのではないか、と。
「そういえばご主人様は無知なのでしたね」
「悔しいけど事実だなぁ」
「無いモノが多いご主人様を持つと苦労します」
他の無いモノってなんだよ、と聞き返す勇気がなかった優斗は、口を噤んで大人しくフレイの説明を待つ。
「先見のギフトです。未来に起こる事が少しだけ判るんですよ。
能力が高い人は国や貴族様、領主様に雇われたりもするそうです」
そんな便利なギフトもあるのか。そう思った優斗は、契約のギフトの事を思い出す。あれも便利系だな、と。
「先見のギフトは、何の欠片なの?」
「世界の欠片です」
また大きく出たな、と思いながら優斗は先を促す。
「昨日行った契約のギフトも同じですね。色々な種類がありますが、世界の欠片を持つ人は希少です。
でも、でしたらご主人様は何のギフトをお持ちなんですか?」
「へ?」
予想外の質問に、優斗は焦る。ギフトが判らないと伝えて特に何も言われなかったので、使えない人間もいるのだろうと勝手に解釈していたのだ。フレイはその考えを一蹴する。
「ギフトを持たない人間はいない、と本で読みました。
てっきりご主人様は希少なギフトをお持ちで、行動を制限されるのを嫌って明かさないのだと思っていたのですが」
優斗は焦る思考でフレイの言葉をかみ砕き、理解しようと頭をフル回転させる。
ギフトを持た無い物はいない。ギフトを教えないのは希少能力を持っているからだ。だからギフトを隠した優斗は、希少能力者であるはずだ。
希少な能力を持っていると行動が制限される。希少なギフトを持っている優斗がそれを隠すのは、行動を制限されたくないからだ。
「いや、単に使えないだけなんだけど」
「使えない、と言うのは止めた方がいいですよ。宗教家が聞いたら、神の恵みを使えないとは何事だ、と激怒しかねません」
神の欠片、と言うだけあってやはり崇拝者がいるらしい。ならば持た無い物は神の加護のない者となるのか、最悪、悪魔だと判断されるのでは、と心配しながら、思わず愚痴が出た。
「使え無い物は使えないしなぁ」
「使い方次第ですよ」
フレイの言葉に、優斗は違和感を覚える。
優斗は件名に違和感の正体を考え、原因に気づく。
フレイはギフトを持た無い者はいないと思っている。だから使えない=能力が低い、もしくはダメすぎて使えない、と言う意味だと解釈したのだろう、と。
勘違いしているならば好都合、と優斗は、わかったわかった、と言いながら占い師へと近づいていく。
「占い、お願いできますか?」
「今から旅立ちかい?」
「はい。少しでも不安を減らしたくて」
看板にある通りの金額を机に置いた優斗は、許可も取らず椅子に座る。
後ろに立つフレイをちらりと見た後、誤魔化せた事にほっとしながら、優斗は占い師と向き合った。
カードを目の前に置き、そこに血を一滴垂らす様に指示され、優斗は携帯していたナイフを使って指先を切り、一滴の血を垂らすと占いが始まる。
血を求められた事には驚いたが、その後はカードを持ってひたすら祈っているだけだった。
「黄金の塊は貴方に大きなチャンスを与えるでしょう。多少濁っていても、目の前に現れたら必ず手に入れなさい」
「黄金の塊、ですか」
そりゃあ金になるな、と思いながら占い師を見返すと、先ほどの血を垂らしたカードを差し出していた。
優斗は、記念にくれるのかな、と受け取ると椅子から立ち上がる。そしてもう一度礼を言うと、フレイと並んで再び商会への道を歩き出す。
「黄金の塊、ねぇ」
「金貨でしょうか。でも、塊だからむしろ金塊の可能性もありますね」
結局、黄金色の物を見たら買うべきです、と言うフレイの言葉でこの話題は終了となった。
「そういえばフレイっていくつなの?」
「年齢ですか? 16です」
