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07. 渡された魔法

 カケルは自室に戻っていた。

 玄関のドアが開き、55歳の父親がアルバイトから帰宅した。

 お金に困ってバイトをしているわけではない。貯蓄は充分過ぎるほどある。

 今、乗って帰ってきた車は新車で400万以上のものであり、自宅も庭付き車庫付きの3LDKの一戸建てだ。

 父親は町医者だった。真面目で医者として腕もよく、人当たりの良さから町民から慕われていた。

 その診療所は、一人息子が後を継ぐ予定だった。

 しかし、その息子は……引きこもった。


「カケル、帰ったぞ」

 白髪交じりの父親が玄関から、二階の子供部屋に向かって声をかける。

 返事はない……いつもの事だ。

 父親も返事を期待していたわけでもなく、台所に移動すると職場で飲んでいた水筒をテーブルに置く。


「にゃ~~」


 黒猫のナツが父親に駆け寄って来る。ナツに夕飯をあげるのは、父親の役目だった。父親は、分かってるよとばかりに、ナツの夕飯の準備をする。

 カタログ雑誌に載っていそうな、優雅で広いキッチンとダイニングルーム。

 神楽坂家の生活水準の高さが伺えるが、不思議とそこに生活感は感じられなかった。

 家の中で家族が集う憩いの場所…。

 しかし神楽坂家の台所からは家族のぬくもりが感じられない……

 そこはなぜか、ただの冷たい空間にしか見えなかった………

 雨音だけが響く冷たいキッチンで、父親が猫に餌をあげる。

 黒猫のナツは嬉しそうに餌に飛びつく。

 父親…神楽坂修カグラザカオサムは、この家の中で唯一自分を慕ってくれる家族、黒猫のナツを無表情に見つめる。黒猫はただひたすらに餌を食べている。


 ナツは保護猫だった。

 無責任なブリーダーによって、工業製品の如く大量に産み落とされた命…。

 しかし売れ残り、動物愛護センターに引き取られたところを当時小学生だったカケルに拾われた。


「あの猫がいい! ウチで飼おうよ!」


 そう無邪気に言った、12歳のカケル。

 処分されそうな猫に優しさを向ける我が子を満足げに見る、父親と母親…。

 愛情に溢れた家庭のように見えた。

 しかし数年後……その家庭は、崩壊した。

 正確に言えば、とっくに崩壊していた……それが数年後に可視化されただけだった………。


 優しかったはずの息子は引きこもり…父親と母親との間に愛情は消えていた……。



 …二階の子供部屋では父親との会話を拒絶したカケルがモニター画面に映し出されるマルバナの掲示板で、日本のどこかにいる" 誰かさん "との会話に夢中になっていた。



 20X5/09/25 18:25 ペケゾー


 任務完了!

 救急車呼んで、黒人のおじいさんを搬送してもらいました

 自身のことを魔術師って言ってたけど、認知症だったのかな



 [よくやった、お疲れ!]


 [頑張りましたね! 玄関先とはいえ外に出て、公共機関に電話するとか…

 今はゆっくり休んでください]


 [徘徊老人だったのか

 なおのこと助けてよかったな

 しかし魔術師って…若い時はマジシャンかなんかだったか]



 20X5/09/25 18:31 ペケゾー


 さあ、詳しくは聞かなかったけど…

 髭生やしてて、なんかそれっぽい雰囲気あったかな



 [なにが休んでくださいだよw

 玄関のドア開けて、ボケたクロンボ、引き取ってもらっただけだろがww

 重労働みたいに言うんじゃねえよ、カスが!]


 [お前、さっきから差別が酷いぞ

 外国人問題について語りたいなら、議論板にでもいけよ]



 カケルの行動をねぎらうレスがつくなかで、外国人へのヘイトを巻き散らすレスもついていた。


 …玄関出る前から外国人を攻撃してる人、いたな。

 っていうか、あのおじいさん…自分の名前をカマリ・橋本って名乗ってた。

 苗字が橋本ってことは、日本人なんじゃないかな…。

 あのおじいさんは外人じゃない、日本人だよ。

 そう書き込んでやろうかとカケルは考えた。

 引きこもっていても良心はまだ死んでおらず、好き勝手に外国人へのヘイトを巻き散らしているレスには正直怒りを覚えていた。

 しかし……ネット上でも喧嘩はしたくなかった。

 喧嘩は…苦手だ。



 トゥルルルルゥ!


