第8話 キュンキュンしちゃうじゃんよぉ♡
「ただいまー!」
「いや、ここ僕の部屋ですから――って!? あ、天城さん!?」
帰宅後。
汗をかいたから着替えたいと一旦自分の部屋に帰った天城さんは、十分ほど経って僕の部屋にやって来た。
大きな胸を隠すことで精一杯なへそ出しキャミソール。だぼっとしたジャージの上着と、太ももをこれでもかと強調するショートパンツ。
あまりにも……とてつもないほどに、無防備な部屋着。
うちの姉も似たような格好をよくしていたが、家族とクラスメートとではその衝撃に天と地ほどの差がある。
「な、何か着てくださいよ! それか、前のチャックを締めてください……!」
「やだ」
「即答!?」
「目のやり場に困る?」
「そ、そりゃそうでしょ!?」
「うひひ♡ だよねー♡」
靴を脱いで部屋にあがり、僕を見上げて笑って。
くいっと、わざわざキャミソールの胸元をつまむ。
誘うように、これ見よがしに。
「……っ」
ただ硬直して、その様を見つめることしかできない僕。
天城さんはべーっと悪戯っぽく舌を出して、「涼しぃ~!!」と足早に居間へ入った。
その足は、流れるように僕のベッドへ。
昨日同様に躊躇なくダイブして、ブランケットを抱いて、じっとりと僕を見つめる。
「今日も勉強するの? それとも、あたしと楽しいことする?」
「べ、勉強します」
「……と、思わせて?」
「だから、勉強します!」
「つまんなーい!」
ベッドの上でゴロゴロと暴れて、仕方なさそうにため息をついた。
そして、胸の谷間に指を突っ込み、黒いUSBメモリを取り出す。
「はいこれ、有咲ちゃんお手製の問題集! 手書きめんどっちくて、パソコンで作っちゃった!」
「いやいやいや!? ど、どこから出してるんですか!?」
「おっぱいだけど?」
「何でそんなところに!?」
「んー……ノリ? 的な?」
的な、じゃないがぁ!?
動揺する僕に対し、「いらないのー?」と天城さんはUSBメモリを軽く振る。
恐る恐る、両の手のひらを出して受け取った。……何か、生温い。もの凄くイケナイものをもらってしまった気がする。
「……で、では、ありがたく使わせてもらいます」
「あいっ!」
ノートパソコンに挿して、早速データを確認した。
……す、すごい。
まず見た目が、本物の問題集みたいだ。中身にも一切おふざけがなく、天城さんの普段の感じからは想像もつかない。
「これ、昨日の今日で作ったんですか? ちょっと仕事が早過ぎません?」
「んにゃ、それはあたしが家庭教師先で出したやつをちょっと弄っただけだよ。だから、作業時間自体は一時間ちょいかなー?」
「家庭教師……そういえば、それで稼いでるって言ってましたっけ」
「所属事務所の社長の娘さんを見てるの。オンラインで、週に何回かね」
「金払いがちょーいいよぉ!」と続けて、芝居がかったゲスな笑みを浮かべた。
具体的にいくら貰っているかは聞かないが、このひとを雇いたくなる気持ちはわかる。
勉学の優秀さは言うまでもなく、この性格なため、いい意味で緊張感がない。
どんな勉強嫌いでも、彼女の指導ならすんなり受け入れるだろう。
「……そんなひとにタダで勉強見てもらって、僕、本当にいいんですかね……」
「ん? じゃあ付き合う?」
「それはお断りしますけど」
即答すると、「ガーン!!」とわざとらしくショックを受けた。
申し訳ないが、その一線は守らせてもらう。
実家には帰りたくない。
「佐伯は何にも気にしなくていいよー♡」
「わっ!? ちょ、ちょっと……!」
ベッドから身を乗り出して、ガバッと僕の背中に抱き着いた。
首に腕を回して、耳に頬擦りして、甘い吐息を吹きかける。
「あたしのこと好きにさせるためなら、何やってもいいんだもんね?」
「……勉強の邪魔と、不純異性交遊にならなければ、まあ……」
「じゃあさ、今日の勉強終わったら――」
背中に当たるやわらかいもの。
首に回された腕も、髪も、体温も、何もかもがやわらかくて。
だからこそ、理性を削る。
「不純じゃないイイことして、いっぱいドキドキさせてあげる♡」
その後、天城さんはただの一度も勉強を邪魔することはしなかった。
だけど、当の僕はまるで集中できない。
不純じゃないイイこと。そのことで、頭がいっぱいで。
もう本当に、男ってやつは……。
◆
「第五〇回!! 佐伯と合法的にイチャイチャ大作戦~~~~~!!」
勉強が終わり、夕食も済ませて。
ここからは自由時間。
あたしの宣言に対し、佐伯は「まず第一回を知らないんですけど……」と、欲しかったツッコミをしてくれる。
「あたしって成績いいでしょ?」
「で、ですね」
「中学の頃も、ずーっと一位だったの!」
「それは……ほ、本当にすごいですね。△△大付属で一位って……」
「つまり、賢いわけだよ。わかるかねワトソン君?」
「は、はあ……」
「そんなあたしが思いついた、不純異性交遊にならないとっておきのイチャイチャ方法を聞いてよ! 賢過ぎて惚れちゃうこと間違いなしだから!」
不純異性交遊をしたら一人暮らしが終わってしまう。
その話を聞いた時、あたしは思った。
――それって、黙ってればバレなくない?
