狼青年、帝都二赴ク
狼男子と、男装吸血鬼女子の恋あり、復讐劇ありの、大正異世界ロマンです。後に回想で、ヤンデレ男子(兄)が登場。
あらすじ
獣人、人族、吸血鬼が共存し、文明開花進む東の島国、和桜国。
狼族と人間のダブルである〝狼条ヨル〟は、母親から獣人である事隠すよう言われ育ってきた。17の冬、そんな彼の前に、侯爵である父親が現れる。狼侯爵の父親はずっとヨルたちを探していた。
病弱な母の治療のため、ヨルは家督を継ぐ事を決意。その条件となっている異種族が集う帝都の名門校に入学する。
そこで吸血鬼の少年、鬼堂イリヤと出会う。
美しくともどこか儚げな彼には、ある秘密があった。
彼女の首元をくすぐるような吐息に、眩暈がして。
柔らかい唇の感触が、肌に伝って。
肩をすくめようとしたところで、思い切り首を噛まれた。
「がッ!はぁ……!」
その細い腕からは想像もできない力で、肩を抱きしめられる。痛みを伴い、血を吸い出される感覚に、混乱と恐怖が広がっていく。
だけれど──。
ぼくは同時に、うっとりとしていた。
とても、痛いはずなのに。
湿った舌の動きに、熱い血が全身を巡る。足の力が抜けて、ずるずると床に崩れ落ちていった。
唇が離され、端正な顔が近づく。
緋色の瞳が火花を散らし、闇の中に浮かぶ。
ずっと、見つめられていたかった。
『今見たことを。僕が女だということを、忘れろ』
低い彼女の声がぐわんぐわんと、耳の奥で響く。
『ここからすぐに立ち去れッ!』
「……うっ」
目を閉じても瞼の裏に、赤い光が焼きついて。意識が朦朧とする。けれど、僕は彼女の言葉に従えはしなかった。
何かが、込み上げてくる。
「……は、はなれ……て」
「なっ、なんで効かない!?あっ!」
言葉は途中で途切れ、代わりに低い唸り声が漏れた。
爪が、牙が、伸びていく。
耳と、尻尾の毛が、膨らみ逆立つ。
狼のボクが、目を覚ます。
気づけば彼女を、押し倒していた。
こんなことしたくない。したくないのに。
華奢な肩を捉えて、牙を剥き出す。
呆気に取られた彼女が、顔を歪ませ笑った。
「お前も、マガイモノか?」
──泣いてるの、かわいそウ
どうして、そんな苦シイ顔をするノ
キミハ ボクノ ツガイナノニ──。
目のふちが潤んで見えて。舐めるとしょっぱくテ。
唇の端についた血の跡を拭うように、口付ける。
それはボクの血で。鉄の味がするはずナノニ。
なぜだカやたら。甘カッタ。
【大正鬼鬼恋物語】
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【狼青年帝都ニ赴ク】
「〝生き馬の目を抜かれた〟顔だな」
「え?あ、はい!」
着慣れぬ学ランに、真新しいコートを羽織って。馬車や汽車に揺られること、丸1日。まだ雪の残る故郷に比べて、帝都は暖かかった。
駅を出て、尋常じゃない〝人〟と〝獣人〟の多さに、顔をきょろきょろとさせている。すると、迎えにきた侯爵に苦笑された。
「まぁ我々の場合は〝生き狼〟か。語呂が悪い。久しぶりだな、ヨル」
「はい、お久しぶりです。……父さん」
そう呼んでいいものか迷って、声が小さくなってしまった。おずおずと視線を上げれば、目を細め見つめられる。彼の耳の先端が微かに動いたかと思うと、厚みのある尻尾を、ゆっくりと左右に振っていた。
自分の父親だと名乗るこの人が、僕の前に現れたのは、丁度2ヶ月前。それまでずっと、僕は母と2人で暮らしていた。
その日は雪を下ろそうと外に出たところで、そろそろとこちらに向かってくる人達が見えた。
先生と、一体誰だろう──。
鼻をひくつかせる。その先頭に歩いていたのは、小さい頃からお世話になっている、私塾の先生だった。
彼は帝都で教師をしていたが、引退を機に故郷であるこの村に戻って、子供達に勉強を教える。
先生は「君は覚えがいい」と、授業以外も勉強を見てくれて、本もよく貸し出してくれた。そのおかげで17歳の今、僕は郵便局で働く傍ら、先生の助手もしている。
