第9話 もっとして欲しい?
「ご馳走様、とても美味しかったです!」
「でっしょー! 晩御飯、これからはあたしもたまに作るから楽しみにしてて!」
「それは嬉しいですけど……でも、大丈夫ですか? 天城さん、忙しいんじゃ……」
「へーきへーき! 佐伯が惚れてくれるなら、どんなことでも安いもんよー!」
「……わかりました。じゃあ、買い物とかは手伝うので、事前に言ってくださいね」
「わかった、ありがとー♡」
「これ洗っちゃいます」と皿を持って台所へ行く。
天城さんの日々のタスクは膨大だ。
モデル業に講師業、仕事関連の勉強に学校の勉強、その上で僕にも勉強を教えて……きっと僕が知らないだけで、他にも色々なことをやっている。
僕を惚れさせたいがために、倒れられたりでもしたらどういう顔をすればいいかわからない。彼女のプライドを傷つけない形で、できる限りのフォローを入れていかないと。
……にしてもカレー、本当に美味しかったなぁ。
前にオムライスを作ってもらった時も思ったが、天城さんは不器用なだけで下手ではない。むしろ上手な方だと思う。
賢いためか、料理下手なひとがやりがちな〝レシピに従わない〟という致命的なミスを絶対に犯さないからだろう。
それに……僕のために作ってくれたというのは、重要なスパイスになっていると思う。
ここ最近食べたものの中で、間違いなく一番美味しかった。
たぶん、あれ以上のカレーはこの世に存在しない。
「洗い物終わりま――」
言いながら振り向いて。
続く言葉を飲み込み、「あ、あの……」と首を傾げた。
「天城さん……い、一体何を……?」
ガサゴソと何かしているのは聞こえていたが……。
ベッドの上から掛け布団を取り除いて、シーツをピンと張り直した。サイドテーブルの上にアロマキャンドルを置き、カチッとライターで火を灯す。
室内をじわじわと征服する、濃厚な甘い香り。
頭上の照明を常夜灯に切り替えてベッドサイドランプを点ければ、香りも相まって色気のある空間が完成する。
「おいで、佐伯」
ベッドの上で、ペタンと座った天城さん。
羽織っていたパーカーを脱ぎ、上は白のタンクトップだけ。大きな胸を強調するように身体の前で腕を交差させ、ニシシと悪戯っぽく笑う。
「――今から、夫婦の営みの時間だよ?」
ダメなのに。
いけないのに。
瞬間的に僕は、これからのことに期待してしまった。
◆
ギシッ、ギシッ……。
シングルベッドが音を鳴らす。
二人分の体重には耐えられないと、泣き言をいうように。
「んっ、ぅうう……佐伯、気持ちいい?」
「ぅう、んんぅ、あぁあ……っ」
「ふふっ……声、かぁいい♡ そんなにいいのー?」
「……っ! い、ぃ……ですっ……!」
「んー? ぅんしょっと……ここかなぁ?」
「あぅっ! そ、そこそこ……っ!」
「ふへへ、すっごく硬い……♡ ここ、もっとして欲しい?」
「はっ……ぃ、い……!」
「よく聞こえないなぁー。ちゃんと口に出してくれなきゃ、やめちゃうよ?」
「き、も……ちぃ」
「え、なんて?」
「そこ、気持ち、ぃい……! 気持ちいいからっ、や、やめないで……!」
「かわちーかわちー♡ 仕方ないなぁ♡」
夫婦の営み。
そんなのダメに決まってるじゃないですか、と最初佐伯は拒絶したが、今はもうこの通り。ベッドに横たわって、あたしの下で可愛らしくよがっている。眉を八の字にして、情けない声を漏らす。
まあ、ただのマッサージなんだけどね。
うつ伏せに寝転ぶ彼の背中を、あたしが指圧する。指先一つで甘い声が聞けて、本当に堪らない。
「天城さん、うぅっ……マッサージ、じょ、上手過ぎません……?」
「ママ、仕事が大変でいつも帰り遅かったからさ。何か自分にできることないかなぁと思って、小学校の頃、マッサージ師の本読んで勉強したの」
「……あ、相変わらず……ぅっ、すごい、ですね」
「何がー?」
「小学生がマッサージ師の本って……マッサージするにしても、そこまではやらないですよ。誰かのを見よう見まねでするとか……」
「べ、別に、あたしはあたしのできることをしただけだよ。他にやることもなかったしっ」
「自分にできることを全力でやれるって、本当にすごいことだと――」
「んもぉー! ほ、褒めるの禁止! あたしが佐伯を癒すターンなんだから!」
黙ってくれと、背中を軽く叩いた。
佐伯ってば、いつもこれなんだから。たまにはあたしを気遣うのお休みしてよね。
「これからは、疲れたらいつでも言ってね? あたし、夜中でもすっ飛んできてマッサージしちゃうから!」
「そ、そんなこと、申し訳なくて頼めませんよ……!」
「相談とか愚痴も聞いちゃうよ? 今ない? ほら、悩みの一個くらいあるでしょ?」
「いや、いきなり言われても……あっ」
「なになに!? 何かあった!?」
「もうすぐ、クリスマスじゃないですか? 天城さんへのプレゼント、何がいいかなぁと思って……」
「さえ――」
「僕以外でお願いします」
全部口に出す前に封殺されてしまった。
何かあたしたち、段々呼吸合ってきたな。へへっ、本当に夫婦みたいでちょっと嬉しいかも♡
「真面目な話、何でもいいよ? お互いにお財布に余裕あるわけじゃないしさ」
「お金がないのはそうですが……いやでも、何でもいいってわけには……」
うーん、と難しそうに悩む佐伯の横顔。
その眉間のシワが、あたしを想って刻まれていることがどうしようもなく嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
このひとが欲しい。
どんなものよりも、このひとが。
か弱い雰囲気のわりには背中が広くて、シルエットのわりには筋肉質でキュンキュンする。マッサージされていることに後ろめたさがあるのか、時折合うその目には申し訳なさがにじんでいて、可愛くてニヤついてしまう。
あぁ~……ほんっと好き♡ 大好き♡
ただマッサージしているだけなのに、ずっとドキドキが止まらない。彼に触れているところから熱がのぼってきて、焼けた吐息となって唇を焦がす。
もっともっと、全部触りたい。
あたしだけのものにしたい。
本当の奥さんになりたい。
「よーし、うつ伏せおしまい!」
そろそろ本番に移ろう。
「次は仰向けになって、旦那様?」
あたしの全部で、癒してあげなくちゃ♡




