間話の幕:フーディニとの決裂。致命的な対話
間話 フーディニ
1923年の頃だった。
イギリスのイースト・サセックス州にあるクロウバラのウィンドルシャム邸。そのリビングルームで、アーサー・コナン・ドイルによって呼び出されたハリー・フーディニは機嫌が悪かった。彼はソファに深く腰を下ろして、足を組んでいた。時折、その足をゆすった。
アーサーは、そんな彼を微笑ましく見ていた。
「エリク。そう睨むなーー」
アーサーは立っていた。
「君が、俺を使用人みたいに呼ぶからさーー何かあったのかい」と彼も微笑みに応えた。
「いま、妻のジーンと書いている本に、君の症例について載せたいのさ。」
「おい!俺を勝手に患者にするなーー嫌な気分になる。そのーーあの女と君が関わるってだけでウンザリするのにな。」
「そう毛嫌いするな。彼女は我々を未知へ導いてくれる鍵なんだーー」とアーサーは夢見るように呟いた。
「そこに何もなきゃいいんだがーー」
「なんだって?」とアーサーは友の軽口にイラついた。
「ははっ、何でもない。で、本題に入れよ。俺に聞きたいことがあるんだろ」
「もちろんだ。これは君自身の中に深く存在するーー」とアーサーはフーディニの肩を叩く。
「ボクはね、君の技は霊的なメッセージを受けたものだと見てる。
つまり、君は気づいてないだろうが、神秘の力が君を支えているーー」
「ーーおいおい、またーーそれか。言っとくが、ーートリックは見せない。これは、俺を食わせてくれるもんだ。君が俺を君の趣味に結びつけたい気持ちはわからなくない。
俺の技は、そりゃ神業なんだからな」
「ふふふ、なら証明したまえ」
「おい、やめろ!ホームズきどりか?」
「ーーエリク。君が隠したい気持ち、ボクは見抜いているぜ。
世間の目に晒されている君は、慎重にならざるおえない。
なにせ、これは、我々の呼ぶ科学に、新しい風、いやーー謎を与えるんだから」
「俺は何も隠してないーー
なあ、見抜くとか、止めてくれ。
君は作家だ。ーー俺を書くんだろ?
頼むから、俺のことを書くなよ。
俺は奇術師であって、
ーー魔法使いなんかじゃない。トリックは必ずあるんだ。」
「ーーなら証明したまえ。本当の君を教えてくれ。そして、今ある科学に新たなページを追加するんだ。
ボクと君と、彼女ーージーンと共にね」と部屋の外から覗く女へと視線を移した。彼女はまるで神秘のベールを見にまとったかのような衣装をしてた。どこか別の景色を眺めていた。
遠い目。ここを見てない。
フーディニは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ーーよせ!」と彼は、フーディニは立ち上がった。
「俺は、君のいう霊界の話は大嫌いだ。この世には、この世のルールがある。
ーーたしかに、俺は何度も死を覚悟したさ。飛び込んだ。
ーー君にとっては自殺と変わらない。だがねーー、これは俺の人間としての可能性を試しているーー誰かに言われてやってないーーアーサー、やめろ、止めてくれ。君の話を聞くと、俺は自分がバカに思えてくるーー自分のやった事をーーメッセージだと?冗談じゃない、このマヌケ!」
アーサーは手に持っていたグラスを落とした。絨毯に落ちたそれは、受け止められ転がされた。
彼の顔は、青くなったかと思うとー!みるみる内に赤くなった。
「マヌケ?ーーボクがかい?」
「気づかないのか? あんな女に踊らされるサル。それが君だ。
君は、頭の中まで、あんな女にファックされたのさ」
「口を慎め!彼女の前だぞ!」とアーサーは吠えた。
「キリストが神の愛を伝えたように、初めは誰もがバカにするーー」
「キリストを知ったように言うな!ーー天下のコナン・ドイルがなんでざまだ。なぁーー君のすがりたい気持ちはわからなくないーー俺も愛する母さんに会いたい。
それは本当だ。
君もーー息子さんに会いたいだろうーーだけど、それとこれとは違う。
アーサー、ホームズに聞け。
ホームズは君の中にいる。
彼なら俺と同じ意見だ。
彼に聞いてみろ!
もし、彼じゃなくーーあんな頭のおかしな女に話を聞くとしたらーー君とはこれまでだ。
なぜかって?
俺の商売は、俺の客はーーマトモな俺を見に来てる!キチガイな俺を見に来てるわけじゃない!
書くなよ!
書いたらーー訴えてやるーーさようなら」
こうして、彼は部屋から出ていく。
一度だけ、悲しそうに振り返ってーー屋敷から出た。
「あの男ーー!ボクをマヌケだと?
くそーーヤツも世間のバカと変わらん!」
すると、アーサーの大事な妻が彼を後ろから抱きしめた。
「アーサー。あなたは間違えてないわ。彼は自分を知らないだけよーー」
こうして、女のベールにより幕は閉じる。信じる信じないかは、君次第。
【作者注】
この作品に登場する人物は実在しますが、
会話や状況は創作です。
また、当時の言葉遣いや価値観を
反映した表現が含まれています。




