第5話 明かりは消してね♡
「うわぁ〜〜〜!! すごぉ~~~い!!」
テーブルを埋める、今日の夕飯。
白米に味噌汁、大根のそぼろ煮とナスのおひたし、そして豚の生姜焼き。やや茶色多めな気がしたので、生姜焼きの付け合わせとして千切りキャベツとトマトを用意した。
それらを見て、天城さんはこれでもかとリアクション。
飢えた犬のように、今にも食らいつきそうなほど目を輝かせている。
「無理に喜んでません? 僕に気をつかってるなら――」
「んなわけないじゃん! もっと自信持ちなよ、佐伯!」
料理と僕を交互に見て、赤い瞳は爛々と輝く。
早く食べようと、鼻息の荒さが語る。
「じゃあ……い、いただきますっ」
「いただきまーす!!」
声は元気に、でも手は丁寧に合わせて。
箸を取る所作にはどこか気品があり、食べる仕草も綺麗だ。
こういう食事の仕方するのか、天城さんって……。
「なになにぃ? 佐伯ってば、あたしのこと見過ぎじゃなーい?」
「あっ! ご、ごめんなさい! 食べ方、すごく上品だったので、つい……!」
「そう? まあ、汚いより綺麗な方がいいしさ。佐伯的に、気に入らなかったりする?」
「全然そんな! むしろ好きです!」
そう口にして、己の口下手具合に絶望した。
血の気が引く僕に対し、天城さんは赤面する。パチパチとまばたきをして、薄っすらと口を開けて硬直する。
「違います! 見た目とのギャップがあるというか、何というか! 品の良さってすぐ身につくものじゃないので、本当に頑張っててすごいなぁと思ったり……!」
「べ、勉強のこともそうだけど、変なところばっかり褒めないでよ! あぁもう、はっず……! そういうこと言われるの、本当に慣れてないんだから……っ!」
僕を半眼で睨みつつも、その表情はどこか嬉しそうで。
豚の生姜焼きを食べて、ご飯を食べて、飲み込み。味噌汁をすすってから、コホンと咳払いする。頬に熱を残したまま。
「じゃあ、ここからはあたしのターン! さ、佐伯も照れて!」
「はい?」
「佐伯の料理、すごく美味しいよ! マジやばくて、お店かと思った! 特にこの大根のそぼろ煮、冷蔵庫でキンキンに冷やされてて、味がしみしみで、ご飯との相性がちょー抜群! もう佐伯以外の料理食べられないよぉ~!」
「……あ、ありがとうございますっ」
実家での食事は戦争だ。
食べ盛りの弟妹五人。傍若無人な兄姉三人。奴らは己の腹を満たすために何でもする。
だから、こうして面と向かって手料理を褒められたのは久しぶりだった。
照れてと言われて実際に照れるのは癪だが、嬉しいものは嬉しい。
これは仕方がない。
「あぁ~~~無理ぃ~~~!! マジ無理ぃ~~~!!」
「えっ!? ど、どうしたんですか!?」
僕を褒めたかと思った、今度は両手で顔を覆って嘆き始めた。
その情緒の変化に、僕はわけがわからず声を張り上げる。
「好きなひとが喜ぶ顔、尊すぎるんだもん!! これじゃあ反撃になってないよー!! あたしのやられっぱなしじゃーん!!」
「そんなこと言われても……」
「……よし、脱ぐか。そしたら佐伯も照れまくるはず……っ」
「そ、そういうことやる子は、デザート抜きですからね!!」
「デザートまであるの!?」
「昨日、思いつきで作ったプリンが……あとで食べます?」
「うん!!」
元気いっぱい、笑顔満点。
しかし変わらず食べ方は上品で、ことあるごとに「美味しいよ!」と笑う。
自分の食事よりも、つい、彼女を目で追ってしまう。
「いいこと思いついた。結婚したら、一緒にお店開こっか?」
「ごほっ!? ごふごふっ!! け、結婚って……いきなり変な冗談言うの、やめてくださいよ!?」
心臓の悪い言葉に、思い切りむせてしまった。
お茶を飲んでひと息つこうとするも、「冗談じゃないけど?」と追い打ちを受け噴き出す。……あぁ、服がびちゃびちゃだ。
「あの……くどいかもしれませんが、本当にいいんですか?」
「何が?」
「僕に助けられたから惚れた、というのはわかりました。でも天城さん、僕のこと何も知りませんよね? なのにベタベタして、好き好き言って、部屋にまで上がり込んで……僕が好意を悪用するような奴だって可能性もあるんですよ?」
言うと、天城さんはきょとんと目を丸くした。
しかし次の瞬間にはいつもの笑顔を取り戻し、自信満々な白い歯を覗かせる。
「そうだね、何も知らない。でも、それってすごく楽しみなことじゃない?」
「た、楽しみ?」
聞き返すと、天城さんは箸を置いて四つん這いでこちらに近寄って来た。
ぬっと手を伸ばし、その指先は僕の口元へ。
人差し指がさらって行ったのは、僕の頬に付いていたご飯粒。それをぺろりと舐め取り、無垢な笑みを口元に灯す。
「これからいっぱい佐伯の好きなところを見つけられて、もっと好きになれるってことでしょ?」
眩しいくらいのポジティブ思考に、返す言葉もなかった。
そういうことを面と向かって言ってしまうひとに好かれたことが、単純に嬉しくて顔が熱い。負けじと歯を食いしばるも、恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。
「あーっ、照れた! 佐伯ってば照れたーっ!」
「わ、悪いですか!? そんなこと言われたら、誰だって照れますよ!」
「うひひひ~♡ あたしの勝ち~♡」
ちょんちょんと、人差し指で僕の頬をつつく。
「ていうか、好意を悪用するような人だったら、そんな心配するわけないじゃん。その時点で、佐伯は優しいひとってわかっちゃったもんね!」
「……信用していいんですか? 男はみんなケダモノですよ」
「あ、じゃあご飯終わったらシャワー浴びて来ればいい感じ? その前に替えの下着取って来るね!」
「軽っ!? も、もうちょっと恥じらいを持ってくださいよ!」
「明かりは消してね……♡」
「そういう恥じらいじゃないです!」
鈴を鳴らしたようにコロコロと笑う天城さんを半眼に睨みつつ、僕は味噌汁をすする。
実家での戦争のような食事とはまるで違う、ただ楽しく、温かいだけの時間。
この半年間、一人で夕食をとっていたのもあり、この時間が余計に心地よく感じた。
「一応言っとくけどさ」
「はい?」
「軽いのは佐伯にだけだよ? あたし、経験ないからね?」
「し、知りませんよ、そんなの!」
「初めて、全部佐伯にあげちゃうぞー♡」
この調子が今後ずっと続くとか……僕、いつまで理性もつかな。