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《想器の星エスプレア》水底から見上げる夜空

作者: しなとべあ
掲載日:2025/12/01

閉じた目に浮かぶのは――あの日の夜空だった。


雲の切れ間から月が覗き、星が瞬く夜空。


学校帰りに見上げたそんな空を思い出すのは未練だろうか。


深く、息を吸い込む。


水気を帯びた魔素は、俺の僅かに残った領域に触れると空気へと変化し、体の中を満たしていく。


人里とも森とも異なる境界特有の透き通った水のような感覚は好みが別れるが……。


俺は嫌いじゃない。


目を開けば、瞼の裏に映っていた郷愁は瞬く間に消え。


地球とは明らかに異なる夜空を映し出す。




――水底から見上げた夜空のようだ。




初めてこの空を見た時と、変わることのない感想が零れ落ちる。


雲一つない夜空。


巨大な月は白く輝き、ゆったりと波打つように揺らぎ。


月の光を追いかける精霊達が、光の尾を夜空に刻む。


星々は揺れる水面に映ったように滲み、曖昧な輪郭は吸い込まれるようですらある。


境界と呼ばれる、人のものでも、魔物のものでもない領域の間でしか見えない特別な夜空。


空気の代わりに魔素とかいう、生き物の精神で姿を変える液体に満ちたこの世界。


人里や魔物の領域では、まともに夜空も望めない。


こんなに透き通った空が見えるのは、境界だけなのだ。




それなりにこの世界を見てきたが、結局俺はこの空が一番好きなのだろう。


「くそったれな世界だが、この夜空は悪くない……」


枯れ木に寄り掛かったまま動かない身体から、血と共に熱が失われていく。


割れた器から、ゆっくりと俺を形作る中身が零れていくのを感じる。


――今思えば、散々な人生だった。


異世界転移だとはしゃいで、その結果として多くの友人を失った。


特別な玩具を貰って息巻いた結果、大事な人を守れなかった。


だからと言って、強くあることも強くなることもできず。


結局半端物止まりの、鳴かず飛ばずのうらぶれた開拓者に過ぎなかった。


それでも、前を向いて進と決めて、生き残った友人と共に歩んできた。


十年。


開拓者として森と向き合う日も。


小さな子供の成長に向き合う日も。


悲しい化け物と化した人を殺める日もあった。


辛い日も、嬉しい日も、悲しい日も超えてきた。


それでも。


一番多く思い浮かぶのは。


酒を飲み、肩を組み、友と笑いあった日々と。


それを見て笑う、小さな女の子の笑顔だった。




結局、俺にヒロインはいなかった。


巨悪を倒すこともなく。


何かを成し遂げることもできなかった。


俺は、主人公って器じゃなかったんだろう。


それでも、想いは託せた。


最後に小さな誰かを救うぐらいの贖いはできた。


あとは、頼りになる親友に任せておけば大丈夫だ。


それに。


この夜空を見上げて迎えれるなら、贅沢な最後と言えるだろう。




あとは、そうだな。


……少しばかり。


この散々な人生を思い返すとしよう。







「押し返せ!!」


枯れ果てた怒鳴り声が出す号令が森に響き渡る。


「うおぉおおおお!!」


同じように枯れた声を、負けじと張り上げる。


俺と並んで立っている仲間達も、似た様に枯れた声を張り上げる。


何度張り上げたかわからない叫び声だが、それでも折れそうになる心を少しは奮い立ててくれる。


そして一緒に声を張り上げるのは、仲間達と気持ちが揃えばその分だけ、重なり合った領域がお互いを支えあうからだ。


そうでもしなければ、俺達みたいな新人開拓者の心は折れてしまう。


心が折れてしまえば戦えない。


魔器は心が折れない限り折れないが、心が折れれば木の枝以下になりさがる。


だから、仲間と支えあうのだ。


声が揃い、心が揃う。


何度も繰り返しただけあって、最初に比べれば心は落ち着いていた。


それでも、地響きを上げて迫りくる魔獣の群れに足が震えるのは抑えれなかった。


――武者震いだ、これは!


