第12話 クリスマス準備 1/2
「佐伯っ!!」
十二月中旬。
冬休みまで、残すところあと僅か。
クリスマスはどうしようとか、年末年始はどうしようとか、そういう楽しい話題と暖房の風で緩み切った放課後の教室に、いつもの夏色の声が吹き込む。
「すっきぃ~~~~~~~♡♡♡」
ダダダッと、両腕を広げながらの突進。もはや見慣れてしまったキス顔。
しかし、僕のところまであと二歩のところで、キキーッと急ブレーキをかけた。顔を真っ赤に染めて、その場にうずくまる。
「ど、どうしました? 大丈夫ですか?」
「うぅー……! 無理ぃー……!」
「何がです?」
「佐伯にちゅーされたこと思い出して、恥ずかしくなっちゃうー! んもぉー! 好き過ぎて無理ぃー!」
「ちょ、あの! そ、そのことをあまり大きな声で――」
「恥ずかしくなくなるまで、もっといっぱいちゅーして!」
「僕の話、聞いてます!?」
聞いてないよなぁ……うん、聞いているわけがない。
ずっとそうだし、たぶんこれからもそうだろう。
「いい加減に付き合えよお前ら」
「えっ、もう付き合ってるんじゃないの?」
「佐伯君も、やることやってるんだ……」
睨んだり、ヒソヒソと喋ったりと、僕は一気にクラスメートたちの話題の中心。
しかしこれに関しては嬉しさなどまったくなく、「違うっ、違いますから!」と必死に叫ぶ。
「真白……」
隣の席の昴が、僕を呼んだ。
見ると彼女は、それはもう意地の悪い笑みを浮かべ、スッとスマホを取り出す。
「そうか、ついにやったのか。おめでとう、男を見せたね。――さて、じゃあこれからキミのご家族に不純異性交遊を確認したって連絡を入れなくちゃ」
「待ってまって! 本当に違うから! 違うから!!」
「桜蘭ちゃんは、キミの料理が大好きだからね。きっと喜ぶと思うよ」
「本当にやめて! 大丈夫だよ、おでこにだし! あ、遊び的な、そういう感じだから!」
「……佐伯、あたしとは遊びだったの? 身体だけが目当てだったの?」
「話をややこしくするの、やめてくれません!? ち、違います! そういうのじゃないですから!」
「つまり、本気だったわけか。やはり不純異性交遊だな。ご家族に連絡しないと」
「あぁーもぉ!! 違うちがう!! ちょっと話を聞いてくれ!!」
しくしくと泣き真似をする天城さんと、嬉々として僕を弄り倒す昴。
この二人、何でこんな息ピッタリなんだよ。事前に打ち合わせでもしてたのか……?
焦燥する僕を見て、クラスメートたちは一様にクスクスと笑う。そりゃあ面白いだろうな、僕みたいに一人暮らしの危機がかかってなきゃ。
「はぁー……もうこのあたりにして、そろそろ帰りましょうよ」
と、天城さんを見たが。
彼女はフフンと鼻を鳴らし、金の髪を揺らしながら右へ左へステップする。
「ごめんね、佐伯。あたしと一緒に帰りたい気持ちはすっごくわかるけど、今日は有咲ちゃん、用事があるんだぁー♡」
「えっ? じゃあ、何で教室に迎えに来たんですか?」
「佐伯を迎えに来たわけじゃないよ。ねー、昴ちゃん!」
ポンッと、昴は僕の肩を叩いた。
荷物を手に立ち上がった彼女は、勝ち誇るようなイケメンスマイルでこちらを見下ろす。
「キミの彼女、借りて行くよ。なぁに、安心しな。親友のよしみで、悪いようにはしないでおいてあげるから」
「わっ、大変だよ佐伯! 昴ちゃんにとられちゃう前に、あたしのことモノにしなきゃ!」
「そうだよ真白。これが最後のチャンスだ、全力で愛を育むといい」
「ちゅーしよ! ほら佐伯、おいで!」
「しませんし、行きません。……えっとつまり、昴とお出かけするってことですか?」
天城さんは昴の腕に抱き着き、「デートだよ!」と満面の笑みを浮かべた。
突然の接触に、一瞬だが昴の余裕面にヒビが入る。
……ちょっといい気味だな。今日一日、天城さんのメチャクチャさを骨の髄まで堪能すればいいさ。
「晩御飯はどうします?」
「昴ちゃんと食べる!」
「えっ、そうなのかい?」
「ダメ? あたしとご飯、嫌だったりする?」
「い、嫌じゃないが……」
「じゃあ決まり! 行っくよぉ~~~!!」
「わっ、ちょ、走らないで! あ、有咲ちゃん、足早っ――みゃああ!!」
いつも僕にするみたいに、昴を引きずるようにして走って行った天城さん。
二人でお出かけか。何の用事だろ、天城さんが帰って来たら聞いてみよう。
「さてと……」
小さく息をついて席を立つ。
天城さんがいないなら、久々にラーメンでも食べに行こうかな。こってりのやつ。
「さ、佐伯君っ!」
教室を出ようとしたところで、聞き知った声に引き留められた。
