第一話:応えぬ宝具
ここまで辿り着いてくださって、ありがとうございます。
この物語は、神々の住まう“天の座”──霄穹界を舞台にした、ちょっと変わった少年の物語です。
剣も術もできる。でも、世界を護る“宝具”だけが使えない。
そんな彼が、自分の祈りを見つけるまでの話を、ゆっくり丁寧に描いていきます。
設定多めの世界ですが、導入はなるべくシンプルにしました。
もし合いそうだと思っていただけたら、続きを読んでいただけると嬉しいです。
天の座、霄穹界。
祈りと共に理を司る者――**嘉印**たちの世界。
その高天にある一つの洞で、青年は今日も剣を振っていた。
「……まだ誰も起きていないか」
霊灯が揺れる洞内。岩肌に刻まれた印文が、微かに光を放つ。
青年は、焚き火台に薪をくべ、水場を点検し、訓練場を整える。
朝は誰よりも早く目覚め、誰よりも働く。
彼は、洞子たちから全幅の信頼を受ける兄弟子だった。
だが――決定的な欠落があった。
宝具が、応えない。
* * *
「兄さま、今日もお早いですね」
眠そうな顔の後輩が、彼に声をかけてくる。
「霊炉の霊脈、少し濁っていました。浄めておいたので、今日は大丈夫なはずです」
青年は穏やかに微笑み、手際よく掃除を続ける。
後輩たちは知っている。
この人は、誰よりも強くて、優しい。
けれど――宝具が応えない存在なのだと。
嘉印は、祈りと共に力を振るう存在。
その証として、必ず宝具が与えられる。
剣、環、符、槍、鏡……姿は様々だが、
どれも持ち主の“祈り”を媒介にして起動する霊武である。
だが、彼の宝具は沈黙したままだった。
何度祈っても、その波動すら生じない。
鍛冶師は言った。
「器としての形状は整っているが、反応がない。たぶん、欠陥品だ」
それでも、彼は諦めなかった。
* * *
「兄さま、型合わせお願いできますか?」
「もちろん。手合わせの前に、少し呼吸を整えておこう」
呪術の指導、剣の稽古、霊脈の点検。
彼はすべてに全力を尽くし、誰にも弱音を吐かない。
洞主でさえ、こう言うほどだ。
「宝具は使えぬが……心根は、真の嘉印だ」
* * *
その日の夕暮れ。
青年は一人、訓練場の隅で剣を振っていた。
霊灯の灯りが赤く揺れ、武具庫の奥に一振りの剣が眠る。
鍔に古い印文を刻まれ、布に包まれたその剣――
それが、彼の“宝具”だった。
触れても冷たく、祈っても応えない。
ただの鉄――そう言われても、彼は毎日、手入れを欠かさなかった。
「……動かなくてもいい。俺は、俺の術で戦う」
その独りごちは、静かに胸の奥で燃えていた。
* * *
その夜。
空が裂けた。
異形の禍――**夙罹**が、霄穹界に墜ちてきたのだ。
天の座に静かに濁りが満ちてゆく。
彼はまだ知らなかった。
その夜が、彼という存在の“本質”を呼び覚ます、最初の一歩になることを。
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次回予告
応えぬ宝具。迫る異形。
普段と変わらぬはずの討伐が、静かに“常識”を壊し始める。
霊術が届かず、祈りが拒まれる戦場で、
彼の中に、知らぬ“力”が目を覚まし始める。
——それは嘉印の力ではない。
世界が忘れた“古き在り方”が、再び動き出す。
第一話、最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
主人公は、これから色んなものと出会い、ぶつかって、変わっていきます。
彼が“何者なのか”は、すこしずつ明らかにしていきますので、ぜひ気長にお付き合いください。
設定や背景に興味を持ってくださった方のために、「神話断章」という別連載も予定しています。
感想、ブクマ、評価なども励みになりますので、よろしければそちらもぜひ!
では、また次回でお会いできたら嬉しいです。