第13話 クリスマス準備 2/2
「――という感じでやれば、上手くできると思います」
「「「「「おおぉ~~~!!」」」」」
パチパチパチ、と五人の拍手が響く。
場所はクラスメートの自宅。駅から程近いマンションの一室。
天城さんと昴が教室を出たあと、クラスメートに呼び止められた僕は、彼女たちと一緒にケーキ作りをしていた。
聞くと、クリスマスにみんなでケーキを自作してパーティーをする予定だという。
ただ誰もケーキを作ったことがなく、一回試しにやってみようということで、僕がアドバイザーとして招かれたわけだ。
「ぶっちゃけ期待してなかったんだけど……な、何でそんなことまでできるの?」
「マジでそれ! クッキーとかだったらわかるけど、これはやばいって!」
「佐伯君って、何かそういう教室とかに通ってた?」
ケーキのスポンジを焼いている間に、僕は飾り付け用のシュガークラフトを作って見せた。砂糖でできたサンタの人形とか花とか、そういうやつ。普段のケーキならともかく、クリスマスケーキならこいつは欠かせない。
「うち、父親がパティシエをやっていまして。なので、お菓子作りに関しては色々と教わっているんです」
「パパがパティシエ!? なにそれ、カッコいい!」
「か、カッコいい、ですか……?」
「どこのお店!? 今度食べに行きたい!」
「自分の店を持っているとかじゃなくて、レストラン勤務なので……結構高いところですし、ちょっと難しいかと……」
「なるほどなぁ。言われて見れば、佐伯ってそういう雰囲気あるもんね」
「……どういう雰囲気です?」
適当なこと言われてるなぁ……まあ、いいけど。
このリアクションを見ると、小学生の頃を思い出す。
あれは確か、三年生の冬。
両親の仕事に関してインタビューし発表するという授業があり、結果、僕は一時的にクラスの注目の的になった。
その時は本当に苦痛で、わけが分からないくらい恥ずかしくて、もう二度と父さんの仕事を外で喋らないって誓ったっけ。
……なのに、何か自然と口から出たな。
文化祭の一件で、多少のことじゃ動じなくなったのだろう。
それもこれも、全部天城さんのおかげだ。ここ数ヵ月で、本当に色々な意味で僕は強くなれた気がする。
「スポンジが焼き上がったら粗熱をとって、デコレーションをして、それで完成です。クリスマスですし、ブッシュドノエルとかも作ってみます? ロールケーキなので生地が焼き上がるのも早いですし、写真映えもすると思いますよ。よかったらジンジャークッキ―とかも……って、あの……?」
「「「「「…………」」」」」
「ど、どうしました……?」
五人は急に黙り、お互いに顔を見合わせて、うんうんと頷き合う。
まずい、調子に乗って余計なこと言ったかな。
「何かさぁ……」
「は、はい……?」
「佐伯って、クリスマス空いてる?」
「あの……な、何の話ですか?」
「いや、もう佐伯君に作りに来てもらった方が早いかなと思って」
それじゃあ意味ないだろ、と思いつつ。
あははと苦笑いし、適当に誤魔化す。
「まあでも、佐伯君には天城さんがいるもんなぁー」
「見る目あるよね、あの子」
「やっぱり頭いいからかな? わたしも佐伯みたいな彼氏欲しいー!」
「あの……僕、別に彼氏とかじゃないので……」
言うと、冗談はやめろ、という目をされた。
本当なんだけど……いやでも、天城さんの普段の接し方を見たら、誰だってそう思うよな。あれだけ好き好き言ってくっついて来て、付き合っていませんは無理がある気がする。
「教室で言ってた天城さんにキスしたって話、本当なの?」
「……い、一応、額にですけど……」
「「「「「きゃぁ~~~~~!!」」」」」
どうして叫ぶ。
「どんな感じでしたの!? 帰り際に玄関でバイバイの代わりに、的な!?」
「天城さんが僕の上にうつ伏せで寝転んでて……後頭部を手で押さえて、優しく……」
