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COCOON  作者: 桂まゆ
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4 『約束の地へ』

 アゼリアが取りだしたカード――この世界での身分を証明するものだ――の裏に書かれた俺の名前の下に拇印を押す。俺の持つカードの裏にはアゼリアが名前を書いて拇印を押した。

 これで、パーティは成立。

 立会人が何故必要だったかと言うと――俺が、自分の名前を書く事が出来なかった事と、アゼリアの名を読めなかった事。

 つまり、第三者である代理人がどうしても必要だったからだ。正直「知力」にマイナス修正がつくというのが、こんなに不便だとは思わなかった。その不便さを補って余る力を、有しているとしても。

 何にしても、こうして俺たちは正式に「仲間」になった。「仲間」になると、便利な事が色々ある。

 ログイン時間が、即座に知れる事。離れた場所にいても、連絡するアイテムが使用できるようになる――そのアイテム自体を手に入れるのが、ちょっと大変だったりするのだが――事。そして街の警察にある「地図球」に仲間の居る位置が示される事。

 こちらの世界では、ログイン時間が違うなどの理由で、同じパーティーメンバーでも会えない事が多い。故に、そのような措置が執られている。だが、それらの機能を一切起動させないことも可能だった。ストーカー対策だろう。

 俺たちは「冒険者の村」を拠点に、冒険を続けた。酒場のマスターが言った通り、この村では武器防具などの装備品をはじめ、地図やランタンなどの必需品、ポーションなどの消耗品まで揃った。

 だが、パーティーを組んだと言ってもずっと一緒に行動していたわけではない。ログインする時間も違うしログアウトの時間もまちまちだった。

 だから、ひとりの時はそれぞれが地道に、自分のスキルを磨いていた。相手がログインしたのが解ると「冒険者の村」で待ち合わせ、情報交換をしてどのような冒険をするかを決める。

 そして、念願の軍馬が購入できる程度の金が貯まった頃には、俺たちはガーディアンモンスターを相手に出来る程までに強くなっていた。

 ガーディアンモンスターとは、その名の通り宝を守っているモンスターだ。宝そのものよりも、モンスターを倒して得る報奨金の方が割が良かったりするが、マジックアイテムなどは基本的にモンスターの持つ宝からしか出ない。

 故に、ガーディアンモンスターが湧くと思われる場所には先客が居ることも多いが、かなり広域に渡って探し歩かなければならない事もあり、取り合いになった事はない。

「出ましたよ、ヴァン」

 倒したばかりのデーモンの宝箱を探っていたアゼリアが、そう言って右手を挙げた。

 そこには、金色のブレスレットが握られている。

 なんとかいう長い名前が付いていたはずだが、略して「無線」とか「携帯電話」とか呼ばれている。つまり、そういうアイテムだ。

 パーティメンバーとリンクすることで、離れた場所に居ても会話ができるという……。

「これで、二個揃いましたね」

「便利すぎるアイテムは、どうかと思うが」

 差し出されたブレスレットを左手に装着し、テストしてみる。

 感度は良好だった。

「便利すぎって程でもないでしょ? 危なくなったら呼びますから、絶対に助けに来て下さいね」

 ひとりでは、そこまで危険な場所に行く気もないくせに。そう思うと、おかしくなる。

 何はともあれ、アゼリアがどうしても欲しがっていた物が揃ったので、俺たちはやっと長い旅に出る事が出来た。

 様々な街を巡り、情報を集める。

 村で用意した地図の書き込みが増えて行くのは楽しい事だった。例え、それを読む事が出来なくても。

 俺が生まれてから、こちらの時間でひと月も経った頃。

 俺たちは、「コーズ」という名の街にたどり着いていた。



 街に着いたのは、夕刻近く。早速宿を決めて軍馬を厩舎に預けると、俺たちはいつものように別行動を取る。

 アゼリアは露店を見て回るのが好きらしいが、そんなものにつき合っていても仕方がない。それに、アゼリアと一緒に行動していたら、出来ない事だってあるのだ。

 連絡手段であるブレスレットを外し、大通りを離れて露店がひしめきあう路地をゆっくりと歩く。

 コーズは、どちらかといえば小さな街だった。俺が今までに回った街の中で一番大きな街は首都「ダイン」。とりあえず人が多くて、情報屋の前では軽いラグまであった程だ。路地も、編み目のようにはり巡らされ、長く続いていたが――ここは、すぐに人気の少ない場所に出た。

