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02. 54歳の荒らしさん

 20×6年1月26日 愛知県は向日田町ムコウダチョウに建っている、築30年の木造アパート。

 時刻は深夜2時半を回ったところだが、二階の部屋の窓からは煌々と明かりが漏れている。

 部屋の主は、富田トミタ 長晴ナガハル54歳。

 飲食店での単発バイトが終わって、帰宅したところだ。


 殺風景な部屋…。

 部屋にあるのは、テーブル、箪笥、ごみ箱、ファンヒーター。

 部屋の中央に置かれたテーブルの上にあるのは、ノートパソコンと第三のビール。

 そしてそのお供である、枝豆だ。

 ファンヒーターの音が響く部屋で、白髪交じりのくたびれた中年…いや、初老の老人富田長晴は第三のビールを口に運びながら、匿名掲示板マルバナ(正式名〇話)のヒキコモリ板に書き込む。



 20X6/1/26 2:28 匿名さん ID2461


 お前らがなんで引きこもりなのか、教えてやろうか?

 戦わないからだよ

 嫌な事があったら、すぐ逃げる

 逃げてばかりの人生、だからお前らは駄目なんだよ

 親ガチャだの環境ガチャだの、下らねえ言い訳してんじゃねえ!

 環境なんて関係ねえよ!

 戦えクソども!!



「ぷはあ~~~~!」

 第三のビールを一気に口に流し込み、富田は大きく息を吐く。

 古びた部屋で独り、インターネットに興じる男…。

 つい2年ほど前の彼は、一人ではなかった。

 妻がいて、娘がいて……庭付きの家があった。

 幸せだった…。

 しかし、その幸せは………長年勤めた会社の解雇によって、全て失った。

 日本を代表する企業と言っていい、ミツボシ電機で担当部長にまで出世した富田だったが、社内の人間からパワハラと訴えられ会社を解雇された。


 ……くそがよお!


 なにがパワハラだよ…!

 都合のいい横文字使いやがって……!!

 オレは常に会社の為に動いていたんだ。

 利益は出したはずだ。

 会社に利益が出るのなら、どんな事でも耐え忍ぶのが社員の義務なのに

 なぜ、あいつらはオレの事を人事にチクりやがった!

 裏切者のクソどもが!!


 イラつきを抑えるかのように、富田はビールを再び口に流し込む。

 缶の中身は、あっという間に無くなる。

 もう一缶、冷蔵庫から持ってこようと立ち上がりながら、眼鏡越しにノートパソコンの画面を見る。


 新着5件。


 新しい書き込みがあったようだ。



 [ペケゾー、おせえよ!]


 [お、ペケゾーきてんじゃん!

 今、愛知の事件のせいで荒らしが沸いてんだ

 頼むわ]



 ……なんだあ~、ペケゾーって。

 富田は書き込みをちょっとサカノボってみる。



 20X6/1/26 2:29 ペケゾー


 こん

 なんか凄いレスが流れててびっくりした

 荒らしですか?



 …ヒキコモリ板のコテか。

 みんなから期待されてるみたいだけど、

 なにもんんだ、こいつ……。


 富田は首をかしげながらも立ち上がり、冷蔵庫にビールを取りに行く。

 350ミリリットル缶、本日4本目。

 金銭的問題から、いつもは一日3本までと決めていたが、

 今日はいろいろ飲みたい気分だった。


 プシュ♪


 心地よい音とともに、よく冷えたビールのフタが開く。


 ポオ~ン!


 富田こと、ID2461の書き込みに返信が着いたことを専用ブラウザが知らせる。

 噂のペケゾーからだ。



 20X6/1/26 2:30 ペケゾー


 愛知の事件について語りたいなら、事件板にいってください

 ここは引きこもりについて語る板です


 あと、ここの人達も頑張っています

 そりゃ一般人の方から見れば、ゆっくりかもしれませんが

 それでも頑張って前に進んでるんです



 ハハハハハ♪

 開けたビールをさっそく口に運びながら、富田が笑い声をあげる。


 なあ~~にが、ここの人達も頑張っています…だ。

 ゆっくりですけど、前に進んでますぅう~?

 はあ~~~~~!?

 笑わせんな!

 実家暮らしの無職引きこもりがよお!

 富田はすかさずレスを返す。



 ヒキ板の魔法使いペケゾーと、 一般人モブ富田長晴とのレスバトルが幕を開けた!



 20X6/1/26 2:30 匿名さん ID2461


 努力してる?

 おいおい、寝言は寝て言えよw

 親のスネかじっといて、なにが努力だ

 どお~せ朝から晩までゲームでもしてんだろ

 とっとと社会に出ろよ、ゴミどもが!

 社会じゃみんな、辛くても弱音吐かずに頑張ってんだよ



 [ペケゾー VS パワハラ男 ファイ!!]


 [待ってたぞ、ペケゾー!

 いつもの調子で、荒らし撃退してくれ!]



 ギャラリーの応援の中、ペケゾーがレスを返す



 20X6/1/26 2:31 ペケゾー


 どうしてあなたは、引きこもりを馬鹿にするんですか?

