【短編版】漫画家な俺は大好きな幼馴染だけに隠し事をしている。
思ったよりもたくさんの評価をもらったので、連載版の公開を始めました。
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俺、月影静流には大好きな幼馴染だけに隠している秘密がある。
それは他の誰にバレても構わないが、幼馴染の日向ミチルには隠しておかなければいけない秘密だ。
俺の秘密――それは俺の仕事が漫画家ということ。
それも少年漫画家と幼馴染のラブコメを描くラブコメ漫画家。
モデルはもちろん、俺とミチルである。
だからバレたくないんだ。
それなのに――
「サイン会⁉」
またも使えないウチの担当編集が厄介な仕事をもらってきた。
ただでさえ、俺は顔出しNGだと言っているにも関わらず。
「どうですか‼ 僕もたまにはいい仕事をもらって――」
「お前を殺して。俺も死ぬ。『漫画家くんと幼馴染ちゃん』は作者死亡により永久休載だ‼」
死んでも隠し通す。それぐらい今の俺の状況はとても恥ずかしいものだ。
唯一の救いはミチルがラブコメに興味がなく、バトル漫画ばかり読んでいるというところ。
だから完全に俺たちの話を書いても、本人は一切気づかない。
それなのにこのアロハの胡散臭い編集はまた……。
「とにかくサイン会はキャンセルだ」
「え~。もう無理ですよ。チケットはもう完売しちゃいましたし。なにせ、『月日』先生初のサイン会じゃないですか」
「お前はなんで今までサイン会をして来なかったのか‼ その意味をちゃんと考えろ‼」
俺は今週の見本誌をたまらず、編集の編沢漫徒の顔面にお見舞いする。
編沢が鼻から血を流し始めていたが、ここはそんなことお構いなしだ。
「どうするんだ‼ ミチルに俺の仕事のことがバレたら破滅だぞ‼」
「大丈夫ですよ。先生の幼馴染さん、先生と同じで鈍いですから」
「……その言葉、お前だけには言われたくないぞ」
編沢漫徒には義理の姉がいる。
しかもラブコメ漫画家の俺が見たところ、完全に編沢に好意を抱いている様子だ。
それなのに未だに気づかないとは、こいつさては鈍感系ラブコメ主人公だな。
「サイン会の方はお前の方でキャンセルと、払い戻しの準備をしておけ。俺は昼飯を食いに行く」
「また幼馴染さんの御実家ですか? 本当に好きですね」
「別に何もおかしくないだろ。ただ、行きつけの喫茶店に行くだけだ」
***
カランコロンとWELCOMEベルが俺の入店を知らせる。
見慣れたクラシックな喫茶店『ジューンブライド』は今日も閑古鳥が鳴いていた。
いくら叔母さんの蓄えがあるとはいえ、このままだといつか潰れるぞこの店。
「いらっしゃいませ‼ 少々お待ちください‼」
店の中から声が聞こえた。
それも場所は店の奥じゃなくて客席。
そこからすごく聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は迷わず声がした方へ足を向ける。
すると案の定、そこでは短い黒髪の女の子が何かをしていた。
「何してるんだよ?」
「し、静流君⁉ な、なんでもないよ‼ それよりもいつものコーヒーで良いかな?」
慌ててテーブル席の上に散らばった紙を集める、ウチの幼馴染。
しかも向かいの席には――
「なんで小子さんまでいるんですか?」
「奇遇ね、静流君。ところでウチの愚兄は一緒じゃないの?」
「仕事で派手なミスをしたらしく、今その対応に追われてるみたいですよ」
黒いスーツに身を包んだ大人っぽい女性。
この人があのアロハバカの義理の姉である。
名前は編沢小子さん。ミチルとはシングルファーザーとなった叔父さんの伝手で知り合ったらしい。
ちなみに俺が漫画家だということは知らないはずだ。
編沢とはただのゲーム仲間。そういうカモフラージュを施している。
「そう。なら私はもう帰るわね」
「あれ? ミチルと何か話してたんじゃ――」
「急用を思い出したのよ。それよりもミチルちゃん、今の話考えておいてね」
慌てた様子で鞄にノートパソコンやペンケースを締まった小子さん。
彼女はそのまま店を飛び出すと、編沢が急いで向かった駅の方へ駆けて行った。
編沢は一度出版社に戻るらしいけど、小子さんは一体どこに行くつもりなんだろう。
「それでミチル。さっき机の上に散らばっていた紙って――」
「それよりも静流君。コーヒーはブラックで良いよね。後は今日のお昼ご飯だけど――」
明らかに話を逸らそうとしていた。
もしかして、あの用紙の内容を知られたくないとか?
