同級生ハ虎ト鷲
「フーレイ、編入生がびっくりするだろう」
彼を見るなりイリヤは、ため息をついた。明らかに嫌な顔をしている。
「それに口説かれたのは僕の方だ」
「だから違うってば。うっ」
「はー!寮長を口説くなんてやるな、お前!」
虎の尻尾を鞭のように地面に打ちつけると、彼は笑いながら僕の背中を叩いた。なかなかに痛い。
それからやや強引に肩を組まれる。彼の背は僕より少し低い。
「2年の李虎雷リフーレイだ。よろしく」
「狼条ヨル、です。よろしく」
僕を見る黄色い目は大きいが、瞳孔が鋭く、思わず敬語を使ってしまった。瞳の周りが黄昏時の空のように、わずかに赤みを帯びている。
髪も同様の色をしているかと思えば、後ろに下げた三つ編みは黒かった。口から覗く歯の鋭さは、虎のそれだ。
「フーレイは龍國ロングォ出身だ」
「つっても八つの時からこっちだけど。お前東北出身だろ?聞いた感じあんま訛ってねぇな?」
「うん、先生と話す時とか、授業中は絶対訛るなって、ずっと言われてたから。故郷で他の人と話す時は訛ってるよ」
「あっちの方言はほぼ聞いても、わかんねぇんだろ?なんか喋ってみろよ」
「いや、そこまでではないと思うけど」
母が人族であるという事以外、ある程度僕の素性は学園内で知されているようだった。
小馬鹿にされたようでむっとして答えれば、「失礼だぞ」とイリヤが彼を睨みつけた。
「あん、そうか?龍國だったら田舎の言葉なんか大概わかんねぇぞ」
肩を組むのを辞め彼は、腕を組み顔を傾けた。尻尾がくねくね動いている。どうやら悪気はないらしい。
「ヨル、ご覧の通りのやつだ。普段、本当にろくなことしか言わない」
「雑すぎるだろ、俺の紹介」
「それとこっちが」
「おい無視すんな」
フーレイの後ろで佇んでいた人物が、歩み寄って手を差し伸べてきた。彼は学ランではなく着物に袴を着ており、その背からは羽根が生えている。
「……同じく2年の鷲宮ワタル。よろしく、ヨル」
「よろしく」
背が高いが、羽根はさほど大きくはない。鳥族は獣人の中でも例外的に、羽根の大きさを変えることができると聞いた。飛ぶ時は一体、広げるとどれほどの大きさになるのだろう。
白くやや癖のある前髪から覗く瞳は橙色で、瞳孔は丸く黒い。やや垂れ目で、鼻が高かった。
「僕も含めて、全員同じクラスだ。何かわからないことがあれば僕か、ワタルに聞いたらいい。鷲族にしては眠そうな顔をしているが、これが彼の普通の顔だ」
「僕の紹介も雑だよね?」
「雑?僕は事実しか言っていないが」
ワタルが苦言を呈すると、イリヤはむしろ不思議そうに顔を傾けた。
「ヨル。イリヤはまぁ、こういうヤツだよ」
「あぁ寮長はこういうヤツだ」
「どういう意味だ、それ」
2人が呆れた顔をしたかと思えば、イリヤは腕を組んで、片眉を上げた。彼らのやり取りが面白くて、僕は自然と尻尾を前後に振っていた。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
彼らは寮に戻るところだったので、一緒に行くことになった。フーレイとワタルが食堂のどの献立がうまいか教えてくれていると、イリヤが声を上げた。
「あぁ、そうだ。丁度ここに悪い例がいるから聞くが、ヨル、君は[[rb:性 > サガ]]の時はどうしてた?」
「おい、悪い例って俺のことだろ」
すぐさまフーレイが苦い顔をする。
「まぁ答えられなければいいが」
「また無視すんなよ」
「……さが?」
さが、とは生まれつきの性質の事だろうか。意味がいまいち分からない。
「ん?田舎じゃそう言わないのか?」
「むらっとする時どうしてっか聞かれてんだよ」
「ぶっ」
その発言に僕より先に、ワタルが吹き出した。笑いを堪えているようで、肩と羽が震えている。
「本当に品のないやつだな」
