第7話 歩けなーい!!
「佐伯っ!! 好きっ!!」
放課後。
嵐のような勢いで僕を迎えに来た天城さん。三回目ともなるともはや驚くのも億劫で、羞恥心による熱と共に息をつく。
「その登場の仕方、何とかなりませんか……?」
「何で? 好きって言われたら嬉しくない?」
「嬉しくない……と言ったら、嘘にはなりますけど……」
「でっしょー! これも惚れさせるための作戦ってわけ! ってことで佐伯ぃ!」
「は、はい?」
「すっきぃ~~~~~♡♡♡」
キス顔で飛び込んできた天城さんを躱し、その足で玄関へ。程なくして彼女が追いかけて来て、二人で帰路についた。
「ねえ佐伯ー」
「はい?」
「手、繋ご?」
「いきなり何ですか!? 不純異性交遊はダメだって、何度も言ってますよね!?」
「じゃあ仮にあたしが足を怪我してて、誰かの補助がないと歩けないとしてさ。それで佐伯と手を繋いだら、それって不純異性交遊になるわけ?」
「え……? その場合は……な、ならないかな、と……」
「あーん! 足、くじいちゃったー! 歩けなーい!」
「バカな芝居はやめてくださいよ!?」
いきなり立ち止まったかと思ったら、天城さんは嘘くさい泣き顔で喚き出した。
無視だ、無視っ。
こんな芝居にいちいち付き合っていたらキリがない。
僕が先に行ったら、どうせすぐに追いかけて来るだろう。
「…………」
十秒ほど歩く。
追いかけて来る気配がない。
「…………」
さらに十秒ほど歩く。
足音はなく、ふと振り返る。
天城さんは遥か後方。
捨てられた子犬のような目で、僕を見つめている。
「もぉお~~~~~!! 僕がそういう顔に弱いこと、わかってやってるでしょ!?」
「わぁー♡ 戻ってきたー♡」
「わぁー、じゃないです!! やめてください、罪悪感で胸がチクチクするので!!」
「ふひひ! ごめんなさーい!」
言いながら、ちゃっかりと僕の手に触れた。
小さくて、壊れそうで、汗ばんだ手のひら。
それは力強く僕の手を握って、嬉しさを表すようにムニムニと軽く揉む。
「手……繋いじゃったね? いいの、これ?」
「……天城さんが一方的に握っているだけなので、これは繋いだうちに入らない、と思います……」
「それ、詭弁ってやつじゃなーい?」
「だ、だったら離してくださいよ!」
ギュッと僕の手をいっそう強く握って、引き寄せて。
軽くつま先立ちをした天城さん。
僕の耳元に、ふにっと湿り気を帯びたやわらかいものが当たった。次いで温かい吐息に襲われ、甘い快感が背筋を走る。
「やー……だっ♡」
蠱惑的な声で囁いて、僕の顔を見てニシシと笑う。
好意だけを糧に咲いた笑顔に、どうしたって顔の血管が焼ける。
「暑いねー! コンビニでアイス買って帰ろっか!」
「カロリーは大丈夫なんですか? せっかくお昼、我慢してたのに」
「いいのいいの! 夕食減らして、あといっぱい動くから!」
歩き出した。天城さんに、手を握られたまま。
つい無意識に、少しだけ、こちらからも彼女の手を握ってしまう。
それを感じ取ったのか、チラリと横目に僕を見て、嬉しそうに鼻を鳴らした。
九月の太陽。繋がった僕たちの影を一瞥して、それは恋人にしか見えなくて、大丈夫なのかという不安と悔しいくらいの嬉しさに頭痛がする。
「ねえ佐伯」
「今度は何ですか……?」
「ありがとね」
「……はい?」
「昨日も今日も、ありがと! あたしの大好きになってくれて、ありがとっ!」
蝉が鳴いている。
日差しは肌を焼く。
だけどちっとも、今は、今だけは、不快じゃない。
たぶん、天城さんと一緒だから。
カンと、彼女は足元の小石を蹴り上げた。
その行方を目で追うことさえ、今は楽しく感じた。