俺に見せられない紙……誰かへのラブレターな~んてね。
「そうだ。今日は徹夜で勉強するつもりだから、夜食も頼んでいいか?」
「別に構わないけど。春休み中でも勉強するの? その割にはいつも成績が悪いよね」
「勉強は昔から苦手なんだよ。それなら漫画でも読んでる方が楽だ」
とは言っても俺が見てるのは常に、漫画のアンケート結果だけど。
今のところ『マンオサ』のアンケート結果は常に5位以内をキープ。
ラブコメとしては順調な方だ。まあ中1の頃から書き続けてる長期タイトルだからな。
怖いのはふとした瞬間の低迷からの打ち切りだけど、それは当分心配しなくても良さそうだ。ネタなら豊富にあることだし。そういえばこの前、編沢が妙なことを言ってたな。週間と別に月刊でもう一本、似たような内容の漫画を描いてみないかって。確か原作はどこかの小説の新人賞作品だったはずだ。
でもな~。仕事が増えると相対的にミチルとの時間が減るし。
本当、ウチの編集は全く使い物にならない。
「はい。いつものブラックコーヒーだよ」
「悪いな。俺だけ別のコーヒー豆を使ってもらって」
「それが一番、静流君に合ってるんでしょ。豆代は静流君からもらってるから気にしないで。でもなんで自分では入れないの?」
「お前の淹れたコーヒーが世界で一番美味いからな。毎日飲みたいんだ」
「静流君のバカ‼ なんでいつもそういうことを平然と言うわけ‼」
コーヒーを飲んでいると、何故か突然ミチルに怒られた。
はて? 怒らせるようなことを俺は言っただろうか?
「それよりも静流君に質問があるんだけど」
「なんだよ、藪から棒に」
「静流君はさ。私と静流君のアルバムを人に見せてもいいと思う?」
ミチルの言葉に思わず胸がチクりとした。
いつもなら気をつけて飲むはずなのに、思わず熱々のコーヒーで唇を火傷しそうになる。
それぐらい俺はミチルの言葉に動揺していた。
「い、いきなりどうしたんだよ?」
まさかバレたのか? 俺がミチルとの日常を漫画として描いて、世間様に公開していることが。
それで遂にプライバシー保護法的なもので訴えられ、完璧にミチルから嫌われるという流れ。
嫌だ‼ 嫌だ‼ ミチルから嫌われたら、俺もう生きていけない‼
そもそもそんなことになったら、俺が叔母さんの夢を継いだ意味がなくなるじゃないか。
ミチルに嫌われたら、俺には漫画家をやる理由がなくなる。
そんなことになるぐらいなら、ここはちゃんと話すべきだ。
ミチルにちゃんと、自分がやっていることを。
「あのね、静流君――」
「あのな、ミチル――」
俺とミチルの声が重なった。
俺たちは思わず互いに顔を見合わせる。
「「どうぞ、そちらから」」
「「じゃあ――」」
二人揃って相手に譲ろうとして、その申し出を互いに受け入れて失敗。
昔からずっと一緒に居るけど、こういう時に意思の疎通ができたことは一度もない。
むしろ周りからは相性が悪いと言われる始末だし。
でも今回はきっと、俺の隠し事の方が大きいはずだ。
ここは後回しにしてもらって、先にミチルの話を聞くべきだろう。
「わかったよ。聞かせてくれ、お前の話を」
少なくても俺の隠し事よりも大きなものはない。
俺はそういう自信に満ち溢れていた。
それなのにミチルの口から飛び出したのは――
「実は私‼ 今度、小説家としてデビューすることになったの‼ それでコミカライズ化することにもなって、出来ればその作画をお母さんの弟子だった静流君にお願いしたいの‼ それとずっと前から好きでした‼」
一度に大量の情報が流れ込んできた。
まず、ミチルが小説家デビュー……なんじゃそりゃ?
次に、俺がミチルの作画担当……はてはて?
