表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

同級生ハ虎ト鷲

「フーレイ、編入生がびっくりするだろう」

 

 彼を見るなりイリヤは、ため息をついた。明らかに嫌な顔をしている。

 

「それに口説かれたのは僕の方だ」

「だから違うってば。うっ」

「はー!寮長を口説くなんてやるな、お前!」

 

 虎の尻尾を鞭のように地面に打ちつけると、彼は笑いながら僕の背中を叩いた。なかなかに痛い。

 それからやや強引に肩を組まれる。彼の背は僕より少し低い。

 

「2年の李虎雷リフーレイだ。よろしく」

「狼条ヨル、です。よろしく」

 

 僕を見る黄色い目は大きいが、瞳孔が鋭く、思わず敬語を使ってしまった。瞳の周りが黄昏時の空のように、わずかに赤みを帯びている。

 髪も同様の色をしているかと思えば、後ろに下げた三つ編みは黒かった。口から覗く歯の鋭さは、虎のそれだ。

 

「フーレイは龍國ロングォ出身だ」

「つっても八つの時からこっちだけど。お前東北出身だろ?聞いた感じあんま訛ってねぇな?」

「うん、先生と話す時とか、授業中は絶対訛るなって、ずっと言われてたから。故郷で他の人と話す時は訛ってるよ」

「あっちの方言はほぼ聞いても、わかんねぇんだろ?なんか喋ってみろよ」

「いや、そこまでではないと思うけど」

 

 母が人族であるという事以外、ある程度僕の素性は学園内で知されているようだった。

 小馬鹿にされたようでむっとして答えれば、「失礼だぞ」とイリヤが彼を睨みつけた。

 

「あん、そうか?龍國だったら田舎の言葉なんか大概わかんねぇぞ」

 

 肩を組むのを辞め彼は、腕を組み顔を傾けた。尻尾がくねくね動いている。どうやら悪気はないらしい。

 

「ヨル、ご覧の通りのやつだ。普段、本当にろくなことしか言わない」

「雑すぎるだろ、俺の紹介」

「それとこっちが」

「おい無視すんな」


 フーレイの後ろで佇んでいた人物が、歩み寄って手を差し伸べてきた。彼は学ランではなく着物に袴を着ており、その背からは羽根が生えている。

 

「……同じく2年の鷲宮ワタル。よろしく、ヨル」

「よろしく」


 背が高いが、羽根はさほど大きくはない。鳥族は獣人の中でも例外的に、羽根の大きさを変えることができると聞いた。飛ぶ時は一体、広げるとどれほどの大きさになるのだろう。

 白くやや癖のある前髪から覗く瞳は橙色で、瞳孔は丸く黒い。やや垂れ目で、鼻が高かった。

 

「僕も含めて、全員同じクラスだ。何かわからないことがあれば僕か、ワタルに聞いたらいい。鷲族にしては眠そうな顔をしているが、これが彼の普通の顔だ」

「僕の紹介も雑だよね?」

「雑?僕は事実しか言っていないが」


 ワタルが苦言を呈すると、イリヤはむしろ不思議そうに顔を傾けた。

 

「ヨル。イリヤはまぁ、こういうヤツだよ」

「あぁ寮長はこういうヤツだ」

「どういう意味だ、それ」


 2人が呆れた顔をしたかと思えば、イリヤは腕を組んで、片眉を上げた。彼らのやり取りが面白くて、僕は自然と尻尾を前後に振っていた。


 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎


 彼らは寮に戻るところだったので、一緒に行くことになった。フーレイとワタルが食堂のどの献立がうまいか教えてくれていると、イリヤが声を上げた。

「あぁ、そうだ。丁度ここに悪い例がいるから聞くが、ヨル、君は[[rb:性 > サガ]]の時はどうしてた?」

「おい、悪い例って俺のことだろ」

 

 すぐさまフーレイが苦い顔をする。

 

「まぁ答えられなければいいが」

「また無視すんなよ」

「……さが?」


 さが、とは生まれつきの性質の事だろうか。意味がいまいち分からない。

 

「ん?田舎じゃそう言わないのか?」

「むらっとする時どうしてっか聞かれてんだよ」

「ぶっ」


 その発言に僕より先に、ワタルが吹き出した。笑いを堪えているようで、肩と羽が震えている。

 