そう言い聞かせ、迫りくる魔獣の群れを迎え撃つべく、握りしめた鉄剣を振り上げる。


既に何度も振るってきた鉄剣は返り血に塗れ、刃毀れを晒していた。


誰もが似たような惨状を晒している剣が、槍が、槌が。


種類も、長さも、振り方すら異なる武器達を構え。


――先頭を走る目を血走らせた山羊の魔獣が、俺達の領域に踏み込んだ。


迫りくる恐怖に、全員の心が一つとなった。


恐怖を振る払うような絶叫と共に、魔器が一斉に振り下ろされる。


槍が、剣が、槌が。


踏み込んだ魔獣に時間差で叩きつけられる。


角に弾かれ、頭蓋に逸らされ、その殆どが有効打にならなかった。


そんな情けない新人達の攻撃であっても、数が揃えばどれか一つぐらいは当たる。


今回は、それが俺だった。


俺が振るった鉄剣が、槍を角で弾いたことで無防備になった魔獣の首筋に食い込んだ。


「よっしゃぁ!」


会心の手応えに思わず声が出る。


だが、喜んでいられたのは一瞬だった。


断末魔の絶叫を上げながらも、魔獣は血走った目を俺に見据え直した。


殺意に満ちた目に、全ての意識が俺に向いた事実に血の気が引く。


『首を落としても油断はするな』


口酸っぱく言われた先輩開拓者の声が脳裏によぎる。


だが、それは遅すぎた。


首の骨と筋肉に絡みとられた鉄剣は力を入れても引き抜けず。


次の手を考える間もなく。


俺はその禍々しい山羊の角が眼前に迫った記憶を最後に。


凄まじい衝撃と痛みで意識を失った。




「バッカスに感謝を!」


「「バッカスに乾杯!」」


酒場に開拓者達の声と、ジョッキを打ち鳴らす音が響き渡る。


酒の神であるバッカスの名を叫ぶのは、この世界での酒飲みの常套句だ。


乾杯の音頭で打ち鳴らしたジョッキに注がれたエールを、乾き切った口内に流し込む。


「美味いけど染みて痛ってぇ……」


吹き飛ばされて出来た口内の傷に、酒が染みて痛む。


「がはははは!あれだけ気持ちよく打ち上げられて、それで済むとは頑丈な奴だ!」


笑い声とともに、力強く背中を叩かれる。


魔獣にも負けない衝撃に思わずせき込みながら、隣に向かって目線を下げた。


隣に座っている、背の低い先輩開拓者のおっさんが、髭に覆われた口を大きく開いて笑っている。


地人と呼ばれるドワーフみたいな種族のおっさんだ。


「おっさんの馬鹿力の方があの山羊より痛いっての」


「何を言いよるか。わしが本気で叩いたらお主など吹き飛んでおるわ」


まじかよおっさん。


確かに、全部鉄でできた鉄槍の魔器を軽々ぶん回せるおっさんが本気で叩いてたら……。


うん、確かに俺は今頃テーブルの向こうに吹き飛んでるわ。


「でも、あんた面白いぐらいに吹っ飛んでたわね」


「うるせぇな!」


給仕服に着替えたクラスメイトが、料理と一緒に余計な一言も持ってくる。


彼女は荒事は向いていないので、今日のような森に挑むときは後方支援に徹している。


だから、その分取り分は少なくなる。


俺達と違って疲れは少ないからと、仕事が終わると給仕としても働いている。


まぁ、彼女の一芸は酒場の酒飲みには受けがいいから、給仕の方が向いているとは思うけどな。




届いたばかりの腸詰にフォークを突き刺すと、思いっきりかぶり付く。


野性味の溢れる肉感の強い腸詰は、味付けはいまいちだが喰い応えがあって嫌いじゃない。


溢れる肉汁をエールで流し込み、空になったジョッキをテーブルに置く。


彼女に目配せをすると、肩をすくませて空になったジョッキを持って去っていった。


これですぐにお代わりがやってくるだろう。


「それで、おっさん。森はだいぶ押し返せたのか?」


最後の襲撃で気を失って、気付いたのは街に戻った時だったから状況を把握できてない。


「そうじゃな。お主等の頑張りもあって、わしの槍一本分ぐらいは押し返せたかの」


たった二メートルぐらいじゃねぇか!