 あるとしたら、このあたりだろう。鰻の寝床のように間口の狭い店が並んでいる。

 目を凝らして、目当ての看板を探す。そこに書いてある文字は読めないが、この世界では半数近い人間が文字を解しない為、看板には解りやすく絵が描かれている事が多い。

 石の花(デザートローズ)

 それを見つけて、俺は扉を開けた。ちりんと涼しげな音色が響く。

「いらっしゃい」

 真紅の、身体にぴったりとしたドレスを纏った、えらく肉感的な女が出迎えた。

「お客さん、初めて?」

 女は、遠慮のない見定めるような視線を俺に送る。多分、値踏みをしているのだろう。

「ガザのファルナからの紹介だ」

「なんだ、そっちかい」

 少しつまらなさそうに、女は眉を寄せる。

「リーザ。お客さん。部屋に入ってもらうよ」

 言われて、薄汚れた店の奥からひとりの女が姿を見せる。その肩には青い鳥が乗っていた。

 街には必ず、情報屋が居る。文字が読めない俺は、情報が欲しければ情報屋から仕入れるしかない。

 そして同じ情報を仕入れるなら、シチュエーション的に楽しい方が良い。そんな理由で探してみたら――実際にあったのだ。「情報も」売る快楽宿が。

 「好色」などという特徴があるからにはもしやと思っていたら、俺のモノは実際に役に立つものだった。一億人のユーザーの何割かは、これが目的で登録をしているのではないだろうかと自分の事はそっちのけで思う。

 アゼリアは変に潔癖な所があって、そういう話をするだけで白い目で見るが、これは健康な男である証だ。行為自体を楽しむだけで、妊娠、出産というシステムまでは確立されていないようだが。

「何が知りたいの?」

 俺を部屋に招き入れ、グラスにワインを注ぎながら、女が尋ねる。

「君の事が」

 その手からグラスとボトルを奪い取るとベッドサイドに置き、彼女のなめらかな曲線に指を沿わせる。

「せっかちね」

「性分なんだ」

 近づいて来た女の顔。その唇に深く口づける。

 香り玉でも口に含んでいるのだろう。甘い香りが、俺を包み込んだ。


 紫煙の匂いが立ちこめた。情事の後のなんとなくけだるい身体を起こすと、シーツを身体に巻き付けた女が煙管に火をつけていた。

「あんた、良い時に来たね」

 そう言って、艶やかな笑みを湛える女。ぞくりとするほど扇情的だ。また、その気になってしまう。

「この街の西の酒場――「青い宝石亭」に、ガイルっていう旅人が来ているわ。その男の依頼を受けると、地図を手渡される。でもそれは、どうやら『エデン』の地図ではないらしい」