そして最後に――
「ちょっと待て。情報の精査が追い付かない」
「そ、そうだよね。私も本当は小子さんに別の作画さんを紹介されてたんだけど、どうしても静流君に絵を書いて欲しくて。で、でも静流君もブランクがあるだろうし、難しいよね……うん‼ 絵は大人しく小子さんが紹介してくれた、月日先生っていう漫画家の人にお願いするね。なんでも私の小説と似たような漫画を描いてるんだって」
照れたような笑顔でミチルが俺に伝えてくる。
でも何となく、無理して笑っているのが丸わかりだ。
きっといつもの俺なら、1もなくミチルのフォローに周っていたことだろう。
でもそんな余裕、今の俺には微塵もなかった。
なぜなら――
「わ、悪い。俺なんだ」
ずっとひた隠しにしてきた真実。
それを口にする覚悟を決めていたから。
「それってもしかして? この前、お店の冷蔵庫に入っていた貰いモノのケーキを盗み食いしたこと?」
「そうじゃねぇよ‼ いや、確かにそれは俺だけどさ‼ つうかよくわかったな」
「だって静流君のことだもん。私、静流君のことで知らないことはないんだから」
やめて‼ 見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるから‼
お前、4年以上も俺の漫画家活動に気づいてないからね‼
もうそれ以上、無暗に傷口を広げようとするな‼
「……悪い。そうじゃないんだ。俺がその……ラブコメ漫画家の月日なんだ」
「……え? でもその人は今、週間漫画雑誌で――」
「お、おう。『漫画家くんと幼馴染ちゃん』って作品を連載させていただいております」
俺の言葉にミチルが顔を真っ赤にしていた。
気持ちはすごいわかる。俺も今すぐ穴の中に顔を埋めたいぐらいだ。
それなのに今、この場には隠れる場所なんて――
「ちょっと‼ 静流君‼ いきなり何を考えてるの‼」
「しょうがないだろ‼ 滅茶苦茶恥ずかしいんだから‼」
「だからって⁉」
パニックに陥った俺は慌てて、ミチルが着ていた喫茶店のメイド服みたいな制服のスカートの中に頭を突っ込もうとした。
俺の行動に必死で抵抗するミチル。
もしも今、お客さんが入って来たら完全に勘違いされるはずだ。
それぐらいおかしな空気が、喫茶店には漂っていた。
「はぁはぁ。静流君のバカ……」
「悪い。柄にもなく慌てた」
しばらくして、店の中には疲れ果てた俺たちが床に背中合わせで座り込んでいた。
「それで? さっきの話って本当なの?」
「当然だろ。誰が好き好んであんな恥ずかしい嘘を吐くかよ」
「じゃあ、どっちにしても静流君が絵を描いてくれるんだね。良かった。良かった」
「なんで俺が絵を描くことに拘るんだよ……」
「だってその……いきなり見ず知らずの人に絵にしてもらうのは恥ずかしいし」
「どういう意味だよ?」
「だって私の小説って――」
***
「それが先生たちの馴れ初めなんですね」
「っち。なんだって未だに俺の編集がこいつなんだよ」
白いタキシードに身を包んだ俺は控室にて、十年近い腐れ縁の男に悪態をついていた。
名前は編沢漫徒。現在2児の父親にして副編集長。絶対にどこかで解雇されると思ってたのに。
しかも俺には色々と面倒な制約があるため、未だにこいつが担当編集だったりする。
「それよりも奥さんに呼ばれたのに、こんなところで暇つぶししててもいいのかよ?」
「問題ありません。姉さんは怒った顔も可愛いですから」
「相変わらずのシスコンぶりだな……」
「失礼な‼ 僕は姉さんが姉さんだから好きになったわけじゃありません」
「ならなんで好きに――」
「気づいたら好きになってた。恋愛っていうのはそういうもんだろ」
「ブッ⁉」
俺は編沢の言葉を聞いて、思わず飲みかけていたペットボトルのお茶を拭き出した。
今のセリフは――
「なぜお前がまだ未公開の最終回のネームを知っている」
「先生が言いそうな臭すぎるセリフなので」
「殺す。お前を殺して俺も……いや、今は可愛い奥さんもいるし。それは却下で」
「……先生、随分と変わりましたよね」
「変わってねぇよ。俺は昔からミチル至上主義だ。漫画家になったのだって、あくまでも約束を果たすためだったしな」
それは俺の漫画家の師匠であり、ミチルの母親でもあった先代『月日』からの頼み。
俺の漫画はその人の続編として連載を続けてきた。
ミチルの母親が描いていたのは、ホームドラマ系の漫画。
