仕事の依頼
ロード商会との正式な契約を終えた優斗は、ハリスに請われて再び商会の一室へと来ていた。
契約は、特殊なギフトを持つ人間立会いの下で、ある特殊加工を施した紙に契約内容を記した血判状を作る、というものだった。結局ギフトの詳細は不明のまま、ただ契約を解除するには正式な手続きが必要だという事だけ説明された。
ちなみに契約書の作成料はロード商会が全額持ってくれた。代わりに頼みたいことがあると言われて、商会に訪問する事となった。
「優斗さんは北へ行かれるのですよね?」
「はい。その予定です」
敬称が「様」から「さん」に変わったのは、客ではなく、曲がりなりにも商売相手と認められたからなのだが、優斗がそれに気づかない。
「ユーシア領の事はご存知ですよね?」
もちろん知らない優斗は、少し悩んでから正直に白状する。
「すいません。最近の状況は知らないんです」
「ふむ、そうですか。実は、ユーシアの街に届けてほしい品物がありまして」
出会って間もない相手に依頼するからには、何かやばい品だろうか。そう考えた優斗は、慎重に言葉を選んでいく。
実際ハリスにとっては、それなりに使える行商人との繋がりを維持する為の、いわば先行投資に過ぎない。これもまた、買取を担当する彼の大事な仕事だ。
「もしや、ユーシアへ寄るご予定はありませんでしたか?」
「はい。しかし、北へ行く事に変わりはありませんので、条件次第では寄らせて頂きますよ」
「それはありがたい」
ハリスが差し出す紙を確認する。そこには荷物の詳細と期日が書かれている。説明によれば、優斗の荷馬車の半分程の分量になるそうだ。
優斗の現在の手持ちで出来るだけ多くの利益を上げるためには、多少重くて場所を取っても利率が高い物を乗せる必要がある。しかし、2頭引きの荷馬車を1頭で引かせているので、あまり重い物を乗せられない。
その点、ハリスが依頼してきた荷物は石の様に重い訳でもなく、このまま積み込んでも問題はなさそうな品目ばかりだ。
「条件をお聞きしても?」
「はい。それらの荷物を我が商会のユーシア支店まで届けて頂きたいのです。報酬は前払い致します」
積荷を確保出来、更に買付資金まで確保できる好条件に、優斗は内心ガッツポーズをした。
報酬額を提示され、相場が判らない優斗は少し困る。仕方なく提示された金額は適正であると仮定し、話を進める事にする。
「こちらからも条件を出してかまいませんか?」
「なんでしょうか?」
「街に入る際の税はそちらに負担して頂きたい。あぁ、もちろん預かった荷物と私の分だけで構いません」
どうでしょう、と笑いかけると、ハリスの方もにや、と笑い返す。
「荷物の税は現物引き渡しでお支払頂く形でどうでしょうか?」
「良いと思います」
税の支払いには2種類ある。
1つ目は現金での支払。
これは主に人頭税や奴隷税などのある程度金額の決まった税を支払うのによく使われる。
2つ目はハリスの言う現物引き渡し。
こちらは持ち込む商品にかかる税を納める場合によく使われる。この税は商品価格の何%と定められているので、現金で支払おうとすると、窓口で品物の相場を調べて貰うのに時間がかかってしまう。その様な理由から、時間をお金と考える商人は基本的にこちらを利用する。
逆に言えば、人頭税や奴隷税を品物で支払う場合、その相場を調べるために時間がかかってしまう。ハリスが人頭税をこちらで指定しなかったのは、これが原因だ。
「人頭税は、すいません。ちょっと無理ですね」
「ふむ、そうですか」
ならば他の方向から攻めるか。そう考えた優斗は、袋から手持ち最後の宝石を取り出し、テーブルに置いた。
「では、これと報酬、合わせた価格分の品物をこちらで仕入れさせて頂く、と言う事でどうでしょうか?」
「なるほど。それならば我が商会としても、優斗様の期待に応えられそうです」
ぶっちゃければ、その分安く仕入れさせろ、という優斗の提案は、あっさり了承される。
