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COCOON  作者: 桂まゆ
7/10

6 レプリカのロッド

「お帰り。黒炎にエリアス、グリンダ、シュウ」

 黒炎が案内した宿に着くと、飛び出して来た少女が労いの声をかけて回る。俺と目が合うと、彼女はにやっと笑った。

 リンコ。黄色い鳥を肩に乗せた少女。俺が初めて『COCOON』で出会った人間だ。黒炎が居るという事は、彼女もこの世界(エルドラド)に来ているだろうとは、思っていた。

「お久しぶり、ヴァン。ちゃんと、生き残ってるね。で、そちらの綺麗なお姉さんはお仲間?」

「アゼリアです。仲間というより、足をひっぱっているというか……」

「いや、暴走キャラの歯止めだろ?」

 俺にそう言われて、アゼリアは嬉しそうだ。別に、彼女を誉めたつもりはないのだが。

「アゼリア――躑躅ね。素敵な名前」

 リンコは、まるで何かを懐かしんでいるような顔をした。じっとアゼリアを見つめ――小さく首を振る。

「あの?」

「ごめんなさい、知り合いみたいな気がしたから。さて、エリアス、グリンダ、シュウ。お疲れさまでした。また、何かの時には宜しく」

 聖騎士のエリアス達が、金を受け取って部屋を出る。彼ら三人は黒炎とパーティを組んでいるわけではなく、古代龍討伐の為に雇われたのだと聞いた。

「しかし、あんたらもよほどの強運の持ち主だな。よりによってあのタイミングとは」

 彼らの姿が消えると、苦々しく黒炎が呟く。それは、俺たちが俺たちがこちらにたどり着いた時に聞いたものと同じ言葉だった。

「さっきも聞いたな。それは、どのタイミングだ?」

 大きく嘆息する、黒炎。

「古代龍ってのはな、一撃で簡単に人間を殺せるんだ」

 それは、知っている。エデンのダンジョン深層部で見たあの地獄のような光景は、未だ脳裏に焼き付いているのだから。

「そいつを、四人がかりで時間をかけて弱体化させて、一気に俺がSFMで生命力を削り、仕留め損なったらエリアスが止めをさす予定だった。だから、大枚を叩いてあの三人を雇ったんだ」

 なるほど。言いたい事が解った。

 トンビに油揚げ、というわけだ。

「でも、出たんでしょ? シリアルナンバー001が」

 事情を知らないリンコが、更に黒炎の傷口をえぐるような事を言い、黒炎が不機嫌そうに窓辺に背もたれる。

 小さく首をかしげたリンコが、また何かを口にするより前に、

「そんな事まで、ニュースになるんですか?」

 アゼリアが何気なく話題を変えた。

「あたしとインコは、どんな小さな情報も逃がさないのよ」

 黄色い鳥の喉を人差し指でなぞりながら、誇らしげに答える、リンコ。

「黄色いメッセンジャーバードなんて、初めて見ました」

 それは、俺も前から不思議に思っていたので、今度会うことがあれば聞くつもりだった。情報屋が連れているメッセンジャーバードの色は、通常は青なのだ。

「あたしのインコは特別製。知力にプラス2の修正があるのよ。あたしと同じぐらい、賢いんだから」

 賢さで鳥に負けている俺は、一体何なのだろう。以前、同じようなことをアゼリアにぼやいてみたら、「『知力』が高くてもお馬鹿な私は何なのでしょう?」という返事が返って来た。「それはお馬鹿とかじゃなくて、粗忽なだけだろう」という事に落ち着いたが。