「はぁー?寮長はなに想像したんだか知らないが。俺の場合は川に飛び込みたくて、たまらなくなるな」
「虎は水浴び好きだもんね。僕の場合は、そんなにないけど。たまに無性に飛んで、何か鷲掴みたくなるよ」
「あぁ、そういう」
彼らの事例を聞いて分かった。ここで言うサガは、それぞれの種族の本能だ。
「狼族で言えば、遠吠えしたくなる衝動の事だね。でも満月の時いつも、ってわけじゃないかな」
いつもじゃないが、そういった衝動は時々堪らなくあり。そうすると僕は大概、母が寝静まるのを待った。それから半獣の姿で駆け出して、丘の上から遠吠えしたり、雪にまみれて転がったりしていた。
「僕の場合は吸血衝動だな。売ってる血飲んだって、満足できない時がある」
イリヤにそう言われ真顔で見つめられれば、少しどきりとした。2人は一様に口を横に結んで、首元を片手で押さえている。どうやら皆同じような気持ちになっているらしい。
「まぁサガの出方は種別で違うし、かなり個体差がある。他人を傷つけない限りは、川に飛び込もうが飛ぼうが吠えようが、至極迷惑だがいいとして」
「吸血はばっちり傷つけてんじゃねーかよ」
「同意した相手にならいいだろう?迷惑もかけない。がしかし」
──我々は名声あるこの学園の、生徒だ。
フーレイに茶々を入れられて、一瞬むっとしていたが、とても重みのある声でイリヤは言う。
「学園の品性を落とすような行動は、許されない。ここでの決まりとして、サガが起きそうになる前には必ず、抑制剤を飲む事。副作用で多少のろまになったり、眠くなったりするがな」
「分かった。それはどこで手に入れればいい?」
そもそも体が丈夫で、薬自体飲んだ事があまりない。副作用と聞いて少し不安だが、決まりなら仕方がない。
「それはね。この学園唯一の人族で医者の、多田先生からもらうんだよ」
丁度、寮の前に着いたところで、ワタルが肩を叩いて指を指した。
「あそこのオンボロな建物見えるだろう?あそこが診療所兼、先生の研究室だよ」
見れば寮の隣に小さな平屋があった。診療所と書かれていただろう木の看板から、どれほど古い建物か分かった。
「間違っても、自己判断で薬を勝手に飲むなよ?君ら肉食にまた襲い掛かられたら、たまらないからな」
「まだ怒ってんのかよ。しなくていいだろ、その話」
イリヤがフーレイを冷たい目で見た。彼はその視線から顔を逸らすと、虎の耳をほじり面倒くさそうにした。
「……フーレイが先生がいなかったからって、龍族の抑制剤勝手に飲んだんだ」
「言うなよ」
羽根をバサバサ動かしながら言うワタルは、どこか楽しげだ。眉間に皺を寄せ、牙を剥きながら威嚇をするフーレイを他所に、彼は言葉を続ける。
「副作用で暴走して、半獣化した挙句。たまたまその場にいたイリヤに襲いかかったんだよ」
「……そんな、イリヤは平気だったの?」
半獣化したとすれば、半分彼は、姿も力も虎になっていたという事だ。それに襲い掛かられたなら、ただでは済まなかったのではないか。
耳を伏せて聞けば、当の本人はあっけらかんとしていた。
「あぁ、馬乗りになられて吠えられた時は、驚いて呆れたけど。僕は平気だったよ」
「俺は平気じゃなかったけどな。まだ噛まれた跡がいてーわ」
「嘘つけ。先生が虎族はこんなに早く傷が塞ぐのかって興奮してたぞ。それより自分で噛んだ腕の方が重症だっただろ」
「ただ正気に戻れって、命令すりゃよかっただろうがよ!」
「あの状況でそれだけで正気に戻るとは思えなかったんだよ!」
2人の言い争いを聞いて目を白黒させていると、ワタルにまた肩を叩かれた。
「吸血鬼族が他族を吸血すると、少しの時間だけ言う事を聞かせられるのは、知ってる?」
「うん、本で読んだよ」
そう、吸血鬼族が恐ろしいとされているのは、そこだ。ほとんどの力を失ったとされる今でも、その能力は残っている。