その後、荷馬車に乗る程度の安い麦や芋等を格安で譲ってもらう事を条件に交渉は成立し、再度契約を行った。今回の契約費用は、通常通り折半だった。
明日にでも荷馬車で向かい、荷物を預かる約束をし、優斗とハリスは固く握手を交わした。
「では、よろしくお願いします」
「はい。お任せ下さい」
「ところで優斗さん。つかぬ事をお聞きしますが」
そう言ってハリスが視線をフレイに向ける。
彼女は優斗との約束通り、人前ではきっちり猫をかぶり、奴隷として分相応な態度を貫いていた。故に、ハリスが興味を持ったのは、その事ではなく、纏っている衣服の方だった。
「これは優斗さんのご趣味ですか?」
「あ、いや。あはははは」
これではそうですと答えている様な物だが、実際に選んで買ったのは優斗なので、ある意味間違ってはいない。
現在フレイが身に纏っているのは、今朝、ロード商会からの使いが来る前に、濡れた部分を乾かすからと着替えたエプロンドレスだ。
着替えの際、部屋から出ようとした優斗を「後ろを向いていてください」と笑顔で引きとめ、衣擦れの音と漏れ出る声で生殺しにしたフレイは何故か満足げだった。
ハリスの言葉は、やはり彼女を売る気はなかったのですね、という意味だ。売るつもりの奴隷に2着も質の良い服、しかも趣味の物を買い与える商人はいない。
「ふむ。どうやら貴方は良き商人のようだ」
ハリスの口から出た言葉は、先日の「誠実な商人」と言う言葉とは逆の、かなり上級の褒め言葉だった。
もちろんそれを優斗が判るはずもなく、お世辞の類だと思って軽い礼を述べる。
ハリスと別れた2人は、明日の旅立ちに向けた買い出しを行う為にそのまま街に繰り出した。
荷物を運ぶ期限は十分あるが、途中で何があるか判らないので早めに出発する事に決めた為、買い出しの時間は今日一杯しか残されていない。街に滞在すれば、それだけお金がかかると言うのも、理由の1つだ。
「基本的には買付リストの物でいいだろうし。他に何かいる?」
「私用のコップがあるとありがたいですね」
買い出しで購入した品の大半は、フレイ用の生活用品だった。もちろん、旅の荷物にならない程度の、最低限の物ばかりだ。
食糧や消耗品については、ロード商会の買付品の中に入れてあるので、今は買う必要がないし、旅に必要な基本的な物は荷馬車の前持ち主であるリコスの持ち物が残っている。しかし、それは基本的に1人分しかないので、買い足す必要がある物が数点存在した、と言う訳だ。
「そういえば、フレイって何か特技とかないの?」
「唐突ですね」
「フレイが使う分くらいは、自分で稼いで貰おうかなと」
優斗の言葉に、フレイは顎を引き、上目使いになって瞳を潤ませる。それを向けられた優斗は、たじろいで一歩引いてしまう。
「ご主人様、それは余りにご無体ではありませんか?」
「へ?」
「女奴隷に食い扶持を稼げ。それは体を売れ、と言う意味、ですよね?」
その言葉にはっとした優斗は、焦ってフレイの顔を見返す。潤んで泣きそうな表情は5秒と持たず、口元が歪んだ。
「……からかわれた」
「いえいえ、普通に事実ですよ?
私たち奴隷は、その特技がないからこそ、奴隷に身を窶しているのですから」
優斗はフレイの言葉を受け、確かに、と思った。食い扶持を稼げる程の特技があるならば、それを生かしてお金を稼げばいい。道理だ。
「でも確かに、私も何か稼ぐ方法を考えた方がいいですね。ご主人様、甲斐性なしですし」
「甲斐性なしはマジで止めて。事実つきつけられると結構ヘコむから」
がっくりと肩を落とす優斗に、了解しましたご主人様、と言う返事が返される。
「でもまぁ、今んとこ女の子1人の食い扶持くらいはなんとかなるんじゃない?」
「自分で稼いだお金じゃないですけどね」
遠まわしに告げられた甲斐性なし宣言に、今度こそ本気で優斗の心が折れる音がした。
運送は行商に入るんでしょうか。きっと入りませんね。
相変わらず行商しない行商譚なのでした。