05
「これが……噂の料理聖女か。魔力の光も纏わぬとはとんだ紛い物だな」
王都の大広場。今日は大陸中から聖女が集まる、四年に一度の世界聖女サミットの日だ。
水の聖女、風の聖女、炎の聖女……といった各国の煌びやかな衣装を纏った聖女たちが、高慢な視線で私を見下ろしている。
主張はこうだ。
聖女とは清廉潔白であり、霞を食べて生きるべき存在。脂ぎった料理など言語道断。らしい。それはなんというかご愁傷様?
腕まくりをして広場の中央に急造した石窯の温度を確かめながら鼻で笑う。
「霞を食べてどうやって民を救うエネルギーを作るんですか? カロリーこそが正義、糖質と脂質こそが奇跡の源ですよ」
「なっ、何を野蛮な……!」
「まあ見ていてください。あなた方の清らかな心がどこまで誘惑に耐えられるか」
発酵させておいた白い生地を空中に放り投げた。くるくると回りながら薄く広がる円盤。
真っ赤な完熟トマトソースを塗りたくり、異世界バジルを散らし、最後に……乳牛の魔物ミルクタウロスの乳から作ったモッツァレラチーズをこれでもかというほど乗せる。
「灼熱のマルゲリータ、焼き上げ開始!」
石窯に放り込むと薪がパチパチと爆ぜる。数分後には窯の口から凶悪な香りが漏れ出した。小麦が焦げる香ばしさ。トマトの酸味を含んだ甘い香り。熱で溶け出したチーズの濃厚な匂い。
「 こ、この匂いは……うう!?」
水の聖女が鼻をヒクつかせ、杖を取り落とす。
「い、いけません! 闇の魔法です! 精神を撹乱させる毒の煙です!」
「いやいや、ピザです」
巨大な木のヘラで焼き上がったピザを取り出した。
ジュワワワワ……ッ!!
表面のチーズがグツグツと沸騰し、焦げ目が黄金色に輝いている。生地の耳はぷっくりと膨らみ、パリッとした食感を約束している。
回転カッターで八等分にし、一切れを持ち上げたその瞬間、世界が止まった。
とろォォォォォ……ッ。
チーズがどこまでもどこまでも伸びる。白と黄色のコントラストを描きながら、糸を引くチーズの滝。隙間から赤いトマトソースが熱い涙のように滴り落ちる。
「ヒッ……!」
炎の聖女が後ずさりし、ゴクリと喉を鳴らす音がマイクを通して広場中に響いた。
「聖女の皆様。浄化できるものならしてください。食欲という名の原罪を!」
一番疑り深かった水の聖女の口元に熱々のピザを差し出した。
「あ、ああっ! むりっ、だめえぇぇ!耐えらないい!」
抗おうとしたが本能が理性を凌駕した。
パクッ。ハフハフ、アツッ、うまッ。
「んん~っ!!」
カチューシャが弾け飛んだ。
「カリカリでもちもちで……トマトが酸っぱくて、チーズが濃厚で……! お祈りしている時より幸せぇぇ!!」
「私も!」
「私も食べる!」
聖女たちがプライドをかなぐり捨てて殺到する。
「並んでください! 一人一枚ありますから!」
広場は聖なるサミット会場から、巨大なピザパーティー会場へと変貌した。国民たちも歓声を上げ、イングス王子はコーラの代用品である黒い炭酸水を片手に満足げに親指を立てている。
狂乱の輪の外。衛兵に捕縛され、地面に転がされている男がいた。元父の公爵。家財を全て売り払い、借金まみれになりながら会場に潜入していた。
目的は暗殺か、あるいは土下座しての復縁か。どちらも実行できなかった。ピザの匂いを嗅いだ瞬間、空腹のあまり理性が消し飛び、石窯に向かって四つん這いで突進してしまったのだ。
「よ、寄こせ……端っこでいい……焦げた部分でいいから私に食わせろぉぉ!!」
見苦しく叫ぶ父の前に立った。手には最後の一切れのピザ。
「バーベルア! 娘よ! 愛しているぞ! ああ、チーズ! トマト! 一口くれれば、お前の言うことを何でも聞く!」
父の目は血走り、口元からは涎が垂れている。威厳など欠片もない餓鬼だ。ピザを口元まで近づけ……自分の口に入れた。
「ん~っ、デリシャス!」
「ああああああっ!!」
父が絶望の叫びを上げる。
「お父様。貴方は言いましたよね。お前の料理など豚の餌にもならんと。覚えてますしっかりと」
冷ややかに見下ろした。
「ですから差し上げられません。これは人間が心豊かな人間だけが味わえる幸福なのですから」
「そんな……そんなぁぁ……!」
衛兵によって引きずられていく父。詐欺罪と不敬罪で地下牢獄行きが決まっている。そこでの食事は乾燥した黒パンと水のみ。
彼の鼻には一生、ピザの香ばしい匂いが記憶として焼き付き、毎晩の夢で彼を苛むだろう。食べたいという叶わぬ渇望こそが永遠の罰。
サミットは大成功に終わった。料理聖女改め、豊穣と飽食の大聖女という、なんだか太りそうな称号を贈られた。たいそうなものを得てしまって、これってどうなのだろう。
王宮のテラスにて全てが終わり、静けさを取り戻した夜。イングス王子が二つのグラスを持ってやってきた。笑みを浮かべている。
「バーベルアの復讐は終わったのか?」
問いかけられて静かに息を吐き出す。
「はい。妹も父も自らの欲望と傲慢さによって破滅しました。これ以上はありません」
「そうか。では、これからは誰のために料理を作る?」
夜風に吹かれながら王都の灯りを見下ろした。あちこちから夕食のいい匂いが漂ってくる。
味気ない食事しかなかったこの国に出汁の文化、発酵の文化、美味しいと笑い合う文化が根付き始めている。
「そうですね……世界中のお腹を空かせている人たちのために」
王子に向かって悪戯っぽく微笑んだ。
「わがままな胃袋と食いしん坊な旦那様のために」
イングスは顔を赤くして咳払いをした。
「生涯、君の料理を食べる権利を所望する」
「ふふ、高いですよ? 毎日美味しいと言っていただかないとね」
「望むところだ」
月明かりの下、グラスを合わせた。中に入っているのは異世界の果実で作った、甘く爽やかなサイダー。しゅわしゅわな音が心地いい。
未知の食材や美味しい料理が待っている。異世界最高。転生最高。美味しいご飯は最強だ。
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