04
甘すぎる。お菓子よりも見通しが甘い。高齢の女性、それも厳格な生活を送ってきた人が潜在的に何を求めているか。前世のおばあちゃん子だったこっちには、手に取るようにわかる。
厨房に戻ったさっそく準備に取り掛かった。
今回の武器は昔懐かし固めのカスタードプリン。最近の流行りであるとろける系ではない。卵の力を信じ、しっかりとした食感を残しつつ、口の中でほどける絶妙な硬さ。
カラメル作りをする。砂糖を焦がすここが勝負だ。甘さの中にキリッとした苦味を際立たせる。焦げる寸前のギリギリを見極め、熱湯を注ぐ。ジュワッ!! と跳ねる褐色の液体が大人の味のベースになる。
プリン液。新鮮な地鶏の卵黄をたっぷりと使い、濃厚な牛乳、バニラビーンズを惜しみなく投入。砂糖は控えめに素材の甘さを引き立てる。
蒸し焼き。低温でじっくりと赤子をあやすように優しく火を入れる。
焼き上がったプリンを冷蔵庫、氷魔法の魔道具でキンキンに冷やす。皿に取り出す瞬間が最大のショータイム。型をひっくり返して少し揺らす。
プルンッ。
黄金色の台形が皿の上に着地する頂上には、艶やかな漆黒のカラメルソースが帽子のように乗っている。仕上げに甘さ控えめの生クリームを添えて真っ赤なイチゴを一つ。完璧だ。シンプルこそが至高の贅沢。
実食の時間。王太后の前には銀の皿に乗ったプリンが一つ。
「……これが、貴女の言う上品な菓子ですか? 黄色い塊に見えますが」
「スプーンを入れた瞬間にわかります」
王太后は疑わしげにスプーンを持ち、プリンの角に当てた。スッ……抵抗感があるようでいて滑らかに沈んでいくスプーン。すくい上げるとプリンはプルプルと小刻みに震えた。愛らしい動きに王太后の目が一瞬だけ大きく見開かれる。
口に入れた瞬間にカタン、と彼女の手からスプーンが落ちた。
「んっ……!」
卵の濃厚なコクが舌の上で広がり、追いかけるようにカラメルの香ばしい苦味が鼻孔を突き抜ける。甘いのに苦い。柔らかいのに弾力があり、相反する要素が口の中でワルツを踊っている。
「な、なんという……懐かしさ……」
氷の女王の表情が一瞬で溶け崩れた。
「子供の頃に夢見た、黄金の味……長年求めていたのは過度な装飾をしたケーキではなく、純粋な優しさだったのですね」
気がつけば王太后は猛烈な勢いでスプーンを動かしていた。
「おいしい……本当においしい……イングス、なぜこれを私に隠していたのですか!」
「いや、母上が会ってくれなかっただけで……しかも、いじめてたでしょう?」
完食。王太后は最後に皿に残ったカラメルソースまで名残惜しそうに掬い取った。
「バーベルアさん」
「はい」
「……あとで、もう一つ。いえ、三つほど部屋に持ってきてくださる?」
「ええ、喜んで」
こうして王太后はスイーツ信者第一号となった。後日、彼女主催のプリンお茶会が開かれ、貴族のご婦人方がこぞってプリンを求めて行列を作ることになる。
一方、その頃。王都の掃き溜め、貧民街の一角。公爵令嬢として絹のドレスを着ていたララルーカは薄汚れた灰色の服を着て、食堂の裏口で皿洗いをしていた。水は冷たく、美しい手はひび割れて爪はボロボロだ。
「おい新入り! 手が止まってるぞ! 残飯の処理もしろ!」
店主に怒鳴られ、ララルーカはビクリと肩を震わせる。
「は、はい……ただいま……」
運ぶバケツの中には客が残した残飯が入っている。パンの耳、野菜の切れ端、骨についた僅かな肉。平民の餌と嘲笑ったもの以下の代物だ。ふと、店の中から客たちの噂話が聞こえてきた。
おい聞いたか? 王宮の新しい聖女様、こんどはプリンっていうすげぇ菓子を発明したらしいぞ。
王太后様も骨抜きにしたって話だ。食べただけで若返るってよ。
いいなぁ。俺たちも一度でいいから食ってみてぇなぁ。
ララルーカは立ち止まった。バケツの中の残飯から腐敗臭が漂う匂いを嗅ぎながら、王宮の方角を見上げてからポロポロと涙を流した。
「わたしが……食べるはずだったのに……あのプリンも、王子の寵愛も何もかも……わたしが」
グゥゥゥ……腹が情けない音を立てる。目の前にあるのは豚の餌。今はそれが何よりもご馳走に見えていた。
「あ……一口だけなら……ばれないわよね?」
震える手で残飯の中の少しだけマシなパンの耳に手を伸ばす。そのとき。
「おい! つまみ食いしてんじゃねぇ!!」
「ひいっ!?」
店主に水をぶっかけられ、ララルーカは泥水の中に転がった。冷たい泥の味。姉を虐げて食を冒涜した偽の聖女の、現在の主食。
王宮のテラス。イングスと並んで夕日を眺めながらプリンを食べている。
「バーベルア、口についてるぞ」
イングスが唇についたクリームを指先で拭い、そのまま自分の口へ運んだ。
「……甘い」
「殿下、行儀が悪いです」
「いいじゃないか。二人きりだ」
満足げに笑い、肩を引き寄せた。
「料理のおかげで国は豊かになり、母上も機嫌が良い。本当に国に舞い降りた女神だな」
「いいえ、食いしん坊なだけですよ」
スプーンに残ったプリンをパクリと頬張る。
甘くてほろ苦い。最高の味とこれからの幸せな未来の味がした。