その言葉に、がくりと肩の力が抜ける。


「何を勘違いしとるか知らんが、わしら開拓者が一日に開拓できる距離などたかが知れておる」


叱る様に、諭すように語るおっさんの声に、理解はしていてもため息は尽きない。


「領域を拡大したい野心のある支配者は、放っておけば森を広げ街を呑み込んでしまう。だからこそ、わしらが切り拓かねばならぬのじゃ」


「……わかってるよ」


この世界は、いくつもの支配領域が乱立している。


支配領域はいわば国みたいなもので、隣り合う支配領域は同盟だったり敵国だったり様々で。


当然、領土拡大を狙って隣接する領域と争いになることも多い。


そんな相手から、自分達の住む街を護るため、住む土地を切り拓くために日夜命を懸けているのが“開拓者”だ。


この世界では身分も不確かで居場所もない。


そんな俺達を拾ってくれたのが、開拓者の集まりであるこの“開拓団”だ。


年齢も、種族も違う。


来歴も問わない。


ただ、街を、この土地を守るために戦う者達が集う場所。


実入りもよくはないし、きついし、何より命の危険だらけだ。


実際に何人も命を落としているのをこの目で見てきた。


今日も、運が悪ければ俺もその一人の仲間入りをしていたところだった。


まぁ、それでもここで生きていくにはこうするしかないし。


何より。


「はい、エールのお代わりお待たせ」


「待ってました!」


彼女の持ってきたジョッキを奪うように受け取ると、一口。


僅かな苦みと、果実を思わせる爽やかな香りが口の中に広がっていく。


この土地だからこそ作れるという土地の酒が、すっかりこの地に馴染んだ俺の体に染みわたる。


「うむ、いい飲みっぷりじゃ」


酒飲みの神、バッカスの神官でもあるおっさんが嬉しそうに笑う。


こっちに来るまでは酒なんて飲んだこともないガキだった。


だが、水が危険で飲めたものじゃないこの世界には飲めるものは酒しかなく、仕方なく飲んだのだが……。


今では、居酒屋にたむろするおっさん達の気持ちがわかるぐらいに、この一杯の虜になっていた。


――この一杯のために、命を懸けるのも悪くない。


きっと。


開拓者は、この一杯の酒を護るために。


この一杯の酒を造れる土地を護るために戦っているのだと。


そう思うのだった。







開拓は命がけだ。


だから、傷ついた体を癒すための休みが意外と多い。


お陰で泥のように眠り込んで、朝飯を食い損ねても誰も起こしてくれやしない。


空腹で目を覚ました俺は、宿を兼ねる開拓者酒場の二階の部屋から一階の酒場に降りていく。


寝巻も兼ねるシャツにズボン姿だが、ベルト代わりに剣帯を通して魔器の鉄剣をぶら下げる。


この世界では、魔器は肌身離さずが常識なのだ。


本来酒場は朝も昼も夜も騒がしい場所なのだが、朝と昼の間の今は珍しく静かだった。


人気のない酒場を進み、普段は近づくだけで怒られるカウンターの裏側に足を踏み入れる。


「女将さん、何か食うものある?」


仕込みの音がする厨房に向かって声をかけると、小さく動く影が見えた。


小さな足音を立てて駆け寄ってくる影を、受け止めるべく腰を落とす。


「あんちゃん!」


小さな影が飛びついてきたので、受け止める。


「おはよう、お嬢」


俺がそう挨拶すると、小さく可愛らしい幼い女の子が、嬉しそうに笑いかけてくれる。


「おねぼうさん?」


最近走れるようになって、目が離せなくなったこの酒場の看板娘だ。


「そうなんだよ、寝坊しちまってさ。腹が減って仕方がないんだ」


片腕で抱っこしながら、空いた手で自分の腹を叩く。


開拓者というハードな仕事をしているお陰で、学生時代とは別物に引き締まっている。


「あんちゃんはしかたないなー」


お嬢はそう言いながら、嬉しそうに俺のお腹をぺちぺちと叩いている。


嬉しそうなお嬢が気が済むまで叩けるようにお腹を差し出していると。


「悪いね、相手してもらって」


格好いい、という表現が似合う美人が厨房の奥から顔を出した。


「いや、全然かまわないっすよ」


ちびっこの相手は癒される。


それに、開拓がこの子の未来に繋がると思えば、やる気も湧いてくるというものだ。


「あと、残念だけど今出せるのは、パンとチーズと腸詰ぐらいだよ」


うっ、汁物なしか……。


この世界では黒パンが主流で、硬くて重い。


大体スープとかでふやかして食べるのが前提だ。


まぁ、この硬さが好きって奴もいるし、噛みちぎれない程硬くはないけど……。


「十分です」


そもそも寝坊した俺が悪いのだ。


すぐに用意してくれるだけ感謝しないといけない。


「よろしい。贅沢言うようだったら昼まで飯抜きにするところだったよ」


恐ろしいことを言いながらも、女将さんは手際よく皿にスライスしたパンとチーズ、炙った腸詰を山盛りに乗せて渡してくれた。


