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第15話 綺麗です


 今回のクリスマスデートだが、コース決めは全てあたしが行った。


 ただ単に可愛い格好して一緒に歩いたからって、今更彼の心は動かない。

 しっかりと練ったこのデートコースで、佐伯の心を鷲掴みにしちゃうんだから!


「た、たっ、大変申し訳ございません……! こちらのミスで、予約が正常に受理されておらず……! その上、本日は終日満席でして……!」

「……え?」


 まずは腹ごしらえ。

 二ヵ月前からリサーチにリサーチを重ね、実際に食べに行って味も確かめ、ここはもう間違いないと踏んだ人気のレストラン。


『天城さん、こんなお店知ってるとかすごいですね! また今度、一緒に来ましょう!』


 という感じで、あたしにしては正攻法な好感度の稼ぎ方をするつもりだった。

 デキる女を演出する予定だった。


 なのに席が取れておらず、真っ青な顔の店長さんは頭を下げるばかり。一歩目から躓くどころか大転倒して、あたしもあたしで頭が真っ白。

 そんな中、佐伯は静かに前へ出て「わかりました。また今度食べに来ます」と店長さんに語り掛け、フッとあたしを見た。


「ご、ごめん佐伯! どうしよどうしよっ! えっと、じゃあ別のお店に――」

「今からじゃ、牛丼屋とかじゃない限り空いているお店を探すのは難しいと思いますよ」

「た、確かに……じゃあ、その……!」


 考えろ、考えろ、考えろ。

 有咲ちゃんは賢いんだから、これくらいのトラブル、華麗に解決できちゃうはず! そうじゃないと、佐伯をガッカリさせちゃうよ!