 たしかに親のすねかじりですし、責められるのは分かってます

 だけど、クソとかゴミとかは言い過ぎだと思います

 社会人の中にも酷い人、いっぱいいるじゃないですか

 わたし達をゴミと呼ぶなら、そっちも責めてほしいです!



 …ふん!

 なんだよ……♪

 引きこもりどもが、ペケゾーペケゾーって言うもんだから、

 どんな凄い奴が来たのかと思ったら……なんだこれ♪

 被害者妄想が酷い、ただのガキじゃん。



 富田はただちに返信を書き込む。

 引きこもり達が待ち望んでいたコテハン、ペケゾーの出現に少し身構えていたのも事実だが、

 その相手が大した事ないと察した今、キーボードを打つ手は、酔いも手伝って自然と軽やかになる。



 20X6/1/26 2:32 匿名さん ID2461


 オレは事実を言っただけですけど、なにか?

 たしかに働いてる奴にもクズはいるけど、お前らヒキ共よりゴミクズの奴なんているの?



 ターーーーーン!

 まるでアニメのワンシーンのように、富田はEnterキーを心地よく叩いて書き込みをする。

 富田の気分は今、最高潮だ。


 …帰宅前の富田はイラついていた。

 飲食店の単発バイトで年下のバイトリーダーに、また怒られたからだ。

 世界的企業のミツボシ電機で部長まで出世したのに、たかだか飲食店のバイトリーダーに顎で使われてる自分…。

 その惨めさが苛立ちとなり、彼はヒキコモリ板へとやって来た。

 自分がこんなに苦労してるのに、こいつらは親に頼って呑気にネットしてやがる…!

 こいつらは叩いていい。

 ただの甘ったれだから!

 こいつらが引きこもった経緯など知ったことか!

 富田は感情の赴くままに、引きこもりに自身の苛立ちをぶつける。

 ぶつけられた引きこもり達も苛立ち言い返す。


 [オレがなんでゴミクズの引きこもりになったか分かるか?

 てめえみてえなパワハラ上司のせいだよ!

 てめえはゴミクズ以下だ!!]


 [今の自分がまともじゃないのは理解してるけど、そこまで責めないでくれ…

 中学の時のイジメを思い出して鬱になる]



 しかし富田は、それを鼻で笑う。

「けっ…! 嫌な事から逃げてばかりのクズどもが!」


 やがて富田の" 対戦相手 "ペケゾーが富田の書き込みに返信をする。




 20X6/1/33 2:31 ペケゾー


 いますよ、引きこもりよりクズな人


 例えば、この人

 こういう仕事を途中でほっぽり出して帰る男

 どう思いますか?



 ペケゾーが他リンクへのURLを張り付けてレスをする。

 アドレスの文字からして、ゼータのアカウントへのURLのようだ。

 ゼータ コメント文字数280文字以内のSNSだ。


 富田は、つまみの枝豆を口に運びながら

 ほろ酔い気分でゼータのリンクを開く…




 とみお @Tomita 1月23日

 ほんとは5時まで勤務だったが、途中で辞めて帰ってきた

 そこのバイトリーダーが使えない

 目上に対する礼儀を知らない そんな若造の下で働きたくない

 仕事は途中だったが、しったことではない

 礼儀知らずのお前がなんとかしろ




 え……!?



 枝豆を食べようとした富田の、その手が止まった…。


 これ………オレのゼータのアカウントじゃないか…?



 ……ぐ、偶然…だよな?


 深夜の2時過ぎ…富田長晴は木造アパートの一室で、冷や汗をかいていた。

 どう返答する……?

 そんな事を考えてる間に、ペケゾーから更なる返信がきた。

 先ほど同様、リンクが張ってある。ゼータのリンクだ。

 富田は恐る恐る、そのリンクを踏む……。




 とみお @Tomita 1月18日

 今の仕事しんどい

 この年で荷物の仕分けはキツイ、もう辞めようか

 一緒にいた若い奴、『頑張りましょう!』なんて笑顔で言ってきたけど

 こっちはお前と違って年寄りなんだよ

 他人の状況、気持ちを理解できない奴は、マジで使えない



 こ、こいつ…!

 分かってて、やってるのか?



 [おい、ペケゾー

 これ、ID2461のアカウントか?]


 [さすがヒキ板の誇るスーパーハカー

 いつも通り、情報盗み済みか]



 …情報盗み済みって、なんだよ……!

 スーパーハカー!?

 聞いてねえぞ、そんな話…!!



 数分前の上機嫌など、どこえやら……。

 ヒキコモリ板の荒らし、ID2461こと富田長晴は

 状況が理解できずに、ノートパソコンの前で固まっている。




 20X6/1/26 2:34 ペケゾー


 あれ? どうしたんですか?

 返信がないようだけど……

 夜中に事故にでも遭われたのかなあ~~


 このゼータにいる怠け者に対する意見が聞きたいんだけど




 富田長晴は両手で白髪頭を掻きむしりながら、

 どう対応すべきか必死に考える。


 …どうする

 ………どうするよ、おい!


 富田のかけていた眼鏡が冷や汗によって、ずり落ちていく…。

 苦悶の表情で掲示板を見つめる富田だったが

 彼の受難は、まだ始まったばかりだ……。


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