4話 僕の普段の日常が終わる。④
4話 僕の普段の日常が終わる。④
白井先生の満面の笑みが、どこか気がかりだった。
「顧問なら私がやるぞ」
鰭ヶ崎は驚きを隠せず、慌てた様子ですぐに先生に質問を投げかけた。
「だって、先生。吹奏楽の方はどうするんですか?」
「あぁ。他の先生にやってもらうことにするよ。案外、部活の顧問をしていない先生はいないからな。」
さらりと言い放つ白井先生に鰭ヶ崎は言葉を失った。
まさか、ここまでの切り札があったとは。そういえば、さっきの部活動申請書を持っていたのはこうなるって分かっていたのだろう。
――先生、まさかここまで計算していたのか?
「てか、鰭ヶ崎がやる気になってくれてたことが私は嬉しいな。よかったな稲毛。」
先生の朗らかな声が、妙に勝ち誇ったように聞こえた。
完全敗北だ・・・。
そう鰭ヶ崎は敗北を確信していた。
――いや、待て。
こんな形で終わっていいのか?
気づけば部活設立が既定路線になっている。
これは完全に先生のペースに乗せられていた。
これまでの短い人生、色々あったが、ここまであらゆる逃げ道を塞がれたのは初めてだ。
しかし・・・まだ何か策はないか?
部活の活動内容の決定権があるのはこっちだ。最悪、適当に活動が成り立たないものを提案すれば・・・。
――いや、それすらまた、先生にうまく誘導される可能性がある。
稲毛が、半ば泣きそうな顔でこちらを見ている。
こっちを見ないでくれ。本当にごめん。稲毛。
・・・いや、まだ終わりじゃない。終わらせない。
「では、他に抗議と質問はないか・・・?」
白井先生の問いかけに、稲毛も鰭ヶ崎も何も言えず、沈黙が教室に満ちた
結局、鰭ヶ崎は必死に考えたが、状況を覆す策はどうしても思いつかなかった。
「では、決まりだな」
白井先生の明るい声が無情にも教室に響き渡り、まるで勝利の宣言のようだった。
一方的に話を締めくくると、ニヤリと笑ったまま、こちらを見つめる。
「さあ、どうする? 本当にやるのか・・・?」
ぽつりとつぶやいた鰭ヶ崎の言葉に、稲毛は小さく息をつき、ちらりと視線を向けた。
少しの間沈黙が続き、稲毛は静かに呟いた。
「まぁ・・・良く分からないけれど、そこまで先生が言うなら仕方ないわね・・・」
そして、小さく肩をすくめ、ふっと微笑みながら、ぽつりとつぶやいた。
「・・・でも、ちょっとだけ、面白そうかも」
白井先生は稲毛の話に頷きながらこっちを見つめていた。
「鰭ヶ崎。君はどうする・・・?」
まるで試すようなその声に、鰭ヶ崎は拳を握りしめ、思わず息をのんだ。
こんな展開、最初から想像もしていなかった
どうする・・・? 決まっている。こんな話、最初から乗るつもりはなかった。
部活なんてただの余計な負担でしかないし、そもそも自分がやりたいことでもない。
強引に進められた展開に流されて、気づけば後戻りできない状況に追い込まれているだけだ。
こんなもの、納得できる訳がない。
――けど、本当にそうか?
さっきまでの自分なら、絶対に「やらない」と即答していたはずだ。
なのに、今どうして言葉が出てこない・・・。
脳裏に浮かぶのは、さっきの稲毛の表情と 「ちょっとだけ、面白そうかも」と言ったときの、あの微笑み。
嫌々ながらも、どこか吹っ切れたような、そんな顔だった。
・・・自分には、ああいう顔ができるだろうか?
何かに挑戦して、心のどこかでワクワクしているような顔が。
いや、考えすぎだ。これはただの杞憂だ。
今ここで頷いたら最後、本当に逃げられなくなる。
ならば、拒否するしかない。絶対に。
――それでも。
心の中に生まれた、わずかな迷いが消えないまま、唇を開き呟いた。
「俺は・・・俺は・・・」
やっぱり、俺はやらないつもりだったけど、不思議とその言葉は口からこぼれていた。
「俺は、やる。やってやろうじゃないか。」
「白井先生、先生の手のひらで転がされてあげますよ。」
正直、自分が「やる」なんていう言葉が出るなんて思わなかった。
けれど、もう言ってしまった。
稲毛が目を丸くし、次の瞬間にはニヤリと笑った。
「へぇ、意外と決断早かったじゃない。もっと迷うと思ってたけど」
「・・・お前が、あんな顔をするからだろ」
「ん?何のこと?」
稲毛は微笑みながらしらばっくれる口調だった。
だけど、こいつは絶対分かっているはずだ。
「あの時、お前はワクワクしてるみたいだった。やるしかないって吹っ切れたような顔をしてた。・・・俺には、お前みたいにそれができるのか?って思ったんだ」
しばらく稲毛は俺の顔を見つめ、それから小さく笑いながら言った。
「そっか。でも、それってもう答え出てたんじゃない?」
「・・・え?」
「だって、“やる”って言った時点で、少しはワクワクしてたんじゃないの?」
ドクン――、と心臓が跳ねた。
否定は・・・できない。
ずっと心のどこかで迷っていた。でも、その奥には期待があったのかもしれない。
何かが変わる。自分が、変われるかもしれない。
人と関われる――そんな希望が、確かにあった。
本当は、「どうせ変われない」「意味なんてない」って決めつけて、そうやって自分で心を塞いでいたんだ。
でも、本当は変わりたくなかったわけじゃない。
いつかは変わらなきゃ。変わらなくてはいけないと自分に言い聞かせていた。
ただ、どうすればいいか分からなかった。
だから、すぐ諦めて、無関心を装って、日々を静かにやり過ごして・・・。
ずっと逃げてた。
でも、今・・・「俺はやる」って言った瞬間――
胸の奥で今まであった何かがこう・・・パッと弾ける感覚がした・・・。
それは、恐怖かもしれない。不安かもしれない。
けど、稲毛が言っていたことが、ようやく少しだけ理解できた気がした。
これまでになかった感情。
自分が何かを選んで、自分の意思で前に進もうとする、その感覚。
この選択が正しいのかなんて、分からない。
でも、間違っていたとしても、それすらも自分で選んだことなら――
「・・・まぁ、そうなのかもしれないな」
鰭ヶ崎の言葉に、稲毛はにやりと笑い満足そうに頷いた。
「ふふ、いい顔してるじゃない。ほら、さっそく準備始めるわよ」
「・・・はあ、もう後戻りはできないのか?」
「当然よ。もう後戻りなんてしないわ」
そんな稲毛の楽しそうな笑顔に、つられて俺も小さく笑っていた。
暇つぶしで書いてます。
気が向いたらまた、更新します。
色々、下手だったらすみません・・・。




