第27話 大事に
絶対に言うと思った。
「んー? あれ、真白……? 天城さんとは、ただのお友達なのよねぇ?」
笑みをそのままに、顔全体を疑念の色に染めた母さん。
慌てる必要はない。両親に会わせるって決めた時点で、こうなるってわかってたし。
「そうだよ。でもまあ、この通りで……大丈夫、変なことはしてないから」
「本当に? こんな可愛い子に、こんなこと言われちゃって、本当の本当に何もしてないの……?」
「本当だって。そうですよね、天城さん?」
冷静に、何でもないように、淡々と対処する。
僕を実家へ帰すのが目的なら、うちに泊まったとか、二人でラブホに行ったとか、ベラベラと全て喋って審議にかけるのが一番早い。
だけど、天城さんの目的は僕を惚れさせること。
そんなチクリのような真似をして、僕からの好感度が下がっては元も子もない。賢い彼女は、それをちゃんとわかっている。
「はいっ、何もしてません! 本当です!」
ほら。
「あ、あのっ、お願いがありまして!」
と言って、僕を横目にニヤリ。
タタタッと両親に近づいて、鞄の中から何かを取り出して二人に渡した。ノートらしきそれを開いて、しばらく目を通して、二人は神妙な表情を作る。
「あ、あらぁー……アナタ……ど、どうしましょ?」
「えっ? あ、あぁ……うーん……」
「こちら、一旦お預かりします! もし気になったら、後ほどじっくりとお話できればと思います……!」
いつか僕にやったみたいに、ひょいっとノートを取り上げ鞄にしまった。
残念そうな母さん、困り顔の父さん。二人を放って、軽やかな足取りで僕の元へ戻って来る。
「いきなり変なもの見せちゃってすみません! でもあたし、本気で真白君のことが好きなので!」
言いながら、僕の腕に思い切り抱き着いた。
にへーっと笑って見せて、相変わらず言葉にできないくらい可愛くて、どう反応すればいいかわからず顔をそらす。
「わぁ~~~!! アナタ、見てみて! うちの息子がモテてるわよ!?」
「……そ、そうだね……」
「ちょっと、何でアナタまで恥ずかしがってるの!?」
「いや……昔を思い出して、その……」
ゴニョゴニョと言いながら、いつものように俯く父さん。
母さんはご機嫌な子犬みたいな顔で僕たちを見て、「青春してていいわねぇー!」と明るい声を鳴らす。
「あっ、シロにぃ! それに天城先輩もっ!」
「桜蘭ちゃん!? わーっ、久しぶりぃー!」
唐揚げが刺さった串を片手に、妹の桜蘭がやって来た。
初詣の時期は、神社に多くの屋台が出店する。そこで買って来たのだろう。
「ん? えっ……この小さい子、どうしたの?」
「わたしの妹ですよ。瑠璃っていいます」
「妹!? 佐伯って、桜蘭ちゃんの他にも妹いたの!?」
「桜蘭の他にも、というか――」
妹も弟もまだまだいますよ、と言いかけて。
桜蘭の腰にしがみついていた、まだ五歳の末っ子の瑠璃が、「うわぁああん!!」と大声で泣き始めた。
「わっ、わわっ! ど、どうしたの!? お腹でも痛い!?」
「うぅう! わぁあああ! ぬいぐるみがぁー!」
「ぬいぐるみ? ぬいぐるみが、どうかしたの?」
「ぬいぐるみがぁああああ!!」
「あー、大丈夫ですよ天城先輩。さっき射的やって来たんですけど、欲しかったぬいぐるみが獲れなくて悔しがってるだけなので」
「ぬいぐるみっ……るり、ほっ、ほしかったぁああああ!!」
号泣する瑠璃。
それを慣れた調子であしらう桜蘭と、困った顔で見守る両親。
僕たち家族にとっては何でもない日常の一コマだが、天城さんは凄まじく慌てていた。
本能なのか何なのか、子どもの泣き声って妙にソワソワするよね。わかるわかる。
「よしっ、瑠璃ちゃん! そのぬいぐるみ、あたしと一緒にもう一回獲りに行こっか!」
「……ふぇ? いいの?」
「いいのいいの! お姉ちゃんも射的、やってみたかったし!」
ドンと胸を叩くと、瑠璃の表情に笑顔が咲いた。
い、いやいや、ちょっと待て。
「天城さん、気にしなくていいですよ。わざわざそんな……お金もかかりますし」
「えー? でもあたし、獲るって言っちゃったし……それに、瑠璃ちゃんと遊びたいし。ダメかなぁ?」
「ダメというか、えーっと……」
ふっと、母さんに目をやり意見を仰いだ。
母さんは小さくため息をついて、財布の中から五百円玉を取り出し瑠璃に渡す。
「あと一回だけよ? それでダメだったら、ちゃんと諦めなさいね?」
「うんっ! ありがと、おかーさん!」
瑠璃は元気いっぱいに返事をして、天城さんと手を繋ぎ歩き出す。その後ろを、桜蘭がついて行く。
「真白。あとで天城さんに、ぬいぐるみ獲るのにいくらかかったか聞いておいて」
「えっ?」
「何かあの子、目的のためならいくらでも頑張っちゃいそうな感じして。五百円で足りなかったら、平気で自腹切ると思うのよ。かかったお金、ちゃんと返さなくちゃ」
「……う、うん。わかった、聞いとく」
母さんは能天気で元気いっぱいなおばさんだが、やけに勘が鋭くひとを見る目は確かだ。
たぶん、警察官だった爺ちゃんの影響だろう。
「そういえば、爺ちゃんと婆ちゃんは? 兄さんとかもいないけど、どっか行ってるの?」
「みんな一緒に福袋買いに行ったわよ。瑠璃と桜蘭が戻って来たら、私たちも買い物行くから。真白は天城さんと一緒に、先に家へ帰ってなさい」
言って、「それはそうと」と目を細めて妖しく笑った。
「天城さんと、本当に何もないの?」
「な、ないよ。不純異性交遊禁止ってのは……ちゃ、ちゃんと守ってるし!」
「本当の本当に? あんな可愛い子に好かれてて、何もしてないの?」
「してないって! 本当の本当に、ただの友達だから!」
「ふーん……」
何もかも見透かしたような顔の母さん。
だ、大丈夫だよな? 僕、一応まだ何もしてないよな? 自分のことなのに、何か不安になってきた……。
「わっ……!」
突然、頭に衝撃。
わしゃわしゃと、父さんの大きな手が僕の頭を乱暴に撫で回す。
「な、なに? どうしたの……?」
父さんは、僕を真っすぐに見つめていた。
険しくて、だけど優しくて、少し臆病な目に、僕だけを映していた。
「……大事に、するんだぞ」
図体に似合わない、繊細な声で呟く。
だけどその声は力強くて、重たくて、深い。
とても大切なことを言われたのだと、すぐに理解する。
「わかってる。――大事にするよ、何があっても」
と返して、黙りこくって、見つめ合って。
急に恥ずかしくなり、顔をそらした。父さんも同じように頬を赤らめ、明後日の方向を向く。
「親子ねぇ……まったく……」
母さんの呆れた声に、僕と父さんは改めて顔を見合わせ小さく笑った。