第16話 完全プライベート空間で、大切なひとと特別なサウナ体験を
食事が終わったとは、天城さんに連れられてプラネタリウムへ。
クリスマスだけの特別公演を堪能し、「すごくよかったね!」なんて言いながら夜道を歩く。
「もう結構いい時間ですけど、次はどこへ行くんですか?」
時刻は午後九時過ぎ。
そろそろ帰ってもいい頃合いだが、彼女の足はまだ家の方へは向かない。
「ふふふぅー! 次はね、この初デートのラストを飾るに相応しい場所だよ!」
「……い、一応確認しますけど、変なところじゃないですよね?」
「変なところ?」
「だ、だから……ラブホテル、的な……?」
「えぇー? 佐伯ってば、あたしとそういうとこ行きたいのかー? やらちー♡」
「いやいや、僕が提案してるみたいに言うのやめてくださいよ!?」
「安心してよ。佐伯を惚れさせるために何をしてもいいけど、ただし不純異性交遊になることはダメなんだもんね? わかってるってー!」
「じゃあ……一体、どこへ……?」
天城さんは横目に僕を見て、ふふんと得気に鼻を鳴らす。
「サウナだよ!」
「……はい?」
「サウナだって! 知らない? ちょー熱いところ!」
「サウナはわかりますが……な、何で?」
「汗と一緒に、今年一年の疲れも流しちゃおうってことだよ。スッキリサッパリして帰って、今日はゆっくり寝よ! 明日も学校あるわけだし!」
「は、はあ……?」
初デートの、それもクリスマスデートのラストがサウナ。
僕を惚れさせることに全力な天城さんにしては、あまりに意味不明な選択だ。
……あぁ、もしかしてあれか?
前にやった夫婦ごっこ。あの時、僕を癒す方向で惚れさせるとか言ってたけど、これもそういうことなのかも。
もしくは、僕が知らないだけでデートの最後にサウナに行くのは、わりとポピュラーだったりするのかな。
よくわからないけど、色仕掛けじゃないなら別にいいか。
サウナ……あんまり入ったことないし楽しみだ。
「着いた! ここだよ!」
「…………」
一軒の建物の前で立ち止まった。
そこは誰がどう見ても、言い訳の余地がないくらい、もう清々しいほどに――。
「さっ、行こいこー!」
「……僕、帰ります」
「な、何で!? せっかく来たのに!」
「何でもクソもないですよ! 理由はわかってるでしょ!?」
黒を基調としたシックな外観。
置かれた看板には、堂々と〝ご休憩〟の三文字。
サウナに詳しくない僕でも、ここがサウナではないことくらい理解できる。
「ここ、どう見てもラブホテルじゃないですか!? ダメです、絶対にダメです!! 二人でこんなとこ入った時点で、それはもう不純異性交遊ですよ!!」
「えー? じゃあ聞くけど、今雨降ってお互いにずぶ濡れで、早くシャワー浴びて着替えないと体調崩しちゃうって時も、ラブホテルに入ったら不純異性交遊になっちゃうの? それっておかしくない?」
ノータイムでそれっぽいことを言われ、このひとってやっぱり賢いなと感心した。
……って、いやいや。だからって、このまま入っていいわけがない。
「そもそも、サウナだって言われたからついて来たんですよ!? でもここ、ラブホテルでしょ!?」
「あれ? あたし、行き先はラブホテルじゃないよ、とか一言でも言ったっけ?」
「言いまし――……いや、言ってないですね」
サウナに行くとは言ったが、確かにラブホテルに行かないとは言っていない。
抜け目がないというか何というか……この頭の回転速度をこんなことに使っているのは、何かしらの法に触れる気がする。
「言ってないですけど、だからってこれはおかしいです! 僕、帰ります! 嘘ついて連れ込もうとか、そんなの酷いですよ!」
「あぁー、ちょっと待って! これ見てよ、これこれ!」
見せられたのは、スマホの画面。
映っていたのは、今目の前にあるラブホテルのホームページ。
〝完全プライベート空間で、大切なひとと特別なサウナ体験を〟って……え?
サウナがあるの? ラブホテルに……?
「ほら! あたし、嘘ついてない!」
「た、確かに……? いやでも、混浴はまずいですよ! 水着もないのに!」
「ドイツのサウナは混浴が一般的だし、あたしたちも問題なし!」
「ここは日本です!!」
「ちゃんとタオル巻くし、変なことしないよ? それでもダメなの? ずっと前から予約してて……あたし、すっごく楽しみだったのに……」
しゅんと、天城さんは視線を伏せた。
その顔は本当に残念そうで、見ていられなくて……抉られたような痛みが、僕の胸を襲う。凄まじい罪悪感に、冷たい汗が浮かぶ。
「それにさ、デートでどこへでも付き合うって言ったの、佐伯じゃない? あたしのこと嘘つき呼ばわりするのに、自分が嘘つくのはいいの?」
「どこへでも、付き合う……?」
首を捻って、記憶を辿って、草の根を掻き分けて探して。
程なくして、それを見つけた。
『デートって……わ、わかりました。もうちょっとお金に余裕ができてからでよければ、どこへでも付き合いますよ』
天城さんを応援したくてプレゼントを贈った、あの日の夜。
別れ際、確かに僕は彼女にそう言った。うわぁ、言っちゃってるよ……。
「……ほ、本当にサウナに入るだけですか?」
「最初からそう言ってるじゃん」
「変なことしたら……その時点で、帰りますよ?」
「わかってるって!」
ドンと胸を張る。
まるで信用できないが、どこへでも付き合うという約束がある以上、僕は行かざるを得ない。
「そういうことなら、まあ……」
浅く頷くと、天城さんは意気揚々と僕の手を取り歩き出した。