「本当に品のないやつだな」

「はぁー?寮長はなに想像したんだか知らないが。俺の場合は川に飛び込みたくて、たまらなくなるな」

「虎は水浴び好きだもんね。僕の場合は、そんなにないけど。たまに無性に飛んで、何か鷲掴みたくなるよ」

「あぁ、そういう」

 

 彼らの事例を聞いて分かった。ここで言うサガは、それぞれの種族の本能だ。

 

「狼族で言えば、遠吠えしたくなる衝動の事だね。でも満月の時いつも、ってわけじゃないかな」


 いつもじゃないが、そういった衝動は時々堪らなくあり。そうすると僕は大概、母が寝静まるのを待った。それから半獣の姿で駆け出して、丘の上から遠吠えしたり、雪にまみれて転がったりしていた。

 

「僕の場合は吸血衝動だな。売ってる血飲んだって、満足できない時がある」


 イリヤにそう言われ真顔で見つめられれば、少しどきりとした。2人は一様に口を横に結んで、首元を片手で押さえている。どうやら皆同じような気持ちになっているらしい。

 

「まぁサガの出方は種別で違うし、かなり個体差がある。他人を傷つけない限りは、川に飛び込もうが飛ぼうが吠えようが、至極迷惑だがいいとして」

「吸血はばっちり傷つけてんじゃねーかよ」

「同意した相手にならいいだろう?迷惑もかけない。がしかし」


 ──我々は名声あるこの学園の、生徒だ。

 フーレイに茶々を入れられて、一瞬むっとしていたが、とても重みのある声でイリヤは言う。


「学園の品性を落とすような行動は、許されない。ここでの決まりとして、サガが起きそうになる前には必ず、抑制剤を飲む事。副作用で多少のろまになったり、眠くなったりするがな」

「分かった。それはどこで手に入れればいい?」


 そもそも体が丈夫で、薬自体飲んだ事があまりない。副作用と聞いて少し不安だが、決まりなら仕方がない。

 

「それはね。この学園唯一の人族で医者の、多田先生からもらうんだよ」

 

 丁度、寮の前に着いたところで、ワタルが肩を叩いて指を指した。

 

「あそこのオンボロな建物見えるだろう?あそこが診療所兼、先生の研究室だよ」


 見れば寮の隣に小さな平屋があった。診療所と書かれていただろう木の看板から、どれほど古い建物か分かった。

 

「間違っても、自己判断で薬を勝手に飲むなよ?君ら肉食にまた襲い掛かられたら、たまらないからな」

「まだ怒ってんのかよ。しなくていいだろ、その話」


 イリヤがフーレイを冷たい目で見た。彼はその視線から顔を逸らすと、虎の耳をほじり面倒くさそうにした。

 

「……フーレイが先生がいなかったからって、龍族の抑制剤勝手に飲んだんだ」

「言うなよ」


 羽根をバサバサ動かしながら言うワタルは、どこか楽しげだ。眉間に皺を寄せ、牙を剥きながら威嚇をするフーレイを他所に、彼は言葉を続ける。


「副作用で暴走して、半獣化した挙句。たまたまその場にいたイリヤに襲いかかったんだよ」

「……そんな、イリヤは平気だったの?」


 半獣化したとすれば、半分彼は、姿も力も虎になっていたという事だ。それに襲い掛かられたなら、ただでは済まなかったのではないか。

 耳を伏せて聞けば、当の本人はあっけらかんとしていた。

 

「あぁ、馬乗りになられて吠えられた時は、驚いて呆れたけど。僕は平気だったよ」

「俺は平気じゃなかったけどな。まだ噛まれた跡がいてーわ」

「嘘つけ。先生が虎族はこんなに早く傷が塞ぐのかって興奮してたぞ。それより自分で噛んだ腕の方が重症だっただろ」

「ただ正気に戻れって、命令すりゃよかっただろうがよ!」

「あの状況でそれだけで正気に戻るとは思えなかったんだよ!」


 2人の言い争いを聞いて目を白黒させていると、ワタルにまた肩を叩かれた。


「吸血鬼族が他族を吸血すると、少しの時間だけ言う事を聞かせられるのは、知ってる?」

「うん、本で読んだよ」


 そう、吸血鬼族が恐ろしいとされているのは、そこだ。ほとんどの力を失ったとされる今でも、その能力は残っている。

 なので不審死の捜査では、まず吸血痕がないか調べるらしい。

 

