06. 引きこもりと魔術師
ま、魔術師…!?
雨が降り出した夕方5時過ぎ…。
引きこもりの少年カケルは、目の前に座りこんでいる
年老いた黒人の顔をまじまじと見る。
紳士用の帽子を被ってる頭からは白髪が覗いている。
眼鏡をかけ、口元から顎にかけては黒毛と白髪の混じった、ごま塩髭が生えていた。
ニコニコと笑いながら、カケルに語りかける。
「驚いたかい?
わたしは魔法が使えるんだよ」
魔法って………
これ…絶対、認知症だろ。
やべえ、認知症の徘徊老人に話しかけてしまった…。
ヴウウゥーーーン
カケルのスマホが震える。
[おい、ペケゾー
書き込みねえけど、どうなった?]
「AIに聞いてみた
道に倒れてる人がいたら、119番にかけるのが一番みたい
後は頑張ってとしか]
「不法移民なんぞ見捨てていいわ
助けてやっても後から、差別された~!とか因縁つけてくるぞ]
……不法移民じゃなくて、魔術師なんだが…。
いや、認知症のおじいさん………どうしよ、これ。
「君、悪いけど…
救急車を呼んでくれないか?」
そう言いながら老人は、上着のポケットからスマートフォンを取り出す。
黒いスマホ…液晶画面の反対側には、鳥のマークが書かれている。
え……いや、スマホ持ってるなら自分でかけてよ。
というか…ひきこもりのおれに電話かけさすな…。
「あの…ご自分でかければ……」
カケルは差し出されたスマホを受け取らない。
「番号がわからん。
呪文の詠唱ならできるんだが」
呪文って……。
いかん…このおじいさん、相当認知症が進んでるぞ……。
そう思った瞬間…
カケルの中に責任感の三文字がむくむくと膨れ上がってきた……。
いいのか、これ……
このまま、おじいさんを放置して…。
駄目だろ!
自分で立ち上がれないんだぞ…!
雨に打たれたまま、風邪ひくっていうか…
下手すりゃ肺炎……?
…認知症が進んでるんだ。
自分がどんな状況なのか、分からないんだろうな…。
お……
おれが…
おれが助けなきゃ、いけないんじゃ……!!
他者への思いやりや気遣いなど、とっくに捨てたと思っていたが、
目の前で雨に打たれている認知症の老人に助けがいると知った時、カケルの中で〈逃げる〉より〈助ける〉という選択肢が強く大きく膨らんでいった。
少年の心は、まだ………死んでいなかった。
「ぼ…ボクがかけます!
スマホ、貸してください!」
自分のスマホでもよかったが、ここは" 魔術師 "の行為を無駄にしないよう手を伸ばし、彼のスマホを手に取る。
電源ボタンをON!
ロックNoを入力して下さい と出る。
「………おじいさん、あの…パスワードは」
「…魔法を発動させる呪文は、2816だ」
「…どうも」
呪文…もとい、ロックナンバーを入力。
スマホのホーム画面が映し出される。
『こんにちは
あら? あなたはだあれ?』
ホーム画面には、短髪で眼鏡をかけた少女の絵…12、13歳くらいだろうか。
その絵が滑らかにアニメーションしながら話しかけてくる。
「は…? な、なんですか、これ……」
「弟子だ 名前はベル。
世話好きな弟子でな。
いろいろお世話をしてくれる」
……AIアシスタントかな。
しかし………。
ホーム画面では12歳くらいの姿をしたベルが、椅子に座って飲み物を飲みながら読書をしている様子が映し出されている。
……画面の中で生きてるかのように、滑らかに動くな…。
こんなAIアシスタントなんてあるんだ。
っていうか、これだけ動いてるのに画面は重たくない。
ひょっとして、このスマホ…超がつく、ハイエンドスマホか?
…ベルがこちらを向く。
『なにか御用でしょうか?』
か、カメラ機能と連動してるのか、これ…。
「えっと……き、救急車を呼びたい」
『分かりました、最寄りの消防署に繋げます』
「…え?」
手に持った黒いスマートフォンの画面が切り替わり、消防署へと通話を開始する。
「ちょ…ま、待って!」
まだ心の準備が……!
カケルの気持ちなどお構いなしに、スマホからは消防署への呼び出し音が鳴る。
えっと…なんて言おう……こんにちは、かな…。
「はい、こちら蒼消防署です」
「……こ、こんにちは!」
「はい…こんにちは……どうされましたか?」
言葉が浮かんでこない……頭が真っ白になる…。
脳みそをフル稼働させ、伝えるべきセリフを捻り出す。
「インターネットをしていて、外を見たら外人が倒れていて…スマホを渡されたんです!」
「…はい?」
………なに訳分からない事、言ってんだ…自分。
「ろ…老人が倒れてるんです! 雨が降ってて……いや、違う!
とにかく助けに来て下さい! 場所は、えっとお……」
4ヵ月引きこもっていたカケル。
4ヶ月サボっていたともいえるが、そのサボりを返上するかのように、
スマホに向かってまくし立て、救急車を呼んだ。
数十分後…
救急車が到着して、老人を搬送していった。
気がつけば、時刻は18時を回っていた。
雨脚はやんだが、日は沈み、辺りには暗闇と静寂が訪れていた。
ブロロロ…!
道の向こうから、車の音。
「あ……!」
父親が単発バイト先から帰って来たようだ。
カケルの父親は、医者だった。
酒もタバコもやらず、趣味も持たず…ひたすら仕事と子供の教育に金と時間を注いだ。
その結果……。
一人息子は引きこもりになり、自身は心筋梗塞で倒れた。
助かったが…後遺症は残った。
幸い医者時代に稼いだ貯蓄がたっぷりとあったので、仕事をしなくても悠々自適の生活を送れたが、やる事が無さ過ぎるという理由と心筋梗塞のリハビリを兼ね、父親は毎日のように単発バイトに出かけていた。
………
カケルは、父親を嫌っていた。いや、拒絶している…と言ったほうが正確か……。
父親の帰宅を察すると、とっとと自室へと避難する。
「にゃ~~」
黒猫のナツが、カケルを呼び止めたが
カケルは階段をかけ上がり、子供部屋へと逃げ帰った。
…………
何気なく手を突っ込んだ上着のポケット。
そこには……
先ほどの老人から渡されたスマートフォン。
返し忘れてポケットに入ったままだった。