「メッセンジャーバードの能力は、自分の能力の一部なんでしょ? それだけのプラス修正をつけたりしたら、リンコはマイナス修正だらけになりません?」

「ええ。ソフトレザー鎧を着る体力もありませーん。ご飯を一食抜くともう立ち上がれないし、百メートル走ると目眩がするし……ギリギリで生きてる感じ?」

 それでよく、旅に出ようなどと思ったものだ。

 俺が小さく嘆息して、アゼリアがぷっと吹き出した。その時だ。

「俺じゃない」

 低い声で、黒炎が呟いた。

 はぁ? と、リンコがそちらを見る。

「何が?」

「だから、シリアルナンバー001だよ」

 苛々と頭をかきむしる、黒炎。顔を上げた彼と目が合ったので、荷物の中から短いロッドを取り出す。

 それは、いつの間にか銀行に預けられていたものだ。また、空のはずの口座にはとてつもない賞金が入金されていた。

 トンビに油揚げの結果だ。

 古代龍が絶命した時に聞いた声は、「偉大な冒険者にアイテムが与えられた」というものだったらしい。その時はそれどころではなかったのだが、落ち着いて考えるとなるほど、そのような台詞だったかも知れない。

 このロッドこそバッガードの武具のレプリカ。シリアルナンバーは001だ。つまり、これがイベント初のレプリカ品だとういう事になる。

「これが、それなの。オークションに出したら、何億っていう値段になるよ」

 俺が取りだしたロッドを手に取り、しげしげと眺めるリンコの目がきらきらと輝いた。

「レプリカだろ?」

「何を言ってるんだか。シリアルナンバーの、001よ。オリジナル品が存在するのかどうかも解らないんだから、武器としてよりも装飾品としての価値が高いだろうね。ロッドっていうのが、ちょっと地味だけど……それでも、ものすごいレア。残念だったね、黒炎」

 よほど興奮しているのだろう。一息でまくしたてる、リンコ。

「やかましい。俺は、装飾品とかオークションに出すとか、そんな事の為に欲しかったわけじゃない」

「じゃあ、武器として? だったらシリアルナンバーにこだわる必要なんかないじゃない。何を拗ねてるのよ」

 「こだわっているのはそこじゃない」とか何とか、黒炎がぼそぼそと呟いている。初めて会った時にも思ったが、この二人はどういう関係なのだろう。

 どうにも、リードしているのはリンコのような気がするが。

「はい、はっきり言う!」

「――止めをさしたのは俺だ」

 黒炎が叫び、リンコはしばらく目を見開いていたが――やがて、吹き出した。ツボにはまったのか、そのまましばらく笑い続ける。

「大体、『必殺の一撃』は卑怯なんだ。当たっただけで簡単に大ダメージってのは、ないよな。『光気斬』は、剣を深々と突き刺さなければならないし、その為にはエネミーに切迫しなきゃいけないんだぞ」

 黒炎の言い分は解らないでもないが、卑怯呼ばわりされては、さすがに黙っていられない。

「全マナを込めたその一撃を外すと、目も当てられないんだが」

「はい、黒炎の負け」

 まだ笑いが止まらないリンコが、苦しそうに告げる。

「武器によって利点が違うのは当たり前。黒炎が止めをささなかったら、ヴァンは多分やられていただろうし……あ、ごめん」

 最後の言葉は、俺ではなくアゼリアに向けられたものだ。「いえ、事実ですから」と悪びれもせずに答えるのが、アゼリアの良い所だと思う。

 気を取り直して、ずっと気になっていた事を俺は口に出した。

「ところで、あんたらは何でエルドラドに居るんだ? 俺たちが行く前からここに居たんだよな? それは、イベントが更新される前からなのか?」

「そこは、まぁ人に言えない方法で……」

「黒炎、余計な事は言わない!」

 リンコに睨まれて、黒炎はまたばりばりと頭を掻いた。

「ああ、面白くない。俺、下で飲んで来るわ」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 軽くあしらうリンコを睨んで、黒炎は苛立たしげに部屋から出て行った。