あ、エールは自分で注ぎますんで大丈夫です。




スライスしてくれたパンに、チーズと腸詰を挟み即席のサンドイッチにしてかぶり付く。


ゴリゴリとしたパンの歯ごたえに、チーズと腸詰が合わさって顎が痛いほどだ。


が、それさえ乗り越えればチーズと腸詰の塩気と脂が合わさって中々の美味さだ。


チーズの旨味が、味が薄いが肉感の強い腸詰を補ってくれる。


そこを、この時間からエールで流し込む。


完全に飲んだくれのおっさんのようだが、何の問題もない。


なにせ酒しかないからな、この世界では仕方ないんだ。


そう言い聞かせながら、二個目のサンドイッチを作るべく山盛りの皿に手を伸ばす。


すると、普段余り聞かない慌てたような足音が聞こえてきた。


厨房の奥から女将さんが飛び出してきて、俺を見かけるなり声をあげる。


「なぁ、あの子見なかったかい!?」


齧りつこうとしていた二個目のサンドイッチを口から離す。


「いや、こっちには来てないですよ」


今ここには俺しかいない。


小さな足音とは言え、お嬢が出てきたらすぐに気付く。


「あの子、まだ魔器も持ってないんだ!」


その一言に、俺は即座に椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。


「外、探してきます!」


「あぁ、頼む!あたしは酒場の中を探す!」


背中で女将さんの声を聞きながら、俺は酒場を飛び出した。







――くるしい。


少女は、物陰で蹲っていた。


小さな体で、少しでも空気を得ようと、必死に呼吸を繰り返す。


でも、いつも当たり前の様に吸えていた空気が、動かない。


少女は経験したことがなかったが、それは口元に厚い布を押し当てられたような感覚だった。




些細な出来事だった。


勝手口が少しだけ開いていた。


その隙間から人影が見えた。


少女は、それで父親が帰ってきたのかと思い、飛び出した。


大好きな父を驚かせようと、人影の後を追ったのだ。


だが、少女の小さな足ではその人影に追いつくことができず。


その人影が残した領域が消えた時。


まだ魔器を持たぬ少女は、領域を作り出すことができず、息をすることができず倒れたのだ。




――くるしいよ。


涙を浮かべる。


手を伸ばす。


でも、魔器のない彼女では声を届けることも。


想いを伝えることもできず。


呼吸すら、他の人の領域に依存する少女は。


霞む視界と同じようにその意識を……。


「お嬢!」


その声と共に、空気が動いた。


急に吸えるようになった空気に、盛大にせき込む。


駆けつけた青年に抱き上げられ、彼の領域に包まれたことでようやく少女は自分が助かったのだとわかった。


「あんちゃん……」


「……無事で、よかったよ」


這いつくばって探し回ったのだろう。


汗だくで、泥だらけで、傷だらけで。


それでも安心したように笑顔を向けてくれる青年に、少女は強く抱き着くと。


「ごめんなさい……!」


青年の胸元にしがみついて、声を上げて泣き出した。


そんな少女の背中をそっと撫でながら。


「俺はいいよ、お嬢が無事なら」


そう優しく声をかけた。







あれから、酒場に戻ったお嬢は女将さんに聞いてる俺が震えがる程に怒られ。


お嬢が無事だったことに感極まって泣き出した女将さんに抱きしめられて、二人で一緒に泣いていた。


夜になって帰ってきた開拓者である親父さんにも怒られていたが、身をもって体験したからか、珍しく素直に怒られていて、逆に親父さんも怒り辛そうだった。


そんな一日を終えた、次の朝。


今日もお休みで惰眠をむさぼる予定だった俺は、何故か朝早くからお嬢に叩き起こされた。


酒場に降りると、女将さんと親父さん、それに顔見知りの開拓者が何人も集まっていた。


俺のクラスメイトも何人か姿が見える。


「……何事?」


鼻息荒く俺を引きずってきたお嬢は、嬉しそうな顔をするだけで何の説明もしてくれない。


女将さんは仕方なさそうな顔で。


親父さんは逆に嬉しそうだ。


そんな二人を、開拓者達が楽しそうに眺めている。


「ようやく起きてきたな、寝坊助め」


「ねぼすけめ!」


俺の顔を見るなりそう言いだした親父さんと、その真似をするお嬢。


「休みなんだからいいでしょうに」


「だめなの!」


どういうことだよお嬢。


お嬢に指示されるままに座らされると、俺の隣の椅子の上にお嬢がよじ登る。


はらはらしながら見ていると、無事に椅子の上にお嬢が立ち上がる。


そこに、小さな箱を抱えた親父さんが近づいてくる。


「来訪者であるお前達は知らんだろうが」


椅子の上に立ち上がってなお小さいお嬢の目線に合わせるために、親父さんが片膝をつく。


そして、お嬢に見えるように小さな箱を開く。


「母親はお腹の子に愛を注ぎ、父親は子供の最初の魔器を作るのが習わしだ」


