彼ハ麗シノ吸血鬼
「……その後、母さんの具合はどうだ?」
車に乗り込むと、父は耳を下げながら尋ねてきた。
「だいぶ良くなりました。母さんが、父さんによろしくと。……父さんからの手紙、大切に閉まって読んでいるみたいでした」
「……そうか。それは、良かった」
彼は柔らかく微笑むと、耳の先が安心したように動いた。
狼族の父と、人間族の母との間に、何があったのか。帝都に着いた今でも、よく分かっていない。僕からはあえて尋ねなかった。
初めて乗る車の窓から、見慣れない建物や、人々の出立に目を輝かせる。何よりも、獣人の多さに驚いていた。故郷に住んでいた時は、数人しか出会った事がなかった。
「帝都は、珍しいか?」
「はい、何もかもが新鮮です」
「はは、そうか。ヨル。耳と耳はもう出してもいい。制服は、それ用に仕立ててあるだろう?」
頭上を指され、意識を集中させる。深く深呼吸すると、人間の耳が無くなり、狼の耳と尻尾が生える。
「……器用なものだな」
「はい。これは僕が混血だから、できる事なんですよね?昔、本で読みました」
通常獣人は獣の特徴である耳と尻尾を、意識して隠したり出したりはできない。けれども稀に、別の種族同士で生まれた者であるならばできると載っていた。
「そうらしいな。だが、その呼び方はよくない。バイレイシャルと言いなさい。2つの種族のルーツを持つ者をそう呼ぶ」
「ばいれいしゃる」
初めて聞く言葉に、耳がぴくりと動く。
「そうだ。ただ、学園内ではその事は伏せていた方いいだろう。種族によってはバイレイシャルを蔑む者も多い。まぁ、その存在自体が、稀だからな」
通常別々の種族同士の間で、子供が産まれる事自体珍しいことらしい。母が父の前から消えた理由も、どうやらこの事が関係するようだった。
「だが、ヨル。お前が卒業したら、正式に狼条家の次期当主になる。その時にはその事を公開するつもりだ。今は伏せているが、自分の出生を負い目には思わないでくれ」
「お父さん。はい、期待に応えられるよう、頑張ります」
胸を張って、答える。今までずっと〝罪〟のように思えていた事が、許された気がした。
僕はこれから、男子高等学校に入学する。今は4月の半ば。新学期がすでに始まっているので、こちらに着いた日から学園の寮で暮らす事が決まっていた。
蒼天高等学園──、少数の獣人のみが通える帝都の名門校。
狼条家の当主になるには、この学園を卒業しなければならない決まりがあるらしい。
「頼もしいな。それより驚いた。まさか2年生に編入できるなんてな」
「はい。先生のおかげです」
「それもあるだろうが……。きっと頭の良さは母さんに似たんだな」
褒められると、なんだかむず痒くて。尻尾が小さく前後に動く。自分でも驚いたけれど、故郷で受けた試験の結果、2年生に飛び級できることになった。
「ヨル、月2回土曜の夜に迎えをよこす。屋敷で共に過ごそう。家のこともそうだが、息子として伝えたい事が、たくさんある」
思いが溢れて、胸がつかえた。父親がいたらと、寝る前に何度も考えたことがあった。その度に、布団を被って強く目をつぶった。彼は夢に描いていた以上に、優しい父だ。
「わかりました。その事を楽しみに、励みます」
しっかりと横に結んだはずなのに。嬉しさと、安心とで唇の端が微かに震えた。
「あぁ、ただ今週は。母さんに、会いに行く。退院したら、こちらで共に暮らせないか聞くつもりだ。……頷いてくれるかは、分からないが」
父は手を組むと、視線を落とした。表情こそ変わらなかったが、狼の耳と尻尾は伏せられていた。
「きっと、大丈夫だと思います」
「⋯⋯そう、か?」
こちらを見る顔は不安そうで。でも、尻尾は正直だ。
思わず笑ってしまう。僕らはこういうところも、そっくりだ。
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帝都の中心に、壮麗な学園の門が見えてきた。蒼天高等学園の校舎は、白壁に囲まれた西洋建築で、上部には和桜風の屋根が乗せられていた。異種の文化の交わりを、体現したような作りだ。
「着いたぞ、ヨル」
父の言葉に、背筋を伸ばし車を降りる。新しい環境に対する興奮と、不安が胸を打つ。学園の門前には、すでに学園長らしき人物と、1人の学生が立っていた。
学園長は両手を広げて、出迎えてくれた。
龍人だ──。そうわかった瞬間、両耳が外側に向く。
年齢を感じさせない精悍な顔の半分と、手の甲に、緑の鱗が光る。銀色の髪と、鋭い目が印象的だった。
「ようこそ、蒼天高等学園へ。私は学園長の龍崎だ。ヨル君、君の到着を心待ちにしていたよ」
龍崎学園長が、手を差し伸べてきた。握手をすると、鱗のひやりとした質感が伝わった。龍人は本でしか読んだことのない存在だったから、ただただ感動していた。
「狼条ヨルです。以後、よろしくお願いします」
学園長は大きく頷くと、その目を父に向けた。
「狼条侯爵。長年探してらっしゃった優秀なご子息を、我が学園に託す決意をされたことに、感謝致します。私ども、ヨル君の教育に全力を尽くしますゆえ」
「ヨルのことを、よろしくお願いします学園長。なにぶん息子は、初めての帝都暮らしですので。何かとご迷惑をかけるかもしれませんが……」
「その点はご安心ください、侯爵。イリヤ」
「はい」
彼は後ろに控えていた学生が、前に出てきた。
その瞬間何故だか、そわそわした。
彼は目深に被った学帽を取りながら、流れるように頭を下げた。僕より小柄な彼は、太陽に恵まれた褐色の肌をしていた。
「寮長の、鬼堂イリヤです。よろしく」
彼の赤い髪が滑らかに流れ、まるで扇のように顔を隠す。その後、再び現れると、思わず息を呑んだ。
彼の顔は中性的かつ、端正そのもので。ややつり目の緋色の瞳が光を反射して、輝いて見えた。
その目を細め微笑まれると、顔を歪めてしまった。
胸に、貫くような痛みが走る。心臓の音がやたらにうるさい。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぼくは どうしてしまったんだろう──。
紹介に応える声が、遅れてしまった。
差し出されて、握った彼の手の平は冷たかった。
緊張して熱くなった僕の体温が、微かな震えが。
伝わってしまわないか。それだけが、不安だった。
すると、歯を剥いて笑われる。
彼には、獣人の耳と尻尾は生えていなかった。
尖った耳に、牙。そして血の色を宿した瞳。
間違いない。彼は──。
【彼ハ麗シノ吸血鬼】