 やれやれと、リンコが肩をすくめる。

「ごめんね、せっかくの再会なのに」

「いや、実際に横取りしたわけだし……実は悪いなとは思っているんだが、『別にいらないからどうぞ』では黒炎に対して失礼だろうし」

 俺だって「名工の武器のレプリカ」については、色々考える所があるし、そもそもこいつは俺にもアゼリアにも不要なものだ。

「それは、無茶苦茶失礼だと思いますよ。だから、良ければリンコが預かっておいてもらえません?」

 さすが、アゼリアは良いことを言う。

「凄い価値があるものだって、さっき言ったよ」

 逆に、呆れたように俺たちを見る、リンコ。

「そうそう、気になっていたんですけど。オリジナルが存在しないかもしれないって? 『起源の冒険者』は、ただの設定だっていう話ですか?」

 伝説に伝わる「起源の冒険者」とは、この世界を発見した五人の冒険者の事だ。それはイコールこの世界の構造を造った者だという夢のない説が通論となっている。つまり、『COCOON』が販売される前からこの世界に携わっていた、五人のGMゲームマスターだと。

 そもそも、これらの五人がどのような能力を持った冒険者だったのかすら、このイベントでレプリカの内容が発表されるまで解らなかったのだ。

 リンコが、大きく息を吐く。

「伝わっているのは、呼び名だけ。ランド、ソルダム、ベル、ミヤマ、そしてコクーン」

「コクーン?」

 聞き返されて、リンコが慌てて口を押さえる。「これは、もしかしたらトップシークレットだったかも」と、もごもご言っている。

 『COCOON』には、「キャラクター名として使ってはならない言葉」が存在する。先ず、ゲームのタイトルである「コクーン」。他にはハラスメント用語など。

 キャラクター名に「コクーン」を使ってはならない理由は――多分、『COCOON』のイメージを壊す者に使用されては困るからだろう。第一、混乱の元だ。

「知っていた? コクーンでも、こくうんでも、勿論COCOONでも、登録が出来ないのよ。呼び名とはいえ、そんな特別な名前の人が普通のGMとは思えない。他の四人とは、明らかに待遇が違うよね」

 トップシークレットかも? と言いながらも、饒舌にリンコが話す。まるで、秘密をみんなで分け合いたい子供のような顔つきだ。だが、それはすぐに哀しくしぼむ。

「その、『起源の冒険者』がクローズアップされても、伝説の武器とか出てきても。あたしとしては、「装飾品」に落ち着くだろうと思っていたんだけど。黒炎の考えはちょっと違うみたい」

 黒炎の出ていった扉を、恨めしげに見つめる、リンコ。

「リンコは、ただの装飾品にしたかったんですね」

 アゼリアが、そんなリンコに言う。

「だから、わざと黒炎の前であんな事を言ったんじゃないかって……ごめんなさい、余計な事ですよね」

 リンコは、笑って首を振った。

「不思議。アゼリアは黒炎の気持ちが解っているみたい」

 「まさか」と、アゼリアがぶんぶんと首を振る。

 それっきり、誰も何も言わない。俺としてもリンコに言いたい事、聞きたい事は沢山あった筈なのだが……そう言えば、次に会う事があれば必ず文句を言うつもりだったのに、まだ言っていない。それどころかその頃の事が、今では笑い話として話せそうな雰囲気だ。

「そろそろ、落ちますね」

 やがて、アゼリアが言った。

 俺の方も、耳鳴りが強い。そろそろタイムリミットだ。

「じゃあ、ベッド使う? 隣は黒炎の部屋だけど、そっちも使って良いよ」

「ではお言葉に甘えて」

 と、アゼリアがベッドに向かう。

「では、またエデン……違った、エルドラドで」

「良い夢を」

 そう答え、俺は隣の黒炎の部屋に移動した。ベッドに横になり、ログアウトを待つ。

 意識が途切れる瞬間に、どこか遠くで会話が聞こえる。隣の部屋でアゼリアとリンコが話しているのかと思ったが、どうやら違うようだ。


(あのね、死んだら、どうなるの?)

(とても綺麗な場所に行くんだよ)

(綺麗な場所? お花が咲いてる?)