それ以外にも、病気がちの母を支えるため、農家の手伝いもしていた。先生を含め周りから「働きすぎではないか」と心配されるけれど。体力と、足の速さには自信があった。
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彼の後ろを歩いていたのは、洋服に帽子を被った2人の人物。文明開花目覚ましい和桜国だけれど、こんな田舎で洋服を着ている人はまだまだ珍しい。見ると相当上等な物のようだった。
「せんせー!」
「おぉ、ヨル」
何故だか居ても立っても居られなくて、雪の中を駆け出す。
彼は僕に気づいて手を振ってくれた。先生は結構なお年だが、背も曲がっておらずいつでも溌剌としている。
「こんにちは、先生」
明るく挨拶すれば、白い息が漏れる。後ろの人達にも挨拶すると、会釈を返された。
目深に被った帽子の隙間から、じっとこちらを見られている気がした。
「こんにちは。お母さん具合はどうだい?」
「えぇ、薬を飲んだら少し良くなりました。でもまだ、寝込んでいて……」
1週間前、母が体調を崩した。薬をもらう病院は人の足で半日かかる場所にあり、しかもその日は吹雪だった。
僕は“半分、人ではない〟ので、どうにか薬を取ってくる事ができたけれど。
それでも、母の熱は下がらなかった。
「そうか。……心配だな」
彼はため息をついたところで、咳払いをした。
「ヨル、紹介しよう。この方は私の元教え子の狼条ヤシロ侯爵と、その付き人の斉藤さんだ。君に会いに帝都から来たんだ」
「…… 侯爵?僕に?」
様々な疑問が浮かんだところで、侯爵が帽子を取った。
その姿を見た瞬間、言葉を失う。
その髪は青みがかった灰色で、僕によく似ていた。
癖っ毛なところも。そして頭に生えた〝狼〟の耳さえも。
「あっ!……え⁉︎いや、その、これは先生……!」
あまりに驚いてしまったからか、そんな失敗はした事はなかったのに。獣の耳が飛び出てしまった。
母さんからずっと隠せと、見られてはいけないと言われていたのに──。
混乱して耳を抑え込みしゃがむと、優しく先生に肩を叩かれた。
「大丈夫、大丈夫だ、ヨル。君が獣人だということは、もう知っている」
「え……?」
その言葉に、血の気が引く。
「あの吹雪の日。君が人から狼になって駆け走っていく姿を、偶然見てしまったんだ。私は前々から君は、ヤシロ君と似ているな、思っていたが。君のあの姿を見て確信したよ」
「そう、だったんですか?」
「あぁ。すぐにお母さんのことも含めて、彼に知らせてね。そうしたら、ずっと。君たちの事を探していたんだそうだ」
「……それって、つまり」
この人が、僕のお父さん──。
回らない頭で呆然と彼を見つめれば、侯爵は耳を立て険しい顔をした。
幼い頃母には尋ねても、父親の事は教えてくれなかった。
ただ1度だけ、風邪で熱に浮かされた母が「あなたの目は私に似て、他は全部あの人に似ている」と呟いた事があっただけ。
彼の瞳は太陽の光を閉じ込めたような、黄昏色をしている。僕の、青いの目とは似ても似つかない。
その目が徐々に歪んで、濡れて。侯爵が僕の前で、勢いよく膝をついた。
「……ヨル。君を、君達をこんなに待たせて、すまなかったッ!」
彼は雪に埋もれるのも構わず、もういいと言っているのに、頭を下げ続けた。
その後、僕は父を家に招き入れた。父と再会した母は、ひどく悲しそうで。それでいてとても、嬉しそうな顔をしていた。
母は父の手配で、すぐに町の大きな病院へ入院できることになった。その治療費は3日間で、僕の1ヶ月分の給料が消えるほどで。父に「今は無理でも、一生働いて必ず返します」と訴えても、決して彼は首を縦に振らなかった。
では他にできる事は、と聞けば。父は神妙な面持ちで、重い口を開いた。
狼条家の、正式な跡取りになってほしい──。
父は母と出会い別れて以来、誰とも結婚していなかった。子供は、息子の僕1人だけ。
その言葉に、迷う事なく頷いた。
そうして〝狼族〟の僕は、帝都へ赴くことになった。