第十幕:探偵廃業
やあ、君。観察する力がいくら優れていても、老化には避けられない。
目は良くなければ、適切な情報を得る事はできない。アーサーは40代後半。彼の目は確実に衰えていく。
探偵業を続けていくには、人の協力は不可欠だった。
第九幕では、アーサーの天才的な物語によって、従来の警察の捜査方法などはズタズタに踏みにじられた。
捜査に関わった捜査官たちは、上層部から異動や謹慎などのーーまあ、色々あった。世間が落ち着くまでのね。
その日も、アーサーはホームズを連れて事件現場を捜査していた。
太陽が昇り切った昼の事だった。
観光名所もない別の村で、別の家畜殺しが起こったんだ。
そこで家畜が夜中に腹を割かれた。
現場には足跡がなく、犯行は夜間に行われ、やはり目撃情報もなかった。
アーサーは事件現場を見回し、いつも通りにホームズに事件を観察させた。
「ホームズ、事件だ。準備はできてるか?」と、アーサーの後ろにいてオドオドしている黒髪短髪の男に聞いた。
「は、はい、先生ーー」
村人たちは近くにいて、名探偵作家の捜査のやり方を真剣になって見つめた。
ホームズが地面に四つん這いになって、顔をこすりつけるようにして土を観察した。それから手帳に書き込み、白い紙に泥をつまんで包んでた。
家畜は腹を割かれたまま、放置されていた。ひどい臭いだった。ハエが集っていた。周辺には野犬たちが集まっていた。村の若者たちは犬たちを追い払って、野犬がこれ以上近寄らないようにしてた。犬は唸り声をあげてた。
奇妙な光景だった。
事件現場をそのままにするのは、不可能だった。
飢えた獣たちが見逃すはずはないのだからーー。
その中で、ホームズは黙々と観察を続けた。アーサーは両腕を組んで冷静に見つめた。
耐えきれなくなって、村人が聞いた。
「ドイルさん。そろそろ、家畜の処分をしたいのですがーー他の家畜たちのストレスになりますしーーその」牧場主からの苦情がでた。
「まだ調査が終わってないーー」とアーサーは静かに答えた。
「事件解決の証拠を見つけるためには、これは必要な事なのです!」
牧場主は目を見開いた。
「そのーーあなたは調査しないんですか?二人いたら、そのーー効率的ではありませんか?」
「全体を見通す者が必要なんです。
私までが彼のように、這えというのですかな?真実は、それほど単純には解明できません。これは純粋な捜査活動なのです。警察にはムリなことです。
ええ、そうです。彼らの頭は飾りーー」と彼が持論を述べようとした時だった。破綻は急に起きた。
野犬たちが銃声で追い払われ、何匹かが横たわり痙攣した。撃たれたのだ。
警官隊が群れて、この騒ぎを鎮圧していた。
そのグループを指揮していたのは、アンソン大佐であった。
彼は軍人のように厳格に、効率よく問題を解決した。
放置された家畜を処分し、
野犬たちを追い払い、
村のヒマ人たちを容赦なく遠ざけた。
彼はキビキビと歩き、牧場主と作家の前まで来て、頭を下げた。
「ドイルさん。ーーここまでです。あなたには探偵業をやめてもらいます。ーー完全に」
このアンソン大佐による現場の介入は、アーサーを怒りに震えさせた。
「キサマ!私を逮捕させるつもりか!
この事はロンドン市民の前に、白日のもとに晒すからな!
捜査の邪魔をし、私の、個人の、個人的な活動に口をだしたんだから!」とアーサーは地団駄を踏んだ。
「我々はドイルさんを逮捕しません。
嘆かわしいことに、世間ではーーあなたは警察よりも事件を解決させられる男なのですからーー」
アンソン大佐は部下に命じ、地面に顔を埋めてたホームズを拘束させた。
可哀想にホームズの顔から血の気が引いた。
アーサーは、この光景に口を開けた。
「ーーな、何をしてるんだね、キミ!?」
アンソン大佐は、ホームズの方に顔を向けていた。
「この男をーー我々は逮捕します。理由は、あなたと共に無断で公的な捜査に介入し、証拠などをーーまあいい、とりあえず捜査を邪魔したんだ。
看過できない。彼は、ホームズは逮捕する。そして、あなたに近づけさせない。今後ともーー」
アーサーは下唇を噛んだ。
「今後ともーーだと?何の権限があって?」
「もちろん、公的な捜査の邪魔をしたからです。世間は納得する。
彼は、あなたではないからだーー」
ホームズは家畜のように馬車に乗せられていった。何度もアーサーを振り返るが、引きずられるように現場から離れていった。
彼は吃りながら、泣いていたーー。
「ホームズ、ホーームズーーー!!」とアーサーは彼を追いかけようとしたが、足が上手く動かなかった。
ショックと怒りで、全身がわなないていた。
「ーー別の助手を使う案はやめといた方がいい。ドイルさん。」とアンソン大佐は、ゆっくりと言葉を続けた。
「現実は甘くない。彼は逮捕された。
新しい助手も、あなたの活動に付き合えば、また逮捕される。
それに、いい年でしょう。ムリに地面に顔をこすりつけなくても、あなたにはやれる事がある。もっとふさわしい事だーー」
アーサーは目に怒りと怯えを浮かべた。
「シャーロック・ホームズの次回作を期待してますよーー、ミスターコナン・ドイル」
この言葉をかけられた時、
アーサーの心の棒がへし折れる音がした。
(こうして、物語は一旦閉じる。)




