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風呂場ノ男子トーク

 僕が学園に入学して、あっという間に1ヶ月が過ぎた。

 新学期が始まったばかりだったとはいえ、授業についていくのは、やっとで。部屋に戻った後も、同室がいないことをいいことに夜遅くまで、勉強をしている。けれども、少しも苦にはならない。生活を気にすることなく、勉強だけに集中できる事は、僕にとっては何よりも贅沢だ。


 学園や帝都での生活はとても刺激的で。入院中の母に書いた最初の手紙は、10枚以上になってしまった。

 週末、父である侯爵の家に訪れた際は、あまりの立派さに門前で耳が縮まってしまった。父には「この家を継ぐっていうのに」と笑われた。

 父と話すと姿だけではなく、その趣味嗜好も僕らはよく似ていて驚く。“もっと早く会いたかった”と思うのは、贅沢なのだろう。

 父が母に会いに行った際、退院したら帝都で共に暮らしてくれると、母が約束してくれたらしい。父は表情こそあまり変えなかったが、尻尾は嬉しそうに振れていた。


 同級生とも、だいぶ打ち解けた。彼らのほとんどは華族であったり、豪商の子息であったりと裕福な家の出だ。だから、プライドも相当高いのではないか、と思っていたけれど。性格がさっぱりとしている獣人が多くて助かった。


 まぁ思った事をそのまま言うので、教室内でよく喧嘩になってるけど──。獣人とあって、皆血の気が多い。そうすると、吸血鬼のイリヤが恫喝して仲裁に入るのが常だった。その能力を恐れて、というよりは。伯爵の息子であり、首席で寮長の彼は一目置かれているらしかった。


 イリヤは色々と世話は焼いてくれるし、僕から話しかければ気軽に応じてくれる。けれど、彼から他愛無い会話を振られることは、ほとんどなかった。それは僕だけじゃなく、誰に対してもそうで。休憩時間は本を読んで過ごしている事が多かった。

 彼はあえて距離を置いているようで、それがなんだか気になった。イリヤとあまり仲が良くない虎族のフーレイは、「お高くとまってやがんだよ」と言っていたけれど。


 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎


 毎日4時から7時は、風呂の時間だ。

 

「はぁ……」

 

 広い風呂の湯船に浸かると、自然、声が出た。寮での生活が気に入っている理由の1つが、これだ。故郷では特に冬、水を汲むのも、薪を焚べるのも一苦労で。毎日は入れなかった。


「お!ゆで狼がいんなッ!」

「わっ!ちょっと!」

「お邪魔するよ、ヨル」

 

 フーレイがやってきたかと思うと、僕にお湯をかけてから、どかどかと風呂に入ってきた。彼とは対照的に、鷲族のワタルは静かに湯船に浸かった。

 

「「「はぁー……」」」

 

 三人三様、締まりのない声が出る。

 

「ヨルはだいぶここに慣れたみたいだね」

「うん、お陰様で。大変だけど楽しいよ」

「楽しいもんかよ、こんな勉強漬け閉鎖空間。飯がうまいのと、風呂が広い以外楽しみねぇし」

「……充分楽しんでるように思うけど?」


 フーレイが伸びをして悪態をつくと、ワタルがのんびりと言った。僕は普段この2人と行動する事が多い。彼らの性格はでこぼこだけれど、妙に馬が合うらしく。少しずれた会話は聞いていて飽きない。

 しばらくその掛け合いを聞いていると、ふと疑問に思っていた事が口に出た。


「……そういえば。イリヤとは風呂場で会った事ないな」


 それを聞いて、明らかに彼らは固まっていた。それから2人して目だけ出した状態で、湯船に深く浸かり出した。お湯がぶくぶくと泡が立っている。


「え、なに、僕変なこと言った?」

 

 濡れた耳を動かし、目を白黒させれば、湯船から顔を出したフーレイに睨まれた。のぼせ気味なのか顔が赤い。

 

「言った。今のはお前が悪い」

「……うーん。吸血鬼は性別が吸血鬼って言うのかな」

「そうだ。寮長の性別は寮長なんだよ」

「そうそう。イリヤの性別はイリヤだから」

「……どういうこと?」


 腕を組んで互いに頷く彼らの発言がいまいち分からず、聞けば、今度はワタルが半目になった。


「じゃぁ。今ここで彼があの扉から入ってくるとこ、想像してみたら?あのイリヤが、裸で」

「はだか、で……」


 神妙な顔で呟いてドアを見て想像すれば、今度は僕が鼻まで湯船に浸かる番だった。


「理由、わかったか?」

「……はい」


 フーレイの問いかけに、素直に返事をする。当たり前な話、彼は男の体であろうに、正直見てしまったら正気じゃいられない気がした。


「吸血鬼族は風呂場も違うんだよ。診療所のを使ってる」

「ヨルも見たことあるだろう?イリヤのお兄さんの肖像画」

 

 廊下に飾られた、見目麗しい人物の姿を思い出す。

 

「確か、イリヤとは7つ違うかな?僕の兄さんは彼の1つ後輩なんだ」

「そうなんだ」

「兄に言わせると、彼は優秀だったけれど。破天荒な獣人でね。色々と伝説が残ってる。その中の1つが“血塗れ風呂場”事件だ」

「……血塗れ風呂場事件」

「随分物騒だな、オイ」


 言葉のおどろおどろしさに、2人して顔をしかめれば、ワタルは何の気なしに続けた。


「診療所の風呂場が壊れたなんかで、イリヤのお兄さんが突然大浴場に入ってきたらしいんだ。その場にいた学生は皆阿鼻叫喚だったらしい」

「それで流血沙汰に?吸血されたとか?」

「いいや?主に鼻から血を出してとか、転倒して頭を打ったとか、そういう惨事だったらしい」

「「あー……」」


 天井を見ながら思わず声が出た。見れば、フーレイも全く同じ動作をしていた。


「当の本人はそれを見て、声を上げて笑ってたらしいけどね。僕は彼に一度会ったことあるけど。物腰が柔らかくて優しいのに、妖艶で物凄く圧があったから。14、いや15の時かな?始終汗が止まらなかったのを覚えてる」


 ワタルは濡れた自身の翼を撫でたかと思うと、首を傾げた。


「だから自殺したって聞いて、信じられなかったよ。.まぁ、誰しも見かけにはよらないのかもね」


 ──自殺した一族の恥晒しだ。


 ワタルの呟きに、イリヤがそう言った時の顔を思い出していた。


 ひどく冷たい表情で、その瞳は燃えているようだった。

 

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