プロローグ
「特徴は、どうされますか?」
女の声が、機械的に告げた。当たり前だ。相手はコンピューターなのだから。
私は、ヘッドギアのようなものを装着して、リラクゼーションソファーに座っている。このヘッドギアと腰に負担のかからないクッション付きで売り出されたゲームソフトは、「COCOON」といった。
架空の人物となって、ファンタジー世界を自由に生きる、昔からよくあるオンラインゲーム――Massively Multiplayer Online Role-Playing Game――のあらたなひとつに過ぎなかったゲームは、一月で一億のユーザー登録に至ったという。
なぜならば、それはゲーマー達がずっと夢にみていたバーチャルRPG。プレイヤーは、自らが生み出した「生きた」キャラクターを「五感を通して」操作出来るというものだったから。
「もう、仮想現実とは言わせない」というキャッチコピーは街中のいたる所でみかけられた。
そして短期間に一億というユーザーを受け入れてなお、特にさしたる不具合も見せなかったそのシステムに、私は何より驚嘆した。
そのソフトが、今、静かに起動している。
私は、もうすぐ「COCOON」に生まれるのだ。
自然、わくわくとする。どのような世界が私を待っているのか。
思いつく能力データを打ち込むと、コンピューターが勝手に計算して微調整をしてくれる。私がイメージしたのは、「人間」の「戦士になれる人物」だ。ファンタジーRPGを楽しむならば、最初はこれを選ぶのが王道だろう。
「では、特に有利な特徴と特に不利な特徴をひとつづつ選んでください」
機械化された音声が、そう告げる。
有利……やはり、こういうゲームをプレイするなら、強い体を持っている方が良いだろう。不利の方は……出来れば、肉体的に不利な特徴は持ちたくない。できれば、人間的なものがいいな。そう、女好きとか……。
「有利な特徴は『強靱』。不利な特徴は『好色』を選択しました。能力値を確認してください」
モニターに、細かい文字が羅列される。
入力されていた名前に続き、様々な能力値や細かい癖など、読むのもまどろっこしい。
画面をスキップすると、
「体力、筋力、敏捷力にプラス1、知力にマイナス1の修正があります。合計生命点が増えました。ランク2までの金属鎧の着用が可能です。「魔法」の習得は不可能です。このキャラクターでプレイされますか?」
それは、大事な事らしい。コンピューターの音声が念押しをしてくる。
「いいよ、それで」
やがて、目の前に「COCOON」という文字がでかでかと浮かび上がる。ゲーム開始らしい。
「それでは、ヴァンヘイル・ソウルダム二世。良い旅を」
コンピューターからの音声が遠ざかって行き、私は闇に包まれた。
これから起こる出来事への不安と期待に心を躍らせながら、その中へと落ちていった。