(そうだね。そこで、ずっとは幸せに暮らすんだ)

(この間、――に写真を見せて貰ったよ。ロープウエイで行ける場所にね、薄紫のツツジがいっぱい咲いているの。山の斜面が全部薄紫色で、とっても綺麗だった。来年の花の時期に、連れて行ってくれるって)

(じゃあ、それまでにもう少し元気にならないといけないね)

(貴方も一緒に行くのよ。だって――は、私を守ってくれる戦士なんだから)

 あどけない少女の声が、遠ざかる。

 胸が痛くなった。

 これは、誰の記憶なのだろう。システムによって造られた俺の記憶なのか? それともあちらの世界で生きている「自分」のものなのか?

 解らない。解っているのは、彼は約束を破ったと言うことだ。そう、彼女はひとりぼっちで旅立ってしまったのだから。

 どちらにしても、彼女がリンコの筈がない。なぜなら彼女は、もう……。


----------


「先生、おかえりなさい」

 目を開けるといつものように桐島が迎えてくれる。

 やれやれと、私は溜息をついた。

「少しは、余韻に浸らせてはもらえないのか?」

「ああ。すみませんね、気が利かなくて」

 ヘッドギアを取り外した私の前に、熱い紅茶が置かれる。『COCOON』へのログイン時間は順調に長くなっており、最近では一日三時間程度をあちらで過ごせるようになっていた。

「ところで先生」

 桐島の声には、緊張の色が見られた。何事かと、彼を見る。

 言いにくそうに何度か口ごもった後で、「大地の事なんですけど」と、桐島が告げた。

 私は多分、嫌な顔をしていただろう。その男の話はしたくないし、聞きたくもない。というのが本音だったから。

「ちょっと気になることを聞いたので」

「君のご友人の話を、わざわざ私に報告する必要はない」

 はぁと、大きな溜息をつく、桐島。

「だったら何故、先生は『COCOON』にログインするんですか?」

 その質問には、答える気はなかった。顔を背けた私の目の前に回り、更に桐島がたたみかける。

「解っていたんじゃないんですか? あいつが『COCOON』のメインプログラムを担当していた事を」

 勿論、知っていた。だから、最初は興味が湧いたのだ。あの男が、どんな世界を作ったのか。

 私から大切なものを奪ったあの男が、今でも後悔しているのか。

「どう思いましたか? あの世界を」

「結局、既存のオンラインゲームと同じだよ。というか、多くのユーザーの期待を裏切らない為には、そうするしかなかったんじゃないか?」

「だからでしょうね。大地は、企画から外れました。今日、知ったばかりなんですけどね」

「そうか」

 そんな気がしていた。

 無茶なイベントや、強力なアイテム。彼が望んだ世界に、そんなものは必要はない筈だから。

「所詮、そういう男だよ。会社に所属しているのだから、方針には従わざるを得ない筈なのに――ちょっと、嫌なことがあるとすぐに逃げ出す」

「それだけ、思い入れのある世界だからですよ」

「だったら、何故それを商品として売り出した?」

 桐島は、答えない。当たり前だ。当事者でもない桐島に答えられる訳がない。

「すまなかった。八つ当たりだ」

「いえ。それより今の言葉は、大地本人に言ってやってもらえませんか?」

「何故、私が?」

「先生の言葉なら、あいつに届くと思うんです」

 馬鹿馬鹿しい。

 「ありえんよ」と、私が答える。

「私と彼とは、延々と続く平行線の上に存在しているのだよ。桐島くん」

 桐島は、とても哀しそうな顔をした。

 彼は、悪くないのに。いつも貧乏くじを引いているだけの桐島が少し哀れになって、別の話を向けてみる。

「それより、君はどうなんだ? あちらではやはり、口うるさい老人を演じているのか?」

「まさか。口のへらない小娘ですよ」

 いつもの調子を取り戻した桐島の返事に、笑って見せる。

「では、その小娘とは会わないことを祈るよ」

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