振り返ると、そこには文化祭の準備で僕の家に来たメンバーが。
彼女たちの一人が一歩前に出て、こちらの機嫌をうかがうような目で僕を見上げる。
「あの、その……ちょっと、お願いがあるんだけど……!」
◆
数日前のこと。
『佐伯とのクリスマスデート、どんな服着て行ったら佐伯惚れてくれるかなー?』
『うーん、そうだね。今度、一緒に買いに行くかい?』
『いいの!?』
『有咲ちゃん、前に私の悪口で盛り上がってた先輩たちに文句を言ってくれたことがあるだろう? そのお礼は、いつかしなくちゃと思っていたんだ』
という約束を有咲ちゃんと交わし、今日がお出かけの日。
百貨店に行って、あれこれと見て回って、最後に軽くお茶をして解散。
少なくとも私は、そういうスケジュールを想定していた。
――のだが。
「メッチャ盛れてるぅー! 昴ちゃん可愛すぎだよぉー♡」
たまたま前を通りかかったゲームセンターへ引きずり込まれ、プリクラを撮影。
「えっ、待って!? あのケーキ屋さん、前にテレビで見たとこだよ! 今誰も並んでないし、ササッと食べちゃお!」
今度はケーキ屋に連れ込まれ、急ぎ足のティータイム。
「このリップ可愛い! いやでも、高いしなぁ! でもでも、買っちゃおうかなぁー!」
ようやく百貨店に到着するも、服よりも先にデパコスに吸い寄せられていった。
「って、違うじゃん! 今日、服買う日じゃん!?」
五千円のリップを前に十分ほど悩み散らかしたところで、ようやく本来の目的を思い出したらしい。
あたしの手を取ってエスカレーターへ。気づくと既に、学校を出てから二時間が経過していた。
何というか……すごい。
すごい、以外の感想が出てこない。
有咲ちゃんの元気っぷりは知っていたが、いやまさか、ここまで本能と好奇心に忠実な生き物だとは。操縦の効かない音速ジェットみたいだ。
でも。
めちゃくちゃに振り回されているのに、不思議と嫌な気はしない。
「今思ったけど、昴ちゃんとお出かけするの、今日が初めてじゃない!? じゃあ今日は初デート記念日だね! 来年も再来年も、一緒にどっか行こうねー♡」
たぶんそれは、お世辞でも媚びでも何でもなく、心の底から私との時間を楽しんでくれているから。
一切の雑念も淀みもなく、私を見てくれるから。
真白が気に入るわけだ。
というか、この子を嫌いになるとか無理じゃないかな。
「さてと――」
ともあれ、ようやく服選び開始。
事前にリサーチしていたお店に向かいつつ、私と腕を組み楽しそうに歩く有咲ちゃんを一瞥する。
「まず大前提として、真白から好印象を持たれたいなら過度な露出は控えるべきだ」
「えっ、何で? えっちなの、男の子みんな好きでしょ?」
「好きだろうね、真白だってそれは例外じゃない。ただあの男の場合、好きとかエロいって感想よりも先に心配がくる」
「心配?」
「風邪ひかないかなぁとか、寒くないのかなぁとか……あれはそういうことをチマチマグチグチとずっと心配する男だろう? 温かい時期や部屋着はともかく、冬の外出用の服での度を越した露出は避けた方がいい」
「な、なるほど……!!」
大きく目を剥いて納得し、ふと視線を下に。
自分のスカートの丈が短いことを気にしているようなので、「それはもう見慣れているだろうし大丈夫」とフォローを入れておく。
「その上で真白の好みの服だが……大人系、セクシー系に惹かれる傾向があるのでは、と私は思っている」
「ふむふむ。その根拠は?」
「桜蘭ちゃん情報だが、真白が年上お姉さんとそういうことをする動画をたくさん見ていたらしい」
「すごい! だったら間違いないね!」
「あの男は、佐伯家の事実上の長男みたいなところがあるからね。世話好きな反面、誰かに甘えたいのだろう」
そうこう言っている間に、店前に到着。
有咲ちゃんは私の腕をいっそう強く抱き締め、期待のこもった目でこちらを見上げる。同性ながら、素直に可愛いなと思ってしまう。
「以前、真白の服をコーディネートしてキミを熱狂させたのは、他でもない私だ。今回も期待しているといい。――きっと真白は、クリスマスのキミを見て冷静じゃいられなくなるから」
「冷静じゃいられなくなるって……そ、そういうことになっちゃうってことぉ!?」
「あの男の一人暮らしも、クリスマスで終わりということだね」
「うっひゃぁ~~~~~~~♡♡♡♡♡」
私が不敵に微笑んで見せると、有咲ちゃんは元気いっぱいにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
本当に可愛い。
私にないものを全部持っている。
よかった。
真白のそばに、こんな素敵な子がいてくれて。