私ノ同室ハ狼
ヨルと同室になってから、1週間が過ぎた。
「え?イリヤと同室……?」
「あ?大丈夫なのかよお前」
「えっと、うん」
それを聞いたワタルとフーレイの反応はこうで。私よりも、ヨルを心配していた。それはそうだ。吸血鬼と同室となると、いろんな意味で食べられると思われている。
「お前たちは逆の可能性は考えないのか」
「うーん……だってヨルだしね?」
「ヨルだしな?どー考えても襲うとしたら寮長の方だろうが」
「わ!苦しいよ、フーレイッ」
フーレイがヨルの首に腕を回しながら、こちらを指差してきた。思わず半目になる。体を傾けながらも、こちらを見た彼の顔は赤かった。
その無害な狼に襲われかけたんだよ──。
とは、決して言えない。まぁ、その前に襲ったのは私だけれども。瞬間彼の金色の瞳と、寄せられた唇の感触がよみがえって、思わず咳払いをする。
忘れよう、あれは事故だ。事故、だったけれども、あの温厚な彼が、自我を無くした時の力は凄まじかった。
その事もあって、最初は始終、警戒し緊張していた。緊張していたのはヨルの方もで、始終動きがぎこちなかった。
着替えは元々、部屋の鍵をかけた上で、さらベッドのカーテンを閉めて行っていたから、変わりなく。私は2段ベッドの上の方を使わせてもらって、ヨルは下でと伝えた。すると頑なに彼は「僕は畳の端で寝るよ」と言い。最後は牙を剥いて怒れば、渋々下で寝ることを承諾した。
元々の部屋の修繕は、夏休みまでかかるらしい。学園長に呼び出されて、そう告げられた時は肩を落としてしまった。学園長は心配するでもなく、むしろこの状況を楽しんでいるようで呆れた。龍族は往々にして快楽主義者が多い。親達から多額の寄付金を受け取ってる癖に、ケチってるからこうなるんだ、と内心舌打ちをしていた。
他に共同生活で問題になるのが、月のものだが。それに関しては鼻のいい獣人に悟られぬよう、私は入学当初から薬で止めているので、支障はない。なので、寝る時も晒しを緩められないこと以外は、特段困ったことはなかった。
ただ頂けないのはヨルの態度だった。同室となると、自然学園内でもやつと過ごす事が多くなったのだが。男として接しろと言ってるのに、明らかに女として扱われている気がする。
教材を運ぼうとしていると、何処からともなくやってきて全部持とうとするし。扉も先に開けて待っていたり、階段を登る時などは、横並びではなくて、斜め下にいようとする。
私がよろけるとでも、思っているのだろうか。華奢に見えるが、吸血鬼族は力も体力もある。少し苛ついて、階段を2段飛ばしで登っていくと、やつも嬉しそうに真似してきたので、余計に腹が立った。
ヨルは背が高い。一般の人族の男性は私と同じような身長なので、それに比べたら頭一個分抜けている。
柔らかな青灰色の髪にかかる顔は、甘く整っていて、瞳は淡い青色をしている。穏やかな顔つきとは裏腹に、狼族なだけに、体格はいい。そして性格は何処か抜けているが、真面目で紳士的だ。きっと故郷ではもてたのではないか。しかし。
恋人は、いなかったらしいな──。意識せず白い首元に目がいってしまい、その血の甘さを思い出しては、頭を振る。何を考えているんだ私は。
目がいく、と言えば。彼の獣人の耳や尻尾にもだ。
ここは素直に認めよう。少し、触りたくなる時がある。
ヨルの獣人の毛はとても柔らかそうでふわふわしている。それが動いたり、振れたりすると思わず見てしまう。昔飼っていた犬の事を思い出しては、撫でたくなる。
けれど当然、そんな事は絶対しない。獣人にとって、その特徴を他人が触るというのは、至極失礼なことに値する。そもそも、親しい間柄でないのに、体の一部に触るなんてもっての外だ。まぁ外国人のフーレイはよくヨルの肩を抱いたり、背を叩いたりしているが。時々やつが髪ごとヨルの耳をわしゃわしゃ撫でている時があって、目を細めてしまう。
正直、羨ましい。
「ん?あ、寮長、今ヨルのこといやらしい目で見ただろう!」
「見るか愚か者。そんな事をされて彼が可哀想だと思っただけだ。手を離せ」
そうからかわれて、フーレイの手首を取り、牙を剥く。
「ほー?同室になったら、冷静な吸血鬼殿がこいつは俺のモノってか?」
逆に手の手首を取られて引き寄せられる。フーレイは虎の尻尾を鞭のように床へ叩きつけた。吸血して以来、何かつけて、こいつは突っかかってくる。
笑いながら睨みつければ、後ろから脇の下に腕を入れられヨルに持ち上げられた。
「わっ、何する!」
「……僕の事で争わないで!」
「ははッ!寮長子供みてぇ!」
足をバタつかせても、ヨルはびくりともしなかった。フーレイに指差し笑われれば、額に青筋が立つ。
「ん?のわっ、ワタルか!やめろ!」
「……これでフーレイも子供だね」
ヨルよりもさらに背の高いワタルが同じようにフーレイを持ち上げた。私たちは互いにその状態で威嚇しあっていた。
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「イリヤ。さっきは、ごめんね」
授業が終わり、部屋に戻るとヨルに謝られた。
「何がだ」
思い当たる節がなく顔を傾ければ、「……断りもなく触ってしまって」と呟かれた。色白な頬を赤らめながら、狼の耳を横に開くように伏せ、柔らかな尻尾を寂しげに揺らしている。思わず、眉間に皺を寄せる。
触りたい──。
こちらはそう思ってしまっている手前、それを非難する資格はなかった。
「別に、気にしてない」
「本当にごめん。あの時はその。イリヤとフーレイの顔が、物凄く近かったから。咄嗟に持ち上げちゃって」
「……そうか?」
「そうだよ!」
頭を反対側に捻れば、力強く言われた。やつは基本人との距離が近い。吹っ掛けてくるときは大体、顔を突き出してくる。そういう時は、自分も頭に血が上っているので、間近で睨みつけてやるのが常だった。
「額がついちゃうんじゃないかってぐらい、近かったから」
「……はぁ」
なんだか拗ねたように下を向かれ、気のない返事しかできなかった。そんな近かったか?、と思い返していると、すぐ頭上に彼の顔があった。
なんだか怒っている。怒ると耳立つんだな、なんて呆けていると肩に手を置かれた。その手は大きくてずっしりしていた。
「君は美しいんだから。そんなことしたら、……惚れられちゃう」
いつになく真剣な表情で。晴天に似た色の瞳の縁が、黄色みがかっている。ため息混じりの声を聞いたからか、肩を甘噛みされた時の記憶がよみがえって。
爆ぜてしまいそうだった。
「……お前、断りなく僕に触らないんじゃなかったのか」
「え?あ、ごめん!」
目を逸らして言えば、いつもの調子で声を上げて手を離された。
「え、あ、何処行くの!?」
「⋯⋯図書室」
俯いたまま、彼を横をすり抜け、廊下に出た。
ため息が漏れる。早く外気に当たって、熱った頬を冷ましたかった。
綺麗だの美しいだの、なんなんだこいつは。
廊下の窓に、歪んだ自分が映っていた。
そうだ。
あんな事をした私が、美しいわけ、ないじゃないか。