なので不審死の捜査では、まず吸血痕がないか調べるらしい。
「イリヤがフーレイを吸血して、自分自身の腕を噛んで正気に戻れって命令したんだ。もう、あの時は2人とも血だらけで大変だったけど」
「ち、血だらけ……」
「うん、掃除が大変だった。まだ床に血残ってるかな?でもまぁイリヤには外傷はなかったし、フーレイも翌日には傷治ってたから。2人とも凄いよね」
色々と凄まじくて眉をひそめていると、彼は飄々と微妙にずれた事を言った。
「僕らの中では、イリヤが1番小柄だけど。1番怖いのも彼だから。気をつけてね」
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寮は2階建てになっていて、校舎と同じく外観は西洋風であるのに屋根は瓦と、折衷な出立だった。中に入ってすぐそこは集いの場となっているらしく、色々な種族の寮生が居る。中央の大きな階段を登って左側が、2年生の寮室だ。
自分の部屋の前に案内されると、イリヤが「最後に」と口を開いた。
「我が校は恋愛禁止だ。外も、中も。もちろん偽の愛を買いに行く事も、禁止。品行方正であれ、ということだ」
「中ってここ男子校……」
ぽかんと口を開ければ、せせら笑う様に彼はフーレイとワタルを見た。意地の悪そうな顔だ。
「まぁ同室で秘密で付き合ってるやつらもいるけどな」
「え」
「俺らはちげーかんな、絶対」
「僕らはちがうから、ぜったい」
思わず2人を振り返れば、互いに全力で顔を横に振っていた。心底嫌そうな顔だった。
「ちくしょーいいよな、お前1人部屋で。今余ってんの寮長だけだからなぁ」
フーレイがつまらなそうに、手で持って尾っぽを振り回す。当たりそうになって距離をとった。
「イリヤが1人なら、僕と一緒の部屋になるんじゃないの?」
至極普通の疑問を口にすれば、彼は声を上げて笑った。
「寝てる間に吸血されてもいいのなら、僕は構わないよ。吸血鬼族はこの見目も、能力もあって、代々原則1人部屋なんだ。……まぁ過去に色々あったらしい」
「そっか……」
それは、勘弁願いたい。
だけれど、正直少し残念な自分がいた。
下を向いた耳と尻尾は、もっと正直だ。
「寂しくなったら俺らの部屋来いよ。んで俺がお前の部屋行くから」
「あー。なら、僕はイリヤの部屋行くよ」
「そんなことしてみろ、明け方貧血で担ぎ出されるぞ」
「うーん。裸踊りとかさせないならまぁいいかなそれも」
「いや、よくねーだろ」
「3人は本当仲がいいんだね」
思わず息をついて笑えば、イリヤに怪訝な顔をされた。
「……どこを見たらそうなる。少なくとも僕とフーライは違うぞ」
「おうおう、俺だってこんなひねくれ寮長でぇきれーだわ」
「そうか、僕も嫌いだからうれしいよ」
「あぁ?なんだとぉ?」
「……君から嫌いって言ってなんだととはなんだ」
「……うん、そこそこに仲がいいよ」
「そうだね」
「また食事の前に迎えに来る」と言われ、部屋に入る。
思わず感嘆の息が漏れる。部屋は小さな玄関があったかと思うと奥には畳が敷かれ、窓際に長机が設置されていた。
壁際には押入れと思いきや横に小さな階段があり、上下2段のベッドになっていた。布が吊るされているので、それで視界を遮るようだ。僕の故郷の部屋よりも、ずっと上等だ。
「……つかれた」
思わず畳に突っ伏す。立派だがこの建物自体は古い。色褪せた畳からは、イ草の香りがしなかった。
そういえば──。そこで思い出す。
さっきまで彼らと過ごしていて、ずっと違和感があった。
僕たち獣人は大概人族より、鼻がいい。なので姿を見ずとも、その個別の匂いで判断できる。
多かれ少なかれ、皆独自の体臭があるからだ。
でも、なぜだか。
「……香り、しなかったな」
天井を見上げて、思わず独り言と、ため息が出た。
イリヤの匂いは、全く。分からなかった。




