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第21話 大晦日とメイドさん


「佐伯くーん、お疲れ様ー。これ、持って帰りなー」

「えっ? 何ですか、この発泡スチロール……って、うわ!?」


 十二月三十一日。大晦日。

 午後五時頃。僕はバイト先のコンビニで、今年最後の業務をこなしていた。


 そろそろ帰ろうか、と思ったところで店長からの呼び出し。店の裏へ行くと、そこには大きな発泡スチロールが置いてあり、その中身に驚愕する。


「ブリにサワラにヒラメ! すごっ、クエまである!」

「高校生のくせに、見ただけで何の魚かわかるの? 変態だなぁー」

「……そういうこと、思っても口に出すのやめてくれません?」


 ぷかぷかと煙草をふかしながら気だるげに笑う、うちのコンビニの店長。

 相変わらずの遠慮のなさに、一周回って笑ってしまう。


「にしても、これどうしたんです?」

「田中さんだよ。ほら、いつも朝に新聞と煙草ワンカートン買ってくヤニカス爺さん。今朝釣ったとかで、正月に食べなって持って来てねー」

「持って来たって……て、店長に?」

「んー。ほら私、可愛いからさー」


 実年齢は知らないが、見た目は二十代後半。

 化粧気がほぼ無く、長い髪は伸ばしっぱなしで、生きているのか死んでいるのかわからないダウナーな瞳。だが、すれ違えば振り返るほどに美人で、誰もが羨むようなスタイルをしている。


 故にこの店には、店長目当ての客が一定数いる。

 田中さんもその一人で、たまに煙草の差し入れとかしてたけど……いやいや、これはちょっと桁違いだぞ。


「持って帰りなって言いますけど……あの店長、これ全部店で買ったらいくらか知ってます? この量なら、数万円はしますよ……?」

「マジー? んじゃ、佐伯くんの給料から引いとくねー」

「何で僕が買い取る話になるんですか!? だ、だったらいりませんよ!!」

「じょーだんじょーだん。いやさ、単純に私って料理とかしないしさー。なのにこんなのいっぱい貰ったって困っちゃうよー」


 やれやれ、と肩をすくめる店長。

 発泡スチロールの中は、今が旬の魚でいっぱい。どれもこれも絶対に美味しい。

 贈り物としては相当気合いが入っているが……まあでも、料理しないひとがこれ貰っても困るよな。捌くの大変だし。


「本当に僕が貰っちゃっていいんですか? 他にも欲しいひとがいるんじゃ……」

「んなこと気にするなよー。うちで働いてるひとで、これ処理できそうなの佐伯くんだけだしさ。まっ、優しい店長からのお年玉だと思って美味しく食べなー」


 貰い物をお年玉として横流しするのはいかがなものかと思いつつ、「あ、ありがとうございます」と受け取ることにした。ここで僕が受け取らずに、結果的に誰も処理できず腐りでもしたらバチが当たりそうだし。


「でも、僕一人じゃとても食べ切れないので、捌いて調理したもの持ってきますよ。店長がよければ、の話ですけど……」

「え、いいのー?」

「むしろ貰うからには、これくらいしないと。今日の夜、店に持って来ればいいですか?」

「うん。夜勤のひとたちと酒盛りしよーっと」

「……正月早々から酔って店で暴れたりしないでくださいね。バイト先がなくなったら、僕、すごく困るので……」

「あっはっはー。だいじょぶだいじょぶー」


 まるで安心のできない声音で言いながら、僕の背中をベシベシと叩いた。






 大晦日までバイトかと正直嫌だったが、思わぬ収穫にホクホクで帰路につく。

 何作ろうかな。ブリは刺身で食べたいし、サワラは塩焼きかな。ヒラメは煮付けにするとして、クエは鍋とか……うーん、迷う。


「タイミングよかったなー」


 と、独り言つ。

 今日は天城さん、そして昴を家に招いての忘年会。パーッと豪華なものを食べたいなと思っていたが、これ以上ないってくらい最適なお年玉だ。


「にしても、昴も来るのか……珍しいな……」


 別に嫌というわけではない。むしろ嬉しい。

 たまたま休みが取れて、それを天城さんに知られて、強引に誘われたのかな。


『え、昴ちゃん、大晦日お休みなの!? 一緒に忘年会しよ!!』

『い、いや、私は――』

『ねーねーやろーよぉー!! いいでしょ、ねっ!!』

『……まあ、有咲ちゃんが、どうしてもって言うなら……?』

『やったぁ~~~♡』


 といった感じのやり取りが目に浮かぶ。

 誰も彼もを虜にするイケメン王子のセイ様だが、実際は遠慮がちな性格で、そういう点では僕と似ている。だからこそ、天城さんみたいな自己主張の塊なひとに弱いし、その強引さが嬉しかったりするんだよな。


「……ん?」


 アパートに着いて、部屋の扉の前まで来て。

 家の中がやけに騒がしい。天城さんと昴が既に来ているのだと思うが、ただ雑談で盛り上がっている感じではない。ドタドタと、何やら暴れている。


「昴ちゃん可愛いよぉ♡ ちょー可愛いよぉー♡ 似合う!! すっごく似合ってる!!」

「に、似合ってるわけないだろ!? こんなの今すぐ脱いで――」

「えぇー!? せっかくだし、インスタに載せようよ! 絶対にバズるって!」

「いやいや、それは私のブランディング的に絶対にまずいよ!!」

「んじゃ、佐伯にだけでも見せよ?」

「そっちの方が嫌だ!!」


 すげー……声、丸聞こえだ。

 これ、僕入っていいのかな。何か脱ぐとか何とか言ってるし、着替えてるとこに遭遇でもしたらまずいよな。でも、早いとこ魚捌いちゃいたいし……。


「あのー……入って大丈夫ですか……?」


 迷った末、コンコンとノックして聞いてみた。

 自分の家に入るのにノックするとかバカみたいだけど、もしものことがあってからじゃ遅いし仕方ない。


「あっ、佐伯だ! いいよ、入って来て!」

「ダメだ! 今入ったら絶交だからなっ、許さないからなっ!」

「何でそんなこと言うの? 佐伯のこと、嫌い?」

「き、嫌いとかじゃ、なくて……いやこれは、流石に恥ずかしいというか……!」

「えぇー? すっごく可愛いよ?」

「可愛くない! 私は……そ、そういうのじゃないし……!!」

「んじゃ、佐伯にも判断してもらお! 佐伯、入ってきてー!」

「いやぁあああ!! 待って待ってー!!」


 入っていいのかダメなのか、どっちなんだよ……。


 と、ため息をついたところで。

 扉が開いて、ニコニコの天城さんが顔を出した。


「おかえりなさい、佐伯! バイトお疲れ様!」

「…………」


 言葉を失う。

 何がどういうわけか、天城さんが超絶ミニスカのフリフリなメイド服を着ていたから。


 そして、それ以上に意味不明なのは、


「真白……お、おかえり……っ」


 彼女に手を引かれてやって来た昴も、メイド服姿だった。

 猫耳カチューシャまで着けていた。


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