表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

もふリ、もふレバ、もふルトキ

 意を決して、半狼化したヨルの正面に座る。恐る恐る、頭を撫でる。その感触に思わず、口がもごもごしてしまった。思っていた通り、とても触り心地がいい。

 

「本当に、柔らかいな」

「そう?」

「あぁ。昔飼ってた子犬よりも柔らかいかもしれない」

「そうか、犬を飼ってたから、僕の尻尾とかが気になったんだね」

 

 笑顔で言われて、思わず口を横に結んで上を見る。知られていた。それでもうずうずして、訪ねてしまった。

 

「し……、尻尾も撫でていいか?」

「尻尾?うん、いいよ」


 狼の顔で顔を傾けると、私を囲むように彼は横たわった。瞬間、尻尾を頬に寄せられる。


「わ、くすっぐたい!ふふ、こっちもふわふわだ」

「……っ。う、うん」


 尻尾の毛を流れに沿って撫でた後に、今度は逆立てるようにわしゃわしゃと触る。びっくりしたのか、肩が跳ねた。嬉しくて、お構いなしに今度は大きな手を握る。そして手の平の分厚い肉球に鼻を寄せた。


「い、イリヤ!?」

「うん、狼の肉球も穀物のいい香りがするんだな」

「こくもつ……?」


 あの子もいい香りがしたな、と思い出しながら、彼の弾力のある肉球を指で押し、頬を寄せた。


「え、と。そうすると、癒される?」

「……うん、とっても」

「……そうか。あっ……」

「あぁ、こっちも、……いい香り」

「ふ……うっ」


 耳の柔らかさを確かめつつ、その後ろを嗅ぐ。そうして首元を撫でる。あの子はそうされるのが好きだった。

 

「ん……!ご、ごめんイリヤ!」


 目を閉じて思い出に浸っていると、突然肩を掴まれ引き剥がされた。驚いていると、ヨルは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。


「あ、あの……!僕、狼の姿で触られるの、初めて、で」

「そう、なのか?」

「うん。だからこういうの、慣れてなくって」


 他の獣人も、それは稀なんじゃないか──。冷静な自分が、頭の中でそう呟く。


「それに……」

 

 その一方で、こちらを見つめる彼の目に、釘付けになっていた。


──僕も、男だから。


 紡がれた言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかった。

 青い瞳に、黄色い光が微かに差して。なんだかとても、艶っぽかった。

 分かった瞬間、口から火を吹きそうだった。

 

 そうだ。ヨルは子犬じゃない。

 狼だ。しかも男の。

 

 私は、なんて事をしてしまったのだろう。その後互いに気まずくなって、挨拶もそこそこに布団を被った。その中で声にならない声をあげているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎


 翌日は、いつもより目覚めが良かった。母と、犬のポチの夢を見れたからかもしれない。ポチとは半年しか一緒にいられなかった。その後、私が連れ去られたから。

 まだ日に出ないうちに、身支度を済ませて机に向かう。ヨルとは違い、朝勉強するのが習慣になっている。

 彼はいつもは起きてくる時間になっても、起き上がって来なかった。

 

 起こした方がいいんだろうか──。

 

 昨日あんな事があった手前、やきもきしていると、「うーん」と小さな呻き声が聞こえた。心配になって、カーテンの隙間から彼を覗き込めば、別段うなされているわけではなくて。むしろ布団をかけにせずに、気持ち良さそうに眠っていた。まったく、起きる気配がない。ため息が出た。

 

「おい、ヨル。もう起きないと遅刻するぞ」

「んー……」


 布を握りしめたまま、声をかける。

 するとふにゃりと笑うばかりで、起きはしなかった。片耳がぴくぴくと動いている。正直、少しかわいい。昨日の感触が手によみがえる。

 出来心以外の何者でもなかった。気づけば身を乗り出して手を伸ばしていた。

 もう少しでふわりとした耳に触れる、というところで。


「のわっ!」


 急に腕を引っ張られた。一瞬何が起きたか分からなかった。気づけば、逞しい男の身胸に抱かれていた。あまりの事で固まる。


「寒いの……みぃ」


 耳元でくすぐったく笑われて、かっと頬が熱くなった。

 こいつ、私を飼い猫と勘違いしてやがる──。いや、私も、似たような事したけれど。それはそれ。これはこれだ。

 

「おい、ヨル!いい加減起き……ッ」

 

 胸を叩いて見上げれば、鼻先を付けられた。


「かわいい⋯⋯ね」


 息が止まる。思考がごちゃついて、まつ毛も青灰色で長いんだな、とかそんな事しか思い浮かばなかった。


「みぃ鼻……今日冷たくな、い……え」


 そこで、ヨルが目を覚ました。彼は現状を理解すると、文字通り飛び起きた。先程まで夢見心地で蕩けていた顔が、蒼白になっている。

 

「ぼく、ごめんイリヤまた僕……!」

「お、落ち着けヨル、これはえっと、事故だ!」


 壁にぴったり背を預け、涙目で耳を震えさせる彼に向かって訴える。ちなみに尻尾もぷるぷるしてる。なんだかわいい──、じゃない。そもそも触れようとした私が悪い。

 するとヨルは浴衣の襟元を勢いよく開いた。甘い顔に反して鍛えられたその体に、思わず短く声を上げ、顔を両手で覆ってしまった。


「な、何してるッ」

「イリヤ!カラカラになるまで僕を吸っていいから……!」


 硬く目をつぶって真っ赤になっている彼に、眩暈がした。


「やめろよりややこしくするな……!」


 ため息をつき窓を見れば、今日は梅雨の合間の晴れで。

 登った朝日に、早く夏が、夏休みが訪れてほしいと、切に願った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