「え?」
予想外の答えに、優斗はフレイの顔を、そして全身へと視線を向ける。
さっと胸元を隠されて焦った優斗は、視線を再び顔に戻す。
優斗が驚いたのは、予想していた年齢よりも実年齢が低かったからだ。知識量、しっかりとしたしゃべり方、顔立ち。ついでに体型の起伏から18~20くらいだと予想していた。
「失礼な事を考えていませんか?」
「考えてるけど、たぶんフレイの予想と違う事だと思う」
「私の身体を嘗めるように観察したのに、ですか?」
「してない、とは言わないけど少なくとも嘗めるようにではないから」
「むしろ本当に舐めます?」
「遠慮しとく」
フレイの、残念です、と言う言葉に、むしろ断ったという事実が俺にとっては残念すぎる、と思いながら優斗は昨夜の事を思い出していた。
部屋に戻ると、唐突にフレイが服を脱ぎだした。唖然としたまま見ていたら、スリップとドロワーズと言う、この世界で言うところの下着姿になり、ベッドに寝転がった。そのまま眠ってしまった彼女は、何故か妙に端によっていた。逆側には人が1人くらい眠れるスペースがあるにも関わらず。
そのあたりも年齢を勘違いした原因なんだろうな、と思ったが、出会ったとき、第一印象からそのくらいだと思っていた事を思い出し、優斗は自分への言い訳すら見失ってしまう。
「口が悪いですし、体型もこんなですし。子供っぽく見られるのは慣れています」
「あ、そう」
むしろその逆なんですが、と思ったが口にしない。その体型で子供っぽい部類なのか、と言う驚きも、なんとか飲み込む。
もし口にしていたら、フレイは大人っぽく見られた事を大いに喜んだだろう。そして『お誘い』もエスカレートしただろう。そういう意味では、優斗の判断は間違っていなかったとも言える。
「そういうご主人様はおいくつなんですか?」
「俺? 21だけど」
優斗の言葉を、フレイが鼻で笑った。
「さすがにサバを読みすぎですよ」
「いや、マジなんだけど」
「別にバラしたりしませんって」
「そう言われても、本当だしなぁ」
優斗の言葉をまったく信じていないフレイと何度か同じようなやりとりをした後、それが真実らしいと認めさせるのにはかなりの時間を要した。
「ありえません。向こうの人は皆、こんなに若く見えるんですか?」
「向こう?」
「だってご主人様、どう見たって10代半ばじゃないですか
絶対年下だと思ってました」
(東洋人は童顔だって言うけど、そこまで酷いのか)
そう考えながら、フレイが16よりも更に幼く見えるらしいと言う事を思い出す。そして優斗は、どうやら自分が思う以上にこの世界の人間は老け顔であるらしい、と言う事を理解した。
「どうりで私の誘いに乗ってくれないはずです。
私をいくつだと思っていたのかはあえて聞きませんけど、相当子供だと思っていたんでしょうね?」
実際には見当はずれの言葉だが、理由がわかって納得すればあんな誘いもしなくなるのでは、と考えた優斗は頷いておくことにした。
むしろこれが切っ掛けでフレイの対抗心が燃え上がり、研究を重ねては度々誘惑してくる事になる。反省と対策、研究の期間が慣れを許さず、むしろ効果的に追い詰め、生殺しにしていく事になるのだが優斗はそれをまだ知らない。
「ん? でも、そんな私にこんな恰好をさせると言う事は……」
「偏見で人を変態呼ばわりしないように」
苦笑する優斗に、フレイはにやりと笑い返す。
気が付くと、ロード商会が目の前にあった。
今日はこの辺で勘弁してあげます、とでも言いたげなフレイの視線に更に苦笑しながら、優斗は自分の荷馬車を探して、荷揚げ場へと向かった。
旅立つ日の朝の話で、朝に旅立つ話ではないという感じ。
出発は次回か、その次くらいを予定しています。