第三話:核を裂く瞳
どうも、お読みいただきありがとうございます。
今回は、第二話で姿を現した“異形の敵”との戦いの決着回です。
琉煇に宿ったのは、ただの目じゃありません。
視えてはいけないものを、視てしまう目。
それは力であると同時に、避けられない運命の扉でもあります。
一振りの剣で斬ったのは、敵の核か、それとも……。
どうか、最後まで見届けてやってください。
目が、焼けるように痛む。
だが琉煇は、視界から目を背けなかった。
今、確かに見えている――“本物”が。
偽の核が次々と明滅し、霧のように揺らぎながら空間に散っていく。
その奥にある、唯一つだけの脈動。萎み、震え、息づくように光る霊核。
(あれだ……)
琉煇の足が、一歩、前へと出る。
目の前には、なおも歪み続ける異形の夙罹。
骨と皮の間を舌のような器官が這い、節々の霊光が明滅するたび、夙罹の肉体が僅かに揺れる。
視界の奥で、偽の核が“欺きの霧”のように浮かび上がり、すぐに消える。
だが、琉煇の視界はそれに騙されなかった。
「霜蘭! 右へ回り込め!」
「わかった!」
霊の流れを切り裂くように、琉煇は跳躍した。
夙罹の霊核が一瞬、骨の奥へ沈もうとした、その瞬間だった。
夙罹が咆哮を上げる。
その口は無い。ただ、頭部から濁った振動が空間を裂くように響き、琉煇の耳を撃つ。
だが、もう怯えはなかった。
剣が閃く。
夙罹の胸を深く抉り、中心の“脈”へと届く。
霊核が逃げようとするが、もう遅い。
――裂けた。
音もなく、霊核が砕けた。
全身の霊光が一斉に失せ、節々の明滅も、蠢いていた霊管も、ただ霧のように溶けて消える。
夙罹の肉体は崩れ、そして、跡形もなく霊の塵へと還った。
まるで最初から、この世界に存在しなかったかのように。
しばらく、誰も声を出さなかった。
「……やったのか?」
風凌の声が、静かに漏れる。
琉煇は剣をおろした。
その目は、なおも敵の亡骸があった空間を見つめている。
墨麟が歩み寄ってくる。
「お前、見えていたのか」
琉煇は答えなかった。
風が吹き抜ける中で、そっと剣を鞘に収める。
その夜、誰よりも多くを“視た”のは、宝具を持たぬ少年だった。
呻くような風が、霊路を静かに撫でた。
「……あんた、いま、あれの……どこ、狙ったの?」
霜蘭の声は震えていた。
問いには、答えられなかった。
説明できるはずもなかった。
だが、“そこしかない”と確信できた。
風凌が傷の痛みをこらえ、ゆっくりと近づいてくる。
「剣技じゃない。あれは……お前の目に、何かが視えていたのか?」
琉煇は口を閉ざす。
だが、まだ残滓のように残る霊の帯が視界に揺れていた。
墨麟が一歩、前に出る。
結界の解析符を展開しながら、低く呟いた。
「やはり……あれは夙罹ではない。“識られたがらない”というより、“識られてはならぬ”という構造をしていた。夙罹とは、根が違う」
霊的痕跡を追う符が、バチッと火花を上げて破れる。
その術の破綻に、墨麟は眉をひそめた。
「……霊痕を意図的に遮断する術式? 誰かが、“痕跡すら残させない”よう細工していた……?」
討伐隊の面々が息を飲む。
あれは、異質すぎた。
単なる異常個体ではない。“何か”が、この世界の深層で動き始めている。
「兄さま……」
傍らに立つ雲澤の声が震えていた。
それは恐怖ではない。
尊敬する兄が、“別の何か”に変わりつつあることを、本能で感じ取っていた。
琉煇は、なお揺れる視界の中で、そっと目を閉じた。
(この目は……なにを視た?)
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次回予告
異質なる敵との戦いを終え、少年はその瞳に“視えてはならぬ真実”を刻んだ。
だが、これは終わりではない。
霄穹界は動き出す。嘉印が、決裁の座に着くとき。
――次回、「霄穹印審大合裁」。
三十一柱の嘉印が裁きを告げる時、世界の理が揺れる。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
ようやく最初の喪餉種(偽の夙罹)を撃破できました。
が、読者の皆さんにはもうお分かりかと思います──
これは、ほんの“第一歩”です。
「何かがおかしい」と、気づいてしまった者たちがいて、
「見られてはいけないもの」を作った誰かがいて、
そして、それを“視てしまった”少年がいます。
次回は、戦いの余波と報告、
そして霄穹界最高の神議《霄穹印審大合裁》へ。
神々の言葉が交わされる場に、彼の声は届くのか?
よければ、次回もぜひお付き合いください。
追記
なお、今回の“敵”が纏っていた異様な構造や、琉煇の“視の力”については、物語の奥底に流れる神話――かつて語られた《英雄贄儀》と深く関係しています。
十ノ同胞の始まり。
英雄が自らを裂いて祈り、十の御魂を刻んだという、遠き時代の伝承。
それは、呪いであり、願いであり、そしてこの物語の“原点”でもあります。
もし興味を持っていただけたら、断章『英雄贄儀』にも目を通していただければ嬉しいです。
この物語の「根」が、そこに刻まれています。