「「「「「きゃぁ~~~~~!!」」」」」
だから、どうして叫ぶ。
「っていうか、上に乗ってた!? 何でそんな状況になるわけ!?」
「夫婦ごっこ……というのをしてて、その流れで押し倒されて……」
「「「「「きゃぁ~~~~~!!」」」」」
何かもう、頭が痛くなってきた。
「ここまでやってたらさ、あるよね……!」
「今度のクリスマス、絶対にあるよ!」
「うんうん! これはもう、最後までいっちゃうね!」
「いいなぁー! ちょー青春じゃん!」
「わたしも恋愛したーい!!」
自分たちとはまったく関係のない、僕と天城さんの恋バナで大盛り上がり。
こういう時、どういう顔をすればいいかわからず、僕はただヘラヘラと笑いながらその話を聞く。……何か、自分が話題の中心なのに凄まじい疎外感だ。
「あっ、そうだ!!」
パンと、一人が手を叩いた。
「佐伯君、クリスマスデートに何着ていくかとか決まってる?」
聞かれて、僕は「いや……」と首を横に振った。
前に昴に買ってもらったやつは、冬の外を出歩くにはかなり薄い。だから、何か天城さんと一緒に歩いても恥ずかしくないものを買おうとは思っているが……。
「だったら、今から買いに行こうよ!」
「……えっ?」
まったく予想していなかった提案に、僕は首を傾げた。
「わたしのパパ、古着屋やっててさ! ケーキ作り教えてくれたお礼に、いい感じにコーデしてくれるように頼んでみる!」
「なにそれ、面白そう!」
「佐伯って地味にスタイルいいし、それなりの格好したらいい感じになりそうだよね」
「じゃあ、ケーキ作ったら出発しよっか」
「天城さんが慌てちゃうくらいのイケメンにしちゃおー!!」
僕の意思を全て無視して、このあとの予定が決定してしまった。
ちょっとケーキを作っただけでそんな厚意を受けていいのかなぁ……と、重苦しい不安はあるが。
ただ、何を着ていくか困っていたのは確か。
ここは素直に、みんなに甘えておこう。
たぶん天城さんなら、頼りにしなよって背中を押してくれると思うから。
◆
昴ちゃんとの買い物が終わり、二人で仲良く夕食をとって帰宅。
あたしは買った服をベッドに広げてニヤつき、次いで、紙袋からソレを取り出し意気揚々と着替えて姿見の前に立った。
「おぉ~~~~~~~~~!!」
自然と声が漏れ、右へ左へ身体を揺らす。
軽くポーズをとって、グッと小さくガッツポーズを作る。
「やっば! 可愛い! ちょー可愛い! 高いけど買ってよかったぁ~♡」
クリスマス限定の、ボタニカル刺繍が施されたら黒いレースのランジェリー。
予定になかったけど、あまりに可愛くて買ってしまった。
上下合わせて三万円強……!! くぅー、高いっ!!
ぶっちゃけ、ものすごく財布が痛い!!
でもいいの、クリスマスだから。佐伯との初クリスマス、ここで気合い入れなくていつ入れるっていうのさ!!
「いっひひー♡ あの場所の予約もバッチリだし、これであとはクリスマスになるだけ♡ あぁもう、待ち遠しいよぉ~~~~~♡♡♡」
床に膝をついて、ボカボカとベッドを叩く。
大好きな佐伯との聖夜。
しかも、何気に初めてのデート。
やばい……やばいって、どうしよう! 我慢できなくなった佐伯に、ひどいことされちゃったどうしよぉ~~~♡♡♡ ってか、されたぁ~~~い♡♡♡
「……っ」
不意に、佐伯との記憶が脳裏を過ぎった。
おでこに、ちゅってされた記憶が。
あの優しさが、温もりが、力強さが蘇り、床に転がって悶絶する。
「た、耐えろぉ、あたし……! また鼻血出しちゃったら終わりなんだから! 佐伯のこと、メロメロにしちゃうんだから!!」
力強く立ち上がり、天高く拳を突き上げた。
クリスマスという名の戦場。勝者はここにただ一人。
あたしは今度こそ、あの男の心を、身体を、その全てを勝ち取る。