漫画家の母親と小説家の父親。そしてその二人の間に生まれた娘と、その友達である男の子。
元々体調の悪い体に鞭を打って、漫画を描いていた叔母さんが俺に託した漫画の最終回。
それを描くために俺は漫画家となった。でもそれはきっと、漫画の中だけの話じゃなかったはずだ。
叔母さんは現実でも、この光景を見ようとしていたはずだ。
「先生。そろそろ式の時間ですよ」
「わかってるよ」
さてと最終回の取材と行きましょうか。
***
式に参列していたほとんどが、俺やミチルの関係者。
主に漫画家や小説家、中にはアニメスタッフや声優までもいる。
本当に幅広い人脈だ。あの日から色々とゴタゴタしたし、時には漫画家も辞めたくなった。だけどいつも隣にはミチルがいて。たぶん二人じゃなかったら、こんな最終回は見れなかったはずだ。でもまああの日、ミチルに言われたことには驚いたけど。
『だって私の小説って‼ 静流君との日常をベースにした恋愛小説なんだもん‼』
まさか俺と同じような方法で創作してるとは。
それなのに内容が全く違う感じになるなんて、やっぱり目線によってだいぶ変わって来るんだな。
おかげで共食いにならなくて済んだ。それにしても今の作品が終わったら、一体どんな作品を書くべきか。
俺が描く漫画のタイトルは『漫画家くんと幼馴染ちゃん』。
ミチルの小説のタイトルは『小説家ちゃんと幼馴染くん』。
だとすると次は――
俺が思考していると、式場のドアが静かに開けられた。
眩しい太陽の光に照らされた中、式場に入って来るのは白いウェディングドレスに身を包んだミチル。
隣にはミチルんちの叔父さん――今日から俺のお義父さんになる人を連れ添っている。
ウェディングドレス姿なら試着の時にも見てる。
だけどなぜだろう。雰囲気の所為か、今になって胸がドキドキしていた。
ふと漏れた言葉は「綺麗」の一言。
近くにいた友人がその声を盗み撮りしていたけど、今の俺には怒る気すらない。
それぐらいミチルの姿に見惚れていた。
「静流君。また仕事の考えてた?」
「……なんでわかるんだよ?」
「当然だよ。だって私、静流君のお嫁さんだもん」
やや赤らめた顔でミチルが宣言してくる。
恥ずかしいなら言わなければいいのに。
……本当に可愛いな、ウチの嫁は。
「それで何を考えてたの?」
「次に描く漫画についてな」
「それなら私、コミカライズと合わせたいいタイトルを思いついたよ」
「奇遇だな。俺も一つだけ妙に納得するタイトルを思いついてるんだ」
「『漫画家くんと小説家ちゃん』なんてどうだ?」
「『小説家ちゃんと漫画家くん』なんてどうかな?」
俺たちは互いにタイトルを口にした直後、二人揃って怪訝な表情を浮かべる。
そして顔を接近させて。
「なんで小説家の方が先なんだよ?」
「漫画家が先の方がおかしいよ‼」
「へぇ~。意見が食い違うのは久しぶりだな」
「そうだね。最後、どっちからプロポーズするかで揉めて以来だね」
今にも喧嘩を始めそうな雰囲気を纏った俺たちの間に、神父が立つ。
最初俺たちの喧嘩を見て戸惑っていた雰囲気の神父だったけど、参列者たちに押されて渋々口上を述べ初めていた。中でも神父をヨイショしていたウチの副編集長。
「大丈夫ですよ。この二人、かなり面倒な関係ですけど絶対に別れたりしないので。この十年、二人を見てきた僕のお墨付きです。安心して、結婚式を続けてください」
珍しく俺の――俺たちのことをちゃんと理解していた。
そうさ。俺とミチルは喧嘩をしても決して別れたりしない。
喧嘩をしたとしても一緒に居たい相手。そんなやつ、人生でもそうは会えない。
でも俺とミチルは幸せなことに、そんな存在がずっと身近に居た。
「お前を幸せにするとは言わないぞ」
「私も幸せにしてなんて言わないよ」
「「一緒に幸せを手に入れていこう」」
神父に誓いの言葉を述べるよりも先に、俺とミチルは短いキスを交わした。
***
『漫画家くんと幼馴染ちゃん』。
その最終回はラブコメ漫画として一種の伝説になった。
最後のページは見開き。そこに参列者で撮った集合写真のカラーイラスト。
そして作者コメントには『これは月日先生の実体験に基づくお話です』と綴られていたから。
思ったよりもたくさんの評価をもらったので、連載版の公開を始めました。
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