「うわっ!」

 カケルは、思わず声を出す。

「あ……」


 音は上着のポケットの中…。

 あのおじいさんから渡されたスマホだ。


 トゥルルルルゥ!


 スマホの着信音が、部屋に鳴り響く。

 おそるおそる取り出し、液晶画面を覗くと…。


 カマリ・橋本 の表示。


 あ…あのおじいさん……。

 そっか…スマホをおれが持っちゃってるから、電話してきたのか…。


 トゥルルルルゥ!


 着信音が鳴り続ける。

 引きこもりが親以外の相手から電話に出るには、心の準備が必要なのだ。

 まあ、その心の準備をしてる間に電話が切れてしまう事もしばし……かなりあったが。


 トゥルルルルゥ…!


 ……スマホ無くして困ってるだろう。

 というか、スマホ盗んだと思われても困る。


 カケルは意を決して画面をスワイプし、電話に出る。

 …その僅か一秒の間に、カケルの脳に、ある思考が走る。


 ………あれ…?

 おじいさんのスマホはおれが持ってるのに、どうやって電話かけてきた?

 ああ、病院の公衆電話かな…いや、待て……!

 スマホの画面に、カマリ・橋本って表示されたぞ…公衆電話からかけて、なんで名前が表示される?

 あのおじいさん、どこからかけて……。



「もしもし、カケル君かい?」


 …あ……。

 スマホから、つい数十分前に話していた黒人のおじいさんの声が聞こえる。


「は、はい…そうです。

 えっと……おじいさん、どこからかけてます?」


 …なに聞いてるんだ……まずは…あなたのスマホは、わたしが持ってます、だろ…。


「……どこから?

 いや、病院の公衆電話だよ」


「……スマホの画面には、カマリ・橋本って表示されましたけど」


「…ははは、さすがカケル君。

 素晴らしい洞察力だ♪


 すまないねえ、今のは噓だ…。

 とある政府機関の電話からかけてる。

 君に出てほしかったから、カマリ・橋本の登録名で発信した」


 …せ、政府機関!? なんの話…?

 いや、それより……なんだ、ちょっと待て……政府機関もそうだが…

 なんか、違和感があるぞ……。


「カケル君…。そのスマホは君にあげるよ」


「え? あの、それってどういう……」


「そのまんまの意味だ、君が使いたまえ。

 ロックナンバーは教えたな、2816だ。

 好きに変えろ。指紋認証も、君の指紋に変えるといい」


 ……………


「カケル君、君はそのスマホを…どんな事に使うのかな」



 ………あ…!

 そうか、これか……ずっと感じてた違和感…!


「は、橋本さん……」


「…なんだね? スマホはいらない、とでも言うのかね?」


「……おれ…あなたに名前、名乗りました?」


「………」

 スマホからの音声が沈黙する。


 なんで……なんで、このおじいさん

 おれの名前を知ってるんだ…!


「素晴らしいね、カケル君!

 小学校では成績はトップクラス。

 中学校は私立のアオイ中学校。

 神奈川県で一番のエリート校に2位の成績で入学。

 引きこもっていても、頭の良さは衰えていないな…!」


 ……なんだよ、この爺さん。


「なんで……なんでおれの情報を…」


在在ザイザイセンから得た情報だ」


 在在セン……。

 えっと…日本国在住者及び、在留邦人の個人情報センター…だっけ?

 ちょっと前まで、ニュースでよく話題になってたやつ。


「そのスマホがあれば、在在センにアクセスできる。

 詳しい使い方は、ベルに聞け」


 ベル…あのAIアシスタントか?

 女子小学生みたいな、" アレ "



「カケル君…君は選ばれた」


「……それって、どういう」


「なにも考えなくていい。結果はあとから、ついてくる」


 ……意味わからん。


「ベル、聞こえたな?

 今、わたしと通話している神楽坂カグラザカ 翔琉カケル

 お前のマスターだ」


『はい、了解しました。

 神楽坂翔琉カグラザカカケルが、わたしのマスターです』


 な…なにが起きてるんだ?


「それじゃあな、カケル君。

 わたしに救いの手を差し伸べた、その優しさ…忘れないでくれ」


「ち…ちょっと、待って…!」


 ツーツーツー…。


 通話は切れた…。


『マスター、今後ともお見知りおきを…。

 ベルです』

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