だけど、佐伯と少し話してみてわかった。
彼は真面目だ。本当に、愛おしいくらいに真面目だ。
やることをやってしまったら、ルールを犯してしまったら、そのことを家族に報告しないなんて卑怯な選択肢は取れない。
そこで、あたしは考えた。
佐伯が納得する形で、最高にイチャイチャできる方法を。
「あのー……それを聞く前に、まず確認したいんですけど……」
「んー?」
「僕をドキドキさせたいからって、わざわざイチャつく必要あります? こんなことを言うのは恥ずかしいんですが……僕、天城さんと一緒にいるだけで……その、普通にドキドキしますよ?」
と、たどたどしい声で語る。
床に座る佐伯。すらりと背筋を伸ばしながら、遠慮がちにあたしを見る。恥ずかしそうに、視線を泳がせる。
うっ……うっ……。
うひゃあ~~~~~~~~~~~♡♡♡
ドキドキしてるってゆった!!
一緒にいるだけで、ドキドキするって!!
いや、うん、わかってたよ! 佐伯ってば、異性に耐性ないっぽいし! あたしが近づくだけで、顔赤くしちゃうし!
ドキドキしてるのはわかってたけどさぁ!!
でもさでもさ!!
そうやって言葉にしちゃうのはさ、反則じゃんよ!!
あたしもキュンキュンしちゃうじゃんよぉ~~~~~~~~♡♡♡
「わかってない。佐伯は何にもわかってないね」
「はい?」
「あたしの好きなひと、誰か知ってる?」
「…………ぼ、僕です」
「つまり、あたしが佐伯に触りたいってこと! あたしが触って、佐伯はドキドキする! それって最高じゃない!?」
「なる……ほど……?」
「んで、思いついちゃったわけよ! 佐伯のこと、いっぱい褒めてあげればいいんだって!」
「……どういうことですか?」
「えらいねー、頑張ってるねー、って言いながら、なでなでしたり、ぎゅーってしたりするの! 褒めながらそういうことするの、別に普通でしょ?」
視線を伏せ、考え込む。
おっと、まずい。
あまり冷静になられては困るので、すぐさま次の行動に移す。
「じゃ、失礼しまーす♡」
「え、えぇ!? 天城さん!?」
困惑の声を無視して、彼の膝の上に座った。
向かい合って、両足で腰を挟み、両腕を首に回す。
吐息の熱すら感じる距離に、あたしはついニヤケてしまう。
やっば~~~~~♡♡♡
ここから見る佐伯、ちょーイイ♡ しゅき~~~♡
「この体勢はおかしいでしょ!? 流石にアウトですって!」
「何で? うちじゃこれが普通だよ」
「……天城さんの家じゃ、こ、これが普通……?」
「そーそー。褒めてもらう時は、毎回これ!」
当然嘘だ。そんなバカップルみたいな家族なわけがない。
しかし佐伯は一応納得したようで、「そ、そうですか」と頷く。……何かこれ、ゾクゾクしちゃうな。無知な子で遊んでるみたいで。
「よーし♡ 今日は佐伯のこと、いーーーっぱい褒めてあげるぅ♡」