その箱の中には、刃の潰された小さな短剣と、それを収めるための鞘が収められていた。


「これは、俺の魔器の一部を削って、愛娘のために作り上げた魔剣だ」


箱の中から短剣を取り出し、鞘に入れると。


嬉しそうな笑顔を浮かべるお嬢に、捧げるように手渡した。


「これを育て、半身となるまで鍛え上げることを誓うか?」


「ちかう!」


元気よくお嬢はそう叫ぶと、宝物のように鞘に入った短剣をぎゅっと抱きしめる。


そして、周囲を見守っていた開拓者達から盛大に拍手が巻き起こった。


俺も、自然と手を叩いていた。


お嬢が、母親である女将さんに自分の魔器になる短剣を見せに跳んでいった。


その微笑ましい姿を眺めていると、親父さんが俺の肩に手を乗せる。


「お前もよく知っているように、魔器は簡単には作れない」


確かに、俺もこの鉄剣を作るのに非常に苦労した。


鉄剣以外にも特別な魔器を来た時から持っているが、戦闘用じゃなかったのだ。


「だからこそ、父親が子を想い作り上げるんだ。血族じゃない他人の魔器は、よほど心が通ってないと馴染まないしな」


「……なんだよ、親父さん。妙に説明臭いな?」


俺がそう思って見上げると、親父さんはにやりと笑っていた。


「だから、お前も子供ができたらちゃんと作るんだぞ?」


「俺にそんな相手がいないってわかっていってるなこのおっさんは!?」


その悪い笑顔は確信犯だなこの野郎。


いいぞ、その喧嘩買ってやる!


俺は笑いながら挑みかかり。


あっさりと転がされる。


そんな俺を見て、開拓者が、クラスメイトが、お嬢が笑っている。


――今日はいい日だ。


こんな日が続くといいなと。


俺は、心からそう思った。







温かい記憶が零れ落ちていく。


二度と見ることのできない少女の笑顔が、尽きかけた器に残った心を軋ませる。


心からの願いは叶うことなく。


失われた日常は二度と戻ることはなかった。


結局、俺は大事な人の窮地に駆けつけれるような主人公ではなかった。


それだけの話なのだろう。




薄れゆく意識の中、殆ど聞こえなくなった耳が、かろうじて足音を聞き分ける。


俺の周りに倒れているのと、同じ格好をした連中だ。


先に進んだ相棒に預けた、小さな子供を追いかけまわしている畜生ども。


俺を見て、何か叫んでいるが、悪いがもう聞き取ってやることはできない。


それでも。


それでもだ。


僅かに残った力で。


懐に大事にしまい込んだ、小さな短剣を握りしめる。


愛用の鉄剣も、残った想いも、先に進んだ相棒に託した。


ただ、これだけは。


全てを譲り渡しても、これだけは譲れなかった。


今、俺の僅かな命を繋いでいるのは、お嬢が遺してくれたこれだけだ。


だから、最後に。


もう一度だけ。


――あんちゃんに、力を貸してくれ。




小さな短剣を握りしめると、尽きた器に少しだけ火が灯る。


枯れ果てた声が、喉の奥から零れだす。


「俺が誓うは、不退転」


俺がなりたかった、守れる男に。


「俺が願うは、道標」


俺がなれなかった、誰かに憧れられる自分に。


「この背に、守るものあるならば」


俺が守れなかった、誓いの言葉を。


「彼らに背中を見せつけて……」


全てを託した友に、恥じぬように今度こそ。


「万難全て、退けようか……っ!」


自らの誓いを言い終えれば、いつの間にか俺は立ち上がり。


冷え切った俺の中で、ただ一つ燃えるように熱い短剣を構え。


小さな手に背中を押されたような感覚と共に。


最後の一歩を踏み出していた。




――散々な人生だった。


大事な人は守れず。


何人もの友を失い。


小さな女の子すら救えなかった。


それでも。


それでもだ。


そんな悔めるほど大事な人に出会えたと考えるのなら。


思い出を抱えながら、この夜空の下で眠れるのなら。


――意外と、悪くない人生だったかもしれない。

初めての方、ようこそいらっしゃいました。

しなとべあと申します。


そして、いつも読んでくださっている皆様。

今回も足を運んで頂き、本当にありがとうございます。


この短編は、私が築き上げた異世界

《想器の星エスプレア》を

もっと多くの方に知っていただきたいという思いから書き上げたものです。


また、現在連載中の

『チュートリアルのある異世界へようこそ!』

と同じ世界を舞台にしており、本作はその前日譚でもあります。


物語がどのように繋がっているのかは、ここでは語りません。

もし興味を持っていただけましたら、是非そちらにも目を通して頂けると嬉しく思います。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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