「イリヤがフーレイを吸血して、自分自身の腕を噛んで正気に戻れって命令したんだ。もう、あの時は2人とも血だらけで大変だったけど」

「ち、血だらけ……」

「うん、掃除が大変だった。まだ床に血残ってるかな?でもまぁイリヤには外傷はなかったし、フーレイも翌日には傷治ってたから。2人とも凄いよね」


 色々と凄まじくて眉をひそめていると、彼は飄々と微妙にずれた事を言った。

 

「僕らの中では、イリヤが1番小柄だけど。1番怖いのも彼だから。気をつけてね」

 

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎


 寮は2階建てになっていて、校舎と同じく外観は西洋風であるのに屋根は瓦と、折衷な出立だった。中に入ってすぐそこは集いの場となっているらしく、色々な種族の寮生が居る。中央の大きな階段を登って左側が、2年生の寮室だ。

 自分の部屋の前に案内されると、イリヤが「最後に」と口を開いた。


「我が校は恋愛禁止だ。外も、中も。もちろん偽の愛を買いに行く事も、禁止。品行方正であれ、ということだ」

「中ってここ男子校……」


 ぽかんと口を開ければ、せせら笑う様に彼はフーレイとワタルを見た。意地の悪そうな顔だ。


「まぁ同室で秘密で付き合ってるやつらもいるけどな」

「え」

「俺らはちげーかんな、絶対」

「僕らはちがうから、ぜったい」


 思わず2人を振り返れば、互いに全力で顔を横に振っていた。心底嫌そうな顔だった。

 

「ちくしょーいいよな、お前1人部屋で。今余ってんの寮長だけだからなぁ」


 フーレイがつまらなそうに、手で持って尾っぽを振り回す。当たりそうになって距離をとった。

 

「イリヤが1人なら、僕と一緒の部屋になるんじゃないの?」


 至極普通の疑問を口にすれば、彼は声を上げて笑った。

 

「寝てる間に吸血されてもいいのなら、僕は構わないよ。吸血鬼族はこの見目も、能力もあって、代々原則1人部屋なんだ。……まぁ過去に色々あったらしい」

「そっか……」


 それは、勘弁願いたい。

 だけれど、正直少し残念な自分がいた。

 下を向いた耳と尻尾は、もっと正直だ。

 

「寂しくなったら俺らの部屋来いよ。んで俺がお前の部屋行くから」

「あー。なら、僕はイリヤの部屋行くよ」

「そんなことしてみろ、明け方貧血で担ぎ出されるぞ」

「うーん。裸踊りとかさせないならまぁいいかなそれも」

「いや、よくねーだろ」

「3人は本当仲がいいんだね」


 思わず息をついて笑えば、イリヤに怪訝な顔をされた。


「……どこを見たらそうなる。少なくとも僕とフーライは違うぞ」

「おうおう、俺だってこんなひねくれ寮長でぇきれーだわ」

「そうか、僕も嫌いだからうれしいよ」

「あぁ?なんだとぉ?」

「……君から嫌いって言ってなんだととはなんだ」

「……うん、そこそこに仲がいいよ」

「そうだね」


「また食事の前に迎えに来る」と言われ、部屋に入る。

 思わず感嘆の息が漏れる。部屋は小さな玄関があったかと思うと奥には畳が敷かれ、窓際に長机が設置されていた。

 壁際には押入れと思いきや横に小さな階段があり、上下2段のベッドになっていた。布が吊るされているので、それで視界を遮るようだ。僕の故郷の部屋よりも、ずっと上等だ。


「……つかれた」


 思わず畳に突っ伏す。立派だがこの建物自体は古い。色褪せた畳からは、イ草の香りがしなかった。


 そういえば──。そこで思い出す。

 さっきまで彼らと過ごしていて、ずっと違和感があった。

 僕たち獣人は大概人族より、鼻がいい。なので姿を見ずとも、その個別の匂いで判断できる。

 多かれ少なかれ、皆独自の体臭があるからだ。

 でも、なぜだか。

 

「……香り、しなかったな」


 天井を見上げて、思わず独り言と、ため息が出た。

 イリヤの匂いは、全く。分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