「別の世界って事か?」

 女をの身体をたぐり寄せ、尋ねる。

「そういう事でしょうね。だから」

 そっと、俺の肩に手を回す、女。

「『エデン』では、最後の夜になるかも知れないわね」

「最後にする気はない」

 繰り返される、口づけ。

「情報は、まだ全部が公開されたわけではない。でも、今回のイベントでは――何が起こるか解らないわ」

 うっとりと告げる、女。その時だ。無粋にも青い鳥が小さく啼いた。

 女が、悔しそうに鳥を手に取る。

「イベントが更新されたわ。『約束の地へ――今こそ起源はじまりの約束が果たされる。約束の大地に集え、冒険者よ』ですって」

「約束の地?」

「それが何処なのかは、イベントを進めないと解らないでしょうね。貴方との時間はここまで。残念だけど、お別れね」

 イベントが更新されると、情報屋は忙しくなる。俺だけに時間をかけているわけにはいかないのだろう。

「また、会いに来るよ」

 そう言って、部屋を出る。

「ご縁があれば、ね」

 女が微笑み、手を振った。



 女と別れてから、宿の一階にある酒場に入り浸り、ずっと考えていた。

 「青い宝石亭」に居るという旅人。そのクエストを受けると、どこか別の世界の地図を手渡される。では、そこが「約束の地」なのだろうか。そもそも「約束」とは、何だ?

 世界は、ひとつではない。

 俺はたまたま『エデン』に生まれたので、この世界で生きているが、空に浮かぶ月の数だけ世界がある筈だ。

 その世界に生きる者が望んで、別の世界に行くことは出来ない。だが、エデンから強制的に排除されて別の世界に行く事は、とても簡単に出来るのだ。

「ヴァン」

 呼ばれて、俺は顔を上げる。いつからそこに居たのか、アゼリアがきつい目で睨んでいた。

「何だよ」

「とりあえず、お風呂に入って来たらどうです? 香水臭いので」

 俺が何をしてきたかは、すっかりばれているらしい。

「それから、また降りてきて下さい。話があります」

 風呂に入ってさっぱりすると、アゼリアが一枚の地図を差し出した。隣に、今まで使って来た書き込みだらけの地図を並べる。

 二つの地図は、全く別のもの。彼女が言いたい事は、あきらかだ。

「クエスト、受けたのか」

「地図を、確認したかったんですよ。でも、てっきりヴァンが先に受けてると思ったんですけど」

 クエストはパーティー単位で受けるものなので、俺が先に受けていたらアゼリアは当然受けられない。俺がクエストを受けていなかった事が、アゼリアには腑に落ちなかったようだ。

「バッガードの武具には、銃もあるんですよ」

「ああ。大剣、槍、杖、銃、ネックレスの五種類らしいな」

 実は、例のレプリカの話を初めて聞いた時からアゼリアは、その気になっていたようだ。俺にその銃を、と。

「レプリカとはいえ、性能はオリジナルと同じなんですよ」

「違うのは、耐久度と外見だけらしい」

 レプリカ品の耐久度は、九九九回と決まっている。また、レプリカ品には「バッガード」の銘の横にシリアルナンバーが入っている筈だ。

「欲しくないんですか?」

 名工の作品。それは冒険者の夢とも言えるものだった。今回、放出されるのがその名工の武具のレプリカ品だという話が出たのは、一ヶ月前。エデンに生きる冒険者は皆、毎日のように新しいニュースを待っている。

「クエストの内容、何だった?」

「この街から北に行った所のヒルズマウンテンダンジョンに居るドラゴンが守る宝を持って、この地図の場所に行けと」

「最新情報では、『約束の地へ』というイベントらしい。ドラゴンの宝を取れば、約束の地への扉でも開くのか? そうじゃない気がするぞ、あの女の口振りでは……」

「女?」

 アゼリアの目が光った。椅子を引いてその場から逃げ出したくなったが、辛うじて我慢する。

「どういうイベントだか知らないが、どうも嫌な感じなんよ。『COCOON』らしくないというか」

 強力な武器を突然放出するとか、そういうゲームではない筈なのだ。それも伸ばし伸ばしになっていたので、デマかと思っていたら、この期に及んでイベントが動き出した。

 それが、気に入らない。

「それを、確かめる為にも。私たちには、私たちの冒険譚を待っているマスターがついているんですよ」

 アゼリアに促され、俺もやっと頷いた。

 そう。何事もやって見なければ解らない。それでも――『約束の地』という言葉には、その後もずっとひっかかりを感じ続けていた。

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