「えっと、えっと……はっ、はくちゅっ!」


 可愛さ優先でやや薄着なせいか、冷たい風が吹いた際にくしゃみが出た。


 あぁもう、最悪だ。今のあたし、全然可愛くない。

 こういう時こそ笑うべき。

 あっけらかんと、場の空気を盛り上げるべき。


 そんなことはわかっているが、思うように身体が動かない。視線が下がって、口角も下がって、ただただ落ち込む。

 ゲームみたいに、リセットボタンがあればいいのに。できることなら、お店選びの時点からやり直したい。


「……あの、天城さん」


 呼ばれて、顔をあげた。

 彼はどこか緊張した面持ちで、「こ、これを」とバッグの中から何かを取り出した。


「よければ使ってください。少しは寒さもマシになるかと」


 言いながら、あたしの首に何かを巻いた。

 それは、クリーム色のマフラーだった。


「これ……もしかして、クリスマスプレゼント?」

「はい。いつ渡すのが適切なのか悩んでて……天城さんがくしゃみしてくれなかったら、一生渡せなかったかもです。だからその……あ、ありがとうございます」


 くしゃみをしてお礼を言われると思わず、つい笑ってしまった。

 彼も恥ずかしそうに頬を掻いて、同じように口元を緩ませる。


「……これ、すっごく温かい……」

「本当ですか? よかったぁ……! 作るの久々なので、不備がないか心配だったんですよ……!」

「て、手作りなの!?」

「既製品より、そっちの方が喜ばれるかなと思って。……も、もしかして、手作りじゃない方がよかったですか?」


 ブンブンと首を横に振った。振りまくった。

 手で触れて、頬で触れて、その感触を確かめる。


 ふわふわで温かい。


 勉強と家事を片付けて、夜に一人でマフラーを編む彼の姿を想像してしまう。それだけで、自然と身体の内側からポカポカと温かくなる。


「レストランは残念でしたが……あの僕、代わりに良さそうなところ知ってて。晩御飯はそこで食べませんか?」


 あたしに優しく微笑みかけながら、そっと手を差し出す。

 頷いて、その手を取った。手と手が重なって、彼の温もりが伝わって、たったそれだけのことが堪らなく嬉しい。


 季節は冬で風が吹けば凍えるのに、あたしと彼の僅か数十センチの間にだけは春が香る。眠気を誘うような、心地のいい温もりがある。


「ねえ、佐伯」

「何ですか?」

「好きだよ。大好きっ」


 唐突な好きに、彼はたじろぐ。

 困ったように眉を寄せて、少し嬉しそうに頬を緩ませて、「い、行きますよ」とあたしの手を引く。


 大きな背中をしていた。


 一生ついて行きたい、なんて……あたしっぽくないことを思ったりして。

 一人で笑って、一歩前に出て、彼と並んだ。



  ◆



「おぉー!! すごーい!!」

「一ヵ月くらい前からやってて、タイミングが合ったら天城さんと来たいなと思っていたんです。さあ、色々見てまわりましょうか」


 クリスマスマーケット。

 ドイツ発祥の、冬の時期に開かれる市場。


 広場の中央には巨大なクリスマスツリー。

 そこを中心にイルミネーションの施された様々な屋台が並び、家族連れやカップルなど多くのひとが行き交う。


「スノウドーム可愛い! このお店、ちょっと見ていい?」

「はい、もちろん」

「わっ! サンタさんのマグカップ! これかわちー♡」

「じゃあ、僕それ買いますよ。天城さん用に、うちに置いておきます。ここ最近は、毎日マグカップ使ってますし」

「本当!? ありがとー! ――……あっ」

「ん? どうかしました?」

「えー? ふふふーっ♡ 何かさ、今の会話……すっごくカップルぽいなと思って」

「……まあ、た、確かに?」

「付き合っちゃう?」

「付き合いません」

「ケチー!」


 いつも通りの会話を交わしながら、あれを見たりこれを見たり、買ってみたり。

 はぐれないように手を繋いで、たまにちゃんとそこにいることを確認して、笑っている彼女を見て嬉しくなったりして。


 程々のところで、お腹が空いたのでご飯を買った。

 ドイツ発祥のイベントらしくソーセージの盛り合わせ、それとシチューポットパイ。大人はここにお酒を合わせているが、僕たちはホットキャラメルミルクティー。


 寒空の下に並べられた飲食スペース。運よく空いていた席に座って、いただきますと手を合わす。


「ソーセージうまー! 佐伯も食べてっ、ほら、これ!」

「い、いや、自分で食べま――」

「はい、あーん♡」

「……っ」


 ソーセージをフォークに刺して、ひと口齧って。

 感動に目を輝かせ、半分になったそれを僕の口元へ持ってきた。


 あーん、自体は以前からやっている。だが、ここまで大勢の前では初めて。誰も僕たちに注目していないとわかっていても、どうしたって頬に熱が灯る。


「早くー! あたしのソーセージが食べられないっていうの!?」

「そ、その言い方、変な感じするのでやめてもらっていいですか……?」

「これ食べたら、次は佐伯のソーセージもちょーだいね♡」

「言い方!! わかってやってるでしょ!?」


 小さくため息をついて、差し出されたそれを頬張った。

 パリッとした皮。噛めば肉汁とハーブの香りが溢れ、とても美味しい。


 美味しい、のだけど……。


「佐伯っ! 次あたしっ、あーん!」

「あ、あーん……」

「んぅー♡ おいひーっ♡」


 家でも学校でもない場所でこういうことをするのは慣れず、いまいち味に集中できない。

 言うまでもなく、天城さんはひと目など何のその。僕といちゃつくことを全力で楽しみ、同時に食事にも全力で臨んでいる。このひとのおかげで僕もいくらか成長したが、こういうところは一生真似できる気がしない。


「そうだ! あたしが食べてるとこ、写真撮って!」

「いいですけど、インスタとかに載せるんですか?」

「ううん、ママに送るの! 佐伯とデート中だよーって!」


 要望通り、ポットパイを食べているところをパシャリ。

 天城さんって写真で見ても可愛いな……とか余計なことを思いつつ、彼女のスマホにデータを送信する。


「ありがとー! 早速送っとこーっと!」

「…………」

「ん? 佐伯、何で笑ってるの?」

「いや、お母さんと仲直りできてよかったなぁと。結局あれからどうなったのか、僕、よく知らないので」


 文化祭での一件をきっかけに、天城さんは今一度お母さんと腹を割って話したらしい。

 僕には立ち入りようのない他人の家庭事情。


 彼女が何も言わなかったので、僕も何も聞かなかったが、この様子を見るに悪い風にはなっていないようで安心した。


「仲直りできたっていうか……まあ、それはそうなんだけどね……」

「まだ、何か問題が?」

「も、問題とかじゃないよ! そういうのじゃなくて……聞いてみたら、あたしが悪かったっていうか、何ていうか……」


 モゴモゴと口の中で言葉をこね回し、気まずそうに視線を伏せた。

 僕はミルクティーをひと口飲み、「これ、すごく美味しいですよ」と勧めてこの妙な空気を拭う。


「わっ、本当だ! おいしー!」

「ホイップの上のハートのマシュマロ、可愛いので天城さんにあげますよ」

「いいの!? じゃあ、代わりにあたしのマシュマロを佐伯にあげるね!」

「い、いや、それ何の意味が――」

「はい、あーん♡」

「……あぁ、はいはい」


 天城さん……あーん、本当に好きだなぁ。

 まあ、別にいいけど。


 このひとが笑ってくれるなら、何だって。


「あっ!! ちょ、佐伯っ!! あれ見て!!」


 いきなり立ち上がり、広場中央を指差した。

 ずっと淡いオレンジ色に光っていたクリスマスツリーが、赤や青や緑など様々な色の光を放ち始めた。皆一様に歓声をあげて注目し、ゾロゾロとツリーの方へ歩いてゆく。


「すっごく綺麗だね!」


 僕を見下ろして、白い歯を覗かせた。

 ツリーの放つ光で、その顔は僅かに赤みを帯びていた。


 天城さんの瞳は、すぐにツリーの方へ。冬空の下、彼女の笑顔だけはいまだ夏模様で、あまりの眩しさに目を細める。


 ずっと見ていたい……とか、恥ずかしいことを思ったりして、内心自嘲気味に笑って。

 だけど、どうしたって彼女から目を離せない。


「……はい」


 僕は呟いた。


「綺麗です、とても」


 天城さん以外、どうでもよかった。


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